新聞記事から拾い読み

2011/01/11

忘れてませんよ!

 昨年の暮れは、テレビなどで「小澤征爾」さんのニュースが流れる度に、ドキッとしたものでございます。ここ数年間は故障続きで、昨年の初めには食道癌まで見つかっております。昨年秋口には活動を再開されましたが、テレビなどの映像を見る限りでは必ずしも本調子ではないご様子。それで、ニュースで小澤征爾さんの話題になると、「ハッ、ダメだったか」という思いに一瞬させられたものでございました。もちろん、小澤征爾さんは、ただ今ご存命でございますよ。しかし、今度は腰の手術で、またしばらく治療に専念するとのこと。まだまだ心配なのでございます。

「ダメだったか?→あぁ良かった」となるニュースもあれば、「エッ、あの人が逝っちゃった?」と驚かされるニュースもございます。先日の、横澤彪さんが亡くなられたニュースも、その一つでございます。横澤彪さんと言えば元フジテレビのプロデューサー。『オレたちひょうきん族』という番組で育った世代には、忘れられない人物でございます。昨年、NHKの爆笑問題の番組で元気にテレビ番組論を語っておりましたが、あっけないものでございます。

 また、ロカビリー歌手の山下敬二郎さんも、亡くなられております。亡くなる直前まで歌手活動を続けていらっしゃったようで、テレビが特別にコーナーを作って紹介したりしておりました。横澤彪さんや山下敬二郎の場合はテレビや新聞でやや大きめに取り上げられておりますけど、そのようなニュースの影で、ひっそりと新聞の片隅で伝えられた訃報記事もございました。「曽我廼家 鶴蝶(そがのや つるちょう)」という女優さんの訃報でございました。

 ワタクシがこの小さな新聞記事に目を止めたのは、「曽我廼家」というこの芸名がワタクシにとっては縁のある名前だからでございます。ワタクシの母親も女優をやっていたのでございますが、母親の芸名が「曽我廼家 喜代蝶(そがのや きよちょう)」。そう、この鶴蝶さんと同じ「曽我廼家五郎一座」の出身なのでございます。鶴蝶さんとワタクシの母親の経歴を比べますと、年齢は二つほど母親の方が年下ですが、ほぼ同じ時期に曽我廼家五郎一座に入座し、その後、やはり同じ時期に松竹新喜劇に移籍するという、よく似た経歴になっております。

 そういえば、生前、母親の口から「ツルちゃん、どうしているかなぁ」という言葉を聞いたことがあるような気がいたします。子役のころから一緒で同じ年頃ということで、良い遊び相手だったのでしょうか。あるいは、年齢が近いということでいつも比較され、よきライバルだったのでしょうか。すでに両者が亡くなっている今となっては、はかり知ることも出来ませんよね。今頃、天国でお茶でも飲みながら昔話に花を咲かせていることでございましょう。

 ワタクシの母親の命日が、今月の24日。「もうそろそろ私の命日だから、この記事を読んで思い出しておけ」と、母親がワタクシをこの小さな訃報記事に誘(いざな)ったのかも知れません。ここのところ訃報が続きますが、亡くなった方々のご冥福を、お祈りいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/06/09

勇気とは、妥協・譲歩できることなのかも知れませんよ

 今から19年前、「ミハエル・シューマッハ」というF1ドライバーがデビューいたしました。F1初戦ながら予選で7位という新人らしからぬポジションで本戦を迎え、本戦がスタートするやいなや、前をふさぐベテラン勢を驚異的な勢いでごぼう抜きしたのでございます。派手な追い抜き劇を披露した後、その派手なドライビングが災いしたのか、一周する事もなくコースアウトしてしまい、「0周リタイア」というのが彼のデビュー戦公式記録でございます。

 このシューマッハの派手なデビュー戦には、まことしやかな裏話がございます。実はシューマッハは本戦ではほとんどガソリンを積んでなく、他のマシンよりも100kg以上軽い状態ではなかったかと。そう、軽いマシンならばごぼう抜き出来ても当然の事。そして派手なパフォーマンスを演じた後、コース外の砂の中に消えるのも予定の内。だって、完走するだけのガソリンは積んでいなかったのですからね。そう、すべてはデビュー戦で注目を浴びるためのシューマッハの演出だったという説でございます。事実、そのデビュー戦で注目された彼は、その直後に大手チームから引き抜かれる事になるのでございます。

