薫のちょっと気になる

2017/07/18

【トイレットペーパーの折り紙教本なんてのも有るそうです】

名古屋薫の「世の中の奇習に、もの申すコーナー」ということで、勝手にこんなコーナーを作っちゃいました。前回の奇習は小学校の算数。そして今回は、トイレットペーパーの三角折りでございます。

あの三角折り、次の人へのマナーとか、いやホテルの掃除完了の印だとか、あるいは消防士が速く用を足すためだとか、まぁ、いろいろな説が錯綜(さくそう)しております。その起源は、どうでもいいのです。ワタクシが気になるのは、あの三角折りは不衛生だからウンヌンという意見があることでございます。

一部の病院のトイレに、「トイレットペーパーの三角折りは、感染症を広めてしまう恐れがあるので、やらないで下さい」という張り紙があるそうでございます。確かに、三角で折られていれば、間違いなく前の使用者がそこを触ったということでございます。しかも用を足した後の手で。

これは、一理あるような気がする。気がするが、木を見て森を見ずでございます。用を足した後に触るのは、トイレットペーパーだけ? ほら、分かってきたでしょ。ペーパー以外にも、ドアノブや便座やなど、いろんなところに触ってるはず。感染の危険があるというのなら、そんなところも全部危険でございます。

感染症ウンヌンを言い始めたら、トイレに入るとき、まずドアノブを触れない。外側のドアノブも、用を足した後の手で触れられている可能性は十分にございます。手術前の外科医の様に、両手を上にかざして何も触れないようにトイレに入ることになるのでございます。

あと、盲点は、温水便座の「ボタン」。あれ、一番危険でしょう。トイレットペーパーなんかより、はるかに危険でしょう。確かに、あのボタンを押すのはお尻を拭く前でございます。しかし、ドアノブなどの汚染を考慮すると、あのボタンを押す時点で、すでに指先が汚染されている可能性は十分にございます。

よくね、「トイレットペーパーの三角部分、他人が触った部分なんて気持ち悪くて使えない」という意見を聞いたりいたします。他人が触った部分が触れないのなら、ドアノブも触れないし温水便座のボタンも押せない。まぁ、中には極端な潔癖症の人もいるでしょうが、三角折りを不潔扱いする人のほとんどは、ドアノブやボタンの矛盾に気がついておりません。

さて、さらに重要なポイントが。この様に、トイレには汚染度が高そうな部分が至るところにございます。にも関わらず、よほど感染力の高い伝染病でない限り、トイレで感染症にかかるという経験をした人は、非常に少ないのではないでしょうか。

もしトイレがそんな危険なところであったなら、普段から人々がどんどんトイレで感染症をうつされているはずでございますよね。というか、トイレと同じくらいに”汚染”されている場所なんて、日常生活にゴロゴロ存在しているわけで、トイレ程度の汚染度で感染していたら、日常生活が出来ないのでございます。

これはひとつに、人間の高い免疫能力があるから。トイレだけでなく、人間の日常生活は、ありとあらゆる病原菌やウイルス、カビの胞子などに囲まれて生きております。それでも人類が滅亡しないのは、人間に高い免疫システムが備わっているからでございます。

そしてもうひとつ重要なのは、普通、トイレの後に手を洗うという習慣があること。病原菌は、指先に付いたくらいでは、発症いたしません(大門未知子かよ、笑)。指先に付けたままで、その指を口元に持っていったり目を擦ったり、ということで感染するのでございます。

ですので、仮にトイレの個室内でいろいろ細菌が手に付いたとしてもですよ、直後に手を洗えば、感染のリスクは極端に減るのでございます。これは、風邪の予防と同じ原理でございますね。風邪も、指先の汚染を口や目の粘膜に触れさせてしまうことで、感染することが多いのでございます。

さて、いろいろ申し上げてまいりました。三角折りに着眼して、「不潔だ!」と叫ぶ人の気持ちも分かります。しかし、考察というものは、一歩引くということも重要でございます。本当に不潔なのか? 他の要因は? 今まで問題にならなかったのは? どうして不潔とは思わない人がいるのか?
と、視点を大きく大きく広げていくことが重要なのでございます。

まぁ、ワタクシは三角折り、いたしますよ。綺麗ですから。あるいは、ミシン目のところで綺麗に破っておく。ワタクシには不潔とか汚染とか、そんなの関係ない(小島よしおかよ、笑)。ただ、美しさでございます。あのトイレットペーパーのはみ出し部分で、折り紙の「鶴」を折りたいくらいでございます(笑)。

三角折り、やりたい人はやればいいし、やりたくない人はやんなきゃいい。マナー違反だとは思わないし、不潔に対する考え方も人それぞれ。自由でいいんじゃないですか? う○ちのやり方くらい、自由でありましょうよ。では、では。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/22

