サービス業を語るのである

2018/05/28

【ズボラのススメ】

東京の水商売で働いているニューハーフの親友がいるというのは、チョイト前にお話しいたしました。その親友、かなり前、当店で働いていたことがございまして、お店の中のことなど詳しいわけでございます。

で、先日、その友人とLINEで会話してまして、こんな様なことを言われたわけでございます。

「かおちゃん(彼女はワタクシの事をこう呼びます)、お店の掃除とかすごく厳しかったのに、事務所の中は凄かったよね、今は綺麗になった?」

え~と、相変わらず、ゴチャゴチャしております。と、言うか、以前より物が増えてゴチャゴチャ度が増している感じが。物っていうのはある一定量を超えると、その持ち主からエネルギーを奪う寄生獣に変わってしまうようで、「明日は片付けよう」と毎日思い続けるあすなろの木(井上靖『あすなろ物語』より)になっております。

テレビの番組で、俳優の高橋英樹さんが生前整理なるものをしておりました。家の中の不要品を、業者を使ってゴッソリ処分してしまったそうでございます。でも、広く空いたリビングルームで「趣味の○○をやりたい」とか言ってましたから、また物が増えていく予感が...物が増える人の性(さが)でございますねぇ。

さて、今日のお話は、物が増えることではなく、「ずぼら」のお話。ワタクシが事務所の中をゴチャゴチャにしているのも、ワタクシがずぼらだから。はっきり言って、飲食業、風俗業には、ずぼらな人、多いです。まぁ、ずぼらがある程度許されてしまう職業でも有りますからね。で、飲食・風俗という人気商売とずぼらとの関係を、紐解くのでございます。はじまり、はじまり~~。

ずぼらにもいろいろありまして、公私すべてがずぼらな人。プライベートはずぼらだけど、お仕事はキッチリしてる人。逆に、プライベートがキッチリなのにお仕事で緩んじゃう人。いろんなタイプがございます。ひとつひとつ、説明して行きましょうか。

まず、すべてがずぼらな人(「ヨゴレ」と言います)。だらしなかったり、時として不潔感が有ったりしますから、人気商売ではかなり苦戦いたします。ただね、絶対数は非常に少ないのですが、お客様の中には熱狂的なヨゴレファンというのが存在するのですよ。「遊び」というものの奥の深さでございますねぇ。

次に、お仕事ではキッチリなのに、プライベートがズボラまくっている人。ワタクシのタイプでございますね。まぁ、人気商売ではよくあるタイプ。売れっ子ホステスに限って自宅がゴミ屋敷、そんな話もチラホラ聞いたりいたします。

では、プライベートがキッチリでお仕事がアバウトな人。これは、プライドの高さが影響していたりいたします。たとえお客様に恥をかいてでも、同僚には絶対に恥をかきたくないという考え方。本人の価値観の問題なのですが、人気商売では苦戦しやすいのです。

最後に、全部キッチリな人。こういう人は人気商売に向いている様に思えますよね。実際、スンナリとそこそこの成績をあげることが出来るタイプです。ただ、潔癖症とか完璧主義者だったりすることも多い。すると、ストレスを溜めやすいのですよね。自分を許してあげることが出来なくて、潰れちゃう場合もある。細かい配慮が必要なタイプです。

取りあえず、ワタクシなりの結論!

「人気商売には、ズボラが必要」

ということですな。頭も使うしストレスも溜まる。時には失敗もある。そんな失敗でも、「まぁいいじゃない」とか「あ~あ、やっちゃった」と自分を許してあげるズボラさが、どこか必要なのですよね。歪みの蓄積を逃がしてやるスキマみたいなものかな。

ただ、先ほどの「お仕事がアバウトな人」の様に、ズボラの使い方が逆になると、いろいろ苦労しちゃったりする。ズボラを持った上で、そのズボラをどう活かすかというのがキモの様でございますね。今日は、ズボラを勧めるお話でございました。だから、事務所がゴチャゴチャしていても良いのですよという結論ですね。では、では。

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2018/04/10

【大きな自由には、大きな責任が付きまとう】

広島で脱獄犯が逃げ回って、大騒ぎになっております。ワタクシが気になったのは逃亡犯の方ではなく、この刑務所というか作業所が、鍵もかけず、窓の鉄格子もなく、オープンな作りになっていることでございます。

この作業所に入るのは、模範囚だけとのこと。模範囚をオープンな環境で、のんびりと刑期を終えてもらう...なんてぇ場所かと想像してウィキペディアを見ますと、ちょいと違うようでございますね。

鍵をかけない、塀も鉄格子もない、一般の作業員と一緒に作業をする、受刑者が自治をし、炊事・洗濯も受刑者で行う。ここまでは、オープンな内容でございます。ただ、大声による点呼や号令、些細なミスにも厳しい指導、睡眠時以外は常に強い緊張感。これは、これは、かなり軍隊式のようでございます。

