ニューハーフ関連の雑学

2018/06/07

【相手が見えてないから難しい】

お客様から「VIPルームに加湿器は設置してますか?」という質問をいただきました。

え~とですねぇ、空気清浄機は各部屋にございます。しかし、加湿器はVIPルームにもございません。と、言いますか、お部屋のカビなどを考えますと、お店としてはお部屋を出来るだけ乾燥させたいというのが本音なのですよね。

ここで、もしかしたらそのお客様は「空気清浄機と加湿器を混同して質問していらっしゃったかも」という疑問がわき上がったのでございます。ワタクシも「ないです」と即答せず、ここらあたりを探るような解答をすれば良かったのですが、もう後の祭りでございますね。

電話を受けておりますと、お客様の単語の誤用とか勘違いを疑って、探るような話し方をする場合が時々ございます。よく有るのは、「メール」「ウェブサイト」の混同や誤用。「お店のメールを見たんだけど」と切り出されるお客様が時々いらっしゃいますが、この場合「メールマガジン」「ウェブサイト」あるいは何かしらの本当の「メール」、こういったものを全部考慮しながらご案内したりいたします。

システムを聞かれて、「在籍の女の子は」と切り出すと、「え? ニューハーフのお店じゃないんですか?」と聞き返されたりとか。いや、便宜上「女の子は...」と言っておりますが、言われてみれば確かに「女」じゃない。まぁ、慌てて「在籍のニューハーフは...」と言い直せば済むことですが、こんな説明の本質以前でつまずく場合もございます。

いきなり、「コンパニオンって、男なんですよね?」と電話で聞かれることも。これは、一瞬、考えるのでございます。お客様が意味する「男」というのが、どのレベルを指すのか? ニューハーフだから男に決まってるけど、その意味で言ってらっしゃるのか。あるいは、ボーイズバーに居るようなタイプの子を指しているのか? お客様の遊びの嗜好ははいろいろ。探り探り、お話をしたりいたします。

逆に、「コンパニオンは、女性になってる人ですか?」というご質問も。この「女性」が性転換を指すのか? あるいは単にニューハーフ全般を指すのか? 質問に質問で返すのもいけないのですが、こういうのもいきなり返事をせず、お客様の「女性」のイメージを探るような軽い質問を返すこともございます。あぁ、難しい、難しい。

お客様が電話をされるとき、ウェブサイトなどを精査して十分な情報を得てから電話されている場合もあれば、単純に電話番号だけの情報でかけてくる場合もございます。電話ですので、そういったことがこちらからすぐに見えないこともございます。

お客様にとって分かりきってことをあえて説明してしまったり、または、こちらの言葉足らずでチグハグなままいつまでも会話が成立しなかったり(笑)、とかく、電話で説明するというのは難しいものでございます。

時として、電話応対でまどろっこしさを感じられるかもしれませんが、それはワタクシがお客様の状況を計りかねて、探りながら話している状況でございます。どうか、ワタクシに探られる快感をご堪能下さいませ。では、では。

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2018/05/12

【断言しちゃいます】

「性転換費用を保険適用に」という話題がございます。以前もこのお話はしましたね。この話題を、長年ニューハーフ業界に身を置くものとして、もう一度、意見させていただきます!

仕事柄、大勢のニューハーフ、女装者を見てきております。結論から申しますと、「女装する人の中で、かなり多くの人が幼少期に十分な愛情を注がれていない」ということでございます。育児放棄や虐待、イジメなどを受けていた人が多いのでございます。幼少期の体験と衣装倒錯、これは絶対に因果関係があると睨んでおります。

ここから推測するに、今、性同一性障害を訴えている人の多く、というか、ほとんどは、本当は「心の病気」ではないかなぁと思っております。しかしながら、診断を下す過程で、こういった心の病気はあまり疑われてない。ワタクシ、批判を顧みず断言いたしますよ。

「今の性同一性障害に対する診断は、かなり多くの誤診を含んでいる」

ワタクシも、20代位までは性転換を考えておりましたよ。カルーセル麻紀さんを羨ましいと子供心に思ったこともございます。でもね、女性として行動する期間が長くなり、一般社会に埋没するにつれ、パンツの中の形などどうでもよくなったのでございます。ワタクシ、さらに断言いたします。

「体の形を変えることよりも、社会への適応能力を高める方がはるかに有効であり現実的」

そしてここに、新たな提案をいたします。本当に「性同一性障害」という診断を下せる人は、ほんの一握りでございます。ですので、最初から「性同一性障害ありき」で診断を始めるのではなく、他の心の病気まで想定に入れた新しい病名を考えるべきでございます。

「性別変更願望症候群」

こんなのはどうでしょう? コミュニケーション障害、うつ病、心身症、乖離性同一性障害、ノイローゼ、こんなようなものが変身願望の病因になることがございます。こういった可能性を極力最後まで見逃さないように、最初からあらゆる可能性を想定した病名からスタートするべきだと思っております。

さらに、マスコミにも問題がある。性転換してうまく行っている人ばかりが脚光を浴びる。しかしその影で、多くの「失敗した、早まった」と後悔している人にはフォーカスを当てない。さらに、「性転換してないけど、上手に異性の性別で社会生活してます」という人も、まったく話題にならない。

性転換手術をしてうまく行っている人しか話題にされない。ですから、変身願望を持つ人は「性転換すれば、私もあんな生活が送れる」と思い込んでしまう。後悔している人、他の選択肢でうまく行っている人、こういった人達を取り上げないマスコミも困りものですが、その風潮に乗りすぎている医学界は犯罪的だと、ワタクシ、断言いたしましょう。

「マイノリティ(少数派)を支援している俺、カッコイイ!」、こんな風潮が世の中に溢れております。同時に、そのマイノリティを批判したりすると、「弱者イジメ」として猛烈な反駁(はんぱく)を買ったりいたします。多数派も少数派も同様に批判出来て初めて、世間一般の「共感」が得られるのだと思いますけどねぇ。今日は、いろいろ「断言」した日でございました。

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2018/05/11

【最近の子はくたびれてますねぇ】

お店終わった後、深夜に、東京の友人とLINEのやり取りをしておりました。東京のお水で働いてるニューハーフで、20年来の腹心の友でございます。いろいろ話しているうちに、「最近の若いのは~」という話で盛り上がってしまい、さすがにお互い愚痴っぽくなっちゃって話題を切り換えたりしておりました。

「最近の若いのは~」という話題は、世界中の職場で、そして古来何千年も、語り尽くされてきているのでしょうねぇ。若い時期は、人生で1回だけ。でも、年を取った時期も、やはり人生で1回だけ。そして、逆方向には絶対に進めない。中高年の愚痴は、若さへの憧憬なのかも知れませんね。

