ニューハーフ関連の雑学

2005/10/09

美しさは強さなり

3月に開催された愛知万博も、あっという間に半年が過ぎ、閉幕してしまいました。とうとう、一回も万博に行けなかったのでございます。って言うか、ワタクシ、人ごみが大っきらいでございまして、ノンビリこいている間にドンドン混雑度が増してしまいまして、行きそびれちゃったというのが真相でございます。

さて、ついつい細木数子さんの番組を見てしまうのですが、その細木数子さんのある番組でのことでございます。大勢の男子高校生が出演していたのでございますが、その大勢の中に、髪の毛を染め、爪にマニキュアを塗っている高校生がおりました。

高校生がマニキュアを堂々と塗ってテレビ出演...まったく、うらやましい限りでございます(ワタクシの高校生のときなどには、“自分の本性”がばれないように必死で隠し通しておりました)。ただ、そのキレイキレイ派の高校生(以下軟派)、同じく出演していた硬派の男気の強い別の高校生に突っ込まれ、押し黙ってしまっておりました。ちょっとカワイソウだったのでございます。しかし、その硬派と軟派、両極端な高校生を、わざわざ近づけて座らせる放送局側の演出も、なかなかに手が込んでてイヤらしいのでございます。

ことの始まりは、放送局側からのある質問でございました。「親に手を出したことがあるか?」という質問に対して、軟派の学生が「つっとばしたことがある(方言? 何となく分るけど)」と答えたのでございました。

すると、二人分ほど横に座っておりました硬派の学生が、「おまえ、親をつっとばすとは、どういうことだよ」と食ってかかったのでございます。受ける軟派、突然の伏兵にたじろぎまして、なにげに顔に手をやると、その指にはきれいなマニキュア。その指と染めた髪の毛に触発され、硬派の学生「おまえ、なに頭染めてんだよ」とマジギレの追い打ち。軟派、気色(けしき)ばむも、返す言葉を喉から出す勇気がなく、泳ぐ目...と、ここまでが番組内での出来事でございます。

どちらの子も、自己主張全開でかわいいものでございます。硬派の学生が主張しているのは「男気」。男っぽさということでございます。一方、軟派の学生が主張しているのは、ちょっと違うけど「女気」ということになりましょうか。今回は、この男気と女気がテーマでございます。

放送内の硬派学生は、やや過剰反応気味に突っかかっていっておりました。よく、男っぽさを表現しようとすると、「蛮カラ」と言うのでしょうか、粗野な表現をしてしまう人がいらっしゃいます。ホストさんやオナベさんなど、男っぽさを売り物にしている人に、ときどき見受けられます。

男っぽさを表現しようとして粗野になるのは、それは「男の醜い部分」のみを抽出して取り入れているからでございます。って言うか、男の醜い部分を男っぽいと勘違いして解釈しているのでございましょう。実は、真の男っぽさとは、もっともっと静かなものでございます。そこで、ワタクシが考える男っぽさを申しあげてみましょう。

例えるならば、「よく切れる刃物ほど力を抜いて使う」といった感じでしょうか。よく切れる刃物も、それを上手に使いこなすためには、やや控え目で繊細な力加減が必要でございます。男っぽさも同じでございます。心の中の男っぽさが強いほど、その男っぽさは控え目かつ細心の力加減で表現されるべきでございます。つまり、カッとなっても、グッとこらえる精神力の強さ、そして、いつも最小限の力で相手に接する余裕、それが男っぽさに要求されるのでございます。

では、女気の表現では? 女っぽさといえば、美しさでございます。実は、世の中というもの、「美しいものほど風当たりが強い」のでございます。先ほどの軟派学生も、髪や爪を飾り立てていなければ、もう少し風当たりが弱かったかも知れません。ましてや男子高校生でございます。男が美しく飾り立てるというのは、それだけで話題のネタにされてしまうのでございます。

美しくなればなるほど世間の風当たりが強くなるというのならば、その風当たりに対抗するにはどうすればよいのでございましょう? その風当たりに対抗するのは「心」でございます。姿が美しくなればなるほど、その美しさを支える強い心が必要になるのでございます。そして、男気と同じように、強い心ほど力を抜いて使う必要があるのでございます。

美しいからといってそれを鼻にかけて振り回せば、美しさが周りの人を傷つけることになります。美しさとともに湧き上がってくる自己顕示欲をグッと押さえ込んでこそ、始めて本当の美しさが表れるのでございます。そして、そのように凝縮された強い心でこそ、始めて世間の風当たりに対抗できるのでございます。

さぁ、ここである発見がございます。実は、男気も女気も、その心の持ちようでは同じということでございます。どちらも、自己顕示欲を押さえ込んだ強い心があって始めて、本当の男っぽさ、本当の女っぽさが表現できるのでございます。

実は、ニューハーフ・ゲイボーイさんには、男気が強い方が多いのでございます。大変艶やかで美しいニューハーフさんも、精神的な部分では非常に男っぽかったりすること多いものです。男気が強いから、本当の女っぽさも表現できるのかも知れません。ましてや、男が化粧するという非常識な世界に住んでいるわけでございますから、世間の風当たりはなおさら強うございます。美しさを支えている心も、さぞ強かろうということで、けだし、男気、女気、実は表裏一体なのでございます。

で、ニューハーフに独特の美しさがあるのは、この世間の風当たりに対抗する強い心があるからじゃないかと思うわけでございます。しかしながら、最近はニューハーフも市民権を得てきまして、世間の風当たりもだいぶ弱くなってまいりました。ニューハーフが世間に認められるというのは光栄でございますが、その副作用として、本当の美しさを見失ってしまうのではないかという危惧もございます。ワタクシも、古き良き時代を懐かしむ世代に入ってきているのでございましょうか?...

といったところで、今回は終わりにしましょうか。では次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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2005/09/29

ューハーフ、ニューヨーク(入浴)

いやぁ、とうとうマジックが“1”になっちゃいましたねぇ、プロ野球セリーグ。みなさんがこのメールマガジンを読んでいらっしゃるころには、優勝が決まっちゃっているかも知れませんね。その阪神優勝での恒例行事(?)といえば、そう、あの道頓堀ダイブでございます。実は、その道頓堀ダイブで有名な戎橋(えびすばし)を、先日の大阪出張の折りに見てきたばかりでございます。

その戎橋周辺、大変きれいになっておりました。川沿いには板張りの遊歩道が整備され、街中のちょっとした癒しスポットになっておりました。ただ、戎橋の欄干部分に設置された大きなガラス板の壁が、妙に不自然でございましたが、あれは飛び込み防止の壁だったのでございますね。いまさらながらに納得でございます。

前回の優勝時には何千人もの方が道頓堀川に飛び込み、死人まで出ているとのこと(人が死んでんねんで)。大阪府警はなんとかして、この道頓堀ダイブを阻止しようと躍起になっておりますが、なかなかどうでしょうかねぇ。あの優勝時の興奮を抑えられますでしょうかねぇ。そこで、ここはひとつ視点を変えて考えるのでございます。

飛び込みたいのなら、どんどん飛び込ませればいいのでございます。そして、川沿いにはたこ焼きやお好み焼きの屋台に混ざって、シャワーの屋台(?)、衣類の出店、立ち並ぶ急設更衣室(有料)...。どうですか、あきんどのまち、大阪らしく有りませんか? エッ、大阪のことバカにしているだろって? いえいえ、そうではございません。あまりにもふがいないドラゴンズのことを思って、ちょっと捨鉢(すてばち)になっているだけでございます。

さて、今回は前回ごあんないした、ニューハーフのお風呂騒動記でございます。そもそもワタクシ、生まれつき女っぽい顔立ちだったので、小さいころから女の子とよく間違えられておりました。青年期に入りまして自己主張の強いお年頃になりますと、何を思ったか金八先生のように髪の毛を伸ばしていたのでございます。

そうなりますと、首から上だけ見るとまったくの女性。そのような“紛らわしい”見目姿で銭湯、温泉の類に入りますと、とっても興味的な現象が起るのでございます。これからお話しすることは、ワタクシがまだまだニューハーフになる前、オッパイもなく、単なる女っぽい青年だった頃の出来事でございます。

まず、男湯に入った瞬間、脱衣所にいた面々が一斉にワタクシに注目いたします。中には、「ここは男湯ですよ」とご丁寧に教えて下さる方もいらっしゃったりいたします。そういった方々の懐疑的状況を昇華すべく、ワタクシ、脱衣所ではことさら男っぽく振る舞ったりしていたのでございます。とりあえず、さっさと下半身をあらわにして、小さなオチンチンを見せてしまう。そうすると、脱衣所の面々、世界の七不思議のひとつが解明したかのような安堵の表情を浮かべるのでございます。

そのような状況で、あとから男湯に入ってくる方々の反応が、これまた面白い。入ってきた瞬間、ワタクシの姿を見て、女湯へ間違って入ったと思うのでございましょうね。慌てふためき、一度男湯の外へ出て、男湯の看板を確認してから、まるで未開の地へ足を踏み込む探検隊のような顔つきで、もう一度男湯に入っていらっしゃいます。慌てて、男湯の戸口で、ひっくり返る人もいらっしゃったりいたします。どっきりカメラの仕掛け人の楽しさが、ちょっと分ったりいたします。

