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2017年5月

2017/05/31

【10日前って、タイマーでも付いてるの?】

昨日は「花粉症かな?」なんて言いましたが、その症状が止まらない。体もちょっとだるい。あまり動かずに安静にしていたいのでございますが、こういうときに限って、動かなければならないような事態に陥る。プリンターが壊れたのでございます。

「エラー79」。以前、同じ機種で、同じエラーに遭遇したことがございます。致命的エラーでございます。修理しか方法はございません。それでですね、メーカー保証書の日付を見ますと、「購入日2016年6月11日」。

おぉう、かろうじてセーフ。保証切れの10日前に故障するなんて、なんていい子なんだ。いや、本当のいい子は故障しませんけど、まぁ中くらいのいい子としておきましょう。

家電のメーカー保証書って、故障したときに困りますよね。どこにしまったか分からない場合が多い。それでワタクシは、本体に貼り付けておくようにしております。これが一番いい。メーカーも考えて、保証書を入れておく場所を本体に作っておけばいいのにね。

そうそう、アップルは、紙の保証書はかなり前から廃止しておりますね。その代わり、購入するときにネホリハホリ聞かれますけど、まぁ、それはそれで良しといたしましょう。

プリンターの修理の話ですが、メーカー保証は「持ち込み」が条件。販売店へ持っていかなければならないのですよね。この体がだるくて動きたくない時に、動くしかないかぁ、ということで、明日の朝一番で、プリンターを抱えてビックカメラまで行くことになったのでございます。

ワタクシ、プリンターは運が悪いのでございます。置き場所が悪いのか、使い方が悪いのか、ほんとよく故障する。封筒のようなぶ厚いものに印刷することが多いので、それで壊れてしまうのかもしれません。

今回は保証期間内ということで修理に出しましたが、昨今のプリンターの低価格化を考えると、壊れたら新品を買い直すという方が、安上がりなのでございます。

ということで、この顛末は、また後日に。では、では。

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2017/05/30

【演歌にも「うなり」という技法がございます】

もう花粉症の季節は過ぎたと思うのですが、朝から鼻水が出っぱなし。何度も鼻をかんでいたら、鼻血が出る始末。鼻をかむ勢いで鼻血が出ますと、ちょいと鼻の周りが大変、いや、鼻の周りだけじゃなく、手とかも大騒ぎ(笑)。あまり他人に目撃されたくない瞬間でございます。

鼻の話が出ましたので、鼻にまつわるお話をいたしましょうか。声楽の勉強、まぁ、今風に言いますとボイトレ(ボイストレーニング)でしょうか、そのボイトレのお話でございます。

歌を歌うとき、多分、音楽の先生なんかは「鼻に共鳴させて歌いなさい」と言うはずでございます。頭蓋骨に共鳴させて歌うのが、古典的な発声法。クラシック的な音楽教育を受けた人は、まずこう言うはずでございます。

一方、ワタクシがミュージカルの勉強を始めたとき、鼻に抜かない発声法を教わったのでございます。鼻に共鳴させた透明感のある澄んだ歌声とは対称的に、鼻に抜かない声というのは、地声っぽいゴツゴツした荒い声になるのでございます。

歌声を「音色」として聞かせる場合は、そりゃ澄んだ綺麗な音の方が良いに決まっている。そう、古典的な鼻に抜く発声法というのは、声を「楽器」として扱っている考え方でございます。

では、ミュージカルでは、なぜ、あえてゴツゴツした声で発声するのか? 多分、楽器としての完成度よりも、セリフを伝えるという「演技」を重視しているからだと思うのでございます。

あまり難しいお話ばかりでは何ですから、ここでくだけたお話に切り換えましょう。ニューハーフの声なんてのも、この「鼻に抜く」という技術に注目すると格段に耳当たりが良くなるのでございます。

ニューハーフやオネェの声、女声を模しているわけだから高い声を出しているかと思いきや、それほど高くしているわけではございません。男声と女声の差は、ほぼ1オクターブ。本物の女声の音域で話そうとすると裏声(ファルセット)になってしまい、違和感が強くなってしまう。あまり、営業的な声ではないのでございます。

それで、無理に声を「高く」するのではなく、鼻に抜いた「柔らかい声」を目指した方が、営業的には有利なのでございます。テレビなどに出られているオネェの方々が、低い声なのに柔らかく聞こえるのは、そういう発声をしているからでございます。

そしてさらに、「台詞(せりふ)」には、ある興味深い現象がございます。(その人にとって)低い声(音域)を使った方が、説得力は高くなるのでございます。逆に言いますと、高い声を使うほど、嘘っぽく響いてしまう。役者さんが嘘っぽい台詞を話すとき、わざと声を上ずらせますよね。あれは、この理論を利用しているのでございます。

ここで、大問題、発声、いや発生! ニューハーフのお仕事は、出来ればちょっと高めの可愛らしい声を使いたい。ところが、高めの声を出すほどに、説得力は弱まっていく。ここで、耳当たりを取るか、内容で勝負するかの選択を迫られるわけでございます。