【あの時、古いのを貰っとけば良かったなぁ】

お店でお金を払うと、レシートをもらいますよね。あのレシートを出している機械を「レジスター」と申します。ワタクシのお店でも、レジスターを使っております。今日は、そのレジスターのお話。

フロントの会計作業は、ほぼ全てワタクシがやっているのですが、「割引」を時々間違えてしまいますねぇ。割引額や期間がバラバラだったりするので、ウカッとしていると忘れたり間違えたりしてしまう。

ちょっと高級なレジスターだったりすると、こういった割引を設定しておくと自動で処理なんてことになるのでしょうが、うちのは、ほんと、最低限の機能しかないやつ。割引などは、その都度、手動でやっているのでございます。

母親がスーパーでみたらし団子を焼いておりましたので、子供の頃はスーパーが遊び場所だというのは、以前、お話しいたしました。その当時の、レジスター、子供ながらにしっかりと覚えておりますよ。今のようなテンキーではなく、50~60個のボタンがビッシリ並んでおりました。そんな多くのボタンを、パートのオバチャンたちが自由自在に操作しているのが、ムチャクチャ魅力的だったのでございます。

そのレジスターの謎が、学生時代に解けたのでございます。アルバイトをした書店が、たまたま旧式の、そのボタンがギッシリ並んだレジスターを使っておりました。ボタンの多さの謎は、金額の各桁ごとに1から9までの9つのボタンがタテに並んでいるからでございます。

1、十、百、千、万と5桁あれば、45個のキーがズラッと並んでいるのでございます。もし商品が¥320なら、百の列の「3」と十の列の「2」を押すことになる。このビッシリ並んだボタンは、押すとそのまま引っ込んだままになりまして、この後「登録」ボタンを押すと、大きなガチャガチャという音とともに加算され、引っ込んだボタンがポンッと戻るわけでございます。

何がすごいかって言うと、このレジスターの特徴は、中で「歯車」が回っていること。そう、昔の手回し式の加算機(これが分かる人、どのくらいいるかなぁ)を、そのままモーター駆動にした構造なのでございます。レシートの印字も、昔のタイプライターみたいな大きな音がするタイプ。もう、このメカニカルな感触がたまらなかったのでございます。

ワタクシが働いている間に、そのレジスターは最新のものに刷新されちゃいました。う~ん、残念。お店の社長さんが亡くなり、息子さんがお店を継いだときに、レジスターも違うメーカーの最新のものに変えちゃったのですよね。

可哀想だったのは、古いレジスターのメンテナンスの人。機械式のレジスターは、小まめにメンテナンスが必要。数ヶ月に一度お店を訪れ、注油や調整をしに来ていたのでございます。で、ある日、お店を訪問すると、レジスターが他社の最新式のものに変わってしまっている。かなり年輩の人でしたが、その時の寂しそうな顔を、今だに覚えております。

「もうそろそろ、買い換えてくれるかな」と思いながら、メンテナンスに通っていたのでしょうか? あるいは「今日も、まだ有りますように」と思いながら恐る恐る来店されていたのでしょうか? 古いものがいつまでも残っていたことを考えると、その会社が最新式のものを扱っていなかったのかも知れません。

うちのレジも、もう少し新しいものに変えると、割引処理などを自動に出来るのですよね。あるいはアップルストアの様に、iPhone や iPad で会計なんてのも、今はそれほど難しいことではなくなっております。でも、まだ、今のが、バリバリに使えているし...

ということで、今のレジスターとは、まだまだおつき合いをすることになりそうでございます。使い慣れてて非常に早く打ち込めますし、手に馴染んだものってのはなかなか手放せないですよねぇ。では、では。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/05/21

【写真どころか動画も当たり前の時代】

お店で新人さんが入りますと、写真撮影をいたします。今日は、その撮影で思ったことを書いてみましょうか。

店内での写真撮影では、デジタル一眼を使いまして、スタンド式のストロボを2灯立てます。慣れてない人には、ちょっと物々しい雰囲気かも知れません。さらに、レンズの大きなカメラの威圧感が、若い新人さんにプレッシャーをかけるのでございます。

今は、カメラっていうとほとんどスマホですよね。コンパクトカメラも、あまり見かけなくなりました。そんなスマホ撮影に慣れている人からすると、ストロボ2灯に囲まれ、大きなレンズが自分に迫ってくるというのは、緊張するでしょうねぇ。それで、入店直後はなかなか良い写真が撮れない新人さんも、少なくございません

若い人の写真撮影では、こういった昔ながらのカメラに対する「とまどい」が伝わってくるのでございます。カメラの「レンズ」を見るという感覚が、あまりない。「見る」と言うよりは、何となくカメラの方を「向いている」という感じ。それだけ、カメラや写真といったものが、生活の中に溶け込んでしまっているということでしょうか。