ただね、「最近の若いのは~」という単なる愚痴では説明出来ない時代の変化もございます。特にこのニューハーフ風俗の業界は、ここ数十年で大きく変貌してるのですよね。一番の大きな変化は、入ってくる新人さんが水商売の経験がないことでございます。

ニューハー全盛期の頃は、水商売のニューハーフが風俗に入ってくるというのが普通のコースでございました。当時のお店は、水商売経験が無い人はほとんど採用しませんでしたしね。お水で鍛えられた上質のニューハーフがゴロゴロ入店して来ましたから、シロウトさんの出る幕はほとんど無い状態でございました。

最近は、真逆でございます。応募で来る人で水商売を経験しているという人は非常に少なくなっております。もちろん、お水の経験が無いからと言って風俗の仕事が出来ないわけではございません。条件さえ整えば普通に採用いたします。ただ、お水経験の有る無しで、お客様のコントロールの仕方が変わってきているように感じるのでございます。

コッテコテのお水を経験してきたコンパニオンは、お客様を「コントロール」あるいは「教育」しようといたします。お客様を自分の営業路線に乗せようとするわけですよね。そして、お客様の時にはアウトローな要望も聞きつつ、かつお店にも儲けさせ、かつコンパニオン本人も美味しい思いをする。そんなバランス感覚がございました。

一方、そういった「お客様をコントロール・教育する」という感覚がないと、「ただただお客様の要望を叶えるのがサービス」という先入観を持ちやすいものでございます。そして、時にはお客様に振り回されたり、あるいは過剰サービスの悪循環に落ち込んだりすることもございます。「押したり引いたり」というのが出来なくて、「引っ張り回される」のでございます。

これは、最近話題のセクハラ問題と似てますよね。昔ながらの人は、今まで問題なかったから今後も大丈夫だと思い込む。しかし、それを受ける側の人には、もはや受け皿が無くなっている。そして、ただひたすらお仕事を全(まっと)うしようとして、少しずつ壊れてしまう。若い新人さんが入りますと、こういった行き違いに特に気をつけるのでございます。

さて、こんな心配をするのも、あとどれくらいでしょうかねぇ? 今は過渡期なのでこういった感覚の違いから来る行き違いも発生しますが、時が経てば、お客様もコンパニオンも入れ替わってまいります。そっくり入れ替わってしまったら、行き違いの起きようが無いはず...とは思いますが、きっと、そんなときでも、「最近の若いのは~」と誰かが言っているのでしょうねぇ。これは、人類の究極のテーマなのかも。では、では。

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2005/10/09

美しさは強さなり

3月に開催された愛知万博も、あっという間に半年が過ぎ、閉幕してしまいました。とうとう、一回も万博に行けなかったのでございます。って言うか、ワタクシ、人ごみが大っきらいでございまして、ノンビリこいている間にドンドン混雑度が増してしまいまして、行きそびれちゃったというのが真相でございます。

さて、ついつい細木数子さんの番組を見てしまうのですが、その細木数子さんのある番組でのことでございます。大勢の男子高校生が出演していたのでございますが、その大勢の中に、髪の毛を染め、爪にマニキュアを塗っている高校生がおりました。

高校生がマニキュアを堂々と塗ってテレビ出演...まったく、うらやましい限りでございます(ワタクシの高校生のときなどには、“自分の本性”がばれないように必死で隠し通しておりました)。ただ、そのキレイキレイ派の高校生(以下軟派)、同じく出演していた硬派の男気の強い別の高校生に突っ込まれ、押し黙ってしまっておりました。ちょっとカワイソウだったのでございます。しかし、その硬派と軟派、両極端な高校生を、わざわざ近づけて座らせる放送局側の演出も、なかなかに手が込んでてイヤらしいのでございます。

ことの始まりは、放送局側からのある質問でございました。「親に手を出したことがあるか?」という質問に対して、軟派の学生が「つっとばしたことがある(方言? 何となく分るけど)」と答えたのでございました。

すると、二人分ほど横に座っておりました硬派の学生が、「おまえ、親をつっとばすとは、どういうことだよ」と食ってかかったのでございます。受ける軟派、突然の伏兵にたじろぎまして、なにげに顔に手をやると、その指にはきれいなマニキュア。その指と染めた髪の毛に触発され、硬派の学生「おまえ、なに頭染めてんだよ」とマジギレの追い打ち。軟派、気色(けしき)ばむも、返す言葉を喉から出す勇気がなく、泳ぐ目...と、ここまでが番組内での出来事でございます。

どちらの子も、自己主張全開でかわいいものでございます。硬派の学生が主張しているのは「男気」。男っぽさということでございます。一方、軟派の学生が主張しているのは、ちょっと違うけど「女気」ということになりましょうか。今回は、この男気と女気がテーマでございます。

放送内の硬派学生は、やや過剰反応気味に突っかかっていっておりました。よく、男っぽさを表現しようとすると、「蛮カラ」と言うのでしょうか、粗野な表現をしてしまう人がいらっしゃいます。ホストさんやオナベさんなど、男っぽさを売り物にしている人に、ときどき見受けられます。

男っぽさを表現しようとして粗野になるのは、それは「男の醜い部分」のみを抽出して取り入れているからでございます。って言うか、男の醜い部分を男っぽいと勘違いして解釈しているのでございましょう。実は、真の男っぽさとは、もっともっと静かなものでございます。そこで、ワタクシが考える男っぽさを申しあげてみましょう。

例えるならば、「よく切れる刃物ほど力を抜いて使う」といった感じでしょうか。よく切れる刃物も、それを上手に使いこなすためには、やや控え目で繊細な力加減が必要でございます。男っぽさも同じでございます。心の中の男っぽさが強いほど、その男っぽさは控え目かつ細心の力加減で表現されるべきでございます。つまり、カッとなっても、グッとこらえる精神力の強さ、そして、いつも最小限の力で相手に接する余裕、それが男っぽさに要求されるのでございます。

では、女気の表現では? 女っぽさといえば、美しさでございます。実は、世の中というもの、「美しいものほど風当たりが強い」のでございます。先ほどの軟派学生も、髪や爪を飾り立てていなければ、もう少し風当たりが弱かったかも知れません。ましてや男子高校生でございます。男が美しく飾り立てるというのは、それだけで話題のネタにされてしまうのでございます。

美しくなればなるほど世間の風当たりが強くなるというのならば、その風当たりに対抗するにはどうすればよいのでございましょう? その風当たりに対抗するのは「心」でございます。姿が美しくなればなるほど、その美しさを支える強い心が必要になるのでございます。そして、男気と同じように、強い心ほど力を抜いて使う必要があるのでございます。