そして、さらに面倒くさい事実が。台詞というのは、雑味のある声の方が説得力が高まる。澄んだ声ほど、説得力が弱まるのでございます。ミュージカルが雑味のある声を優先するのも、この理論。浪曲師がわざと声を潰すのも、この理論。スナックのママさんの嗄(しゃが)れた声で繰り出す話が、妙にジンワリ来るのも、この理論でございます。

綺麗な声を出したいというニューハーフの願いと、声のこういった特性とが、実に反比例の関係なのでございます。ただ、声帯というのは成長し、形も変わっていきますので、使い続けていると馴染んでくるということもございます。ニューハーフの声は、一夜にしてならずというところでしょうか。では、では。

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2017/05/29

【男磨きという語も流行らせよう!】

ちふれ化粧品が、広告に「ある言葉」を使ってしまったために、その広告を取り下げるという騒ぎになっております。その広告の文面だけを、引用いたしましょう。

”忙しい”を理由に諦めてない?

  時短美容で
女磨きを 始めましょう

仕事、家事、育児……。
いつのまにか「女磨き」を
おろそかにしていませんか?
時短美容を活用すれば、
忙しい日常と女磨きは
ちゃんと両立できるんです。

といった文面。この「女磨き」が問題だったようですね。「女磨きを”強要”されているようで不快だ」という意見が有ったそうでございます。

では、この女磨きを別の言葉に置き換えてみましょうか? まずは、「歯磨き」、歯磨きをおろそかにしていませんか? ふむ、これは問題ない。同様に「靴磨き」も問題なさそう。「人間磨き」、これも、あまり違和感を感じない。まぁまぁ大丈夫っぽい。

次に、「男磨き」、男磨きをおろそかにしていませんか? 男磨きという語があまり馴染みがございませんが、これを言われた男性が不快に感じるかと聞かれれば、それほど気にしないかなぁ。ということは、「女」という語に引っかかった人が、不快に思っているのでしょうか?

別のアプローチをいたしましょう。「始めましょう」を「応援します」に変えてみるのでございます。「時短美容で、女磨きを応援します」とすると、おぅ、これは行けそう。応援すると言われて、それを不快に感じる人はいないでしょう。と、すると、問題だったのは「始めましょう」という語だったのでしょうか?

何となく見えてきましたよね。「女」に限定するということもやや問題でしたが、一番のポイントは「始めましょう」と”強要”してしまったことですよね。「女に限定」+「それを強要」、この合わせ技で「一本! 勝負あり!」でございます。逆に、合わせ技のどちらか片方だけならば、多分、問題にならなかったかもしれません。

万人に愛されるキャッチコピーというのは、難しいのでございます。ちょっとした言葉の選択で、思いも寄らぬ人を不快にさせたり傷つけたりすることもございます。逆に、クレームが来るのを承知で過激なコピーを使うという、炎上商法的な広告も存在いたします。

当店の広告も、新聞広告は広告代理店の方が作って下さってますが、CityHeaven に関してはワタクシが全部自作してデータ入稿しております。かつて、『シーメール白書』『ニューハーフ倶楽部』という専門誌があった頃は、その専門誌の広告も、全部ワタクシが作っておりました。

ニューハーフ専門誌の広告ですと、かなり過激に攻められます。ニューハーフに興味のある人しか読みませんから、「女よりも快感!」とか「女では分からないツボを知っている」とか書くことも出来る。明からさまに「女性店で不快な思いをしたことはありませんか」なんてコピーを使ったこともございます。

これが、CityHeaven の様な女性店がメインの雑誌ですと、言葉選びも慎重でございます。「ニューハーフしか出来ないことがある」とか「女性もいいけど、ニューハーフもいいよ」なんて柔らかい表現にいたします。読者への不快感もとより、他の広告主に不快感を与えないという配慮も考えます。

ニューハーフ専門誌と CityHeaven とには、もうひとつ、大きな違いがございます。読者がこちらを向いているかどうかでございますね。専門誌は、明らかに興味津々で広告に向き合ってくれている。ですから、過激な言葉も使いやすい。しかし、CityHeaven の方は、特に興味を持っていない人にこちらを向かせるキャッチコピーが必要。自ずと、使う言葉も違ってくるのでございます。

さぁ、そう考えると、冒頭のちふれ化粧品のキャッチコピーも、「女磨きに向き合っている人が読む雑誌」ならば、使えそうでございますよね。しかし、誰が見るか分からない場所で使ってしまったことが敗因ということでしょうか? 読者がこちらを向いているかどうかの判断を、誤りましたね。いやぁ、キャッチコピー、難しいなぁ~~。

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2017/05/28

【コーラスラインも舞台上の一線】

前回は、職人さんをまとめる様なお仕事をワタクシがしているというお話でございました。今日は、その続編。ワタクシが先輩職人にぶん殴られたお話でございます。

20代後半、舞台活動をしている頃、オーディションに通りまして、ポツリ、ポツリと舞台に出たことがございました。もちろん、ほとんどセリフの無い「その他大勢」の役。ミュージカルでは「コーラス」と呼ばれる人達でございます。

そのある舞台稽古でのお話。ワタクシが自分の台詞を言おうとして舞台の前面に出ようとしましたら、あるベテラン俳優さんが、どうも稽古場での立ち位置と違う。そのせいで、ワタクシが前に出られない。かき分けて出て行くなんて、お話の流れ上、実に不自然。慌てふためいて、回り込んで取りつくろったのでございます。

さて、その日の稽古終了時、ワタクシ、そのベテラン俳優さんに声をかけたのでございます。いやぁ、若いというか、知らないというのは怖ろしいこと。気軽に「あそこ、前に出られないので、立ち位置ずらしてもらえませんか?」と...