この作業所に入ると刑期が短くなるため、希望者が多いそうでございます。逆に、厳しさと緊張感に耐えかね、本所へ戻ることを希望する受刑者もいるとのこと。どうも、マスコミは、この作業所をつまびらかに報道してない感じがいたします。

厳しくしておいて、オープン。これがワタクシには意味不明。はたして受刑者を、信用しているのだか、してないのだか? 「信用しているから、あえて塀を作らない」という理屈が有るのかもしれませんが、ワタクシはこれは「信用の押し売り」と呼んでおります。

ワタクシのお店で例え話をいたしましょうか。ワタクシは、鍵のかからない場所に現金を放置しない。「スタッフを信用しているから、鍵をかけなくても大丈夫」という考え方をする人もいるでしょうが、それはスタッフに「信用というプレッシャー」を与えているだけ。むしろ「手の届かないところに置いておく」というのが、スタッフへの思いやりだと思っております。

この作業所のオープンな作りも、ただプレッシャーを与えているだけにしか見えないのですけどねぇ。抜け出そうと思えばいつでも抜け出せる環境。もとから誘惑に弱い性格の受刑者なら、ジリジリとした毎日を送ることでしょうねぇ。意地悪な見方をすれば、管理者側の格好つけにも感じられるのでございます。

日本ってのは農耕民族ゆえの団体主義の影響でしょうか、どこか性善説で動いていて、「信用しているから、鍵をかけない」「信用しているから、チェックしない」というシチュエーションが多いような気がいたします。「鍵とか、チェックとか、なんか相手を疑っているようで悪いじゃん」という思いなのでしょうね。

けれど、こういった配慮が、逆に相手にプレッシャーとなっていることも有るはずでございます。「鍵をかけるのが思いやり」「チェックするのが思いやり」という考え方も、また必要かと存じます。では、では。

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2018/04/07

【淡々と、粛々と】

ポンポンと入りました新人さん、二人とも1ヶ月程度でいなくなってしまいました。まぁ、こういった人の出入りの多いのが、この業種の宿命。粛々と受け入れております。

このお仕事に向いた価値観や性格というものがございます。「向いてない」と考え、あっさり諦めてしまう人もいらっしゃいます。向いていないなりに辛抱強く続け、いつの間にかベテランになってしまう人もおります。み~んな、いろんな事情を背負ってて、いろんな未来を夢みてる。

エッチの好きな方が、このお仕事に向いている様にも思えます。一方、エッチには淡泊だから、逆に、奉仕する技術を冷静に追及出来ることもございます。100%素でもないし、100%演技というわけでもない。人それぞれに、ベストなポジションがございます。

教える側ってのは、難しいですねぇ。一般的なこと、基本的なことは教えられますが、それを自分の技術として取得するのは本人の継続的な努力。芸能界やプロスポーツの世界と同じなのですよね。誰にでもチャンスと可能性はあるけど、怠けようと思えばいくらでも怠けられるお仕事。

そして、何が当たるか分からない。だから、最初のうちは、化粧を変え、声を変え、雰囲気を変え、衣装を変え、プレイスタイルを変え、暗中模索の日々が続く。その内、客受けのいいスタイルが自然に分かってくる。逆に言うと、このプロセスを通過しないと見つからないスタイルだから、面倒くさい。

ワタクシの若い頃、芸能事務所の研究生だった頃、ジャズダンスの先生(女性)が、レッスンで、毎回、鬼の形相で叫ぶ言葉がございました。

「あんた達みたいなのは、星の数ほどいるんだからね!」

「プロは自己責任、怠けようと思えば、いくらでも怠けられるんだよ!」

まぁ、こんなスパルタ式は、今のご時世では時代遅れかも知れませんけどね。ただ、人気商売ですから、競争の厳しさや孤独感ってのは当店のお仕事でもございます。新人さんが安定期に入るまでは、そういったメンタル的なことをケアするのも、ワタクシの重要なお仕事になってまいります。

「新人さんは入らないの?」と、よくお客様に聞かれます。努力はしてますが、こういうのは「気運」というのがありまして、全く駄目な期間が長く続くこともあれば、短期間にドカドカドカッと大量新人に恵まれることもございます。ほんと、気運なのですよね。

ということで、淡々と、粛々と、日々の雑用をこなしております。う~ん、年取ると、月日の経つのが早いなぁ~。では、では。

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2017/08/01

【我慢が世界を救う、かも】

マシュマロ実験

スタンフォード大学の行った「マシュマロ実験」というものがございます。実験対象は何人かの4歳児。その4歳児を1人ずつ部屋に通し、椅子に座らせ、テーブルの上にはお皿に乗せたマシュマロが1つ置いてある。そして仕掛け人がこんな言葉を4歳児に発します。