美しいからといってそれを鼻にかけて振り回せば、美しさが周りの人を傷つけることになります。美しさとともに湧き上がってくる自己顕示欲をグッと押さえ込んでこそ、始めて本当の美しさが表れるのでございます。そして、そのように凝縮された強い心でこそ、始めて世間の風当たりに対抗できるのでございます。

さぁ、ここである発見がございます。実は、男気も女気も、その心の持ちようでは同じということでございます。どちらも、自己顕示欲を押さえ込んだ強い心があって始めて、本当の男っぽさ、本当の女っぽさが表現できるのでございます。

実は、ニューハーフ・ゲイボーイさんには、男気が強い方が多いのでございます。大変艶やかで美しいニューハーフさんも、精神的な部分では非常に男っぽかったりすること多いものです。男気が強いから、本当の女っぽさも表現できるのかも知れません。ましてや、男が化粧するという非常識な世界に住んでいるわけでございますから、世間の風当たりはなおさら強うございます。美しさを支えている心も、さぞ強かろうということで、けだし、男気、女気、実は表裏一体なのでございます。

で、ニューハーフに独特の美しさがあるのは、この世間の風当たりに対抗する強い心があるからじゃないかと思うわけでございます。しかしながら、最近はニューハーフも市民権を得てきまして、世間の風当たりもだいぶ弱くなってまいりました。ニューハーフが世間に認められるというのは光栄でございますが、その副作用として、本当の美しさを見失ってしまうのではないかという危惧もございます。ワタクシも、古き良き時代を懐かしむ世代に入ってきているのでございましょうか?...

といったところで、今回は終わりにしましょうか。では次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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2005/09/29

ューハーフ、ニューヨーク(入浴)

いやぁ、とうとうマジックが“1”になっちゃいましたねぇ、プロ野球セリーグ。みなさんがこのメールマガジンを読んでいらっしゃるころには、優勝が決まっちゃっているかも知れませんね。その阪神優勝での恒例行事(?)といえば、そう、あの道頓堀ダイブでございます。実は、その道頓堀ダイブで有名な戎橋(えびすばし)を、先日の大阪出張の折りに見てきたばかりでございます。

その戎橋周辺、大変きれいになっておりました。川沿いには板張りの遊歩道が整備され、街中のちょっとした癒しスポットになっておりました。ただ、戎橋の欄干部分に設置された大きなガラス板の壁が、妙に不自然でございましたが、あれは飛び込み防止の壁だったのでございますね。いまさらながらに納得でございます。

前回の優勝時には何千人もの方が道頓堀川に飛び込み、死人まで出ているとのこと(人が死んでんねんで)。大阪府警はなんとかして、この道頓堀ダイブを阻止しようと躍起になっておりますが、なかなかどうでしょうかねぇ。あの優勝時の興奮を抑えられますでしょうかねぇ。そこで、ここはひとつ視点を変えて考えるのでございます。

飛び込みたいのなら、どんどん飛び込ませればいいのでございます。そして、川沿いにはたこ焼きやお好み焼きの屋台に混ざって、シャワーの屋台(?)、衣類の出店、立ち並ぶ急設更衣室(有料)...。どうですか、あきんどのまち、大阪らしく有りませんか? エッ、大阪のことバカにしているだろって? いえいえ、そうではございません。あまりにもふがいないドラゴンズのことを思って、ちょっと捨鉢(すてばち)になっているだけでございます。

さて、今回は前回ごあんないした、ニューハーフのお風呂騒動記でございます。そもそもワタクシ、生まれつき女っぽい顔立ちだったので、小さいころから女の子とよく間違えられておりました。青年期に入りまして自己主張の強いお年頃になりますと、何を思ったか金八先生のように髪の毛を伸ばしていたのでございます。

そうなりますと、首から上だけ見るとまったくの女性。そのような“紛らわしい”見目姿で銭湯、温泉の類に入りますと、とっても興味的な現象が起るのでございます。これからお話しすることは、ワタクシがまだまだニューハーフになる前、オッパイもなく、単なる女っぽい青年だった頃の出来事でございます。

まず、男湯に入った瞬間、脱衣所にいた面々が一斉にワタクシに注目いたします。中には、「ここは男湯ですよ」とご丁寧に教えて下さる方もいらっしゃったりいたします。そういった方々の懐疑的状況を昇華すべく、ワタクシ、脱衣所ではことさら男っぽく振る舞ったりしていたのでございます。とりあえず、さっさと下半身をあらわにして、小さなオチンチンを見せてしまう。そうすると、脱衣所の面々、世界の七不思議のひとつが解明したかのような安堵の表情を浮かべるのでございます。

そのような状況で、あとから男湯に入ってくる方々の反応が、これまた面白い。入ってきた瞬間、ワタクシの姿を見て、女湯へ間違って入ったと思うのでございましょうね。慌てふためき、一度男湯の外へ出て、男湯の看板を確認してから、まるで未開の地へ足を踏み込む探検隊のような顔つきで、もう一度男湯に入っていらっしゃいます。慌てて、男湯の戸口で、ひっくり返る人もいらっしゃったりいたします。どっきりカメラの仕掛け人の楽しさが、ちょっと分ったりいたします。

同じような出来事が、ワタクシが浴場内にいるときにも起るのでございます。この場合は、脱衣所から浴場への入り口で、タオル一枚で股間を隠した男性が慌てふためくわけでございますから、なかなかに楽しゅうございます。全国の女性のみなさん、男性というものは、服装で武装しているから強がっていられますけれど、裸で股間を隠している男性というものは、はなはだ無防備で脆弱(ぜいじゃく)なものでございます。世の奥様方、ダンナさんとの夫婦げんかは、ぜひぜひ、お風呂の中でやるべきでございます。

その後、ワタクシ、ニューハーフになってからは、オッパイもあり、男湯に入るにはいささか抵抗がございます。けれど、お店の慰安旅行などでは、旅の恥はかき捨てとばかりに、ニューハーフの団体で男湯へ突入したりもいたしました。オカマも数がそろうと堂々としているもの。むしろ他の男性が恐縮して、大きくなりかけた股間をしきりに隠したりするのも、なかなか楽しいものでございます。しかし、子供連れのお父さんが、「見ちゃダメ」と叱りながら子供の目をふさいでいたのには、こちらが恐縮してしまったのでございます。家族連れの方、ゴメンナサイなのでございます。

男風呂へ団体で突入したこともございましたが、ひとり旅の旅先などでは、余分なトラブルを避けるため、必要に迫られて女湯に入ったりいたします。裸の男性が、無防備で弱々しいと申し上げましたけど、一方、女風呂での裸の女性の方々は、大変堂々としていらっしゃいます。