殴られました。いや、役者が役者をグーで殴るわけはございません。言葉で殴られたのでございます。相手はテレビにもちょくちょく出ているベテラン俳優。こちらは、オーディションでかろうじて引っかかったその他大勢。激しい叱責で打ちのめされたのでございます。

もうね、ウンチちびりそうな位に怒られたので、何を言われたか覚えておりません。ただ、はっきりと気がついたのは、「入ってはいけない線を、ワタクシが越えてしまったこと」でございます。舞台俳優も、りっぱな職人でございます。職人として、譲れない領域が有るのでございます。

非常に恐い思いをいたしましたが、これは貴重な体験でございます。「一線(いっせん)」がこれで分かるわけでございますから。この線までは、大丈夫。これを超えると、アウト! これが一線でございますね。この一線というやつ、実に重要なのでございます。

例えば、車の運転では、スリップすることによって「これを超えるとスリップするんだ」という一線が分かる。一線が分かっていれば、スリップしない運転が出来る。F1レーサーなどは、この一線のギリギリまで使って、コーナーを曲がっていくわけでございます。

ものが壊れる一線もございます。ガラスを割ったり、金属を曲げてしまったり、そんな経験を重ねて、ものが壊れてしまう一線を、人は感覚の倉庫に積み上げていくわけでございますね。そして、その一線を越えないように、絶妙の力加減で物を扱っているのでございます。

そう思うと、そのベテランさんに言葉で殴られたのは、実に実に貴重な体験。ワタクシはそこで、貴重な貴重な「一線」を会得したのでございます。次からは、その一線を絶対に越えないように行動しますし、レーサーがコーナーを攻めるように、必要であれば一線ギリギリまで迫る接し方というのも出来るのでございます。

世の中、「傷つきたくない人」が増えちゃって、怒られる・叱られるということを極端に避ける人が少なくございません。けれど、それで貴重な「一線の会得の機会」を失っているとしたら、実にもったいないことでございます。

逆に、怒る・叱る側の「一線を会得させるやり方」も重要でございます。先ほどのベテラン俳優さんの例ですと、普段は非常に温厚な役者さんが、あるキーポイントで激変したのでございます。ワタクシの場合でいうと「立ち位置」ですね。このキーポイントをはっきり分からせないと、相手には一線ではなく怒りしか伝わらないのでございます。

職人さんが交わるところには、必ずこの「一線」があるのでございますよね。心置きなく会話をしていても、この一線は超えない。職人にとってこの一線というのは、その人にとっては「宗教」のようなものでございます。宗教の一線を超えてしまうと、宗教戦争になってしまうのでございます。あぁ、根が深いね。

うちのコンパニオンさんなんかも、もうね、み~んな職人。触れてはいけない一線がいっぱいございます。お仕事への考え方・臨み方だけではなく、自分が男なのか女なのかといったジェンダーの話ですとか、立ち居振る舞い方のポリシーですとか、み~んな、これ、一線。その人にとっては、これらはその人の「宗教」でもあるのでございます。

一線が分かっていれば、普段はそれを超えないように行動しますし、また、必要な場合にはあえて一線を越えることもある(覚悟の上だけどね)。一線が分かっていればこそ、こういった絶妙な距離感を取った人づきあいが出来るのでございます。でも、その一線を知るためには、言葉で殴られたりなんていう嫌な思いをする場合もある。一線という物、一線とはいうものの一筋縄ではないのでございます。お後がよろしいようで、テケテンテケテンテケ、テケテケテン。

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2017/05/26

【監督で言うと、広岡さんタイプかな? ワタクシは】

お店の内装工事を何度かというか頻繁に経験しておりますので、工務店の監督さんや現場の職人さんなんかとお話することがよくございます。そういった方々とお話しすると、風俗店と似てるなぁと思ったりいたします。

現場の職人さんというのは、皆さん個人事業主。その個人事業主に工務店が業務を委託するわけでございます。ですので、作業現場というのは、いくつかの個人事業主が同時進行で作業を進めているのでございます。

職人さんごとに、作業のやり方や進め方に拘りを持っております。気の置けないというか慣れ親しんだ職人さん同士ですとスムーズに噛み合うのですが、そうでないと、行き違いが起きたりいたします。「え? ここ塞いじゃったら、俺、作業やり難いじゃん」なんてことが有ったりとか。