逆に考えると、ワタクシのような昔ながらの人間は、写真撮影に思い入れが有りすぎるのかもしれません。フィルムやポラロイドの時代ですと、とにかく、「一発」で決めないといけない。目をつむってしまったりすると、その1枚が無駄になる。緊張しまくりでカメラに「立ち向かう」わけでございます。

しかし、今やネットには、無数の写真が溢れかえっております。Facebook や Instagram、Twitterが当たり前の時代になってきましたよね。「インスタ..何? それ?」って言う人は、どうぞ安心して下さいませ。ワタクシも、つい先日まではそんな感じでございました。

ワタクシは古くさいのでしょうかねぇ? 自分の写真を公に公開する(共有)感覚が、どうも馴染めない。もちろん、この欄では時々写真を載せておりますが、それは文章の挿絵のようなもの。自分が全くプライベートで撮影したものを他人に見せるって、スッゴク恥ずかしいのでございます。これも、やはり写真に思い入れが強すぎるからでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/02/04

【新栄にUMA発見か?!】

今日は、たわいもない話。

近所にこじゃれた料理屋さんがありまして、その店先に、大きなサボテンが植えられておりました。西部劇に出てくるようなぶっといのじゃなくて、ウチワサボテンっていう平べったいやつ。長年植えられていたのでしょう、すくすく育って、160cmくらいの高さに成長したサボテンでございました。

サボテンですので、表面にとげとげがいっぱいございます。ところが、ある日、そのとげが全て切り取られていたのでございます。歩道からちょっと引っ込んだところにありますので、まぁ歩行者がケガをする事は無いとは思っておりました。しかし、何かしらのクレームが入ったのでございましょうか。あるいは、店の主が気を利かして手入れをしたのでございましょうか。トゲトゲだらけのサボテンは、とげの無い真っ裸のウチワサボテンと変貌しておりました。

その日から、そのサボテンには奇妙な現象が起こり始めるのでございます。ウチワサボテンの平べったい葉が、少しずつ欠けていくのでございます。かけ始めると、妙に気になる。わざわざその店の前を通るようにしてまでも、毎日観察するようになったのでございます。下の方から少しずつ欠けていき、下の葉が無くなると、徐々に上の方の葉が欠けていくのでございます。

欠けていくというか、どう見ても「かじった跡」。ウチワサボテンと言えば、本来、食用のサボテンでございます。生でもそこそこに美味しいのかもしれません。“何かしらの生物”が、毎日、少しずつ食べていったのでございましょう。下の方から無くなっていったウチワサボテンは、少しずつ、少しずつ、無残な姿になっていき、とうとう、ほとんど何もないサボテンになってしまったのでございます。あまりにもむごたらしい姿になってしまったので、店の主が処分したのでございましょう、いつの間にかそのサボテンは無くなっておりました。

さて、ここで、そのサボテンを食べてしまった“何かしらの生物”とは、何でしょうか? 毎日、観察しておりましたが、とうとう、その謎の生物と遭遇する事は一度もありませんでした。野良犬でしょうか? でも大きなサボテンの上の方まで食べられておりましたので、そうとう大きなワンちゃんであることが想像できます。人間でしょうか。でも、人間だったら、葉っぱごとちぎっていき、自宅で調理するでしょう? ウ〜ン、謎なのでございます。

そこで、ハタと気がつきました。サボテンはイグアナの大好物。きっと、あのサボテンを毎日食べに来ていたのは、イグアナに違いないのでございます。そう思いつくと、つくづく、本物のイグアナに出会えなかったのは、実に残念。真相は闇の中になってしまいましたが、今でも、そのお店の前を通る時には、近くにイグアナが潜んでいないか、注意深く辺りを見回すワタクシでございます。

余談ですが、「たわいない」という語が気になりまして辞書を引きましたら、「他愛ない」という当て字に行き着いたのでございます。「他愛」とは「思慮分別」のことだそうで、「他愛ない」で「とりとめもない」とか「手応えがない」という意味になるようでございます。よくワタクシはお手紙の最後に、「ご自愛くださいませ」と書き添えるのでございますが、その「自愛」の対義語というわけでもないですが、「他愛(たわい)」という言葉に行き着きまして、ひとり、ニヤニヤしております。たわいのないお話でございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/09/15

「愛」の反対語、分かりますか?