 さて日本ではここ1週間ほど前に、いろいろな人が自らコースアウトしておりました。自らの主義を押し通して罷免された瑞穂たん、責任を取って退陣した由紀夫たん、退陣する人に諭されて辞任した一郎たん。すべては出来試合という人もおりますし、いや偶然の成り行きだという人もございます。果たしてその真相は? 選挙を前にして、様々な人の様々な思惑が交錯しているようでございます。ご用心、ご用心。

 さて、そのような流れの結果、新しくスタートしたのが「菅内閣」。その菅首相、「最小不幸社会」という言葉を掲げております。もうひとつの「奇兵隊内閣」ってのは全然意味が分かりませんけどね。多分、記者に質問されて、たまたま思いついた言葉を言っただけではないでしょうか。しかし、「最小不幸社会」という語は、ちょっと意味深な言葉でございます。というのも、この言葉は、ある経済学者の有名な理論を想起させるからでございます。

 「最小不幸社会」、多少なりとも政治経済や哲学をかじったことがある方ならば、この言葉を聞いて「ベンサム」という経済学者の名前を思い浮かべることでございましょう。ベンサムの「最大多数の最大幸福」という考え方でございます。菅首相はSF小説からヒントを得たと言っておりますが、もしこのベンサムの言葉をもじって「最小不幸社会」という概念を考えられたとしたら、菅首相、ちょっと期待できるかも、なのでございます。

「最大多数の最大幸福」というのは、「国民の“幸福のトータル”が最大になるような良い方法(妥協案)を考えましょう」という考え方でございます。この考えには、「全ての国民が最大の幸福を得られるような“理想”は有り得ない」という大前提に基づいております。つまり、“幸福のトータル”というところがくせものでございまして、「ある少数の人たちがちょっと不幸を我慢することで他の大勢が大きく幸せになれるのなら、トータルの幸福は最大になる」ということも考えられるのでございます。この解釈は怖い一面を持っておりまして、「普天間の人たちがちょっと我慢してくれれば、日本中が幸せになれるじゃん」という考え方も成立してしまうのでございます。

 まぁ、菅首相がこのベンサムの言葉をもじっていたかどうかは定かではありませんが、こういった経済学的な考え方が出来るというのは、ある意味“実践的な”政治家だと思うのでございます。経済学というのは“妥協点”を求める学問でございます。必ずどこかで“損”は出るものだという前提で損得の差が最大になる点を求めますので、結果には必ず何らかの妥協を含んでおります。政治だって、この妥協というのは必要だと思いますよ。「これはそちらに譲るから、こっちのを通してくれないかなぁ」というような駆け引きみたいなものがあってこそ、円滑に政治が進行して行くってもんでさぁ。自分の党の考え方以外は何ものも受け入れないという考え方は、ある意味「宗教」でございます。正教徒(与党)と異教徒(野党)との宗教戦争、日本の政治って、なんかこんな風に見えては来ませんか?

 菅首相の「最小不幸社会」という言葉はベンサムの言葉とはちょっと意味合いが違ってきますが、経済学的な観点から「妥協・譲歩」という勇気を持てる政治が出来るのなら、ちょっと期待してしまうのでございます。首相自身も、「党派を超えて議論する必要がある」と言っているようでございますしね。というか、日本人てのは昔から、曖昧なところで互いに譲歩して話をまとめるというのは上手な民族だったはずなのですけどねぇ。マニフェストなんてものにこだわり始めてから、そのマニフェストが教典のようになってしまったのでしょうかねぇ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009/04/25

世の中は、エコ、エコと騒いでいるけれど...

 今回は、新聞の記事から拾い読みでございます。なんだか、「エコ大賞」を受賞した日立の冷蔵庫が実際にはエコではなかったとのこと。パンフレットのうたい文句ほどにはリサイクル材料が使われていなかったと騒がれております。巷ではリサイクル、リサイクルと騒いでおりますが、必ずしも「リサイクル=エコ」とならないことに、巷のみなさんは気づいていらっしゃるのでしょうかねぇ。多くの手間と熱量を必要とするリサイクル行程よりも、原料から新品を作ってしまった方がエコな物って、意外と有ったりするのでございます。