それを取り仕切るのが、元請けである工務店の現場監督さんでございます。どんな手順で進めていくか、どの職人さんをいつ呼ぶか。相性の悪い職人さん同士が現場でかち合わないようにするとか。そんな仕事をするわけでございます。

職人さんや監督さんとこんな話をしておりますと、つくづく、うちのような人気商売の店と似てるなぁと思うわけでございます。コンパニオンそれぞれに、接客のやり方・拘り・価値観がある。同じような手順でサービスしているようでも、それぞれ大事にしている部分が違っていたりする。

みんな、自分の仕事をベストに仕上げようと努力していることには、間違いはないのでございます。でも、時々、価値観と価値観が衝突することもございます。衝突はしても、どちらも正しいから困る。目指すところは同じで、やり方がちょっと違うだけなのでございますからね。

そうそう、プロ野球の監督さんのお仕事も、似てるかなぁ? ワタクシはよく、風俗店をプロのスポーツチームに例えるのでございます。各メンバーは、当然、自分の成績アップを目指しております。それを踏まえて、監督は各メンバーの成績を尊重した上でチームを勝利に導かなければならないのでございますよね。

これはワタクシが勝手に作った言葉なのですが、コンパニオンさんの中でも職人タイプの人を、ワタクシは「ホステスタイプ」と呼んでおります。一方、監督タイプの人を「マネージャータイプ」と。ホステスタイプは、やや自己中心的で自分の仕事最優先で考えるタイプ。マネージャータイプは、全体を客観的に捉え、バランスを取ろうとするタイプ。

人気商売のお店では、ホステスタイプがやはり人気が出る。マネージャータイプは成績面では苦戦することが多いのですが、いつの間にか幹部や管理職になっていたり、サラッと起業しちゃったりすることもございます(ワタクシがそれ)。

一般社会というのは、マネージャータイプの人が半分くらいはいる。ですので、突き抜けようとする人とそれを調整しようとする人とで、それなりに自然とバランスが取れたりするのでございます。しかし、お水・風俗の世界は、圧倒的にホステスタイプが多い。おのずから、様々なドラマが生まれる楽しい楽しい場所なのでございます。

いろんなドラマを次々と目の当たりにいたしますが、ボチボチやっております。慌てない、慌てない。ひとやすみ、ひとやすみ。現場監督の薫さんからの、現場リポートでございました。では、では。

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2017/05/25

【一期一会、そして、ごちそうさま】

昔、演劇を少しかじっていたせいか、人間観察が好きでございます。ふと出会った赤の他人様に対して、その人がどんな心境でいるのか、どんな人生を送ってきたのか、今日どんな出来事があったのか、そんな想像を巡らすのが楽しいのでございます。今日は、そういったお話。

お店が終わり、小腹が減り、ちょいといつもの松屋へまいりました。店の外から店内に目をやりますと、券売機の前で男性が操作中。狭い店内で並ぶのも何ですので、店の外のメニューを見ながら、何を食べようか迷っておりました。

券売機の男性は、初老というか60才くらい。作業着に作業帽。この時間に食事というのは、トラックの運転手さんかな? でも、店先に駐車しているトラックは見当たらない。券売機に慣れていない様子から、ファーストフード店には馴染みが無い様子。今日は、何らかの事情が有って、仕方なくファーストフードの夜食となったのでしょうか?

その男性、かなり券売機に苦戦しております。ワタクシも、おもむろに扉を開け店内へ。その男性の操作を、後ろから肩越しに観察しておりました。券売機はタッチパネル式。そのタッチパネルを、ほぼ手のひらでベタッと押しておりました。小さなボタンが押せず、また違うボタンが反応したりしての大苦戦。酔っている様子はございません。ただ単に、操作に慣れていない感じでございました。

なんかね、後ろからプレッシャーを与えているような気がして申し訳なく思い、ワタクシ、券売機の方へは背を向け、壁のメニューを眺めておりました。ワタクシ、まだ、何を食べるか決めていなかったのでございます。それに、それほど慌てていない。そしてさらに、この微妙なシチュエーションが、たまらなく楽しかったのでございます。

見かねた店員が、券売機の男性に近づいてまいりました。ラテン系の男性店員。ブラジルかな? そんな感じ。でも日本語はすごく上手。日本に長くいらっしゃるのでしょう。その店員が「お手伝いしましょうか?」と近づいてまいりました。

初老の男性は、その店員に何かを見せておりました。店員は、優しく「これ、来週からなんですよね」と答える。券売機の男性、新メニューの記事を見て来たものの券売機に表示されないので困っていたのでしょうか? または、クーポン券を持って来たけど、券売機での使い方が分からなかったのでしょうか? 戸惑っていた理由が、何となく垣間見れたのでございます。

結局、店員さんが操作して、何か丼ものを注文したようでございます。そのやり取りの間、ワタクシ、壁のメニューを眺めておりました。その男性が注文を終え振り向いたときに、ワタクシとどんなやり取りがあるのか、どんな顔を交わすのか、そこにはドラマの一端が発生する可能性を秘めている重要な一瞬。本当はワクワクするような一瞬でございますが、その男性が申し訳なさそうに萎縮しているのではないかと想像し、あえて背を向けておりました。