 ちょっと意味深な題名のメールマガジンですが、その答えは最後の方に...今回は、ある写真展をご紹介いたします。最後の方でちょっとズケズケと書きました。ひょっとしたら気を悪くされる方がいらっしゃるかもしれませんが、特定の個人を攻撃しようとする意図はまったくございませんし、小さな命を軽視するつもりもまったくございません。もし気を悪くされましたら、ごめんなさい、悪意はございません。では、本題に入らせていただきますね。

 ワタクシが非常に敬愛する女性タレントが3人ほどございます。アグネス・チャンさん、黒柳徹子さん、夏木マリさんでございます。アグネスさんと黒柳さんは、ワタクシが小学生のときからの大ファン。夏木マリさんは、ワタクシが東京でミュージカルの勉強をしていたときの学校の校長先生でございます(その学校では、ワタクシはあっという間に落ちこぼれましたので、あまり大きな顔は出来ないのでございますけどね)。

 そして、なぜかこの3人には共通の項目がございます。「反戦」そして「発展途上国の子供たちへの支援」でございます。アグネスさんと黒柳さんは、UNICEF(ユニセフ)の活動で有名でございます。夏木マリさんは、ワタクシがミュージカルの勉強を始めた1992年ころからコンサートなどで反戦を訴えておりました。そして不思議なのは、ワタクシは決してその「反戦」「ユニセフ」というテーマに引かれてこの3人の大ファンになった訳ではなく、大ファンだった人がたまたまこの共通のテーマで活動をしているのでございます。

 その夏木マリさんが、「One of Love」と題して、発展途上国の子供たちを支援する活動を初めております。昨年、夏木マリさんは旦那さんの斉藤ノブさんと一緒に、バングラディッシュ、エチオピアを回ってきたそうでございます。そして、現地の子供たちに歌のプレゼントをし、多くの子供たちの笑顔を撮影してきたそうでございます。当初は漠然とした目的で始めたその交流の旅ですが、旅を通して、この「One of Love」という募金活動への決意を固めたそうでございます。

 その交流の旅で撮影した子供たちの笑顔の写真が、ただいま名古屋で開催されております。小さめのギャラリーで、展示されている写真の枚数も少なめですが、入場無料で、募金の勧誘などいっさいございません。今週の金曜日までの開催と、あと何日もございませんが、もし名古屋近郊にお住まいの方、たまたま名古屋を訪れた方、よろしければ足をお運びくださいませ。子供たちの笑顔の写真、現地での夏木マリさんの姿、そして交流の旅での様子をまとめた20分弱のビデオが流されております。また、夏木マリさんが出ているCMのスポンサーのご協力でしょうか、入場無料なのにギャラリーを出るときになぜか栄養ドリンクをもらっちゃいました。ごちそうさまなのでございます。

(ちょっと暴走しますよ〜)日本って国はさ、死にかけた赤ん坊がいると何千万という募金が簡単に集まっちゃったりするでしょ。さらに、その両親が「まだ足りません!」って募金の無心をしたりする。で、そういったせっぱ詰った募金の陰で、嘘ついて募金を集めようとする詐欺行為がごく稀にあったりする。そして、そんな嘘募金にも、ホイホイお金を振り込んじゃう人がいたりする。ちょっと、募金に対する感覚が麻痺してるところ、ありますよね。

 一方、発展途上国では、わずか数百円の食べ物や薬が手に入らないために死んでいく子供が大勢いる訳ですよ。ところが、そのような子供たちを支援するきちんとした団体は、募金を集めるのに大変な苦労をする。黒柳さんのような真面目にやっている方も、活動に参加した当初は、いわれもない叩かれ方をされたりいたしました。

 さきの赤ん坊の件ですが、日本人は“アメリカの心臓”をお金で買いに行くようなことになっちゃってます。が、アメリカにも順番を待っている子供がいるんです。また、インフルエンザのワクチンだって、足りなければ外国から買えばいいって言っているけど、外国だって余っている訳じゃない。

 あ〜、まだまだ思い出した。日本じゃ看護士や介護士が不足しまくっていて、アジアの諸外国から看護士・介護士として日本で働きたいという人が大勢いるのに、なぜか非常にハードルを高くして、事実上、門前払いの形になっている。島国ゆえの性質なのか、「自分さえよければいい」という最近の風潮を反映しているのか、日本って国、どこかおかしいっすよ!

 あ〜、ちょっとズケズケと書きましたが、もし気を悪くする方がいらっしゃったらごめんなさい。募金をしてくれとは申しません。ただ、関心を持ってもらいたいだけです。マザーテレサも申しております。

 「愛の反対語は憎しみではなく無関心です」

と。

-----
〜One of Love 写真展〜
 2009年9月12日(土)〜18(金) (予定)
  CBCスタジオギャラリー(CBC 本社 1F)
  〒460-8405 名古屋市中区新栄1-2-8 tel:052-241-8111(代)

 One of Love プロジェクト
 http://www.oneoflove.org

| | コメント (0) | トラックバック (0)