 ガラス瓶などはその良い例で、回収して洗浄・殺菌して再利用すると、新品よりも高価になっちゃうのでございます。また、溶かして別のガラス製品に作り替えようとしても、色や不純物の関係で、もはやガラス瓶としては使えないのでございます。そうそう、年賀状の含有率詐称で話題になった「再生紙」も、ガラス瓶と同様のことが言えるのでございます。粗悪なイメージがある再生紙というものは、その品質とは裏腹に、実は新品の紙以上にコストも手間暇もかかった紙なのでございます。

 そういった世の中のエコ感情と、実際の現場の事情との隔たり、現場の人間はもっと声を大にして言ってもいいと思いますよ。エコって言えば善人のように思われる。エコって書いておけば、優秀な電化製品のように宣伝出来る。「エコ」という“いかにも善良そうな言葉”が一人歩きして、その上っ面のイメージだけが利用されることが多いようにも感じられます。「エコ、エコ」って軽々しく使われていたら、「おまえ、『エコ』って言葉、使いたいだけちゃうんか?」と突っ込んであげて下さいませ。

 そういえば、戻ってきた料理の使い回しで物議を醸し出した「船場吉兆」。あれだって、再利用していたんだから、立派なエコでしょ。日本中の最高級な食材、漁師さんでも口に出来ないような高級な食材を尽くした最高級の料理を、惜しげもなく、手もつけずに残していくバカ客が大勢いたとのことです。船場吉兆を利用していた日本の官僚の皆さん方だそうでございます。

 そんなバカ客には使い回しの食材で結構でございます。世の中は船場吉兆に謝罪しろと詰め寄ったけれど、じゃぁ、最高級の料理に手もつけずに残したバカ客は、吉兆の料理人に謝罪するのか? 吉兆のあの女将さん、記者会見で腹話術みたいなことをやっちゃったけど、いっそ腹すえて、そういったバカ客のことをぶちまけてやれば良かったんですよ。エコとかシーオーツーとか気にしている「お偉いさん」の方々が、いちばん反エコなことをしているのでございますから。

 さて話は飛んで、三重県のJR名松線。営業終了後、ちょっと目を離したすきに、下り勾配を車両が勝手に動き出し、無人・無灯のままで10キロメートルも走行させてしまったそうでございます。危険だとか、職務怠慢だとか騒がれておりますが、動力を使わずに10キロも走行したのなら、それこそエコでございます。冷蔵庫から剥奪されたエコ大賞を、この幽霊電車に与えるべきでございます。

 この幽霊電車事件、不祥事と報道されておりますが、ワタクシなら、この幽霊電車でツアーとか組んじゃいますね。暗闇の中を音も立てずに走る不気味な幽霊電車、運転席は無人で、車内も真っ暗、深夜の田舎をゆっくりと走るのでございます。もちろん、スタッフを路線の随所に配置しておく必要はございますが、そのスタッフには妖怪のコスチュームを着せておくのでございます。窓の外にときおり見える人影が、砂かけばばあだったり、こなきじじいだったりするのでございます。終点ではどんなイベントを用意しておけばいいでしょうかねぇ。終点にボロ小屋を建てて、その小屋で一泊なんてのはどうでしょうかねぇ。「世界の車窓から、三重名松線、幽霊電車の旅」なんて番組が出来るかもしれませんよ。

 さて、本日のおやつはコンビニで購入した葛餅。パッケージには「吉野本葛」なんて書かれておりますが、吉野の本葛粉は、トッテモ、トッテモ高価でございますよ。まぁ、入ってなければ「広告に偽りあり」になっちゃいますから、チョコットは入っているのでしょうねぇ。それに、ワタクシ、吉野の本葛で作った葛餅というものを食べたことがございません。ですから、コンビニの葛餅が何で出来ていても、判断できないのでございます。ハッ、そうか! 詐称とか詐欺とかって、気づかなければ永遠に幸せになれるものなのでございますね。相手を完璧に騙しきるというのも、ひとつの愛の形のようでございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/03/10

田中角栄は、大悪と大善だったのでややこしい

 エヘヘ、政治の世界は面白くなってきましたねぇ。例の建築会社の政治献金の件でございます。いや、誤解を招くといけませんのであらかじめ断っておきますけど、ワタクシ、別にどこどこの政党を支持しているとかはございません。ただ、今まで防戦一方だった側が、この件で一気に鬼の首を取ったような勢いでまくしたてております。そんな方々にこんな言葉をお送りいたしましょう。「あすは我が身」という語でございます。