「僕はちょっと用事が有って15分程出てくる。そのマシュマロはあげるけど、戻ってくるまで食べるのを我慢できたら、もうひとつマシュマロを上げよう。ただし、我慢できなかったら、ふたつ目は無しだよ」

実験結果。3分の2の子供は、マシュマロを触っている内に我慢できずに食べちゃった。3分の1の子は、他のことをやって気をそらし、我慢することが出来たそうでございます。さて、実験の真の目的はこのずっと後に有るのでございます。

この子達のその後10~15年後を、追跡調査したそうでございます。すると、我慢できた子は大学進学適性試験の点数で、2400点満点で平均210点高かったそうでございます。なんとも、スパンの長い実験でございます。

この実験は、以下のような仮説で締めくくっております。

「1つの誘惑に勝てるということは、あらゆる誘惑に対しても自制心が働きやすい。逆に、1つの誘惑に負ける人は、あらゆる誘惑に負ける」

ちょっと極端な仮説ですが、何となく当を得てるかなとも思うのでございます。この仮説を考えるに、じゃぁ、将来成績の良い子供に育てようとしたら、4歳児の頃からまず「我慢」を覚えさせることが”いの一番”だということですよね。でも、確かに、そんな4歳児がいたら、将来大成するように思えてくるのでございます。

我慢が命を救うかも

さて、この実験を見て、最近の「カジノ解禁」の話に結びついたのでございます。ギャンブル依存症を防ぐために何やらいろいろ策を講じているようですが、要は「本人が我慢できるかどうか」でございますよね。策を講じるよりも、小学校から「我慢」をカリキュラムに組み込むことが重要なんじゃないですか?

学校つながりで思い出したのが、自動車教習所。交通事故のほとんどは、「我慢」が出来ないから起こるのでございますよね。細々とした交通ルールが守れない。数分の赤信号が待てない。飲酒運転を自制できない。誘惑に弱い人ほど、事故を起こしやすい。

それでですね、教習所ではとにかく「我慢」を叩き込むのでございます。どうやって叩き込みましょうか? 練習コースの信号機は、赤信号が5分くらい続くとか(笑)。横断歩道では、ゆっくりゆっくりとお婆さん(のロボット)を渡らせるとか。受講者も、この「我慢」が無事故につながることを意識して受講すれば、効果はさらに大きいのでございます。

人気商売での我慢

ワタクシは、音楽・舞台・水商売・風俗と、人気商売を渡り歩いております。人気商売の世界でも、この「我慢」というか「自制」は重要な要因なのでございます。やはり、「我慢・自制」の出来る人は強いし、人気も出ることが多い。多分、スポーツも同じでしょうね。「我慢=ストイック」と置き換えられるのではないでしょうか。

ただ、ワタクシの経験では、人気商売やスポーツで結果を出す人は、「我慢」を我慢とは思っておりません。「投資」と考えております。我慢だと思うと苦痛ですよね。でも、自分への投資だと思い、ステップアップだと思うと、それが快楽に変わってくるのでございます。

人気商売で伸びる人とそうじゃない人の違いは、この「我慢を快楽に変換する思考」にあるのでございます。伸び悩む人というのは、ちょっとした投資が苦痛で出来ない。お金や労力を費やすことに、妙にハードルが高かったりするのでございます。「もったいない」「面倒くさい」が優先しちゃうのですよね。

我慢が人生を豊かにする
スタンフォード大学の実験から、「我慢」をキーポイントでお話してまいりました。我慢を苦痛と考えると、気持ちがすくんでしまう。でも、我慢を「自分への投資」と考えると、なんかワクワクしてきませんか。そして、その投資が、交通事故から身を守ったり、ギャンブル依存になるのを防いでくれたり、人気が出ることになったりするのですから。我慢も、あながち、捨てたものではないですよ。では、では。


■参考文献
 『図解モチベーション大百科』
  池田貴将/編著 サンクチュアリ出版
  ¥1400+税

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2017/07/12

【感動を制する者が、接客業を制する】

本日の『探検バクモン』という番組、テーマは「立川談志の家」でございました。弟子の志らくが、今は亡き師匠を語るこんな言葉がございました。

「落語は、笑いが目的ではない、笑いは「手段」であって、その先に有る「貧乏」「飢え」「人間の業」「非常識」など、それを描くのが落語なのです」

笑わせることは、最終目的ではなく手段だそうでございます。最終目的は、人間の業や非常識とかを伝えること。そう、こういったものは「文学性」と呼ばれるものでございます。落語の文学性を見据え、それをキッチリ弟子に教え伝えた師匠の真心(まごころ)が感じられるのでございます。