同じような出来事が、ワタクシが浴場内にいるときにも起るのでございます。この場合は、脱衣所から浴場への入り口で、タオル一枚で股間を隠した男性が慌てふためくわけでございますから、なかなかに楽しゅうございます。全国の女性のみなさん、男性というものは、服装で武装しているから強がっていられますけれど、裸で股間を隠している男性というものは、はなはだ無防備で脆弱(ぜいじゃく)なものでございます。世の奥様方、ダンナさんとの夫婦げんかは、ぜひぜひ、お風呂の中でやるべきでございます。

その後、ワタクシ、ニューハーフになってからは、オッパイもあり、男湯に入るにはいささか抵抗がございます。けれど、お店の慰安旅行などでは、旅の恥はかき捨てとばかりに、ニューハーフの団体で男湯へ突入したりもいたしました。オカマも数がそろうと堂々としているもの。むしろ他の男性が恐縮して、大きくなりかけた股間をしきりに隠したりするのも、なかなか楽しいものでございます。しかし、子供連れのお父さんが、「見ちゃダメ」と叱りながら子供の目をふさいでいたのには、こちらが恐縮してしまったのでございます。家族連れの方、ゴメンナサイなのでございます。

男風呂へ団体で突入したこともございましたが、ひとり旅の旅先などでは、余分なトラブルを避けるため、必要に迫られて女湯に入ったりいたします。裸の男性が、無防備で弱々しいと申し上げましたけど、一方、女風呂での裸の女性の方々は、大変堂々としていらっしゃいます。

多くの男性が浴場内で股間を隠すのに対して、ほとんどの女性は股間を隠しません。男性のオチンチンが隠さないと丸見えなのに対して、女性のアソコはうまい具合に隠れているということもあるでしょう。では、女性は丸見えのオッパイを隠すかといいますと、(中には隠す人もおりますが)ほとんどの人は丸出しでございます。お風呂での男女の立ち振る舞いの違いを考えますに、精神的に気丈夫なのは女性の方でございますね。女性の平均年齢が男性より長いのも、うなずける話でございます。

さて、都合良く男湯へ入ったり、女湯へ入ったりしていたワタクシでございましたが、天罰は下るもの。ある日、女湯でニューハーフであることがばれたのでございます。某レディースサウナへ行ったのでございますが、風呂上がりにくつろいでおりますと、女性の従業員の方に職務質問を受けることに。そして(アンパイアに暴言を吐いたプロ野球の監督のように)退場処分になったのでございます。

仮に、性転換したニューハーフが女性の戸籍を獲得し、姿、形、法律的にもまったく女性そのものになったとしても、女風呂に「元男性」が入ってくるということに抵抗感を感じる女性は、やはり存在すると思います。これは前回お話ししたスポーツクラブの更衣室なども同じことが言えます。体は女に変身していても、「男の心」「男の目」が残っていると思われるのでございましょうか。性転換して女の戸籍になったら何もかもリスタート...といかないところが、ニューハーフ・性転換のかなしい性(さが)なのでございます。

さあ、今日から阪神が6連敗して中日が8連勝したら、みごと中日ドラゴンズ優勝でございます(ありぇねぇ)。みなさまがこのメールマガジンを読んでいらっしゃる頃には、決着がついているのでございましょうか? フランク・シナトラが「And find I'm king of the hill - top of the heap」と歌ったように...ではでは、次回をお楽しみに、名古屋薫でございました。

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2005/09/21

身分証明書にも女装デビューがあるのよ

昨日(9/20)は、ちょっとした所用がございまして大阪へ出張しておりました。まぁとにかく、人が多いですね。梅田、難波、道頓堀、心斎橋と回ったのでございますが、連休明けの平日にもかかわらず、人、人、人の波でございました。そういえば、東京の渋谷、新宿といった場所も、平日・休日にかかわらず人が多かった覚えがございます。平日と休日とで人出に差がある名古屋は、まだまだ都会パワーが足りないのかななんて思った日帰り旅行でございました。

話は一気に飛んで、佐世保のヘリコプター墜落でございます。パイロット、観客にケガ人が出なかったのは不幸中の幸い、よかった、よかったなのでございます。でも、ね、「墜落原因が解明するまでは、同じ型のヘリコプターを飛行中止する」ってのはどうよ。それって、ブランコで子供がケガしたから、全国のブランコを撤去するなんていうお話しと同じじゃございません?

ヘリコプターといえども、一応「兵器」ですから、あれ。 戦闘兵器が落ちて、そのたびにいちいち飛行停止していたら、戦う道具なくなっちゃうじゃん。っていうか、いやぁ、ワタクシには、パイロットのこんなセリフが聞こえたような気がしたんですけどねぇ。

「このヘリ、ボロボロだよな。ケガしない程度に落っことしちゃおうか? そうすれば、新しいの買ってもらえるし」...
さて、本題。「そうだ、選挙へ行こう!」というわけで行ってきました、投票へ。結果はみなさんがご存じの通りなのでございますが、今回は政治の小難しいお話しをするつもりはございませんのでご安心を。こういった社会的行事の際にニューハーフが必ず遭遇するトラブルがございます。そう、本人確認のトラブルでございます。今回はニューハーフが身分を証明する際のアータラコータラがテーマなのでございます。ではではでは、ごゆっくり、どうぞ〜。

さてその投票でございますが、案の定、本人確認でドタバタでございます。そりゃ、ロングヘアーでCカップのオッパイがついているのに、名簿に「男」って書いてありゃ、受付のオバチャン、パニくるのも当然。生年月日を聞かれて、出来るだけ低い声で答えるワタクシ。それで、なんとか理解してもらった雰囲気。でも、ワタクシの後、1時間後ぐらいに同じ場所へ投票しに行ったデカパイニューハーフの親友も、同じようにドタバタしたもよう。オバチャンたち、学習能力無さ過ぎです。

まぁ、今回の投票所のオバチャンたちは、けっこう年配の方でいらっしゃったし、たぶんボランティアの方々でしょうから、ワタクシのような「やや不測の事態」には驚かれたことでございましょう。では、一日に何百人も本人確認をしている窓口ではどうでございましょう? 一日に何百人? 何を想像されますか? そう、運転免許の更新でございます。

免許証の写真というと、大変厳格そうな印象がございますが、ワタクシ、毎回女装したままで、スムーズな手続き、(ゴールド免許の)簡易講習で、アッサリ更新しております。どうやら、「前回更新時の写真に比べて大きな変化がなければOK」のようでございます。「前回更新時と比べる」ということは...そうです、男から女に変ったあとの最初の更新、免許証女装デビューのときが大変だったのでございます。

ワタクシの“免許証女装デビュー”のときは、書類提出後30分ぐらいたっても、いっこうに名前が呼ばれないのでございます。窓口の奥の方では下っ端と上司が何やら相談している様子。あるいは、変った人が来たと、ワタクシの写真をみんなで回し見していたのかも。今からカナ〜リ前の話でございます。ニューハーフが一般化したこんにちでは、もっともっとスムーズなのでございましょうね。

あと、それから、病院で診察券を作る時も、「男」に印を付けているのに、出来てきた診察券を見ると「F」(=Female)になっている... もっとも、ワタクシの本名が男とも女ともつかない名前なので、看護婦さんも気がつかないのでしょうが、もし男性が飲んじゃいけない薬を処方とかされちゃって、命にかかわるかもしれないので(アハハ)、ちゃんと直してもらいます。エッ、女として扱われてうれしくはないのかって? いえいえ、命にかかわることですから、病院では女ぶりません(キッパリ)。

そうそう、大事なものを忘れておりました。パスポート。このパスポートの写真はなかなか奥が深い。なにしろ、日本でこそニューハーフと言えば小学生でも知っていますが、世界の中には「女装=危険人物」なんて考え方の国があるかもしれない。女装のまま入国しようとしたら、その場で銃殺刑なんてシャレになりませんからねえ(ありぇねぇ)。

まぁとにかく、余分なトラブルを引き起こさないためにも、パスポートの写真はスッピン風で撮っております。アッ、スッピン“風”っていうのは、スッピンで眉毛だけかいた状態ね。眉毛ないと、今度は別の意味で危険人物“風”になっちゃうからね。

以上これらは、身分証明書などを作るときのトラブル。このほかに、「身分が明らかになって起るトラブル」なんてのがございます。例えば、スポーツクラブの申し込み。氏名欄をみて男だと分かると、とたんに申し込みを断られたりする。やはり、脱衣所を男と女、どちらに割り振っても問題が起きるからでございましょう。

さらに、銭湯・温泉の類。温泉などは、ニューハーフ仲間数人で、ガチャガチャ言いながら男湯に入ったりしたこともございました。旅のハプニング、それもまた、いとおかし...なのでございます。ところが、銭湯、サウナにいたっては、そのような遊び心は通用いたしません。男湯に入れば見せ物。女湯に入れば通報される。ワタクシなどは、女ぶって女湯に入り、番台に通報され、出入り禁止になった銭湯が名古屋にひとつ、東京にひとつございます。若さゆえのあやまちなのでございます。

そのお風呂がらみのお話しでは、なかなかいろいろなハプニング話があるのでございますが、それはまた次回にでもお話しいたしましょうか。

ほとんど女にしか見えないニューハーフ、あるいは性転換したニューハーフなら、女湯に入ってもいいじゃないか。こういった考え方もあるでしょう。しかし、たとえ性転換していても、“元”男な人が女風呂に入ってくるのを大変嫌う女性がいらっしゃるのも事実です。戸籍の性別を変えられるようになり、男と女の壁が、徐々に低くなろうとしている昨今ですが、男湯と女湯の壁は依然高いままのようでございますね。

では今回はこのへんで。次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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2005/01/09

ニューハーフに変身する瞬間って?