多くの男性が浴場内で股間を隠すのに対して、ほとんどの女性は股間を隠しません。男性のオチンチンが隠さないと丸見えなのに対して、女性のアソコはうまい具合に隠れているということもあるでしょう。では、女性は丸見えのオッパイを隠すかといいますと、(中には隠す人もおりますが)ほとんどの人は丸出しでございます。お風呂での男女の立ち振る舞いの違いを考えますに、精神的に気丈夫なのは女性の方でございますね。女性の平均年齢が男性より長いのも、うなずける話でございます。

さて、都合良く男湯へ入ったり、女湯へ入ったりしていたワタクシでございましたが、天罰は下るもの。ある日、女湯でニューハーフであることがばれたのでございます。某レディースサウナへ行ったのでございますが、風呂上がりにくつろいでおりますと、女性の従業員の方に職務質問を受けることに。そして(アンパイアに暴言を吐いたプロ野球の監督のように)退場処分になったのでございます。

仮に、性転換したニューハーフが女性の戸籍を獲得し、姿、形、法律的にもまったく女性そのものになったとしても、女風呂に「元男性」が入ってくるということに抵抗感を感じる女性は、やはり存在すると思います。これは前回お話ししたスポーツクラブの更衣室なども同じことが言えます。体は女に変身していても、「男の心」「男の目」が残っていると思われるのでございましょうか。性転換して女の戸籍になったら何もかもリスタート...といかないところが、ニューハーフ・性転換のかなしい性(さが)なのでございます。

さあ、今日から阪神が6連敗して中日が8連勝したら、みごと中日ドラゴンズ優勝でございます(ありぇねぇ)。みなさまがこのメールマガジンを読んでいらっしゃる頃には、決着がついているのでございましょうか? フランク・シナトラが「And find I'm king of the hill - top of the heap」と歌ったように...ではでは、次回をお楽しみに、名古屋薫でございました。

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2005/09/21

身分証明書にも女装デビューがあるのよ

昨日(9/20)は、ちょっとした所用がございまして大阪へ出張しておりました。まぁとにかく、人が多いですね。梅田、難波、道頓堀、心斎橋と回ったのでございますが、連休明けの平日にもかかわらず、人、人、人の波でございました。そういえば、東京の渋谷、新宿といった場所も、平日・休日にかかわらず人が多かった覚えがございます。平日と休日とで人出に差がある名古屋は、まだまだ都会パワーが足りないのかななんて思った日帰り旅行でございました。

話は一気に飛んで、佐世保のヘリコプター墜落でございます。パイロット、観客にケガ人が出なかったのは不幸中の幸い、よかった、よかったなのでございます。でも、ね、「墜落原因が解明するまでは、同じ型のヘリコプターを飛行中止する」ってのはどうよ。それって、ブランコで子供がケガしたから、全国のブランコを撤去するなんていうお話しと同じじゃございません?

ヘリコプターといえども、一応「兵器」ですから、あれ。 戦闘兵器が落ちて、そのたびにいちいち飛行停止していたら、戦う道具なくなっちゃうじゃん。っていうか、いやぁ、ワタクシには、パイロットのこんなセリフが聞こえたような気がしたんですけどねぇ。

「このヘリ、ボロボロだよな。ケガしない程度に落っことしちゃおうか? そうすれば、新しいの買ってもらえるし」...
さて、本題。「そうだ、選挙へ行こう!」というわけで行ってきました、投票へ。結果はみなさんがご存じの通りなのでございますが、今回は政治の小難しいお話しをするつもりはございませんのでご安心を。こういった社会的行事の際にニューハーフが必ず遭遇するトラブルがございます。そう、本人確認のトラブルでございます。今回はニューハーフが身分を証明する際のアータラコータラがテーマなのでございます。ではではでは、ごゆっくり、どうぞ〜。

さてその投票でございますが、案の定、本人確認でドタバタでございます。そりゃ、ロングヘアーでCカップのオッパイがついているのに、名簿に「男」って書いてありゃ、受付のオバチャン、パニくるのも当然。生年月日を聞かれて、出来るだけ低い声で答えるワタクシ。それで、なんとか理解してもらった雰囲気。でも、ワタクシの後、1時間後ぐらいに同じ場所へ投票しに行ったデカパイニューハーフの親友も、同じようにドタバタしたもよう。オバチャンたち、学習能力無さ過ぎです。

まぁ、今回の投票所のオバチャンたちは、けっこう年配の方でいらっしゃったし、たぶんボランティアの方々でしょうから、ワタクシのような「やや不測の事態」には驚かれたことでございましょう。では、一日に何百人も本人確認をしている窓口ではどうでございましょう? 一日に何百人? 何を想像されますか? そう、運転免許の更新でございます。

免許証の写真というと、大変厳格そうな印象がございますが、ワタクシ、毎回女装したままで、スムーズな手続き、(ゴールド免許の)簡易講習で、アッサリ更新しております。どうやら、「前回更新時の写真に比べて大きな変化がなければOK」のようでございます。「前回更新時と比べる」ということは...そうです、男から女に変ったあとの最初の更新、免許証女装デビューのときが大変だったのでございます。

ワタクシの“免許証女装デビュー”のときは、書類提出後30分ぐらいたっても、いっこうに名前が呼ばれないのでございます。窓口の奥の方では下っ端と上司が何やら相談している様子。あるいは、変った人が来たと、ワタクシの写真をみんなで回し見していたのかも。今からカナ〜リ前の話でございます。ニューハーフが一般化したこんにちでは、もっともっとスムーズなのでございましょうね。

あと、それから、病院で診察券を作る時も、「男」に印を付けているのに、出来てきた診察券を見ると「F」(=Female)になっている... もっとも、ワタクシの本名が男とも女ともつかない名前なので、看護婦さんも気がつかないのでしょうが、もし男性が飲んじゃいけない薬を処方とかされちゃって、命にかかわるかもしれないので(アハハ)、ちゃんと直してもらいます。エッ、女として扱われてうれしくはないのかって? いえいえ、命にかかわることですから、病院では女ぶりません(キッパリ)。

そうそう、大事なものを忘れておりました。パスポート。このパスポートの写真はなかなか奥が深い。なにしろ、日本でこそニューハーフと言えば小学生でも知っていますが、世界の中には「女装=危険人物」なんて考え方の国があるかもしれない。女装のまま入国しようとしたら、その場で銃殺刑なんてシャレになりませんからねえ(ありぇねぇ)。

まぁとにかく、余分なトラブルを引き起こさないためにも、パスポートの写真はスッピン風で撮っております。アッ、スッピン“風”っていうのは、スッピンで眉毛だけかいた状態ね。眉毛ないと、今度は別の意味で危険人物“風”になっちゃうからね。

以上これらは、身分証明書などを作るときのトラブル。このほかに、「身分が明らかになって起るトラブル」なんてのがございます。例えば、スポーツクラブの申し込み。氏名欄をみて男だと分かると、とたんに申し込みを断られたりする。やはり、脱衣所を男と女、どちらに割り振っても問題が起きるからでございましょう。