さ~て、本題はここから。接客業でも、こういった「手段」と「目的」はございますよ。ただ、手段・目的って言葉ですと、チョイト味気ない。ということで、「過程」と「結果」という言葉に置き換えてお話いたしましょう。始まり、始まり~~

飲食店で働いていた頃、若い人にこんなアドバイスをよくいたしました。

「飲食店は、お酒を売ってナンボ。しかし、お酒を飲むだけだったら、コンビニで買えばすむことでしょ。お客様がわざわざ高いお酒を飲みに来ていただけるのは、飲食店には『真心』があるからです。私たちが本当に売っているのは、お酒ではなく真心。でも、真心ではお金を頂けない。だから、仕方なく(と言うのも変ですが)、お酒を売ってるのです」

と、まぁ、こんなことを若い後輩にドヤ顔で話しておりました。お酒を飲ませるというのは、手段であり「過程」。その先に有る目的であり「結果」は、真心を伝えるということ。では、どうやって真心を伝えるか? そこには、お酒を飲ませるという過程での「美学」が関わってくるのでございます。

いかに美しい仕草でお酒を作り、差し出すか。おかわりを聞くタイミング、聞き方。お酒を美味しくする話題や雰囲気。そして、様々な気配り...飲ませる・酔わせると過程をいかに美しく作り込むか、そこに、飲食店そしてホステスの美学があるのでございます。

この美学によって、お酒に「付加価値」が付くのでございますね。コンビニの値札がお酒の実質的な価値だとすると、飲食店での結構な金額のお会計は付加価値。この付加価値に「価値がある」と見いだせるから、お客さまはその会計に納得されるのでございます。

お酒ですと、「市場価格」と「飲食店のお会計」との間には大きな差がございます。ですから、この付加価値の考え方は理解しやすい。ところがですよ、風俗店ですと、(料金の相場というものはございますが)「セックスそのものの市場価格」なんてものはございません。そこで、付加価値という考え方が見えにくくなるのでございます。

風俗店での「売り物」は、「ヌキ」でございます。ここで、このヌキの付加価値を考えられるかどうかで、売れる風俗嬢と売れにくい風俗嬢とに分かれるのでございます。先ほど申しましたように、付加価値というのは結果までの「過程」でございます。つまり、ヌキは「過程」であって、そこにどれだけの美学を持っているか、これこそが風俗嬢の真価なのでございます。

これがね、飲食店ですと他の従業員の接客を見て学ぶことが出来る。しかし、風俗店ではお客さまと一対一。他の嬢を見て学ぶということが出来ないのですよね。それで、「過程の重要さ」になかなか気づけないままになる嬢も少なくないのでございます。

ヌク過程の中には、「ヌクまでの過程」と「ヌイタ後の過程」が含まれております。ヌクまでにどんなプレイをするかも重要ですが、ヌイタ後にどんな接し方をしてあげるかも、同じくらい重要。ヌイタ後は、男性の心情はデリケートになっております。その心情に接するのは、風俗嬢の真心であり思いやり。

そう、落語が文学性をその結果としたように、風俗嬢の「結果」は真心であり思いやりなのでございます。これを結果とせず、ヌクことを結果としてしまうと、付加価値はゼロ。付加価値の付いている接客とゼロの接客があれば、お客さまは当然、付加価値のある嬢に流れる。当然のことなのですが、意外と、これに気がつかない風俗嬢は、(え~と、言葉を選びますよ、笑)チラホラいらっしゃいます。

文学性とか、真心とか、これらは「感動」に通じるものでございます。様々なシチュエーションにおいて「何を結果とするか?」という命題を追及すると、行き着くところは「感動」なのかもしれませんね。ワタクシも、感動のある電話番を追及していくのでございます。「どんな電話番よ!」、とツッコミが入ったところで、失礼いたしましょう。では、では。

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2017/06/22

【1%の閃きと99%の汗である】

昨日は、人工知能が将棋を指すお話をいたしました。そしてその人工知能の思考方法が、二種類あることもお話しいたしました。ひとつは、あらゆる手をしらみつぶしに辿っていく方法。もうひとつは、多くの先人の知恵を借り、直感で決める方法。それを踏まえまして、今日は”人間”知能のお話でございます。

実はですねぇ、人間が物事に対処するときにも、この二種類があるのでございます。前者のしらみつぶしに当たるのは「帰納法的アプローチ」。後者の直感で進めるのは「演繹法的アプローチ」なのでございます。

帰納法的アプローチというのは、まさに「しらみつぶし」。考えられる方法を、片っ端から試して行くやり方でございます。試しているうちに、大当たりする場合も有れば、大ハズレの場合もある。大当たりした場合でも、もっと大きい当たりが有るかもしれない。だから、さらに試行を繰り返していくことになる。思い込みが少なく粘り強い性格の人に向いているのでございます。