ワタクシも注文を終え、席に着いたのでございます。ワタクシの席からは、その男性の横顔が見える。運ばれてきた丼を、やや遅めの箸使いでゆっくりと食べていらっしゃいました。ワタクシの注文もじきに到着。食事をしながら、チラリ、チラリとその男性の方に目をやりましたが、その男性と目が合うことは1回もございませんでした。

ゆっくりと箸を進める男性。ガツガツと流し込む食いしん坊のワタクシ。後から食べ始めたワタクシの方が先に食べ終わってしまうのでございます。ふと、男性の方を見ると、やはり下を向いたままゆっくりとお食事中。ワタクシは、立ち上がりながら、やや大きめのしかも優しい声で「ごちそうさま~」の声かけ。店を出ようとするワタクシの背中に、厨房の方から店員の「ありがとうございました~」の声がかかりました。

店を出て、扉をゆっくりと閉めようと振り返ったときに、小さな小さなドラマが生まれたのでございます。扉のガラス越しに、その男性と目が合いました。その男性、店を出て行くワタクシの方を向いておりました。短い滞在期間でしたが、店内ではその男性とは一度も顔を見合わせておりません。店を出るその瞬間、1回だけその男性と顔と顔とが向き合ったのでございます。

その男性の顔、ワタクシには「救われた~」という様に感じられました。ワタクシがそう感じただけで、ご本人の気持ちはどうか分かりませんよ。単に、ファーストフード店で「ごちそうさま」なんて言う人がほほえましく思えただけかもしれません。ワタクシは、その男性に、軽く微笑み返し。そして、店を後にしたのでございます。

その男性、食事中に何を思っていたのでしょう。券売機のモタモタを気にしていたのでしょうか? または、今日一日の出来事を思い出しながら、その疲れを癒していたのでしょうか? その男性に、ワタクシの「ごちそうさま」の声が、何かしらの”想い”を伝えたのは間違いないようでございます。

多分、その男性とは一期一会。もう二度とお会いすることはないでしょう。お互いに、相手がどんな人でどんな生活をしているか全く知りません。接点は、一瞬、目と目が向き合っただけ。でも、こんな一瞬の、小さな小さなドラマにワクワクしてしまうワタクシなのでございます。

ほんと、人生、退屈しない! 年を取ることがどんどん楽しくなってきた今日この頃のワタクシでございました。では、では。

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2017/05/23

【エアコンの温度制御が、世界を救う!】

ミサイルの国、宇宙からの実況中継まで行っております。それだけの技術があるのならば、何かもっと他のことに使えそうな気がするのですが、まぁ、大きなお世話ですね。そのミサイルの国を、世界中が注目しております。「何かをやらかすんじゃないか?」という今の段階で、世界中がそれを封じ込めようとしております。

かつてアメリカがイラクに侵攻したときには、「イラクが大量殺戮兵器を準備している」というのがその理由でございました。確証の無いまま、「何かをやらかすんじゃないか?」と懸念だけで侵攻。しかしフタを開けてみれば、大量殺戮兵器というのはアメリカのでっち上げだったことが判明したのでございます。

中国では、邦人6人が突然スパイ容疑で逮捕されております。あの国は「何かをやらかしているんじゃないか?」という疑惑で、簡単にスパイ容疑で逮捕する。しかも、中国ではかなり重罪。でも、その中国は、日本ではスパイ活動をやりたい放題。自衛隊基地のすぐ横の土地を購入したり、都市部の広大な敷地を手に入れ怪しい建物を建築しようとしたり。

この「何かをやらかすんじゃないか?」ということで罪に問えるのが、今話題の「共謀罪」。日本では、この共謀罪の是非が盛んに問われておりますが、でもね、世界中は、「まず共謀罪ありき」で行動しております。国内だけの狭い視野ではなく、グローバルな感覚で、この共謀罪を考えなければいけないと思うのでございます。

何かが起きてからそれに対応するという考え方。これは「フィードバック」と考えることも出来ます。エアコンの温度管理で例えますと、設定温度よりも暑くなったら冷房をオンにする。そして寒くなったら、冷房を切る。まぁ、昔のエアコンはこんな単純なしくみで室温をコントロールしておりました。

でも、この仕組み、設定温度のあたりで非常に不安定になるという傾向がございます。反応を敏感にし過ぎると、その温度を境にオンとオフを急激に繰り返してしまうのでございます。発振というやつでございますね。それを避けるため、オンにするのは設定温度を少し上回ったとき、オフにするのは少し下回ったときというように、反応の登りと下りで差を付けることで回避するのでございます。

しかし、このフィードバックの仕組みで温度管理をすると、室温が大きく波打つという結果になるのでございます。昔のエアコンって、暑くなったり寒くなったりを繰り返しておりましたよね。それを防ぐのが「フィードフォワード」という考え方。温度変化を先読みして、先手を打って制御するのでございます。

室温の変化をエアコンが予測し、早めにオンにする、あるいは、早めにオフにするということで、室温が大きく波打つのを防ぐのでございます。さらに、昔のエアコンはオンとオフの制御しか出来ませんでしたが、最近のは強弱も制御出来る。設定温度に近づくにつれて徐々に弱くしていき、目指す温度に軟着陸させているのでございます。

え~とね、人類の戦争の歴史をエアコンの室温制御に例えるのは大変乱暴だとは思いますが、やっちゃいますよ!