さらに、銭湯・温泉の類。温泉などは、ニューハーフ仲間数人で、ガチャガチャ言いながら男湯に入ったりしたこともございました。旅のハプニング、それもまた、いとおかし...なのでございます。ところが、銭湯、サウナにいたっては、そのような遊び心は通用いたしません。男湯に入れば見せ物。女湯に入れば通報される。ワタクシなどは、女ぶって女湯に入り、番台に通報され、出入り禁止になった銭湯が名古屋にひとつ、東京にひとつございます。若さゆえのあやまちなのでございます。

そのお風呂がらみのお話しでは、なかなかいろいろなハプニング話があるのでございますが、それはまた次回にでもお話しいたしましょうか。

ほとんど女にしか見えないニューハーフ、あるいは性転換したニューハーフなら、女湯に入ってもいいじゃないか。こういった考え方もあるでしょう。しかし、たとえ性転換していても、“元”男な人が女風呂に入ってくるのを大変嫌う女性がいらっしゃるのも事実です。戸籍の性別を変えられるようになり、男と女の壁が、徐々に低くなろうとしている昨今ですが、男湯と女湯の壁は依然高いままのようでございますね。

では今回はこのへんで。次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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2005/01/09

ニューハーフに変身する瞬間って?

あけましておめでとうでございます。名古屋薫でございます。2005年初めてのメールマガジンでございます。

ワタクシ名古屋薫はニューハーフでございます。ニューハーフが書くメールマガジンだから、さぞかしエロエロだとかハァハァした内容でてんこ盛りだと想像して、このメールマガジンの購読を始められる方もいらっしゃるようでございます。そのような方からは、「なんだ、まともな(?!)エッセイじゃないか」といったような、“うれしい裏切り”の感想を頂いたりもしております。

さてワタクシ、『シーメール白書』というニューハーフ専門誌にもエッセイを載せて頂いております。ニューハーフがらみの話題をそちらの専門誌の方でお話ししている影響で、ついついメールマガジンの方は普通の話題が多くなっているようでございます。そこで今回は、ニューハーフがらみの話題で、ちょっとエロエロハァハァな話題をお贈りするのでございます。ではでは、始まり始まり〜

「いつ普通の女の子からピンクレディーに変りますか?」
「ブーツを履いたときです」
年末に観たTVの特番でのワンカット、出演前の準備をするピンクレディーが、メイクアップをしてもらいながらインタビューに答えたやり取りのひとつでございます。舞台に立つ者には、「気が入る」という瞬間がございます。素(す)の自分から魅(み)せる自分に変るのでございます。ピンクレディーの場合は、ブーツを履いた瞬間でございましたが、またある人はカツラを被った瞬間であったり、あるいは前奏が始まったときとか、開演のブザーが鳴ったときとか人それぞれに気が入る瞬間があるものでございます。

では、ワタクシの「気が入る」瞬間、つまり、“チンチンのあるオバサン”→“ニューハーフ”に変身する瞬間とは? エヘヘ、ここだけの話でございますよ。大きな声で周りに言いふらさないで下さいね。実は、パンツ(パンティー・ショーツとも言う)の後ろ側へオチンチンを押し込むときなのでございます。後ろへ押し込んだあと、パンツをキュッと引き上げて、その上からガードルという強力なサポーターパンツのような物をはくのでございます。そして、アソコがマネキン人形の股間のようにピシッとなる。この瞬間、「今日もお仕事頑張るぞ!」という営業ニューハーフモードに切り替わるわけでございます。

スカートをはいたとき、アソコがモッコリしていたのでは何とも興ざめでございます。そこでこのように、後ろ側へ押し込みガッチリ固めるのでございます。お仕事が終わって下着を脱ぐと、シワクチャになったオチンチンが、まるで水を得たワカメのように、フワァ〜と息を吹き返すのでございます。ニューハーフのオチンチンも大変でございます。

ニューハーフのオチ○チンの受難はこれだけではございません。ショータイムのときなどはショーの衣装に着替えるわけでございます。当然、衣装の中にはガードルとかショーツとかをはき込めないものもございます。そのような場合は後ろ側にまわしたオチンチンの上から、梱包用のガムテープでとめるわけでございます。ガムテープを上手にオチンチンの先っぽだけに付けて、ギュッと後ろにまわすと、アラ不思議、前から見ると性転換。そんな遊びなどもしたりしておりました。

そのような“用途”に使う場合のガムテープは、やはり紙製よりも布製の方がよろしいでございます。とにかくショータイムでは汗をかきますので、紙製のものではすぐ剥がれてしまうのでございます。また剥がすときも紙製のものは離れが悪く、オチンチンに後腐れが残ったりするものでございます。そこいくと、布製のものは潔(いさぎよ)いです。そのかわり粘着力強力なので、剥がすときにはオチンチンの皮が引っ張られて、まるでムンクの有名な絵の様になったりするのでございます。

というわけで、ワタクシの場合、オチンチンを後ろにギュッと引っ張り上げた瞬間に気合いが入るわけでございます。みなさま方もそれぞれのお仕事に臨むにあたって、気合いを入れるきっかけのようなものがきっとあるでございましょう。気合いを入れたときには、ぜひ、ワタクシのひしゃげたオチンチンも想像して、ニヤッとして頂きたいものでございます。

では、本年もよろしくお願いします。なお、まったく更新されないワタクシのホームページ(更新しないのはワタクシが原因なのでございますけどね)の表紙に、僭越ながら年賀状をアップさせて頂きました。よろしかったら、ご覧下さいませ。また、友人・知人・縁者各位のみなさま方には、同デザインの年賀状を(今頃)急ぎ発送中でございます。お付き合いが深く、オウチャク出来る人ほど後回しになっておりますので、遅れて来れば来るほどワタクシの情が厚いのだと思って頂ければ幸いでございます。

ではでは、今回はこのへんで、失礼いたします。名古屋薫でした。

2005年賀状
Nenga2005

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2004/04/30

ミギ・ヒダリ、両方使ってオカマ誕生

近くの大衆食堂で「朝定食」(生卵、コーヒー付き、600円)を食べながら、ふとこう考えた。七人掛けの電車の横長椅子。六人で座ると角が立つ。七人で座ると窮屈だ。中途半端な混み具合だったりすると、とかく座席には座りにくい。

正直に定員通り七人座ると、七人が窮屈な思いをして不幸になる。そこで、誰か一人が立ち上がればいい。そうすれば、情に棹さして立った一人の不幸者と、一人分余裕が出来てゆったり座れる六人の幸福者が出来上がる。七人の不幸と六人の幸福とを比較すれば、六人の幸福の方が優れているに決まっている。故に、七人掛けの椅子には六人が座るのが正解なのである。