あけましておめでとうでございます。名古屋薫でございます。2005年初めてのメールマガジンでございます。

ワタクシ名古屋薫はニューハーフでございます。ニューハーフが書くメールマガジンだから、さぞかしエロエロだとかハァハァした内容でてんこ盛りだと想像して、このメールマガジンの購読を始められる方もいらっしゃるようでございます。そのような方からは、「なんだ、まともな(?!)エッセイじゃないか」といったような、“うれしい裏切り”の感想を頂いたりもしております。

さてワタクシ、『シーメール白書』というニューハーフ専門誌にもエッセイを載せて頂いております。ニューハーフがらみの話題をそちらの専門誌の方でお話ししている影響で、ついついメールマガジンの方は普通の話題が多くなっているようでございます。そこで今回は、ニューハーフがらみの話題で、ちょっとエロエロハァハァな話題をお贈りするのでございます。ではでは、始まり始まり〜

「いつ普通の女の子からピンクレディーに変りますか?」
「ブーツを履いたときです」
年末に観たTVの特番でのワンカット、出演前の準備をするピンクレディーが、メイクアップをしてもらいながらインタビューに答えたやり取りのひとつでございます。舞台に立つ者には、「気が入る」という瞬間がございます。素(す)の自分から魅(み)せる自分に変るのでございます。ピンクレディーの場合は、ブーツを履いた瞬間でございましたが、またある人はカツラを被った瞬間であったり、あるいは前奏が始まったときとか、開演のブザーが鳴ったときとか人それぞれに気が入る瞬間があるものでございます。

では、ワタクシの「気が入る」瞬間、つまり、“チンチンのあるオバサン”→“ニューハーフ”に変身する瞬間とは? エヘヘ、ここだけの話でございますよ。大きな声で周りに言いふらさないで下さいね。実は、パンツ(パンティー・ショーツとも言う)の後ろ側へオチンチンを押し込むときなのでございます。後ろへ押し込んだあと、パンツをキュッと引き上げて、その上からガードルという強力なサポーターパンツのような物をはくのでございます。そして、アソコがマネキン人形の股間のようにピシッとなる。この瞬間、「今日もお仕事頑張るぞ!」という営業ニューハーフモードに切り替わるわけでございます。

スカートをはいたとき、アソコがモッコリしていたのでは何とも興ざめでございます。そこでこのように、後ろ側へ押し込みガッチリ固めるのでございます。お仕事が終わって下着を脱ぐと、シワクチャになったオチンチンが、まるで水を得たワカメのように、フワァ〜と息を吹き返すのでございます。ニューハーフのオチンチンも大変でございます。

ニューハーフのオチ○チンの受難はこれだけではございません。ショータイムのときなどはショーの衣装に着替えるわけでございます。当然、衣装の中にはガードルとかショーツとかをはき込めないものもございます。そのような場合は後ろ側にまわしたオチンチンの上から、梱包用のガムテープでとめるわけでございます。ガムテープを上手にオチンチンの先っぽだけに付けて、ギュッと後ろにまわすと、アラ不思議、前から見ると性転換。そんな遊びなどもしたりしておりました。

そのような“用途”に使う場合のガムテープは、やはり紙製よりも布製の方がよろしいでございます。とにかくショータイムでは汗をかきますので、紙製のものではすぐ剥がれてしまうのでございます。また剥がすときも紙製のものは離れが悪く、オチンチンに後腐れが残ったりするものでございます。そこいくと、布製のものは潔(いさぎよ)いです。そのかわり粘着力強力なので、剥がすときにはオチンチンの皮が引っ張られて、まるでムンクの有名な絵の様になったりするのでございます。

というわけで、ワタクシの場合、オチンチンを後ろにギュッと引っ張り上げた瞬間に気合いが入るわけでございます。みなさま方もそれぞれのお仕事に臨むにあたって、気合いを入れるきっかけのようなものがきっとあるでございましょう。気合いを入れたときには、ぜひ、ワタクシのひしゃげたオチンチンも想像して、ニヤッとして頂きたいものでございます。

では、本年もよろしくお願いします。なお、まったく更新されないワタクシのホームページ(更新しないのはワタクシが原因なのでございますけどね)の表紙に、僭越ながら年賀状をアップさせて頂きました。よろしかったら、ご覧下さいませ。また、友人・知人・縁者各位のみなさま方には、同デザインの年賀状を(今頃)急ぎ発送中でございます。お付き合いが深く、オウチャク出来る人ほど後回しになっておりますので、遅れて来れば来るほどワタクシの情が厚いのだと思って頂ければ幸いでございます。

ではでは、今回はこのへんで、失礼いたします。名古屋薫でした。

2005年賀状
Nenga2005

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2004/04/30

ミギ・ヒダリ、両方使ってオカマ誕生

近くの大衆食堂で「朝定食」(生卵、コーヒー付き、600円)を食べながら、ふとこう考えた。七人掛けの電車の横長椅子。六人で座ると角が立つ。七人で座ると窮屈だ。中途半端な混み具合だったりすると、とかく座席には座りにくい。

正直に定員通り七人座ると、七人が窮屈な思いをして不幸になる。そこで、誰か一人が立ち上がればいい。そうすれば、情に棹さして立った一人の不幸者と、一人分余裕が出来てゆったり座れる六人の幸福者が出来上がる。七人の不幸と六人の幸福とを比較すれば、六人の幸福の方が優れているに決まっている。故に、七人掛けの椅子には六人が座るのが正解なのである。

また、化粧をしながらこんなことも考えた。眉は右利きなら逆の左から描いた方が綺麗に描けると人は言う。しかしである。描きにくい左の眉は当然上手には描けない。その下手な左の眉に合わせて右の眉を描いたら、右の眉も下手になってしまう。醜い眉が二つ出来上がるわけである。

より美しい眉を望む場合、利き手側から描くべきである。描きやすい右の眉を上手に完璧に仕上げるのである。而(しこう)して、描きにくい左の眉に取り掛かる。結果として、完璧な美しい眉が一つと醜い眉が一つ出来上がる。利き手の逆側から描けば醜い眉が二つ、利き手側から描けば少なくとも一つの美しい眉が残る。どちらが良いかは火を見るよりも明らかである。眉は一般論とは逆に「利き手側から」描くべきなのである。

全国の読者の皆様方、名古屋薫でございます。ふと気が付くとアッという間に二週間という時間が過ぎ去っているのでございます。必然的にというか然(しか)るべくして今週のメールマガジンは4/23・4/30合併号になってしまったのでございます。なんだか、巷にあふれる諸雑誌のようでカッコいいのでございます。

さて、冒頭で述べました二つの事例、ふと思いついたことを徒然(つれづれ)なるままにダラダラと書いてみました。まさに「逆も真なり」というとはよく言ったものでございます。皆様方、ぜひ実践していただきたいものでございます。ではそろそろ本題に入るのでございます。

先日、あるTVの教養番組が「ピアニストを科学」しておりました。ピアニストの頭に電極を付け、ピアノを弾くときの演奏者の脳波を調べておりました。人間の脳ミソというものは右と左で役割分担が違うそうで、右脳は感覚や感情、左脳は言語や論理的なことを考えるように出来ているそうでございます。

当然、音楽などを聴くときには、感覚を司る右脳がより敏感に反応するわけでございます。ところがピアニストが演奏しているときには、右脳だけではなく言語などを司る左脳も激しく反応しているのでございます。そして、TV画面に現れた学者先生も、その左脳の反応に関しては「説明が付かない」などと頼りないことを言っているのでございます。

そこで、ワタクシ、ピーンと閃いたのでございます。ワタクシも遠い昔には音楽家の(卵の)ハシクレ。音楽の心得はあるのでございます。そのワタクシに言わせて頂けば、楽器演奏者が演奏中に、感覚を司る右脳だけではなく、言語・論理を司る左脳をも使うというのは、ごくごく自明のことなのでございます。

それはなぜか? それは、音楽家は音を「音名」で聴いているからでございます。例えば、「チャララ〜ララ、チャラララララ〜〜」なんて音も、音楽家の耳には「ドレミ〜レド、ドレミレドレ〜〜」なんて聞こえているのでございます。また、さらにスゴイ人などは、伴奏のコード進行を頭の中で楽譜を起こしながら聴き取ったりなんてするのでございます。

一般の方は、音楽のメロディーラインを「単なる感情の起伏」として“感覚的に聴いている”のでございます。一方ミュージシャンは、伴奏の和音の流れなども同時に聴き取りながら、音を“論理的に読んでいる”のでございます。その論理的に分析するという作業をバックグラウンドでこなしながら、感覚的な部分で音楽を組み立てていっているのでございます。

このようにして音楽家は、右脳と左脳を同時に使いながら演奏しているわけでございますが、その右脳と左脳、感覚的な右脳は女性の特徴として、論理的な左脳は男性の特徴として語られることが多いものでございます。それでは、男と女では脳ミソの作りが違うのか? これはワタクシにも分かりません。

ただ、人というもの、小さなときから「男らしくしなさい」とか「女なんだから」とさんざん言われ、自分で脳ミソのどちらか半分を“殺しながら”大きくなってきているのかもしれないのでございます。まったくもったいない話でございます。灰色の脳細胞が詰まった頭脳を、半分しか使っていないわけでございますから。