かつて人類は、フィードバックの仕組みで戦争をしておりました。「やられたらやり返す」、どこかで聞いたことのあるセリフでございますね。情報の流れも移動手段もゆっくりだった時代には、やられるまで気がつかないということが多い。その結果、旧式エアコンで室温が波打つように、世界中は「やる」「やり返す」を繰り返していたのでございます。

さて、時代は情報化社会。情報は光速で世界中をめぐり、大陸間弾道弾は数時間で地球の裏側を攻撃することが出来る。こんな時代には、「やる」は有っても「やり返す」は有り得ないのでございます。やられた時点で終わってしまうからでございます。

そこで、「フォードフォワード」の考え方になる。「予測して先手を打つ」ということが必須になるのでございます。世界中の先進国が、このフィードフォワードで自国の平和を守ろうとしている。そして、”かろうじて”均衡を保っている状態。そのフワフワとした均衡状態に、今、日本は仲間入りしようとしているのでございます。

共謀罪の是非が問われるのは、非常に重要だと思いますよ。と、同時に、世界中の流れに歩調を揃えるというのも重要でございます。そんなグローバルな視点で、この共謀罪というのは語られなければならないと思うのですが、いかがなものでしょう。では、では。

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2017/05/22

【あの時、古いのを貰っとけば良かったなぁ】

お店でお金を払うと、レシートをもらいますよね。あのレシートを出している機械を「レジスター」と申します。ワタクシのお店でも、レジスターを使っております。今日は、そのレジスターのお話。

フロントの会計作業は、ほぼ全てワタクシがやっているのですが、「割引」を時々間違えてしまいますねぇ。割引額や期間がバラバラだったりするので、ウカッとしていると忘れたり間違えたりしてしまう。

ちょっと高級なレジスターだったりすると、こういった割引を設定しておくと自動で処理なんてことになるのでしょうが、うちのは、ほんと、最低限の機能しかないやつ。割引などは、その都度、手動でやっているのでございます。

母親がスーパーでみたらし団子を焼いておりましたので、子供の頃はスーパーが遊び場所だというのは、以前、お話しいたしました。その当時の、レジスター、子供ながらにしっかりと覚えておりますよ。今のようなテンキーではなく、50~60個のボタンがビッシリ並んでおりました。そんな多くのボタンを、パートのオバチャンたちが自由自在に操作しているのが、ムチャクチャ魅力的だったのでございます。

そのレジスターの謎が、学生時代に解けたのでございます。アルバイトをした書店が、たまたま旧式の、そのボタンがギッシリ並んだレジスターを使っておりました。ボタンの多さの謎は、金額の各桁ごとに1から9までの9つのボタンがタテに並んでいるからでございます。

1、十、百、千、万と5桁あれば、45個のキーがズラッと並んでいるのでございます。もし商品が¥320なら、百の列の「3」と十の列の「2」を押すことになる。このビッシリ並んだボタンは、押すとそのまま引っ込んだままになりまして、この後「登録」ボタンを押すと、大きなガチャガチャという音とともに加算され、引っ込んだボタンがポンッと戻るわけでございます。

何がすごいかって言うと、このレジスターの特徴は、中で「歯車」が回っていること。そう、昔の手回し式の加算機(これが分かる人、どのくらいいるかなぁ)を、そのままモーター駆動にした構造なのでございます。レシートの印字も、昔のタイプライターみたいな大きな音がするタイプ。もう、このメカニカルな感触がたまらなかったのでございます。

ワタクシが働いている間に、そのレジスターは最新のものに刷新されちゃいました。う~ん、残念。お店の社長さんが亡くなり、息子さんがお店を継いだときに、レジスターも違うメーカーの最新のものに変えちゃったのですよね。

可哀想だったのは、古いレジスターのメンテナンスの人。機械式のレジスターは、小まめにメンテナンスが必要。数ヶ月に一度お店を訪れ、注油や調整をしに来ていたのでございます。で、ある日、お店を訪問すると、レジスターが他社の最新式のものに変わってしまっている。かなり年輩の人でしたが、その時の寂しそうな顔を、今だに覚えております。

「もうそろそろ、買い換えてくれるかな」と思いながら、メンテナンスに通っていたのでしょうか? あるいは「今日も、まだ有りますように」と思いながら恐る恐る来店されていたのでしょうか? 古いものがいつまでも残っていたことを考えると、その会社が最新式のものを扱っていなかったのかも知れません。

うちのレジも、もう少し新しいものに変えると、割引処理などを自動に出来るのですよね。あるいはアップルストアの様に、iPhone や iPad で会計なんてのも、今はそれほど難しいことではなくなっております。でも、まだ、今のが、バリバリに使えているし...