また、化粧をしながらこんなことも考えた。眉は右利きなら逆の左から描いた方が綺麗に描けると人は言う。しかしである。描きにくい左の眉は当然上手には描けない。その下手な左の眉に合わせて右の眉を描いたら、右の眉も下手になってしまう。醜い眉が二つ出来上がるわけである。

より美しい眉を望む場合、利き手側から描くべきである。描きやすい右の眉を上手に完璧に仕上げるのである。而(しこう)して、描きにくい左の眉に取り掛かる。結果として、完璧な美しい眉が一つと醜い眉が一つ出来上がる。利き手の逆側から描けば醜い眉が二つ、利き手側から描けば少なくとも一つの美しい眉が残る。どちらが良いかは火を見るよりも明らかである。眉は一般論とは逆に「利き手側から」描くべきなのである。

全国の読者の皆様方、名古屋薫でございます。ふと気が付くとアッという間に二週間という時間が過ぎ去っているのでございます。必然的にというか然(しか)るべくして今週のメールマガジンは4/23・4/30合併号になってしまったのでございます。なんだか、巷にあふれる諸雑誌のようでカッコいいのでございます。

さて、冒頭で述べました二つの事例、ふと思いついたことを徒然(つれづれ)なるままにダラダラと書いてみました。まさに「逆も真なり」というとはよく言ったものでございます。皆様方、ぜひ実践していただきたいものでございます。ではそろそろ本題に入るのでございます。

先日、あるTVの教養番組が「ピアニストを科学」しておりました。ピアニストの頭に電極を付け、ピアノを弾くときの演奏者の脳波を調べておりました。人間の脳ミソというものは右と左で役割分担が違うそうで、右脳は感覚や感情、左脳は言語や論理的なことを考えるように出来ているそうでございます。

当然、音楽などを聴くときには、感覚を司る右脳がより敏感に反応するわけでございます。ところがピアニストが演奏しているときには、右脳だけではなく言語などを司る左脳も激しく反応しているのでございます。そして、TV画面に現れた学者先生も、その左脳の反応に関しては「説明が付かない」などと頼りないことを言っているのでございます。

そこで、ワタクシ、ピーンと閃いたのでございます。ワタクシも遠い昔には音楽家の(卵の)ハシクレ。音楽の心得はあるのでございます。そのワタクシに言わせて頂けば、楽器演奏者が演奏中に、感覚を司る右脳だけではなく、言語・論理を司る左脳をも使うというのは、ごくごく自明のことなのでございます。

それはなぜか? それは、音楽家は音を「音名」で聴いているからでございます。例えば、「チャララ〜ララ、チャラララララ〜〜」なんて音も、音楽家の耳には「ドレミ〜レド、ドレミレドレ〜〜」なんて聞こえているのでございます。また、さらにスゴイ人などは、伴奏のコード進行を頭の中で楽譜を起こしながら聴き取ったりなんてするのでございます。

一般の方は、音楽のメロディーラインを「単なる感情の起伏」として“感覚的に聴いている”のでございます。一方ミュージシャンは、伴奏の和音の流れなども同時に聴き取りながら、音を“論理的に読んでいる”のでございます。その論理的に分析するという作業をバックグラウンドでこなしながら、感覚的な部分で音楽を組み立てていっているのでございます。

このようにして音楽家は、右脳と左脳を同時に使いながら演奏しているわけでございますが、その右脳と左脳、感覚的な右脳は女性の特徴として、論理的な左脳は男性の特徴として語られることが多いものでございます。それでは、男と女では脳ミソの作りが違うのか? これはワタクシにも分かりません。

ただ、人というもの、小さなときから「男らしくしなさい」とか「女なんだから」とさんざん言われ、自分で脳ミソのどちらか半分を“殺しながら”大きくなってきているのかもしれないのでございます。まったくもったいない話でございます。灰色の脳細胞が詰まった頭脳を、半分しか使っていないわけでございますから。

さぁ、そこで「オカマ」の登場でございます。常日頃「変態」「異常者」と言われがちな世のオカマでございますが、実は、この男でありながら女っぽく振る舞うオカマこそ、脳ミソの右も左も100%使い切る、素晴らしき能力を持った人達なのでございます。

たとえばでございます。テーブルの上にやや小さめの灰皿があったといたします。その灰皿を見て、「やぁ、これは灰皿としては小さすぎるな。やはり灰皿として機能するためには大きさがナンタラ、角度がウンタラ…」と考えるのは理屈っぽい左脳でございます。また、一目見て「キャ〜、カッワイ〜イ」とか「信じらんなぃ」というふうに,条件反射的に反応しているのが感覚的な右脳でございます(かな〜りワタクシの独断的解釈です)。

そして、世にあふれる「デザイン」と呼ばれるもの。それはすべて、この「理論」vs「感性」のバランスであり、そのほどよいバランスからは「機能美」が生まれるのでございます。つまり「美しくかつ理にかなっているもの」を創造する仕事、何か新しい斬新なものを生み出す仕事には、脳ミソの右と左どちらもバランスよく使う必要があるのでございます。そう、理論と感性を必要とするクリエイティブなお仕事は、まさにオカマにはうってつけなのでございます。

脳ミソを自由に使う必要のあるお仕事だから自然にオカマチックになっていくのか、あるいはオカマさんにとって働きやすい職種だからそういった人達が集まるのか? どちらにせよ、クリエイティブな職種にはオカマチックな人が多いのは事実でございます。

さぁ、皆様方も、お仕事に煮詰まったり、人間関係に行き詰まったりしたら、オカマになりましょう。普段使っていない脳ミソの残り半分を存分に使い切り、クリエイティブに、そして自由に生きるのでございます。オカマのパワーは世界を征服するのでございます。

さて、今まで述べましたのは「男性」が脳ミソの残り半分を使う場合でございました。では、「女性」の場合は? 女性はオナベになるのかな?