一方、演繹法的アプローチは、直感が命。直感、つまり「センス」でガシガシ進んでいくやり方でございます。「これは、こうすれば上手く行くはず」という強い直感が最初に存在し、そこを軸に微調整を繰り返しながら最終形に辿り着こうとするやり方なのでございます。センスがある人にとっては、非常に強力なやり方。でも、もし無い人だったら...ということでございます。

この二つのアプローチのどちらを取るかは、性格に因るところが大きいでしょうねぇ。両方を上手に、臨機応変に使い分けられる人もいらっしゃいます。仕事への対処、日常の人づきあい、スポーツ選手・芸術家の練習風景など様々なシチュエーションで、この二つのアプローチが見え隠れするのでございます。

ここで、「センス」という言葉を使いました。「あの人はセンスがある」とか使いますよね。この「センス」こそ、直感なのでございます。それまでの多くの経験から「何となく、こうすれば上手く行くんじゃないかな」と閃く感覚、これが俗に言う「センス」なのでございます。

多くの人間の指し手を蓄積することでコンピュータが直感を会得した様に、人間のセンスも、それまでの経験の蓄積の結果なのでございます。幼少期から多くの経験を重ねますと、その経験に基づくセンスを会得しやすくなる。音楽家の子供に音楽家が多いのも、そんな理由なのでございます。

では、センスの働かない人はどうするか? そこに帰納法的アプローチが有るのでございます。コツコツ型の帰納法的アプローチを「秀才肌」と呼ぶのならば、閃きで突き進む演繹法的アプローチは「天才肌」と呼べるでしょう。1%の閃きを99%の汗で具現化したエジソンは、この両者を合わせ持った人物だったのかもしれません。

さて、人の営みに二つの方法がございますが、ここに「勘違い」が有ったりすると、不幸な結果に陥ったりいたします。秀才肌の人から見ると、天才肌の人は実に簡単に事を進めている様に見えるのでございます。しかし、秀才肌が天才肌のやり方をそのまま真似たところで、必ずしも上手く行くわけじゃ無い。直感という裏付けのない真似は、やはり真似でしか無いのでございます。

また、人を指導する場合にも、天才肌と秀才肌の組み合わせだったりすると、不幸な結果が生じます。天才肌の人は直感で突き進んでいるので、自分の成功を論理的に説明出来なかったりする。秀才肌の人は失敗を重ねているので、自分のやり方の効用に関しては十分な説明が出来るのですが、それを天才肌の人に教えようとすると、軋轢が生まれる。

プロ野球などで、天才プレーヤーが必ずしも名監督にならなかったりするのは、ここに原因が有るのでございます。天才肌の人は、秀才肌の人があまり理解出来ていません。「どうしてこれが出来ないの?」とすぐに思ってしまうからでございます。逆に、秀才肌の人は天才肌をいつも羨望のまなざしで見ているので、自分との違いを如実に思い知らされ、両者の違いをよく分析している場合が多いのでございます。

最前線でガシガシ行動するのならば、この二つのアプローチのどちらでも構いません。しかし、一段高いところから人を指導あるいは統率しようとすると、この両者の存在を無視するわけには行かなくなるのでございます。分かっていて使い分ける、対応を変える、これが必須になってまいります。

コンピュータが直感を持ったという事は、今まで秀才肌だったコンピュータに天才肌が出現するということでしょう。何とも想像が付かないのですが、クワバラ、クワバラ、怖ろしい時代になったなぁと思うのでございますよ。では、では。

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2017/06/15

【朝定ミステリー】

最近は、各ファーストフード店が低糖質のメニューに力を入れております。松屋は、白米を湯豆腐にチェンジ出来るメニューを用意しておりました。6月に入りまして、その湯豆腐がおろし豆腐に変わっております。夏だから冷たいものをとの配慮でしょうが、う~ん、個人的には湯豆腐の方がいいなぁ。

その白米を豆腐に変更するというメニューですが、ワタクシが行く松屋では、いささか混乱がある様でございます。

ある日の朝のことでございます。朝定食に「白米→おろし豆腐チェンジ」「みそ汁→豚汁チェンジ」の2つのオプションを付けたときのお話でございます。運ばれてきた定食を見ますと、なんとみそ汁と豚汁の両方が乗っている。トレー、てんこ盛りで溢れ出しそう(笑)。

このエラーを、検証いたしましょう。本来ならば、白米をおろし豆腐へ、みそ汁を豚汁に差し替えて、終了。そこに、なぜ、新たにみそ汁が追加されたか? ここで糸口となるのが、「おろし豆腐単品」というメニュー。

おろし豆腐を単品で注文いたしますと、みそ汁が付いてまいります。この組み合わせもどうかと思うのですが、ライス単品にみそ汁が付くという以前からの仕様を、そのまま受け継いでいるのでございましょう。