ということで、今のレジスターとは、まだまだおつき合いをすることになりそうでございます。使い慣れてて非常に早く打ち込めますし、手に馴染んだものってのはなかなか手放せないですよねぇ。では、では。

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2017/05/21

【写真どころか動画も当たり前の時代】

お店で新人さんが入りますと、写真撮影をいたします。今日は、その撮影で思ったことを書いてみましょうか。

店内での写真撮影では、デジタル一眼を使いまして、スタンド式のストロボを2灯立てます。慣れてない人には、ちょっと物々しい雰囲気かも知れません。さらに、レンズの大きなカメラの威圧感が、若い新人さんにプレッシャーをかけるのでございます。

今は、カメラっていうとほとんどスマホですよね。コンパクトカメラも、あまり見かけなくなりました。そんなスマホ撮影に慣れている人からすると、ストロボ2灯に囲まれ、大きなレンズが自分に迫ってくるというのは、緊張するでしょうねぇ。それで、入店直後はなかなか良い写真が撮れない新人さんも、少なくございません

若い人の写真撮影では、こういった昔ながらのカメラに対する「とまどい」が伝わってくるのでございます。カメラの「レンズ」を見るという感覚が、あまりない。「見る」と言うよりは、何となくカメラの方を「向いている」という感じ。それだけ、カメラや写真といったものが、生活の中に溶け込んでしまっているということでしょうか。

逆に考えると、ワタクシのような昔ながらの人間は、写真撮影に思い入れが有りすぎるのかもしれません。フィルムやポラロイドの時代ですと、とにかく、「一発」で決めないといけない。目をつむってしまったりすると、その1枚が無駄になる。緊張しまくりでカメラに「立ち向かう」わけでございます。

しかし、今やネットには、無数の写真が溢れかえっております。Facebook や Instagram、Twitterが当たり前の時代になってきましたよね。「インスタ..何? それ?」って言う人は、どうぞ安心して下さいませ。ワタクシも、つい先日まではそんな感じでございました。

ワタクシは古くさいのでしょうかねぇ? 自分の写真を公に公開する(共有)感覚が、どうも馴染めない。もちろん、この欄では時々写真を載せておりますが、それは文章の挿絵のようなもの。自分が全くプライベートで撮影したものを他人に見せるって、スッゴク恥ずかしいのでございます。これも、やはり写真に思い入れが強すぎるからでしょうか?

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2017/05/20

【酸いも甘いも、両方好き!】

パイン飴味のポテトチップス、コンビニで見つけてしまいました。パイン飴ですよ、パイン飴。あの黄色くて穴が開いていて、吹くと音が出るかなと思うけど全然音が鳴らないやつ。あのパイン飴の味のポテトチップスを見つけてしまったのでございます。

昨今のポテトチップスとカップ焼きそばは、もうね、何でもあり! パイン飴大好きな私としては、これは見過ごせない! 早速、衝動買い。何となく袋が小さめ。この小さめの袋は、「ちょっと、こんなの出してみたけど、良かったら試食してみて?」というメーカーの自信のなさなのか?

食べてみましたけど、まぁ、ワタクシは大丈夫。確かに、パイン飴の味がする。ただね、こういったものを食べますとね、「塩」の偉大さに気がつくのでございます。塩味がないと、あまり多く食べられませんよねぇ。袋が小さいのも、そんな理由かもしれません。

もうひとつ、見つけました! チップスターの「瀬戸内レモン味」。これも、またまた衝動買い。やはり小さめサイズなのは、メーカーの自信のなさ? これも早速食べてみる。これは、これで、好き。もともと、酸っぱいもの大好きでございますから、全然問題なし。

でも、もうそろそろ飽きてきたかなと思うタイミングで、ちょうど無くなる量。小さいサイズに納得なのでございます。個性の強いものは、あまり深く接してはいけない。ちょっと物足りないほどがいい。深く入れ込みすぎると、途端に飽きてしまうのでございます。

酸っぱいものは、基本的に好き。トンカツなどのフライも、ソースよりお酢をかけるのが大好き。脂っこさが無くなって、なんか胃袋の負担が少なさそう。しかも、食欲も進む。そういえば、歌手の八代亜紀さんも、大のお酢好き。マイお酢を持ち歩いて、食べる物全てにかけまくっているそうでございます。

麺類でいうと、酸辣湯麺(サンラータンメン)が大好き。だけど、最近、なかなか食べるチャンスがない。近所のラーメン屋の定番メニューだったのですが、ちょいと前(10年くらい前かな、笑)にその店がなくなってしまいまして、それから縁遠くなってしまいました。コンビニで見つけると、たまに食べるくらいでございます。

同じ酸っぱさでいうと、トムヤムクンもありますが、これはあまりヤミツキにはなりませんねぇ。酸っぱいの大好き、パクチー大好き。当然、トムヤムクン大好き!となりそうなものですが、あの酸っぱさは、なんか違う。日本料理、中華料理の酸っぱさとは違う系統の酸っぱさですよね。たまに食べるくらいがちょうどいいかな。

酸っぱい繋がりで思い出すのが、松屋の湯豆腐。いまだに、あれにポン酢をかけて食べるのを試しておりません。あれ以来、松屋に行ってませんからね。この想いが実現する前にメニューからなくならないで下さいよ、松屋さん、お願い!