さぁ、そこで「オカマ」の登場でございます。常日頃「変態」「異常者」と言われがちな世のオカマでございますが、実は、この男でありながら女っぽく振る舞うオカマこそ、脳ミソの右も左も100%使い切る、素晴らしき能力を持った人達なのでございます。

たとえばでございます。テーブルの上にやや小さめの灰皿があったといたします。その灰皿を見て、「やぁ、これは灰皿としては小さすぎるな。やはり灰皿として機能するためには大きさがナンタラ、角度がウンタラ…」と考えるのは理屈っぽい左脳でございます。また、一目見て「キャ〜、カッワイ〜イ」とか「信じらんなぃ」というふうに,条件反射的に反応しているのが感覚的な右脳でございます(かな〜りワタクシの独断的解釈です)。

そして、世にあふれる「デザイン」と呼ばれるもの。それはすべて、この「理論」vs「感性」のバランスであり、そのほどよいバランスからは「機能美」が生まれるのでございます。つまり「美しくかつ理にかなっているもの」を創造する仕事、何か新しい斬新なものを生み出す仕事には、脳ミソの右と左どちらもバランスよく使う必要があるのでございます。そう、理論と感性を必要とするクリエイティブなお仕事は、まさにオカマにはうってつけなのでございます。

脳ミソを自由に使う必要のあるお仕事だから自然にオカマチックになっていくのか、あるいはオカマさんにとって働きやすい職種だからそういった人達が集まるのか? どちらにせよ、クリエイティブな職種にはオカマチックな人が多いのは事実でございます。

さぁ、皆様方も、お仕事に煮詰まったり、人間関係に行き詰まったりしたら、オカマになりましょう。普段使っていない脳ミソの残り半分を存分に使い切り、クリエイティブに、そして自由に生きるのでございます。オカマのパワーは世界を征服するのでございます。

さて、今まで述べましたのは「男性」が脳ミソの残り半分を使う場合でございました。では、「女性」の場合は? 女性はオナベになるのかな?

想像してみて下さいませ。オカマチックな男性というものは一般社会で生きていくのはなかなか大変でございます。それに対し、ボーイッシュな女性というのは、ごく普通にいらっしゃいます。そうでございます。つまり、脳ミソの残り半分を活用しようとする場合、男性よりも女性の方がはるかに条件がいいのでございます。

そして、実は、女性の中には自分でも気が付かないうちに脳ミソの残り半分を活用している方などもいらっしゃいます。「やり手の」ホステスさんとか、「やり手の」女社長さんなどに見受けられます。あくまでも「やり手の」でございます。クラブのママさんなどで、超美人だけれど、ハートの中に大変男性っぽい要素を持った方とかが多くいらっしゃいます。脳ミソをフル活用していらっしゃるのでしょうね。

また、女形の役者さんなどが出す独特の色気は、女の色気を理屈で分析し尽くした上での「技」なのでございます。男性の論理的分析力が有ってこそ、あの女形の色気は生まれ出るのでございます。ニューハーフが演じる女っぽさも、それに近いものが有るのでございます。女性を「男の目」で見ているからこそ分かること、というものが有るのでございますね。

ニューハーフは「論理的に色気を演出」しております。水商売に従事していた頃など、女性のお客様が「女より色っ〜ぽ〜い」と言って褒めて下さいましたが、女性でもちょっと論理的に頭を使えば難しいことではないのでございます。しかし、そこは女というもの「情」が優先するように神様が作っていらっしゃるようでございます。

逆に、女性がその自らの色気を「計算ずくで」演出する論理的「技」を身につけたら、ニューハーフなんてかなわないとも思っておりました。だって、計算された色気プラス「女の武器」を持っているわけでございますから(使う使わないは別にしてね)。事実、前述の通り、クラブのママさんなどには、そういった技を自然に身につけられていらっしゃる方が多いものでございます。

さてさて、今回は合併号(?)ということもございまして、長くなってしまいました。ちょっとくたびれたので、次回は手を抜いて短めにしようかな? とか言いつつお別れでございます。では、次回をお楽しみに、バイバーイ。

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2002/11/08

性転換−蝶もバッタも生きるのは大変

さてさて、全国的に立冬でございます。暦の上では冬なのでございます。皆様方いかがお過ごしでしょうか? 名古屋薫でございます。

今回は半年前(笑)に予告いたしましたテーマ、「性転換」についてでございます。ワタクシ名古屋薫は、まだキ○タマを抜いただけでサオが残っておりまして、そのような状態を「タマ抜き」と呼ぶのでございます。また、まだアソコに何も施工を行っていない状態を「アリアリ」ともうしまして、この「アリアリ」→「タマ抜き」→「性転換」への変化を「オカマ-メタモルフォシス」(メタモルフォシス=変態)と(ワタクシが個人的に)呼んでいるのでございます。この変態という言葉、これは「形が変わる、他と違っている」という意味の言葉でございまして、パンティーを頭にかぶったりしたときに他人様が呼んでくださるあの「ヘンタイ!」という言葉と同じでございます。

その変態も「不完全変態」「完全変態」の二つに細分出来るわけでございまして、不完全変態というのは、様々な施工・処置を施してもあまり原形と変わり映えせず、良く言えば「ナチュラル派」、悪く言えば「アソコのオペよりも先に直すところ有るんじゃないの」と言われちゃうタイプでございます。昆虫で言えばセミやバッタの類でございます。もう一つ完全変態というのは施工・処置に伴いドンドン変わっていくタイプ。「えーーーーっ、昔オトコだったなんて、信じらんない!!」と言われるタイプでございます。同じく昆虫で言えばチョウチョが代表例でございます。

さて、ここからが本題。以上の二つの変態形態とは別に、性転換手術へのアプローチの仕方によって二つに分類されちゃったりします。まず一つは、「アソコにオチ○チンが付いていることが生理的に不快でトラウマになっている人」のタイプ。性同一性障害の方が主に当てはまりますよね。もう一つは、「どうせ使わないんだからジャマじゃん。取っちゃおうかな、その方がカッコいいし」というタイプ。プロのニューハーフによくありがちなタイプでございます。

アプローチの違いこそあれ、性転換手術というのは人生を左右するような大事業でございます。しかしながら、そのような大事業にも関わらずその手術に対して認識不足な場合が多少なりともございます。まず、手術を考えていらっしゃる方に第一に認識して頂きたいことは、

 「性転換手術は敢えて自分の体を障害者にするための手術」

ということでございます。ちょっと荒々しい言い方ですが、決して性転換とは生まれ変わることではなく、自分の体に傷口を一つ増やすだけの手術なのでございます。単なる傷口でございますから、術後のメンテナンスもソコソコ手間が掛かりますし、本物のオ○ンコとは若干使い勝手・味わいなどが違うものでございます。また、顔の美容整形のように一目瞭然の変化と違い、いつも隠している部分の変化でございますから、見た目は術前と変わらないというある意味自己満足的な手術なのでございます。

しかし、女になることを夢見る方々にとっては、ついつい性転換手術が「魔法の手術」のように思えてしまうのも無理ないこと。手術をすればすべてが解決すると思ってしまう方も多いようでございます。しかし、前述のように手術で変わるのはアソコの形だけでございます。高い身長も、濃い髭も、骨太の骨格もそのままでございます。もっと言えば、声や物言い、仕草や歩き方、頭の中の構造・考え方などもほとんど変わりません。まあほとんどと申し上げましたのは、大事業をやったためのメンタル的な変化があるかもしれませんが、手術の影響による直接の変化は無いのでございます。

また、性転換手術とよく引き合いに出されるホルモン療法も、体が出来上がってしまった人に対してはあまり効果がありません。女性ホルモンを女になれる魔法の薬と信じ、過剰摂取して体をこわす人が後を絶たないのも、手術やホルモンに対する認識不足の現れなのでございます。日本では性転換手術を「正規」で行おうとすると、1〜2年のカウンセリング期間を必要とします。これなども、このような認識不足で「後々苦しむことになるであろう」人を淘汰するためのカウンセリングなのでございましょう。

さて、国内で正規の性転換をすると何年という歳月を必要とするのですが、お仕事でニューハーフをやっている人がこの何年という歳月を待てるわけがございません。そこで海外のお医者さん、あるいは国内の「融通の利くお医者さん」にお願いするということになるのでございます(融通の利くお医者さんに関しては質問しないでね。答えられないから)。費用の方も性転換がまだマイナーな頃は外車一台分ぐらいかかったように聞いておりますが、最近は国産の新車一台分ぐらいと聞いております。それぐらいの費用でございますから、“ちょっと大きな美容整形”をするぐらいの感覚で多くのニューハーフが性転換手術を行うということになっているのでございます。

その手術そのものも、医学の進歩は凄まじいもの、格段に進歩しているようでございます。性転換泰明期の頃は、「単なるぶつ切り手術」「外観+浅い穴」といった例も有ったようでございますが、最近の手術は「クリソツ・HもOK!」という完璧さのようでございまして、費用の低減と技術の向上により性転換をするニューハーフはどんどん増えております。このようにニューハーフ業界では気軽に行われるようになってきた性転換手術も、業界の外にいらっしゃる一般の方々にはたいへん敷居の高いものでございます。

そこで提言。ニューハーフ業界の外にいらっしゃる方々は、よほどのことがない限り、性転換手術を考えるべきではございません。最初に申し上げましたように、ただ傷口が一つ増えるだけで決して女になれる訳ではございません。むしろ、女を作り上げていくのは、ご自分の心の持ちようと、日々弛(たゆ)みない訓練・刷り込みの賜物なのでございます。