それで、松屋の店員、「おろし豆腐単品」を注文されたときの感覚で、おろし豆腐とみそ汁をトレーに追加したものだと推測出来るのでございます。いや、でもね、トレーてんこ盛りだし、汁物が2つも乗っているし、違和感満載なのですが、思い込みとは怖ろしいもの、気づかずに出てきちゃいました。

さて、また別の朝のことでございます。前回2つもオプションを付けたので、それで混乱させてしまったのではないかという反省のもと、今回は豚汁を諦め、「白米→おろし豆腐チェンジ」のオプションのみで朝定食をお願いしたのでございます。

さ~て、運ばれてきたトレー、またまたてんこ盛りで溢れかえりそう。ワタクシ、心の中で大笑い。今回はどんな面白いトレーが運ばれてきたかと申しますと、おろし豆腐と白米が両方乗っている。トレーの上、ギッシリ。視覚的にも、大迫力(笑)。

これもまた、検証いたしましょう。オフションは1つ。白米をおろし豆腐に差し替えるだけ。前回と同じ過ちを犯したのなら、みそ汁が2つ乗ってくるはず。ということは、今回は違うプロセスでエラーが発生している模様。

この場合、食券は2枚ございます。朝定食の食券とオプションの食券でございます。白米をわざわざ用意しちゃったということは、まず「普通の朝定」を作ったということですよね。で、オプションに気がつき、おろし豆腐を用意し...ここで不思議な事が起こる。差し替えればいいのに”追加”しているのでございます。

ふむ、実に面白い。ここで、犯人2人説が浮上するのでございます。当時、店員は2人。朝定というのは、トレーに白米・みそ汁・卵・お新香・小鉢・焼きのりと、6品も乗っている。店員にとってはちょいと手のかかりそうなメニューなのでございます。

1人の店員が、食券をもぎりに来て持ち帰る。厨房にて、もう1人の店員に「こっち、お願い」と言ってどちらか片方の食券を渡す。それぞれが、自分の食券に書かれたものを用意する。朝定の食券担当(A)は、当然トレーに白米を乗せる。もう1人の店員(B)はおろし豆腐だけを用意する。さぁ、合体!

この合体時に、まさにエラーが起きたのでございます。おろし豆腐を差し出された店員Aは、何も考えずにトレーにそれを追加する。もうひとつの食券が”差し替えオプション”の食券だとは気づいていないのでしょう。上手に作業を分担したつもりだったのでしょうが、思わぬ落とし穴なのでございます。

さて、こういったエラーをいかに防ぐかということをお話したかったのですが、状況説明だけでムチャクチャ長文になってしまいました。この続きは、明日にでも。え? 余分に来たみそ汁や白米はどうしたかって? そりゃ、もちろん、名古屋薫が美味しくいただきましたです。では、では。

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2017/05/28

【コーラスラインも舞台上の一線】

前回は、職人さんをまとめる様なお仕事をワタクシがしているというお話でございました。今日は、その続編。ワタクシが先輩職人にぶん殴られたお話でございます。

20代後半、舞台活動をしている頃、オーディションに通りまして、ポツリ、ポツリと舞台に出たことがございました。もちろん、ほとんどセリフの無い「その他大勢」の役。ミュージカルでは「コーラス」と呼ばれる人達でございます。

そのある舞台稽古でのお話。ワタクシが自分の台詞を言おうとして舞台の前面に出ようとしましたら、あるベテラン俳優さんが、どうも稽古場での立ち位置と違う。そのせいで、ワタクシが前に出られない。かき分けて出て行くなんて、お話の流れ上、実に不自然。慌てふためいて、回り込んで取りつくろったのでございます。

さて、その日の稽古終了時、ワタクシ、そのベテラン俳優さんに声をかけたのでございます。いやぁ、若いというか、知らないというのは怖ろしいこと。気軽に「あそこ、前に出られないので、立ち位置ずらしてもらえませんか?」と...

殴られました。いや、役者が役者をグーで殴るわけはございません。言葉で殴られたのでございます。相手はテレビにもちょくちょく出ているベテラン俳優。こちらは、オーディションでかろうじて引っかかったその他大勢。激しい叱責で打ちのめされたのでございます。

もうね、ウンチちびりそうな位に怒られたので、何を言われたか覚えておりません。ただ、はっきりと気がついたのは、「入ってはいけない線を、ワタクシが越えてしまったこと」でございます。舞台俳優も、りっぱな職人でございます。職人として、譲れない領域が有るのでございます。

非常に恐い思いをいたしましたが、これは貴重な体験でございます。「一線(いっせん)」がこれで分かるわけでございますから。この線までは、大丈夫。これを超えると、アウト! これが一線でございますね。この一線というやつ、実に重要なのでございます。