 今回の逮捕がいったいどれほどの大事件なのかは分かりませんが、政界のみなさま方、みんな叩けばホコリが出る体のはずでございますよねぇ〜。政界の世界でも「清く正しく美しく」というのが「理想」ではございましょう。ところが、現実問題として、そんな“きれい事”だけではすまされないのでございましょうね。ワタクシ、素直な意見を言わせていただければ、多少の「汚いこと」というのは、ある意味「必要悪」だと思っております。

 たとえば、一般的には政界とゼネコンとの癒着はよろしくないことでございますよね。でも、もし大きな風災害などが起きたときに、「重機を出せ、仮設住宅を作れ、普段、いい思いをしているだろ、こんな時こそ、一肌脱げ」とゼネコンを一喝して動かせる政治家がいたとしたら、それはそれで「有り」だと思うのでございます。つまり、将来を見据えた大きな善のためには、目先の小さな悪は“いたしがた無い”こともあるという考えでございます。

 ねじれナントカになってから、政治家の皆さん、実に混迷していらっしゃいますよね。そんなのを見ておりますと、国政を進めていく政治力には、有る程度の「独裁的」な構造は必要かな、なんて思ったりするのでございます。もちろん、独裁はいけないことでございますよ。じゃぁ、民主主義っぽく多数決で決めましょうってことになると、目先の頭数(あたまかず)を獲得することばかりにご執心。肝要なのは、政治家の皆さんに「大きな善」を見据えたマクロな眼識が有るかどうかなのでございますけどねぇ。

 最近の政治家の度重なる失言などを見ておりますと、あまり“したたかに”言葉を話しておりませんよね。これは、俗に言う「たぬきオヤジ」と呼ばれる人が政治家に少なくなったのでしょうか。国を動かすような人には、多少の「アク(灰汁?、悪?)」が必要なのかもしれませんね。そうそう、先日の酔っぱらって会見した大臣も、大きな善を見据えた業績を残していれば、酔ったぐらいの小さな悪は見逃してもらえたかもしれないのにね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/06/24

礎・スポーツにおける無常観

ワールドカップ、日本チーム、負けてしまいましたね。って言うか、う〜ん、そもそも難しいでしょ、いろいろと...いや、そのね、日本中が“裸の王様”状態でね、「無理に決まってるじゃん」とか「世界とレベルが違いすぎるでしょ」なんてことを言うのは、「王様は裸だ〜」って叫ぶようなもので、なんだか日本中がね、「ひょっとしたら優勝!」なんて感じでみんな盛り上がっちゃってて、で、それで儲かっちゃう人とかも大勢いたりして、あ〜あ、話題が話題だけに奥歯にものをはさみまくってお話ししております。あ〜、やだ、やだ。名古屋薫でございます。

さて、ワタクシ、日々メールマガジンのネタなどが見つかりますと、その場でメモを取ったり、あるいは新聞などを切り取ったりするのでございます。が、しかし、今回のように長期に渡ってメールマガジンが滞ったりいたしますと、そのメモや切り抜きなどがドンドン溜まっていったりするのでございます。それで、今回も積もり積もった切り抜きの中から、チョット前の新聞からお話するのでございます。まぁ、ワールドカップで盛り上がった時期ですから、スポーツネタでお話しすることにいたしましょう。

今、ワタクシの手元には6/9付の新聞の切り抜きがございます。みなさま方覚えていらっしゃいますでしょうか? 世界のイチローが日米通算で2500本安打を達成したときの記事でございます。また、そのときの発言が振るっております。

 「野球界が前に進んでいくためには技術だけでなく、記録でも後輩が先輩を抜いていかないと進歩したことにはならないと思います」」
「私が」ではなく「野球界が」と切り出すところ、なかなかに、なかなかでございます。何がなかなかかと申しますと、もはや一個人、一選手の発言ではなく、野球界全体のリーダーシップとしての発言でございます。そういえば、さきの“世界野球大合戦”(ワールドベースボールクラシック)でも、十分な貫禄で他の若い選手を奮起・リードしておりました。大リーグという野球界の最前線で、世界を股に掛け闘いながらも、後輩の育成を思いやる余裕があるというのは、なかなかになかなかでございます。ちなみに、ひぐらしはカナカナでございます。名古屋薫はその日暮らし、おあとがよろしいようで、って、まだ終わっちゃいない、終わってませんよ〜