骨格が太ければ、それをホッソリと見せるためのファッション的工夫とかダイエット、女っぽい喋り方の工夫、身のこなし・歩き方...ご自分の欠点を客観的に観察し、それを一つ一つ潰していく作業、それが「いい女」を作り上げるのでございます。そのような努力が少しずつ身についてきますと、アソコにオチ○チンがついているかどうかなんてあまり関係がなくなってくるものでございます。そして、ふだん女として普通に生活できるまでになったとき、改めて性転換手術をするべきがどうか考えればいいのでございます。逆に、手術やホルモンにこだわり過ぎていらっしゃる方は、そのような地道な努力をなかなかなさろうとはいたしません。残念なことでございます。

ワタクシ名古屋薫も二十歳前後の頃は真剣に性転換手術を考えておりました。しかし、今現在ごく普通に女として生活出来ておりますと、今さらリスクを犯してまで手術をしたいとは思っておりません。むしろ、手術をすることそのものは、今日では簡単なことでございます。ちょっとした大金を持って海外のある病因へ行けば実行可能でございます。しがし、本当に大変なのは「女として生きていくこと」なのでございます。性転換しても戸籍が変わる訳ではございません。アソコが女になっても、昼間女装して歩けば、世間では単なる「オカマ」なのでございます。就職に関しても、普通の会社は性転換者のような特殊な人間は嫌がるものでございます。そのような劣悪な環境の中で生き抜くだけの信念がお有りの方でなければ、一般の方の性転換は勧められないでございます。

さて、今回は性転換がテーマでございました。多くの方々から性転換に関しての相談をいただきます。今回はそのような方々にまとめて解答したような形になりました。多少ズケズケと物を言わせていただいた部分もありますので、不快感を持たれた方もいらっしゃるかも知れません。人生に関わることでございますから、敢えてズケズケと言わせていただきました。ご自分のお体、ご自分の心、ご自分の人生を大切にそして丁寧に扱ってあげて下さい。あなたの人生はあなたのもの。すべて自分に跳ね返ってくるわけですから。

ではでは、今回はこの辺で。興味のない方にとっては、つまんない内容になっちゃったかも知れませんね。次回をお楽しみに。皆様方、良い週末をお過ごし下さいませ。名古屋薫でした。

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1999/09/01

オカマ大辞典追補】「カマカマしい」

 名古屋薫でございます。ETV特集(NHK教育)--99/8/31放送「メールマガジン~増殖する心の小宇宙」はご覧になられましたでしょうか? 何人かの方が、メールマガジン執筆者として紹介されておりましたが、まったくみんな普通の方々でいらっしゃるんですよね。かつて、ワープロが出始めたときには、自分の文章が活字レベルで印刷されるというだけでその得も言われぬ感覚に酔いしれたものでした。今やパソコン一台あれば、自分の文章を世界中に発行することが出来るようになったのです。それも何の資格も技術も必要とせずにですよ。

 今までは一部のプロフェッショナルな人たちによって造られていた文化や芸術が、今やパソコンやインターネットのおかげで、一般大衆にも手の届くものとなり、そのため私のようなオカマのくだらない愚痴話を皆様方に聞いていただけるようになったのでございます。 ああ、有り難い世の中になったものでございます(合掌)。

 さて、今までに2回ほど取り上げた話題「オカマ言葉のルーツを探せ」の続編でございます。この題材は思いつく度に何度も取り上げたいと思いますので、今回より「オカマ大辞典追補」という形で小さな配信を何度もお送りしていくつもりでございます。そこで、今回の話題、「かまかましい」でございます。どうぞ、お楽しみ下さい。

●かまかましい

 お化粧の仕方や仕種・立ち振る舞い、しゃべり方などが、「オカマっぽい」ということ。ニューハーフに使うことが多いが、普通の女性に使うこともある。ただし、いくら仕種などが女っぽくても‘化粧をしていない男性’には使わない。
 用例:「今日はすごい厚化粧ね。ちょっとかまかましくない?」

 最近、名古屋薫はなにげにこの「かまかましい」という言葉を使ってしまうのでございます。よく使うわりにはどこでこの言葉を仕入れてきたのかが全く覚えがないのでございます。ひょっとしたら私が造った新語なのではと思っちゃったりするものですから、ますますこの「かまかましい」という言葉に愛着がわく今日この頃なのでございます。

 「かまかましい」の「かま」は当然「おかま」の略でございます。確か「カマカマ」というゲイバーが都内にあったように記憶しています。そのカマカマという語が妙に記憶に残っていて、いつの間にかオカマっぽいという表現をするときにそのカマカマという語を形容詞化して使い始めちゃったのではないかと思うのですが、前述の通りこの言葉のルーツは分かりません。

 かまかましい代表例を申し上げますと、私どもの業界の大御所、カルーセル麻紀さんでございますね。独特の化粧、話し方、立ち振る舞い、オカマの代表選手でございます。また、この言葉、必ずしもオカマに使うとは限りません。女性でも例えば、‘秋野陽子’さんとか‘小林幸子’さんなども妙にかまかましさを感じられるお人でございます。ひょっとすると、自己主張の強い人はかまかましくなるのかも知れません。

 ところが、最近はこの「かまかましい」ニューハーフが減ってきているのでございます。ニューハーフが普通の女の子に近づいているのでございましょうか? 普通の女の子と見分けが付かないようなノーマルなニューハーフが増えてきているのでございます。しかしながら、かまかましくないからと言って自己主張が無いかというとそうではないのでございます。ちゃんと自分のポリシーを持っていて、結構頑固だったりするのでございます。

 女の子の世界は売手市場、商品である女の子に会わせて男性が尻尾を振って追いかけるというのが一般的でございます。それに対してオカマの世界は買手市場。お客様のニーズに合わせてオカマが一生懸命自分の芸を磨いてきたのでございます。そのオカマの世界も少しずつ売手市場の女の子の世界に変化しようとしているのでございましょうか。そんなことをふと思っちゃったりするのでございます。

 一昔前は、オカマ(ゲイボーイ)といえば、水商売かあるいは夜な夜な街角に立ってお客を引くかしかなかったのでございます。それに比べれば、今どきのニューハーフはお仕事の選択肢が広がってきております。OLやアルバイトなどにもニューハーフはどんどん進出してきております。ニューハーフ本人に‘お仕事の能力’と‘世間一般に迷惑をかけない為のほんのちょっとの気配り’があれば、何も我慢して夜のお仕事に就く必要はもはやないのでございます。

 さて、こんなところで「かまかましい」という言葉、お分かりになったでしょうか。また思いついたときにオカマ大辞典追補、お送りしたいと思います。では、次回の配信をお楽しみに。

 「人生、待っているときが一番楽しいものでございます(ウフフ)」

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1999/05/13

女装は趣味でやるのが一番

 はてさて、まったくもって月刊誌に成り下がってしまった名古屋薫のShe-Mailでございます。数々のお叱り、催促、励まし、罵詈雑言を頂きながらのShe-Mail最新号でございます。やっと歌舞伎町への引っ越しも完了し、名古屋薫はただ今新宿歌舞伎町の住民なのでございます。住民票だってちゃんと歌舞伎町に移したかんね。まあ、人によっては「歌舞伎町なんて人間が住めるの?」と思われる方もあるでしょうね。私だって、名古屋に住んでいた頃は歌舞伎町に人が住んでいるとは思いませんでしたから。ところがどっこい、名古屋薫は宇宙人なのでございます。従って、歌舞伎町に住むことなんかヘナチョコノパーなのでございます。皆様方、どうか安心してくださいませ。歌舞伎町と言えば、ちょっとおかしそうな人が包丁を持って走り回っていたりとか、人が殺されて路肩に真っ赤な出血の後が残っていたりとか、まったく退屈しないところでございます。宇宙人名古屋薫(注1)にはもってこいなのでございます。

 さあ、今回のテーマは「女装は趣味でやるのが一番」です。私のところへは多くの方からお悩みの相談メールを頂きます。その中でも特に多いのが「私もニューハーフになりたいのですが」といった類のお悩みなのでございます。最近は幸か不幸かニューハーフも市民権を得てきて、ニューハーフとパンピー、おっといけない失礼、ニューハーフと一般ピープルとの敷居が低くなってきております。また、ニューハーフといった魑魅魍魎(ちみもうりょう:要するに妖怪のこと)を好きこのんで採り上げるマスメディアもまだまだ多うございます。よって皆様方気軽に「私もニューハーフになれるかな」なんて思ってしまうのでしょうね。今回はそういった方々に送る名古屋薫からの笹屋かな??おっと間違い、ささやかな“ニューハーフ予備軍に贈るバラード”なのでございます。パチパチパチパチ。

