“失敗できる”というのは、実は幸せなこと
ここのところずっと、読みふけっている本がございます。『失敗百選』という本なのですが、とにかく世の中の失敗を集めて、その原因と失敗への過程を記述してるのでございます。下町の工場でのちょっとした事故から、原発やスペースシャトルの事故まで、あるいは自然災害までもが、この本の題材になっております。自然災害まで“失敗”に含むのを「あれっ?」と思うかも知れませんが、その自然災害に対する備えや対応には必ず人間が関わってまいりますので、その人間との接点に失敗が介在する可能性は出てくるのでございます。
バラエティー番組で、「○○事故、その衝撃の真実」とか「あなたの身近の危険!」なんていうよくあるタイトルの番組、あんなんで紹介されている題材が、この本には次から次へと出てまいります。この本を数ページ読むと、そんなバラエティー番組のエピソードをひとつ見たのと同じぐらい楽しめる。もうね、ワタクシにとってはおもちゃ箱のような本でございます。そんな世界中の事故を読みふけっているときに起きたのが、ニュージーランドの大地震でございます。日本政府の対応にもちょっと注文があるのですが、それはまた別の日にいたしましょうか。
で、話を「失敗」に戻しましょう。ワタクシ自身、失敗を防ぐ工夫というのは好きでございます。人間に失敗させない工夫というのは、道具や機材の基本デザインに結びついてくるのでございます。失敗が起こりにくいデザインを追究すると、人間と機械との接点がどんどんシンプルになり、そこに“機能美”が生まれる。この機能美というのが、ワタクシは大好き。何気ないように見えるデザインに、周到な計算が施されている、そういう所にデザイナーやエンジニアの“美学”を感じられるのでございますね。
ワタクシのお店の中でも、この「失敗を防ぐ工夫」はいろいろやっております。例えば、レジでのお会計。お金を載せるお皿をカルトンというのですが、そのカルトンを2枚用意して、お客様から頂くお金とお返しするお釣りは別々のカルトンを使っております。このお金の出入りをひとつのカルトンでやり繰りいたしますと、お釣りの渡し忘れ事故が非常に発生しやすくなるのでございます。そこで、ふたつのカルトンを使い、まるで捕まえたスパイの交換儀式のごとく、入ってくるお金と出ていくお金を同時に入れ替えることで、うっかりミスを防ぐのでございます。
普通の店舗ではカルトンひとつで特に問題ないと思うのですが、なぜかワタクシのお店の場合、定期的にお釣りの渡し忘れの事故が発生したのでございます。そこで、その事故のメカニズムを追究いたしますと、お金をレジに入れたタイミングで同時にお客様に話しかけられると、渡し忘れ事故が発生しやすいようでございます。その結果、先にお釣りをお渡ししてからお金をレジに入れるという手順に変更。カルトンを2枚使う手順が生まれたわけでございます。なんというか、こういうメカニズムを分析して改善していくのって、好きなのでございますよね。企業のこういう部署に就職していたら、出世したかも知れませんね。
あと、お店とは関係ないのですが、ワタクシが長年言い続けていることがございます。エレベーターの「開」と「閉」のボタン。あれはちょっとした規格ひとつで、押し間違いを劇的に減らせるはずでございます。厳格な規格で統一させる方法もあるでしょうが、ワタクシの考えでは、たったひとつのルールで十分。「“開”ボタンは“閉”ボタンより大きくなくてはならない」というルールひとつで、全然違ってくるはずでございます。これならば、直感的に押し間違いを防ぐ効果があるとともに、エレベーターの設計者のデザイン自由度も損なわなくてすむのでございます。また既存のエレベーターにも、「開」ボタンの上に貼るアタッチメントを付けることで対応できそうな気がする。さて、どんなもんでしょうかねぇ。
そして最後に、ちょっと怖いお話しを。この本は人間の起こす失敗を41種類に分類し、その41番目に「テロ」という項目を設定しております。「失敗」であれば「起こしたくない」という気持ちが働きますよね。ですからこの本のように、失敗例をデータベース化し検索できるようにすることには意味があるのでございます。ところがテロの場合は、“意図的に起こす失敗”ですので、失敗例のデータベースが全く役に立たないどころか、テロリストにヒントを与えてしまうことにもなりかねない。だからといってこういった失敗例を非公開にしようとする動きが出ると、それはそれでリコール隠しのような事件を起こす下地を作ってしまう恐れがある。
さらにこの著者は、「テロ」の項目の中に「絶望感を持った若者の“道連れ犯罪”」をも挙げております。テロリストや自暴自棄になった若者には、街中のありふれた道具や交通機関など全てのものが、凶器となり得るのでございます。そして、もし設計エンジニアがテロリストや自暴自棄の青年まで考慮に入れて設計図を引かなければならないとしたら、エンジニアの仕事は非常に苦しいものになると、最後に締めくくっております。
この本を読み終えた後、「“戦争”は人間による“失敗”ではないのか?」なんて思ったりいたしました。戦争を防ぐ抑止力として、「軍事力」や「外交」というものがございます。しかし、この軍事力や外交が効果を発揮するのは、対立する国家がお互いに「死にたくない」と思っているからでございます。ですが、テロリストはどうでしょうか? 最初から死ぬ気で行動を起こすテロリストには、軍事力も外交も通用いたしません。人類は動物と違い、“知恵”を働かせて進歩し、工夫してまいりました。しかし人類は今や、テロリストや自暴自棄の若者といった人類の知恵では防ぎようのないものと戦っていかなければならない時代に突入しているようでございます。
さてさて、この『失敗百選』という書籍、続編もございまして、それぞれ400ページ近い厚さがあり読み応え十分なのですが、お値段もちょっと高め。でも、工業デザインに携わる人や企業の危機管理者などには必読の本だと思います。もし、よろしければ、どうぞ。
●中尾政之著
『失敗百選〜リコールと事故を防ぐ60のポイント』
森北出版株式会社 410ページ ¥3,600
●中尾政之著
『続・失敗百選〜リコールと事故を防ぐ60のポイント』
森北出版株式会社 394ページ ¥3,600
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