その6/9の新聞でございますが、誌面を大きく飾るイチローの記事の脇に、たった15行の小さな記事が掲載されております。「野茂解雇」の記事でございます。イチローと野茂、両極端の記事を並べて掲載するこのコントラストの効いた人生模様、新聞の編集者(どこの新聞社かは申しませんが)もなかなかになかなかなレイアウトでございます。現(あらわ)す者有れば、消え行く者有り、盛者必衰の理(ことわり)、新聞のスポーツ欄に醸し出る無常観、たかが新聞、されど新聞、なかなかに奥が深いのでございます。

解雇となったとはいえ、その野茂英雄と言えば、日本人大リーガーとしての礎(いしずえ)を築き上げた人でございます。礎とは物事の基礎となるものでございます。野茂が単身大リーグに乗り込んでいき、「ミスターK」(Kは野球用語で三振を意味する)の異名を取るほどの大活躍をしたからこそ、イチローを初めとする現在の日本人大リーガーの活躍と理解があるのでございます。礎とは美しい言葉でございます。

「ぼくの前に道はない、ぼくの後に道はできる...」
と歌った詩がございます(高村光太郎『道程』)。どんなことでも“最初に歩く”というのは大変でございます。そして、最初に歩いてくれた人がいるからこそ、後から続く人が生まれるわけでございます。そして、そして、いつの日か、今栄光に輝いているイチロー選手にも、野茂のような日が必ず来るはずでございます。盛者必衰、常なるものは無し。この無常観があるからこそ、限界に挑戦し勝敗を競い合うスポーツ選手が、より輝いて見えるのでございます。勝者だけではなく、敗者にもそれなりの輝きがある、それがスポーツの良いところでございます。

野茂にしろ、ワールドカップの日本チームにしろ、どうか日本中で暖かく迎えてあげたいものでございます。今はまだ世界のレベルにおぼつかない日本のサッカーチームではございますが、彼らが今後の“礎”になるのは間違いないのでございます。道のないところを歩いていくわけでございますから、礎は大変なのでございます。

といったところで、今回はこの辺で。なかなかに配信が遅れておりますが、辛抱強い読者様各位のお心に、名古屋薫助けられております。励ましのお便りも何通か頂いております。ありがとうございます。名古屋薫はニューハーフ界の礎になれるのか? まぁ、礎でなくとも、庭の飛び石のひとつぐらいにはなれたらなぁ...なんてね(笑)。ではでは、失礼いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1998/12/30

命の値段が20円!?

 前回の「踊る名古屋薫」では、感動しましたという感想のメールを多く頂きました。自分ではたいしたことは書いていないつもりなんですが、多くの方々を力付けたみたいで、私名古屋薫といたしましても嬉しく思っております。さて、そこで、今回はちょっと深刻な話題になっちゃいました。暗い話題、深刻な話題は年内にすましてしまい、新年は新たな気持ちで晴れ晴れと、というつもりで慌てて年内にupいたした次第です。

 「私名古屋薫の朝は珈琲館で始まる」というわけで、朝食は近所の珈琲館(注1)で、炭火焼きコーヒーとスクランブルエッグトースト(注2)をいただきながら読売新聞(注3)を読むのが日課なのですが、今日はたまたま読売が無くて読んだ日刊スポーツの記事(注4)から。

 例の青酸カリ購入事件をご存じですよね。自殺志願の女性に札幌市の男性がインターネットを通じて青酸カリを通販で送りつけ、その結果女性は自殺、送った男性も自殺するという悲惨なあの事件です。この男性、5グラムの青酸カリをたった660円で購入しているらしいんです。青酸カリの致死量が0.12グラム程度らしいので単純計算をすると人間一人の命の値段は20円(注5)ということになります。

 送って貰った女性も不幸ならば送った男性もまったくもって不幸。不幸というよりも実に寂しいお話。この男性は他にも同様に青酸カリを送っているようなのですが、その青酸カリを欲しがった人たちの言葉も新聞には載せられていました。