 まず、最初にハッキリハッキリ断っておきましょう。ニューハーフに関してゼッタイゼッタイ言えることは“ニューハーフなんて儲からない”ってことでありんす。大箱(お店の規模が大きいということ)のゲイバー・ニューハーフバーでは毎週一本ぐらいの「面接」の電話がかかってくるものです。もちろんベテランニューハーフや経験者からの電話もあるのですが、「とにかくニューハーフになってみたい」という切羽詰まった方からのお電話も結構多いのです。しかしながら、そういった方に実際に面接に来ていただくと、まあよくありがちなこととして「スッピンで来る」「仕草に女っぽさのかけらもない」ということなのでございます。中には‘今までにお化粧をしたこともない’などど宣(のたま)う言語道断の方もいらっしゃる始末。もっとも、そういった方がまだ10代のうら若き前途有望な若者であるならば「何とかいたしましょう。私がひとばだ脱ぎましょう。私、脱いだら違うんです」という気にもなるのですが、20代後半あるいは30代に入っていらっしゃったりすると、「あいすみません、お引き取りいただけますか? 現在の地位と名声をお捨てになってまで始めるだけの価値はニューハーフには有りませんよ」ということになっちゃいます。

 きっと、ニューハーフの世界って華やかでお金が儲かりそうな雰囲気が有るんでしょうね。でもね、例えば音楽家や役者を目指している人ならば、まず最初は独学で勉強を始めるのが当然ですよね。ニューハーフのお店に入店すれば一から十まで手取り足取り教えてくれると思ったら大間違いなのでございます。まあ、若くて素質が有るなと思える子の場合は手取り足取り教えちゃったりします。残念ながらニューハーフの世界も「才能」が優先してしまう世界なのでございます。

 また、男性は皆、先天的そして潜在的‘変身願望快楽主義者’なのでありんす。リュージュをひいて美しなった「鏡の中のボク」にウットリするなんてことは大なり小なりほとんどの男性が持っている物なのでございます。特に最近の若人(注2)は、ルックスが女々(めめ)しく、もとい、女っぽくなっていらっしゃいますので、ちょっとお化粧したりすると、もうこれはこれは女っぽくなっちゃったりするのでございます。ところがどっこい、ニューハーフが生きていくのは荊(いばら)の道。生きていく一歩一歩が足の裏に突き刺さる棘(とげ)の痛みとの戦いなのでございます。鏡の中の自分に「フー」となっているような方はどこかで挫折してしまう可能性が高いのでございます。これは、水商売をするしないに関わりません。ニューハーフとして生きていくことそのものが苦しいのでございます。

 だって、最近はニューハーフが市民権を得てきたとはいうものの、やっぱり世間一般から見れば「女装」という扱いを受けてしまいやすいのです。夜の世界ならばキャラクターの持って行きようで要領よく自分を売り込むことも出来ましょう。しかし、もし昼間ニューハーフとして生きていくとしたら、これはもう完全に世間様を騙さなくてはなりません。中途半端なことをしていたら簡単に“社会生活不適応者”というレッテルを貼られてしまいます。そしてまた、昼間の真面目なお仕事はニューハーフだからといって甘やかしてはくれません。仕事の面では他の健常者(?!)と同じかそれ以上の能力を示さないと居場所が無くなったりしちゃうのです。ある意味でニューハーフにとって昼間の世界は夜の世界よりも厳しい世界なのかも知れません。

 要するに、ニューハーフは‘ニューハーフというライフスタイル’を好きでなければつとまりません。ニューハーフとして生きていくことが楽しくてしょうがないという人でなければニューハーフってどんどん苦しくなります。そしてそのライフスタイルをエンジョイしているという前提の上で、もし水商売であるならば、“ニューハーフという「お仕事」に染まれるか”ということ、また一般生活であるならば今度は“ニューハーフというハンディを背負いながら一般人と戦うだけの気構えがあるか”といったことを要求されちゃうのです。

 そこで、全国のニューハーフ予備軍の方々に開眼の辞、啓蒙の言葉を授けましょう。心して聞くように。それは...

『女装は趣味でやるのが一番!!』

ということなのです。これってきっと音楽家や画家の人にも言えるのかも。音楽や絵画も「好き」でやっているうちは楽しいのでしょうが、いざ「売らなきゃいけない、売れなきゃ食っていけない」という状態になったときにはきっと一般ピープルには理解し得ない苦しみがあるはず。ニューハーフだって同じなのです。そう考えるとニューハーフになるって、どこか芸術家を志す人の道と似ているかも知れません。かつて芸術の道を目指し、今はニューハーフとして黙々と社会にとって何の実益にもならないことを飽きずに繰り返しているこの名古屋薫が言うのでありますから、これはきっと間違いないはずなのでございます。

 しかし、中には前途有望な方々もいらっしゃることと思します。さてそこで、有望なニューハーフ予備軍の条件といたしましては、まず「才能」があるか無いかが重要なことになっちゃいます。この才能の中には「男が好きかどうか」ってことも含まれちゃいますし、生まれもった体格や容姿ということも重要なエレメントになるのでございます。もっとも、多少のハンディキャップは努力で克服しちゃう秀才タイプも数少ないけれども存在いたします。才能がないからってメゲないようにしてくださいませ。そして次に重要な条件といたしましては「年齢」。どんな芸術でも早く始めるに越したことはありません。遅くなればなるほど失った若さを努力で取り戻すことになります。遅くデビューしたニューハーフほど他人の何倍も努力しなくちゃならなくなります。もしニューハーフになりたいと思っていらっしゃるのならそのニューハーフという言葉を音楽家とか役者といった言葉に置き換えて考えてみてはどうでしょうか? ささやかな秘密を持ちながら一般ピープルとして生きていくのもよいでしょう。また、あえて荒波の中に身を投じ人生を棒に振る(?)のもよいでしょう。人間なんてどう転んでも後悔するように出来ているのです。同じ後悔するのなら精一杯生きましょう。中途半端な生き方で後悔するというのが一番悔しいものです。同じ後悔をするのなら力の限りを出し尽くして後悔いたしましょう。

 さて、話は佳境に入って参りました。ここまではニューハーフ予備軍に捧げるバラードでございます。ここまで読まれて「あたしゃニューハーフになりたいなんて、これっぽっちも思っちゃいないよ。どうしてくれるんだい」なんて思われた方もいらっしゃるでしょう。ここからはそんな方々へのバラードでございます。実際のところ、私の元へは別にニューハーフになりたいというお悩みの相談だけではないのでございます。お仕事の相談や恋愛の相談など、人生の様々なお悩みごとをみなさんから承っているのでございます。そういった方々に私が共通してアドバイスすることが一つあるのでございます。それは...

『自分を大切にする』

ということなのでございます。この自分を大切にするって言葉、未だに名古屋薫は会得しておりません。簡単そうで実はトッテモ奥の深い言葉なのでございます。ではこの難解な言葉、私なりに講釈してみましょう。

   「あの人の気持ちが私の方を向いてくれない」
   「お仕事に生き甲斐を感じられない」
   「私って誰かの役に立っているの?」

 そもそも人間なんて悩むためにこの世に出てきたようなものなのでございます。生きていれば悩み事なんていっぱい沸いてくるのでございます。しかしながら、人間悩んでいる時って気持ちが外へ外へと向いている物なのでございます。どういったことかお分かりになるでしょうか?

 人の気持ちを自分の方へ引っ張ろうとするから自分の居る位置を見失ってしまう。人と比較するから自分が虚しくなる。自分を外側からばかり見てしまうから、内側の自分に気が付かない。分かりますか? 悩んでいる時ほど自分の気持ちって外へ外へと向いているんです。

 そんなときは気持ちを内へ内へと持っていきましょう。でも、自閉症を尊重したりはしちゃいませんよ。自分の心を見つめるのでございます。人がどうであろうと、社会がどうであろうと、とにかく“ご自分を磨くことに専念する”のでございます。自分を磨こうと脇目も振らず努力している人はとにかく美しいものなのです。そんな美しい人ならばきっとすばらしい人が近づいてくるに違い有りません。そんな力強い人ならば今は気づいてくれなくてもきっと誰かが遠くから見ていてくれているはずです。そんな輝いた人ならば、存在するだけで多くの人の役に立っているはずなんです。

 それでは、自分を見つめるってどういうこと? 自分を磨くってどうすればいいの?...

“自分を美しくしようと思ったら、美しい物に触れていればいいのです”

 美しい絵画をいっぱい観ましょう。理解できなくってもいいんです、本物を目の前にして、ただ感じるだけでいいんです。そしてあらゆるジャンル、あらゆる国、あらゆる時代のすばらしい音楽をいっぱい聴きましょう。そうすればどんな波動にも同調させられるような柔軟な心を持てるようになるでしょう。そして貪(むさぼ)るように多くの小説を片っ端から読みましょう。そういった小説の中には様々な人たちの美しい人生、理想の生き方(注3)が示されているからです。理想を持てるから現実を語ることが出来る。心が外側へばかり向いて自分の周りの現実ばかりを見つめていると、自分の心の中に作るべき理想の姿を忘れてしまうのです。理想というのはどちらへ歩き出せばいいのかという風見鶏のようなもの。風見鶏を持たない心は悩んでしまうのは当たり前なのです。

 少しでも多くの美しい物に触れて、自分がそれに近づきたくなると思う。それが自分を磨くことであり、自分を美しくすることであり、自分を見つめるってことなのです。“自愛”という言葉がありますが、まさに自分を愛すること、自分を愛して自分を磨いていくことが“自分を信じる”ということなのではないでしょうか。自分を信じていらっしゃる方は一本筋金が通っていてなかなかヘコたれません。多少の悩み事が発生しても、ご自分の心の美しさが支えてくれるはずです。もし「ニューハーフになりたい」なんて危うく人生を棒に振りかねないお悩みにとりつかれてもきっと決断を誤ることがないはずです。美しいものにいっぱい触れて、自分が歩んで行くべきすばらしき理想像をお持ちならば、小さなことに悩んで振り回されている自分がばからしく思えてくる。このように生きるのは難しいけれど、これが「自分を信じる」という言葉への名古屋薫流の講釈なのです。

 さーて、さんざん生意気なことを言ってしまいましたでございます。こんな生意気なことを言っていると、「じゃあ、どうしてメールマガジンがいつの間にか月刊誌になっちゃっているんだ」とか「ホームページがちっとも更新されないが本当に努力しているのか」とかいったシュプレヒコールが聞こえてきそうでございます。まさに、両刃の刃とはよく言ったもので、天に唾を吐くとその唾が全部自分の顔に降りかかってくるのでございます。でも、そこは宇宙人の名古屋薫。自分のことはサッサと棚に上げて、言いたいことをさんざん言って逃げを切るのでございます。ぼやぼやしていると天に吐いた唾が落ちてくる気配。急いで退散することにいたしましょう。それではこの辺で今回はサヨーナラーなのでございます。読者の皆様方、長らくお待たせいたしました。バッハハーイ!