想像してみて下さいませ。オカマチックな男性というものは一般社会で生きていくのはなかなか大変でございます。それに対し、ボーイッシュな女性というのは、ごく普通にいらっしゃいます。そうでございます。つまり、脳ミソの残り半分を活用しようとする場合、男性よりも女性の方がはるかに条件がいいのでございます。

そして、実は、女性の中には自分でも気が付かないうちに脳ミソの残り半分を活用している方などもいらっしゃいます。「やり手の」ホステスさんとか、「やり手の」女社長さんなどに見受けられます。あくまでも「やり手の」でございます。クラブのママさんなどで、超美人だけれど、ハートの中に大変男性っぽい要素を持った方とかが多くいらっしゃいます。脳ミソをフル活用していらっしゃるのでしょうね。

また、女形の役者さんなどが出す独特の色気は、女の色気を理屈で分析し尽くした上での「技」なのでございます。男性の論理的分析力が有ってこそ、あの女形の色気は生まれ出るのでございます。ニューハーフが演じる女っぽさも、それに近いものが有るのでございます。女性を「男の目」で見ているからこそ分かること、というものが有るのでございますね。

ニューハーフは「論理的に色気を演出」しております。水商売に従事していた頃など、女性のお客様が「女より色っ〜ぽ〜い」と言って褒めて下さいましたが、女性でもちょっと論理的に頭を使えば難しいことではないのでございます。しかし、そこは女というもの「情」が優先するように神様が作っていらっしゃるようでございます。

逆に、女性がその自らの色気を「計算ずくで」演出する論理的「技」を身につけたら、ニューハーフなんてかなわないとも思っておりました。だって、計算された色気プラス「女の武器」を持っているわけでございますから(使う使わないは別にしてね)。事実、前述の通り、クラブのママさんなどには、そういった技を自然に身につけられていらっしゃる方が多いものでございます。

さてさて、今回は合併号(?)ということもございまして、長くなってしまいました。ちょっとくたびれたので、次回は手を抜いて短めにしようかな? とか言いつつお別れでございます。では、次回をお楽しみに、バイバーイ。

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2002/11/08

性転換−蝶もバッタも生きるのは大変

さてさて、全国的に立冬でございます。暦の上では冬なのでございます。皆様方いかがお過ごしでしょうか? 名古屋薫でございます。

今回は半年前(笑)に予告いたしましたテーマ、「性転換」についてでございます。ワタクシ名古屋薫は、まだキ○タマを抜いただけでサオが残っておりまして、そのような状態を「タマ抜き」と呼ぶのでございます。また、まだアソコに何も施工を行っていない状態を「アリアリ」ともうしまして、この「アリアリ」→「タマ抜き」→「性転換」への変化を「オカマ-メタモルフォシス」(メタモルフォシス=変態)と(ワタクシが個人的に)呼んでいるのでございます。この変態という言葉、これは「形が変わる、他と違っている」という意味の言葉でございまして、パンティーを頭にかぶったりしたときに他人様が呼んでくださるあの「ヘンタイ!」という言葉と同じでございます。

その変態も「不完全変態」「完全変態」の二つに細分出来るわけでございまして、不完全変態というのは、様々な施工・処置を施してもあまり原形と変わり映えせず、良く言えば「ナチュラル派」、悪く言えば「アソコのオペよりも先に直すところ有るんじゃないの」と言われちゃうタイプでございます。昆虫で言えばセミやバッタの類でございます。もう一つ完全変態というのは施工・処置に伴いドンドン変わっていくタイプ。「えーーーーっ、昔オトコだったなんて、信じらんない!!」と言われるタイプでございます。同じく昆虫で言えばチョウチョが代表例でございます。

さて、ここからが本題。以上の二つの変態形態とは別に、性転換手術へのアプローチの仕方によって二つに分類されちゃったりします。まず一つは、「アソコにオチ○チンが付いていることが生理的に不快でトラウマになっている人」のタイプ。性同一性障害の方が主に当てはまりますよね。もう一つは、「どうせ使わないんだからジャマじゃん。取っちゃおうかな、その方がカッコいいし」というタイプ。プロのニューハーフによくありがちなタイプでございます。

アプローチの違いこそあれ、性転換手術というのは人生を左右するような大事業でございます。しかしながら、そのような大事業にも関わらずその手術に対して認識不足な場合が多少なりともございます。まず、手術を考えていらっしゃる方に第一に認識して頂きたいことは、

 「性転換手術は敢えて自分の体を障害者にするための手術」

ということでございます。ちょっと荒々しい言い方ですが、決して性転換とは生まれ変わることではなく、自分の体に傷口を一つ増やすだけの手術なのでございます。単なる傷口でございますから、術後のメンテナンスもソコソコ手間が掛かりますし、本物のオ○ンコとは若干使い勝手・味わいなどが違うものでございます。また、顔の美容整形のように一目瞭然の変化と違い、いつも隠している部分の変化でございますから、見た目は術前と変わらないというある意味自己満足的な手術なのでございます。

しかし、女になることを夢見る方々にとっては、ついつい性転換手術が「魔法の手術」のように思えてしまうのも無理ないこと。手術をすればすべてが解決すると思ってしまう方も多いようでございます。しかし、前述のように手術で変わるのはアソコの形だけでございます。高い身長も、濃い髭も、骨太の骨格もそのままでございます。もっと言えば、声や物言い、仕草や歩き方、頭の中の構造・考え方などもほとんど変わりません。まあほとんどと申し上げましたのは、大事業をやったためのメンタル的な変化があるかもしれませんが、手術の影響による直接の変化は無いのでございます。

また、性転換手術とよく引き合いに出されるホルモン療法も、体が出来上がってしまった人に対してはあまり効果がありません。女性ホルモンを女になれる魔法の薬と信じ、過剰摂取して体をこわす人が後を絶たないのも、手術やホルモンに対する認識不足の現れなのでございます。日本では性転換手術を「正規」で行おうとすると、1〜2年のカウンセリング期間を必要とします。これなども、このような認識不足で「後々苦しむことになるであろう」人を淘汰するためのカウンセリングなのでございましょう。

さて、国内で正規の性転換をすると何年という歳月を必要とするのですが、お仕事でニューハーフをやっている人がこの何年という歳月を待てるわけがございません。そこで海外のお医者さん、あるいは国内の「融通の利くお医者さん」にお願いするということになるのでございます(融通の利くお医者さんに関しては質問しないでね。答えられないから)。費用の方も性転換がまだマイナーな頃は外車一台分ぐらいかかったように聞いておりますが、最近は国産の新車一台分ぐらいと聞いております。それぐらいの費用でございますから、“ちょっと大きな美容整形”をするぐらいの感覚で多くのニューハーフが性転換手術を行うということになっているのでございます。

その手術そのものも、医学の進歩は凄まじいもの、格段に進歩しているようでございます。性転換泰明期の頃は、「単なるぶつ切り手術」「外観+浅い穴」といった例も有ったようでございますが、最近の手術は「クリソツ・HもOK!」という完璧さのようでございまして、費用の低減と技術の向上により性転換をするニューハーフはどんどん増えております。このようにニューハーフ業界では気軽に行われるようになってきた性転換手術も、業界の外にいらっしゃる一般の方々にはたいへん敷居の高いものでございます。

そこで提言。ニューハーフ業界の外にいらっしゃる方々は、よほどのことがない限り、性転換手術を考えるべきではございません。最初に申し上げましたように、ただ傷口が一つ増えるだけで決して女になれる訳ではございません。むしろ、女を作り上げていくのは、ご自分の心の持ちようと、日々弛(たゆ)みない訓練・刷り込みの賜物なのでございます。