例えば、車の運転では、スリップすることによって「これを超えるとスリップするんだ」という一線が分かる。一線が分かっていれば、スリップしない運転が出来る。F1レーサーなどは、この一線のギリギリまで使って、コーナーを曲がっていくわけでございます。

ものが壊れる一線もございます。ガラスを割ったり、金属を曲げてしまったり、そんな経験を重ねて、ものが壊れてしまう一線を、人は感覚の倉庫に積み上げていくわけでございますね。そして、その一線を越えないように、絶妙の力加減で物を扱っているのでございます。

そう思うと、そのベテランさんに言葉で殴られたのは、実に実に貴重な体験。ワタクシはそこで、貴重な貴重な「一線」を会得したのでございます。次からは、その一線を絶対に越えないように行動しますし、レーサーがコーナーを攻めるように、必要であれば一線ギリギリまで迫る接し方というのも出来るのでございます。

世の中、「傷つきたくない人」が増えちゃって、怒られる・叱られるということを極端に避ける人が少なくございません。けれど、それで貴重な「一線の会得の機会」を失っているとしたら、実にもったいないことでございます。

逆に、怒る・叱る側の「一線を会得させるやり方」も重要でございます。先ほどのベテラン俳優さんの例ですと、普段は非常に温厚な役者さんが、あるキーポイントで激変したのでございます。ワタクシの場合でいうと「立ち位置」ですね。このキーポイントをはっきり分からせないと、相手には一線ではなく怒りしか伝わらないのでございます。

職人さんが交わるところには、必ずこの「一線」があるのでございますよね。心置きなく会話をしていても、この一線は超えない。職人にとってこの一線というのは、その人にとっては「宗教」のようなものでございます。宗教の一線を超えてしまうと、宗教戦争になってしまうのでございます。あぁ、根が深いね。

うちのコンパニオンさんなんかも、もうね、み~んな職人。触れてはいけない一線がいっぱいございます。お仕事への考え方・臨み方だけではなく、自分が男なのか女なのかといったジェンダーの話ですとか、立ち居振る舞い方のポリシーですとか、み~んな、これ、一線。その人にとっては、これらはその人の「宗教」でもあるのでございます。

一線が分かっていれば、普段はそれを超えないように行動しますし、また、必要な場合にはあえて一線を越えることもある(覚悟の上だけどね)。一線が分かっていればこそ、こういった絶妙な距離感を取った人づきあいが出来るのでございます。でも、その一線を知るためには、言葉で殴られたりなんていう嫌な思いをする場合もある。一線という物、一線とはいうものの一筋縄ではないのでございます。お後がよろしいようで、テケテンテケテンテケ、テケテケテン。

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2017/05/26

【監督で言うと、広岡さんタイプかな? ワタクシは】

お店の内装工事を何度かというか頻繁に経験しておりますので、工務店の監督さんや現場の職人さんなんかとお話することがよくございます。そういった方々とお話しすると、風俗店と似てるなぁと思ったりいたします。

現場の職人さんというのは、皆さん個人事業主。その個人事業主に工務店が業務を委託するわけでございます。ですので、作業現場というのは、いくつかの個人事業主が同時進行で作業を進めているのでございます。

職人さんごとに、作業のやり方や進め方に拘りを持っております。気の置けないというか慣れ親しんだ職人さん同士ですとスムーズに噛み合うのですが、そうでないと、行き違いが起きたりいたします。「え? ここ塞いじゃったら、俺、作業やり難いじゃん」なんてことが有ったりとか。

それを取り仕切るのが、元請けである工務店の現場監督さんでございます。どんな手順で進めていくか、どの職人さんをいつ呼ぶか。相性の悪い職人さん同士が現場でかち合わないようにするとか。そんな仕事をするわけでございます。

職人さんや監督さんとこんな話をしておりますと、つくづく、うちのような人気商売の店と似てるなぁと思うわけでございます。コンパニオンそれぞれに、接客のやり方・拘り・価値観がある。同じような手順でサービスしているようでも、それぞれ大事にしている部分が違っていたりする。

みんな、自分の仕事をベストに仕上げようと努力していることには、間違いはないのでございます。でも、時々、価値観と価値観が衝突することもございます。衝突はしても、どちらも正しいから困る。目指すところは同じで、やり方がちょっと違うだけなのでございますからね。

そうそう、プロ野球の監督さんのお仕事も、似てるかなぁ? ワタクシはよく、風俗店をプロのスポーツチームに例えるのでございます。各メンバーは、当然、自分の成績アップを目指しております。それを踏まえて、監督は各メンバーの成績を尊重した上でチームを勝利に導かなければならないのでございますよね。