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(注1)宇宙人
 メールマガジン発行後、ある方から「宇宙人でなければやっていけないという風に聞こえる」といった感想を頂きました。宇宙人でなければやっていけないと言うよりも、何が起こっても気にならない宇宙人のような人が集まってくる街、それが歌舞伎町なんじゃないでしょうか?

(注2)若人
 この場合は「わこうど」と読んで下さい。魚(な)コードという商品名の延長コードがありますが関係有りません。

(注3)理想の生き方
 「すべての小説が人間の理想を描いているわけではない」というご指摘も何人かの方から頂きました。正にその通りです。小説というものは「実際はいい加減だけれど、日記にはこう書いておこう」とかいった理想とか、「こんなつもりじゃなかったのに、グスン」といった現実とかが書かれています。そして、その理想と現実両方を認識することがもっとも大切なのでございます。だからこそ、小説などは片っ端から読みましょう。食べ物も芸術も偏食はいけません。

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1999/04/05

オカマ言葉のルーツを探せ。オカマ大辞典その2

 おまちどおさまでした。オカマ大辞典、その2でございます。中途半端な知識で知ったかぶりをし、日本中から非難、訂正、ご意見などをイッパイ頂いた、いわくつきのオカマ大辞典、その続編でございます。前回は私たちニューハーフを表す言葉として、オカマ、ゲイボーイ、シスターボーイ、ニューハーフ、ミスターレディーなどを取り上げましたが、ひとつ重要なものを忘れていました。ではさっそくそれから紹介いたしましょう。

《今回の言葉》

 She-male(シーメイル)
 ドラッグクイーン
 ノンケ
 オナベ
 だんカマ

【She-male】(シーメイル)

「ニューハーフ」と同意と考えていいでしょうね。

 この単語はあまり馴染みがないんじゃないですか? 主に洋物のエッチな本(もちろんニューハーフの)に使われています。また、国内にも「She-male白書」(光彩書房)という有名な雑誌がありますからそちらでご存じの方も多いでしょうね。「彼女、メスの」を意味するSheと「オスの」を意味するmaleとをくっつけた合成語なんです。この単語、国内ではそのShe-male白書という雑誌の登場で、一躍知名度を上げました。実は、先日ある方にうかがったところ、この単語、海外のニューハーフの人はほとんど使わないとのこと。英語圏ではトランセクシャル(transsexual)=性転換者、性倒錯者、またはトランスベスタイト(transvestite)=服装倒錯者、といった呼び方がメインだそうです。このShe-maleという言葉は風俗雑誌独特の言い回しらしく、性転換者や女装した人が自分のことをShe-maleとはまず言わないそうです。

 さて、私のメールマガジンの題名「名古屋薫のShe-Male」はこのShe-maleをもじっております。ちょうどメイルという発音が同じなのでイイカナなんて思っちゃったわけです。最初の頃は「スペルが間違ってるぞっ」ていうご指摘も頂いちゃったりしました。この単語、ひょっとして登録商標として申請した方がいいのでしょうか。それとももうすでに誰かが登録していて私は知らぬ間に著作権侵害の罪人になっちゃっているんでしょうか? ちょっと気になるけど、まあ、次いきましょう。

【ドラッグクイーン】

 とってもケバい化粧でパフォーマンスする女装者のこと

 よく、ドラッグクイーンってなあに、って聞かれることがあります。このドラッグクイーンって説明するの難しいですよねー。「3人のエンジェル」または「プリシラ」といった映画をご存じでしょうか? これらの映画はドラッグクイーンが主人公なんです。レンタルビデオなどで見つけたら一度ごらんになってみてください。オカマとかニューハーフといった言葉がその人のライフスタイル的な意味合いを持つのに対して、このドラッグクイーンという言葉は単に容姿を指すのみと考えた方がいいでしょうね。宝塚の女役を10ケバくした感じと言いましょうか、またはリオのカーニバル風味と言った感じでしょうか。とにかくドラッグクイーンってのは舞台の上で見られるということを本望としておりますので、基本的に舞台化粧なのでございます。色使いは九官鳥のようにケバく、付けまつげゴンゴンと言えば何となく想像していただけるでしょうか。

 ドラッグクイーンと呼ばれる方には性転換者もいれば性倒錯、服装倒錯の人、また全くのノーマルの人もいます。つまり、ドラッグクイーンという名前にはそのパフォーマンスそのものを意味するのであって、性的な意味合いはあまり重要じゃないみたいですね。ドラッグクイーンだからと言って必ずしもゲイじゃないんですよね。最近流行(はやり)の「ヴィジュアル系」ってのも軟弱なドラッグクイーンって言えるんじゃないですか?(ヤバイ、こんなこと書くとまた苦情のメールが来ちゃうかも)

【ノンケ】

 ゲイでない人、いたってノーマルな人のこと。

 私たちゲイの世界から見てノーマル側にいらっしゃる方々をさしてこう呼びます。ニューハーフの恋人になる男性って、ほとんどがノンケの人なんです。ごく普通に女性を愛することが出来、ひょっとすると奥さんとか子供さんとかがいらっしゃる男性がニューハーフと恋に落ちるのです。つまりニューハーフを女性の延長線上に見ているんでしょうね。逆にホモセクシャルの人がニューハーフに恋するということは、ほとんどありません。世間一般から見ればニューハーフもホモセクシャルも単なる「ゲイ」という言葉で片づけられちゃうのですが、私たちの世界では、ちゃんと区別されちゃってるんです。実はニューハーフとホモセクシャルの人たちって仲が悪かったりということもあったりするんです。そんな様子を見て人は「目くそ鼻くそを笑う」なんて言う人もいますけどね。失礼ね!

【オナベ】

 男装している女性のこと。なかなか男っぽいんですよネー、最近のオナベちゃんは。

 この言葉も、もはや有名ですよね。もちろん、オカマバーがあるようにオナベバーというお店もあります。そして、最近のオナベちゃんは実に男っぽいんですよ。もちろんホルモン療法(この場合は男性ホルモンを注射する)をしているからなんですけど、声を聞かなきゃまずわかんないですよ。骨格も男、髪の生え際も男、人によってはヒゲが生えちゃってたりするんですから。ニューハーフの中にもなかなか分かんない娘が増えてきましたが、最近のオナベちゃんもレベルアップしてますよー。普段何気なくすれ違っている男性、挨拶を交わしている男性が実は女性かもしれないのですよー。声がちょっと高いかなって感じる場合が多いですが、でも、男性だと思いこんでいたら声を聞いても気づかないようなオナベちゃんも大勢います。

 男だと思っていた人が実は女だったり、また女と思っていた人が実は男だったり。怖いですねー、最近の世の中。もう誰も信用でき無くなっちゃいますねー(ちょっと大げさかな!)。私の働いているお店ShowGirlにもオナベちゃんが二人ほど働いています。近頃は男女雇用均等法が出来たから、男と女、平等に雇わなくっちゃね、ナンテネ。

【だんカマ】

 一応、化粧はしているけれど、ちっとも女っぽい館背を持っていないオカマ(ニューハーフ)のこと

 「営業オカマ」なんて言葉もあります。けっして性倒錯や服装倒錯ではない人がお仕事として“割り切って”オカマをやっている人たちのことです。「だんカマ」もそれに近い言葉でしょうね(ちょっと自信がないのです。異論のある人はメールください)。また、ニューハーフになり立てで仕草などに男が見えちゃったりすると「だんカマ」と言って馬鹿にされちゃったりします。でも、まだニューハーフという言葉が出来る前、ゲイポーイという言葉しかなかった頃はこの営業オカマの人は時々いらっしゃったそうです(先輩だから敬語を使います、オッス)。奥さんや子供がいるゲイボーイなんてテレビや雑誌で見たことがあります。最近の若いニューハーフの人から見るとそういうのってすごく不思議らしいんです。私は不思議って感じないと言うことは、私はもはやオバサンの仲間入りなのかしら...