骨格が太ければ、それをホッソリと見せるためのファッション的工夫とかダイエット、女っぽい喋り方の工夫、身のこなし・歩き方...ご自分の欠点を客観的に観察し、それを一つ一つ潰していく作業、それが「いい女」を作り上げるのでございます。そのような努力が少しずつ身についてきますと、アソコにオチ○チンがついているかどうかなんてあまり関係がなくなってくるものでございます。そして、ふだん女として普通に生活できるまでになったとき、改めて性転換手術をするべきがどうか考えればいいのでございます。逆に、手術やホルモンにこだわり過ぎていらっしゃる方は、そのような地道な努力をなかなかなさろうとはいたしません。残念なことでございます。

ワタクシ名古屋薫も二十歳前後の頃は真剣に性転換手術を考えておりました。しかし、今現在ごく普通に女として生活出来ておりますと、今さらリスクを犯してまで手術をしたいとは思っておりません。むしろ、手術をすることそのものは、今日では簡単なことでございます。ちょっとした大金を持って海外のある病因へ行けば実行可能でございます。しがし、本当に大変なのは「女として生きていくこと」なのでございます。性転換しても戸籍が変わる訳ではございません。アソコが女になっても、昼間女装して歩けば、世間では単なる「オカマ」なのでございます。就職に関しても、普通の会社は性転換者のような特殊な人間は嫌がるものでございます。そのような劣悪な環境の中で生き抜くだけの信念がお有りの方でなければ、一般の方の性転換は勧められないでございます。

さて、今回は性転換がテーマでございました。多くの方々から性転換に関しての相談をいただきます。今回はそのような方々にまとめて解答したような形になりました。多少ズケズケと物を言わせていただいた部分もありますので、不快感を持たれた方もいらっしゃるかも知れません。人生に関わることでございますから、敢えてズケズケと言わせていただきました。ご自分のお体、ご自分の心、ご自分の人生を大切にそして丁寧に扱ってあげて下さい。あなたの人生はあなたのもの。すべて自分に跳ね返ってくるわけですから。

ではでは、今回はこの辺で。興味のない方にとっては、つまんない内容になっちゃったかも知れませんね。次回をお楽しみに。皆様方、良い週末をお過ごし下さいませ。名古屋薫でした。

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1999/09/01

オカマ大辞典追補】「カマカマしい」

 名古屋薫でございます。ETV特集(NHK教育)--99/8/31放送「メールマガジン~増殖する心の小宇宙」はご覧になられましたでしょうか? 何人かの方が、メールマガジン執筆者として紹介されておりましたが、まったくみんな普通の方々でいらっしゃるんですよね。かつて、ワープロが出始めたときには、自分の文章が活字レベルで印刷されるというだけでその得も言われぬ感覚に酔いしれたものでした。今やパソコン一台あれば、自分の文章を世界中に発行することが出来るようになったのです。それも何の資格も技術も必要とせずにですよ。

 今までは一部のプロフェッショナルな人たちによって造られていた文化や芸術が、今やパソコンやインターネットのおかげで、一般大衆にも手の届くものとなり、そのため私のようなオカマのくだらない愚痴話を皆様方に聞いていただけるようになったのでございます。 ああ、有り難い世の中になったものでございます(合掌)。

 さて、今までに2回ほど取り上げた話題「オカマ言葉のルーツを探せ」の続編でございます。この題材は思いつく度に何度も取り上げたいと思いますので、今回より「オカマ大辞典追補」という形で小さな配信を何度もお送りしていくつもりでございます。そこで、今回の話題、「かまかましい」でございます。どうぞ、お楽しみ下さい。

●かまかましい

 お化粧の仕方や仕種・立ち振る舞い、しゃべり方などが、「オカマっぽい」ということ。ニューハーフに使うことが多いが、普通の女性に使うこともある。ただし、いくら仕種などが女っぽくても‘化粧をしていない男性’には使わない。
 用例:「今日はすごい厚化粧ね。ちょっとかまかましくない?」

 最近、名古屋薫はなにげにこの「かまかましい」という言葉を使ってしまうのでございます。よく使うわりにはどこでこの言葉を仕入れてきたのかが全く覚えがないのでございます。ひょっとしたら私が造った新語なのではと思っちゃったりするものですから、ますますこの「かまかましい」という言葉に愛着がわく今日この頃なのでございます。

 「かまかましい」の「かま」は当然「おかま」の略でございます。確か「カマカマ」というゲイバーが都内にあったように記憶しています。そのカマカマという語が妙に記憶に残っていて、いつの間にかオカマっぽいという表現をするときにそのカマカマという語を形容詞化して使い始めちゃったのではないかと思うのですが、前述の通りこの言葉のルーツは分かりません。

 かまかましい代表例を申し上げますと、私どもの業界の大御所、カルーセル麻紀さんでございますね。独特の化粧、話し方、立ち振る舞い、オカマの代表選手でございます。また、この言葉、必ずしもオカマに使うとは限りません。女性でも例えば、‘秋野陽子’さんとか‘小林幸子’さんなども妙にかまかましさを感じられるお人でございます。ひょっとすると、自己主張の強い人はかまかましくなるのかも知れません。

 ところが、最近はこの「かまかましい」ニューハーフが減ってきているのでございます。ニューハーフが普通の女の子に近づいているのでございましょうか? 普通の女の子と見分けが付かないようなノーマルなニューハーフが増えてきているのでございます。しかしながら、かまかましくないからと言って自己主張が無いかというとそうではないのでございます。ちゃんと自分のポリシーを持っていて、結構頑固だったりするのでございます。

 女の子の世界は売手市場、商品である女の子に会わせて男性が尻尾を振って追いかけるというのが一般的でございます。それに対してオカマの世界は買手市場。お客様のニーズに合わせてオカマが一生懸命自分の芸を磨いてきたのでございます。そのオカマの世界も少しずつ売手市場の女の子の世界に変化しようとしているのでございましょうか。そんなことをふと思っちゃったりするのでございます。

 一昔前は、オカマ(ゲイボーイ)といえば、水商売かあるいは夜な夜な街角に立ってお客を引くかしかなかったのでございます。それに比べれば、今どきのニューハーフはお仕事の選択肢が広がってきております。OLやアルバイトなどにもニューハーフはどんどん進出してきております。ニューハーフ本人に‘お仕事の能力’と‘世間一般に迷惑をかけない為のほんのちょっとの気配り’があれば、何も我慢して夜のお仕事に就く必要はもはやないのでございます。

 さて、こんなところで「かまかましい」という言葉、お分かりになったでしょうか。また思いついたときにオカマ大辞典追補、お送りしたいと思います。では、次回の配信をお楽しみに。

 「人生、待っているときが一番楽しいものでございます(ウフフ)」

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