これはワタクシが勝手に作った言葉なのですが、コンパニオンさんの中でも職人タイプの人を、ワタクシは「ホステスタイプ」と呼んでおります。一方、監督タイプの人を「マネージャータイプ」と。ホステスタイプは、やや自己中心的で自分の仕事最優先で考えるタイプ。マネージャータイプは、全体を客観的に捉え、バランスを取ろうとするタイプ。

人気商売のお店では、ホステスタイプがやはり人気が出る。マネージャータイプは成績面では苦戦することが多いのですが、いつの間にか幹部や管理職になっていたり、サラッと起業しちゃったりすることもございます(ワタクシがそれ)。

一般社会というのは、マネージャータイプの人が半分くらいはいる。ですので、突き抜けようとする人とそれを調整しようとする人とで、それなりに自然とバランスが取れたりするのでございます。しかし、お水・風俗の世界は、圧倒的にホステスタイプが多い。おのずから、様々なドラマが生まれる楽しい楽しい場所なのでございます。

いろんなドラマを次々と目の当たりにいたしますが、ボチボチやっております。慌てない、慌てない。ひとやすみ、ひとやすみ。現場監督の薫さんからの、現場リポートでございました。では、では。

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2017/04/15

【赤ん坊の時は、みんな上手なのですけどね】

「スマイル0円」なんてキャッチフレーズがございます。サービス業にとって、スマイル、つまり笑顔は、切っても切り離せないものでございます。今日は、そんなスマイルのお話。

お客さまに「見られる」という仕事では、笑顔で接するというのは、基本中の基本。ただこれは、想像以上に重労働なのでございます。いつお客さまが見ているか分からない。ですので、お客さまと同じ場所にいる間は、ずっと笑顔をキープすることになるのでございます。

ワタクシが水商売を始めた頃、もうね、この笑顔をキープするのが大変。閉店時間まぎわになると、顔の筋肉が引きつる毎日でございました。ただね、訓練とは恐ろしいもので、次第に顔の筋肉が発達してくるわけでございます。筋肉が付いてくると、次第に力が必要なくなる。楽になってくるのでございます。

さらに、笑顔をキープしている時間が長いと、筋肉を含め顔全体の構造が、その笑顔に合わせて発達していくのでございます。その結果、何もせずに普通にしている状態で笑顔になってしまうという、「素の笑顔」が作り出されるのでございます。こうなると、接客業はうんと楽になる。好感度が抜群に上がりますからね。

お店を始めて17年、何十人という新人さんを迎えてまいりましたが、最近の新人さんにはある傾向がございます。口角が自然に下がっている新人さんの割合が多いのでございます。普通にしていて口角が下がっていると、それだけで無愛想に見える。こういう人は、努めて笑顔をキープしないと、接客業では苦労するのでございます。

若いのに口角が下がっているという現象、原因をいろいろ考えますに、まず固いものをあまり食べなくなったということが有るかもです。固いものをよく咀嚼(そしゃく)することが少ないと、当然、顔の筋肉が退化していきます。食生活の変化が、顔の筋肉に影響を与えている可能性でございます。

さらに、愛想笑いを嫌う風潮。これは影響ないでしょうか? 最近の風潮として、社交辞令というか挨拶代わりの愛想笑いが面倒くさいという人が増えております。「伊達マスク」なんてものも一部で流行っております。表情を変えなくてもいい生活に甘えている内に、やはり顔の筋肉を退化させているのかも知れません。

その風潮のせいでしょうか、リアルな人づきあいを嫌う人も増えております。顔の見えないネットでの人づきあいなら、愛想笑いも必要ない。ネットによるコミュニケーションは、確かに手軽で便利ではございます。しかし、人と顔を合わせたときの「ときめき」のようなものは皆無。ときめきの無いコミュニケーションを続けていく内に、心を動かさずに人と接する癖が付いているかも知れません。

まぁ、理由はともあれ、普通にしていて口角が下がる顔の人というのは、何かと損をするのでございます。お仕事上でもそうですが、日常生活でも、自然と貧乏くじを引きやすくなる。それで、ますます心を痛め、顔が曇っていくという人がいるかもしれません。

そんなこんなで、口角が下がり気味な新人さんを見つけますと、まずその部分を徹底的に指導いたします。これが、本人にとっては、実に面倒くさい。しかし、これを克服しないと、サービス業では未来はありませんからね。もっとも、”不可を補って余りある可”というアドバンテージを持っている人は、仏頂面でも人気を博したりする例はありますが、これはほんの一部のエリートのみの例。

スマイルってのは、すべてにおいて「潤滑油」として機能いたします。ちょっとしたゴタゴタも、スマイルひとつで片が付くこともございます。逆に、ほんの些細なスマイルが無かったために、小さな歪みが大きなもめ事になることもございます。スマイルは只ですからな、惜しみなく使いましょう。では、では。

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