 以前もどこかで書きましたが、「ニューハーフ」という言葉はライフスタイルではなくて、むしろお仕事の名前なんでしょうね。ドラッグクイーンという言葉が生き方ではなくパフォーマンスのみを指す言葉であるように、『ニューハーフというお仕事に就いています。お客さんの前では“ニューハーフというキャラクター”を演じてます。でも、内面の性は人それぞれです』と言うのが本当なのかもしれません。それくらい、今ニューハーフと呼ばれている人たちには様々な人たちがいて、十羽ひとがらげにする事が出来ないんです。

 ニューハーフはこんな性格、こんな話し方、こんな仕草という先入観がお客さんの方にあるのかもしれません。当然客商売なので私たちもお客が望む物を‘演出’します。そうやって、ニューハーフ、あるいはオカマというキャラクターが作られてきたという見方、こんな考え方は出来ないでしょうか? そういえば、芸能人などでも事務所が作ったイメージ、あるいは一般大衆が作ったイメージを追いかけているうちに、いつの間にかそのように染まってしまった人もいるはずです。ニューハーフもひょっとすると、他人様が作ったイメージに振り回されているだけなのかな、なんて考えることがあります。

 そして、最近はそういった典型的なイメージにこだわらないニューハーフの人たちも増えてきました。しかし、そういった人たちは必ずしも水商売に向いていなかったりするんですね。だって、典型的なニューハーフのイメージって水商売の中で培われてきたものですからね。ひとむかし前だったら無理矢理自分をその典型的なパターンに染めていったんでしょうね。だってその当時はニューハーフって水商売以外にお仕事なんかなかったですから。でも、今は上手にやればニューハーフだっていろいろなお仕事が出来るんです。昼間アルバイトをやっている人もいます。オフィスレディーとして普通の会社に勤めている人もいます。また、同じ水商売でも女の娘のクラブで働いたりとか、あるいはソープランド(ビックリ!)で働いている娘(もちろん性転換)もいます。

 エーン、さてさて、ここまで書いてもういいネタが無くなっちゃいました。もっと下品な言葉だったらいっぱい知っているんだけど、ちょっとここには書けません(!)。みなさんが興味を持ちそうな言葉って前編でほとんど出ちゃってますからね。今回はちょっと物足りないかな? ごめんね。私自身、今回のメールマガジンは妙に理屈っぽくなっちゃってなんだか不完全燃焼って感じ。水商売の疲れがこんなところに出ちゃってるのかしら。

 では、今回はこんなところで。バッハハーイ。

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1999/02/23

【オカマ養成講座】その1

 はてさて、本当にお久しぶりでございます。水商売に戻ってからは毎日がおしゃべりとアルコールとスポットライトの日々。

   「席に着けば漫才師、暗くなれば踊り子、昼間歩けばタダの変態」

 そんな日々が続いております。気が付けばメールマガジン前号のタイムスタンプが1ヶ月も前!!!。メールマガジンを執筆するときには多少のアルコールをかたわらに置くことが多いのですが、飲み過ぎはどうもいけませんね。アルコールでフニャフニャになった脳味噌は、なかなか目覚めのみそ汁くらいでは復活しないのです。書きたい題材はいっぱいあるのですが、どうも筆が進まなくって、あっという間にひと月も経ってしまいました。ひと月もご無沙汰されても購読解除をしなかったアナタ、ありがとうございます。

 さて、本題に入りましょう。今回のテーマは「オカマ養成講座」。密かに自分もオカマ(ニューハーフ)になってみたいと思っていらっしゃる男性の方。オカマのテクニックを身につけて恋人のハートをゲットしたいと思っている女性の方。そんな人たち必見の養成講座でございます。ただ、この講座の効果は絶大でございます。くれぐれも乱用して人生のハシゴを踏み外さないよう、くれぐれもお気をつけくださいませ(ということは、私名古屋薫は人生のハシゴを踏み外して今日に至っているということ? 
まあ、オカマなんてそんなもんだよ~ん(^-^;)。
それでは、「オカマ養成講座」お楽しみください。

●ポイント1 「逆の手を使いましょう」-逆手の法則

 「逆の手」。どういう意味かわかりますか? 反対側の手って言えばわかりやすいでしょうか? 右の物を取るときには左の手。左の物を取るときには右の手を使うのです。エッ、何でそんなめんどくさいことをするかって? それではご説明いたしましょう。

 物を取るときに逆方向の手を使うと、自然に体がクローズになりますよね。このクローズの感覚っていうのが、女っぽさの重要なポイントなのでございます。いつも体をクローズな形に持っていくことにとって、女っぽさを強調することができるのです。右にある物を左手で取る。この時自然と左手が、女の急所の一つである胸の二つの膨らみを覆うように位置する。女の防御意識を強調するように、あいている右手はその二つの膨らみを軽く抱えるように防御をサポートしましょう。腰はあくまでも柔らかく、左手の伸張に引かれて軽くひねりを入れましょう。そのひねりに引かれて首は軽く左に傾(かし)げましょう。

 さあ、何となくイメージできたでしょうか? そして最も重要なこと、それはこれらの動作がすべて同時(!)に、かつ柔らかく、さりげなく、行われなくてはいけないということなんです。体の力はじゅうぶんに抜きましょう。この逆手の法則を常に心がけることによって、あなたの体は理想的なオカマ曲線を描くことができるようになるでしょう。そして、この仕草が「急所を守る」という女の本能の産物であるということを忘れないことなのです。

 (ポイント1補足)

 ある心理学の統計によると(出典がわかりません、ごめんね)、人ひとりがやっと通れるような狭い通路などで他人とすれ違う場合、狭さのためお互いに体を横にしてすれ違わなければいけないとします。その時、男性は攻撃的な本能から常に相手から目を離さないようなポジション、つまり相手の方を向くように横向きになる場合が多く、女性の場合は防御反応から、相手に背を向けるように横になって道を譲ることが多いそうです。これなども、女性が急所を胸に持つ故の仕草の一つなんでしょうね。

●ポイント2 「片方のお尻で座りましょう」-片ケツの法則

 みなさん、いすに座るときには必ず(!)お尻がいすにくっつきますよね。でも両方のお尻をペタッとくっつけて座っていませんか? えっ、片方のお尻でどうやって座るんだって? お答えいたしましょう。

 両方のお尻でぺたっと座ると、体は安定いたしますがその安定した直線が理想的なオカマ曲線と干渉するのでございます。前述の「逆手の法則」が動的なオカマ曲線の実践ならば、このポイント2は静的なオカマ曲線の実践ということになりましょう。座っているときの重心をどちらかのお尻にチョコットずらしてあげるのです。当然、その重心の移動を補正するように体の上体は反対方向に引かれます。首の力は抜きましょう。しかし、うなだれるような抜き方はいけませんよ。尾てい骨から頭頂までを貫く脊椎が、自然なオカマ曲線を描くこと、それが重要なのです。

 この時、いすにはほんの少しだけ斜めに座った方がよろしいかもしれません。あるいは、誰かに向き合っているのならば、おへその向きを少し相手から外しましょう、ほんの少しだけ。または、鼻先を相手からほんの少し外し、やや流し目で相手をみるとか、軽く首を傾(かし)げておくとか、常にオフセットをつけてポーズする、それが大事なのです。またこの「片ケツの法則」は立ちポーズにも応用されます。すなわち、片足で立てばいいのです。片足っていったってケンケンするんじゃないわよ。ちょっと重心をずらすだけ。オフセットの感覚、身につけましょう!

●ポイント3 「ヌメッと動け」-時間差攻撃の法則

 ヌメッと動く、これこそがオカマの極意。修得にはかなりの修行を要します。

 さて、静的オカマ曲線、動的オカマ曲線の実践を説明してきましたが、今度はそのオカマ曲線が時間軸上に現れるというオカマ偏移(へんい)の実践でございます。要するに表題にあるように「ヌメッと動く」のです。あなたが何らかの外的刺激を受けたとき、すぐに反応してはいけません。反応するまでにほんの一瞬の間(ま)を置くのです。この間が実に微妙で、あまり短いと意味が無くなりますし、長すぎると間が抜けてしまします。

 この絶妙の間を会得したといたしましょう。しかし、問題は間だけではないのです。動き方も実に微妙な要素を含んでいるのでございます。体全体が機敏に反応してはいけません。まず、気持ちだけが反応して少し興味を引かれるといった瞬間があります。具体的にいうと外的刺激の方向に心理的重心がほんの少しシフトされ、それに引きずられて物理的重心もそのバランスを偏移される、といったところでしょうか。そののち、おもむろに体全体の動的オカマ曲線を維持しつつ、外的刺激に反応しましょう。以上の動作を簡単に表現すると、「ヌメッと動く」ということになるのです。この感覚、分かりますでしょうか?

 ポイント1,ポイント2に関しては鏡を見ながらご自分で練習するといったことも可能でございましょう。しかしながら、このポイント3に関しては、実際にオカマにふれてその感覚を実感されないことには、まずその修得は難しいでしょう。それこそ、空手を通信教育で勉強するようなもので、形は何とかまねをできてもその原点である「雰囲気」といったものはなかなか本物に触れないとわからないことでしょう。

 さて、オカマ養成講座の第1回目といたしましてはこんなところでしょうか。ただ、くれぐれも申し上げておきます。これらの効果は絶大でございます。くれぐれも度を超さぬようお気をつけください。程々に使えば実にいい女を演出することができましょう。しかし、度を超してしまいますと、そのいい女が単なるオカマになってしまいます。あなた様の人生を棒に振らぬよう、くれぐれも使いすぎにお気をつけください。また、そのうちオカマ養成講座第2回以降も行いたいと思っております。ご期待くださいませ。

 では、一月ぶりの「名古屋薫のShe-Mail」、お楽しみいただけましたでしょうか。みなさまのご期待に添うべく、まめな発行を目指していくつもりです。長らくお待たせした読者の皆様方、ゴメンチャイ。

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