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2018/05/22

【よく頑張った】

新聞のレイアウト、時には、残酷というか、皮肉な配置になることがございます。今日の新聞、方や、50才の日本人女性がエベレスト登頂に成功したという記事。方や、登山家の栗城史多(のぶかず)さんがエベレストの登頂断念後、下山中に死亡したという記事。その対照的な両記事が、同じ紙面に並んでおりました。

栗城史多という人、ワタクシ、8年前にも言及しております。それが、このコラム。


 

【♪君の行く道は、果てしなく遠い〜〜〜】
 http://blog.she-mail.jp/blog/2010/01/post-1fcf.html


 

ワタクシ、8年前のコラムでは、栗城史多さんをちょっと批判的に書いております。死者にむち打つようなことになるかも知れませんが、今、もう一度、批判を恐れず、言及するのでございます。

栗城史多という人、いろいろ賛否両論の多い人でございます。そのチャレンジ精神を讃える意見もあれば、無謀な計画を立てては断念をくり返すだけのパフォーマーだという意見もございます。ワタクシは8年前、彼を「ドンキホーテ」だと申しました。風車に無謀な戦いを挑む、あのドンキホーテでございます。

今でもよく覚えております。8年前の彼のドキュメンタリー、ワタクシ、彼のある言動が気になっていたのですよね。なんかね、心の声を全部言葉に出してた。「辛い」「悲しい」「悔しい」、漫画みたいに、いちいち感情を言葉にしていたのでございます。それも、少し大袈裟気味に。

実感のこもっていないその言葉は、彼の「体裁」だったのでしょうねぇ。「心揺れ動く栗城史多」を演じなければいけないという体裁。登頂を繰り返すも実感は湧かず、勝手に一人歩きし始めた「栗城史多」という名前を、ただひたすら追いかけていたのかも知れません。

8年前のコラムでワタクシは、「目標を達成しても、空虚感が待っているだけ」と書いております。登頂することが目的ではなく、チャレンジしている自分に酔い、それを多くの人と共有するというのが彼の目的になってましたので、達成感はなく、むしろ、登る目標物が無くなったらどうしようという恐怖感はあったでしょうね。

そして、彼は、その目標物の難易度を上げていきます。無謀、ほとんど不可能という計画を立てていくのでございます。山を登り切ることではなく、その山にしがみついていることが目標となってしまっていたので、逆境は厳しいほど絵になるとエスカレートしたのだと思います。山に魅了されたのではなく、自分に賛同する声に魅了されていたのでございましょう。

栗城史多の登山では、「ズルをしたのではないか?」という批判も時々出ております。実際に山に登っている人から見ると、何かしらの違和感が有ったのかもしれません。もちろん真相は分かりませんよ。ただね、昔、超能力少年と言われた子が回りの期待に応えるためについズルをして糾弾された、そんな事件と重なったのでございます。

栗城史多さんの計画の無謀さを批判する声は、いくつかございました。「このまま続けると、いつか遭難する」と警告した登山家もおりました。それらの批判が活かされなかったのは残念でございます。いくつかのスポンサーが付き、登頂を期待する声に背中を押され、けれど、もし達成してしまうと目標を失うという恐怖感、そんな板挟みの悪循環の中で、苦しみ続けていたのかも知れません。

2013年に、彼は凍傷で手の指9本を失います。しかし、落胆するどころか、むしろ高揚してブログなどを綴っておりました。しがみつく逆境がより険しくなったと、喜んだのかも知れません。しかし、その高揚感こそ、彼が一種の依存症にのめり込んでいた証しではないでしょうか。ワタクシには、自傷行為で腕に傷を付ける若者の姿が重なったのでございます。

命を落としたというのは残念でございますが、彼は、これで、楽になったのかも知れませんね。悪循環の中、永遠に登り続けなければならないのかと思っていたかも知れません。かつて「ニートが7サミット達成」と騒がれ、名前ばかりが一人歩きし、それをひたすら追い続けるジリジリした日々。そして、やっと安らかに自分の居場所に落ち着いたのかも知れません。ご冥福を、お祈りいたします。

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