 「青酸カリはお守り」

 「いつでも死ねる、もう少し頑張ろう」

そう思って青酸カリを購入したそうです。その人達は“お守り”として毎日持ち歩いているらしいのです。

 ウソツケ、バカ言ってんじゃないわよ。どうして毒薬がお守りなんかになるのよ。頭がクリアーな時にはお守りって考えられるかも知れない。でも、人間って“魔が差す”ってことがあるのよ。そこに毒や刃物が有ればつい使ってしまうかも知れないでしょ。学校の先生を刺し殺してしまった中学生だって人殺しをするためにナイフを購入した訳じゃないはず。あるいは、尾崎豊やhideが死んだ理由はいまだに謎。でも、ひょっとしたら「何となく死にたいな」って思っていたら、本当に死んじゃったのかもしれない。

 人間って死ぬときは石に躓(つまづ)いても死んじゃうもの。でも自殺だけは特別。残された者、特に身近にいた者ほど「どうして救って上げられなかったのか」「どうして気付いて上げられなかったのか」って一生後悔させることになる。「自分がいなくなっても誰も心配しない」って思う人がいたらそれは大きな間違い。自殺すれば必ず身近な人に一生重荷を背負わすことになるのです。

 自殺を考える以前に自分の悩みを誰にも相談できないっていうのがとっても不幸ですよね。悩みを打ち明けられる人、心の支えになってくれる人、自分のことを掛け値無しに信頼してくれている人、こんな人が自分の側にたった一人いれば力強く生きていけるはずなんです。たった一人でいいんですよ。欲張って多くの人から愛されようなんて思ってはいけません。本当に心を許せる人ならばたった一人で十分なはずなんです。

 でも、このたった一人が難しかったりするんです、特に都会では... 一番間違い無いのは身内。何てったって血がつながっているというほど強いものはございません。次に友人。でも、厚い友情で結ばれた一生の友人ってなかなか作れないもの。微妙なのが夫婦と恋人。本来の夫婦って最善のパートナーであるはず。しかし、最近の夫婦は冷め切っていらっしゃる方々も少なくない様子。そして、恋人。恋人でも夫婦のようになってしまった恋人ならば良いんでしょうけど、まだ駆け引きをし合っているような現在進行中の恋人ならばちょっと問題ありって感じ。

 みんな、本当に信頼できるパートナーをたった一人で良いから作りましょう。そして力強く生きていきましょう。私たちは美空ひばりやマザーテレサではないんです。万人に愛される必要はありません。たった一人から愛されていれば生きていけるんです。たった一人で良いから、そんなすばらしい人を見つけましょう。

 で、今回はちょっと深刻な話題になっちゃいました。このような話題を新年早々送るのも気が引けたので、慌てて年内に送信いたしました。今年はみなさんにとってどんなお年でしたでしょうか? どうか来年は良い年になりますように。それでは、この辺で。バッハハーイ。

-・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
(注1)珈琲館

コーヒーの専門店。チェーン店で東京には無数にある。毎月10日はお客様感謝デーでその日に行くとカップやお皿などがもらえる。我が家の食器類もかなりこの珈琲館のお世話になってます。でも、食器類のデザインに統一感が無くなるのがちょっと困りものなのです。

(注2)スクランブルエッグトースト

以前はこのメニュー、トースト+スクランブルエッグ+フランクソーセージだったのだが、ちょっと前からソーセージがハムに変わってしまった。肉汁溢れるみずみずしい美味しいソーセージだっただけに以前のメニューが忍ばれるのです。ちなみに私はスクランブルエッグをトーストの上に乗せて食べるのが大好きなのです。

(注3)読売新聞

本来、私は名古屋出身なので中日ファンなのだが、東京で中日ファンというのはなかなかに勇気がいる。それで世を忍ぶためにあえて読売を、というわけでもない。たまたまお店が用意している新聞だから読んでいるだけ、ナノサ、フン。

(注4)日刊スポーツの記事

日刊スポーツ 1998/12/29付から

(注5)20円

実際に計算してみると16円強になるようですが、新聞には20円って書いてありました。この件で文句言わないように。だって新聞にそう書いてあったんだもん、フン、フン。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
<ちょっと予告編>

 みなさん、オカマ、ニューハーフ、ホモ、ミスターレディー、ゲイ、ゲイボーイ、シスターボーイ... これらの言葉の違いって分かりますか? これ、一番よく聞かれる質問のひとつなんです。新年一回目のShe-Mailはこんな題材でいこうかと思っています。たまには軽い話題もなくっちゃね。それでは、次回を好ご期待。

| | コメント (0) | トラックバック (0)