そのポン酢ですが、「ポン酢醤油」なるものがございまして、明石家さんまさんのCMが有名でございます。そのCMが大ブレイクしている時に、そのさんまさん、調子にのって「清涼飲料水のCMに出たい!」と生放送の番組で喋っちゃったのでございます。

そのさんまさんの相手をしていたのが、タモリさん。タモリさんが「今、ポン酢醤油に出てるじゃん」と聞くとさんまさん、「あんなもん、ギャラ貰ったら終わりや、関係ない」と本音かギャグなのか分かりませんが口走ってしまいました、生放送で。

するとですね、次の日からそのポン酢醤油のCMが、パタッと止まった。全く放送されなくなった。キッコーマンの社内で問題になったのでしょうか? まぁ、それから二十数年後に、そのCMのリメイクが行われておりますから、時間の経過とともに自然と和解したのかもしれません。

さて、今日は、酸っぱいもののお話を、ほんと、ダラダラと、とりとめもなくお話いたしました。良い日曜日をお過ごし下さい。では、では。

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2017/05/19

【そのうち、口ずさむだけで請求かも?】

昨日は、竹原ピストルさんの歌詞を引用させていただきました。その歌詞の引用で、こんなニュースがございます。京都大学の総長さんが、入学式の式辞でボブディランさんの歌詞を引用したそうでございます。その式辞の内容を大学のサイトに掲載したところ、JASRACから使用料の請求が来たとのこと。

「歌詞」ってのは扱いが非常に難しいのでございます。小説などは、長い文章の一部を引用しても、それで作品の全体が分かるわけではない。ですので、部分的な引用であれば、引用元が明記されてればOKみたいな風潮はございます(本当はダメなのかも知れないけれど)。

けれど、歌詞に関しては、ほんの少しの引用でも、使用料を払ってその著作権情報を明記するというのが、出版業界では行われてまいりました。漫画で既存の歌の歌詞が出てきますと、必ず欄外にコピーライトのマークとその著作権情報が小さな文字で明記されているはずでございます。

ネットの世界でも当初から、「歌詞は、コピー出来ない、印刷できない状態での掲載」にするのが定石でございました。まぁ、これを知らない人が多いので、今は普通に自分のサイトで歌詞を気軽に掲載する人が増えちゃいましたけどね。でも、それをやると、いつJASRACから請求が来てもおかしくない状態なのでございます。

で、今回、京都大学のサイトが、それをやっちゃった。歌詞の一部ではございますが、プリント出来る状態で掲載しており、請求が来たとのこと。これが、1閲覧で数十円という金額。安そうですが、こんなニュースになると何千~何万というアクセスが来るのでは? まぁ、総長さん、ポケットマネーで払うのが、丸く収まるのではないでしょうか。カッコイイし。

そんなこともありまして、ワタクシも昨日の書き込みでは、歌詞部分を目立たさせず、文章の中に埋没させております。まぁ、ワタクシのサイトの閲覧数なんて知れてるもの。わざわざJASRACが経費をかけて請求しても、多分赤字になる。だから、きっと、来ないでしょう(キリッ)。こういうのは、税務署と同じ。取れるところしか突っ込まないはず、いや突っ込まないと思う、突っ込まないんじゃないかな。

前ネット時代は、個人がマスメディアに何かを載せるというのは不可能でございました。新聞と雑誌しか有りませんでしたからね。そこへ何かを載せれば、必ず新聞社や出版社がプロ的な判断で著作権のチェックを入れることになる。そんな時代には、一般人のの著作権問題なんて皆無でございました。

ネット時代になり、新聞や雑誌と同じレベルで、いや全世界ですからもっと大きな規模で「個人が」情報発信できる時代になっちゃいました。当然、著作権なんて知らない人が、気軽にどんどんネットに掲載してしまう。

で、話がややこしくなっちゃったのは、かなり長い間、この無法状態が放置されてしまったこと。今さらながらに請求が来ると、「え? みんなやってんじゃん」ということになるのでございますね。

ネットの時代には、それなりの新しい規則が必要なのでしょうねぇ。歌詞をちょこっと引用するというのは、その歌の「宣伝」になると思うのですが、いかがなものでしょう。

「あの歌、どんな歌詞だったっけ?」とか「あの歌、どんなメロディーだったっけ?」なんてとき、ネットは便利でございます。しかし、その便利さが、楽曲の売上に結びつかないのでございますよね。そんな矛盾点に、この問題の起点があるような気がいたします。

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2017/05/18

【夢は破れない】

お店終えて、自宅へ戻り、お風呂に入った後、おもむろにテレビの録画を見ておりました。NHKの音楽番組『SONGS』、出演は「竹原ピストル」さん。この番組、男性が出演の回はあまり興味が無いのですけど、女優の吉岡里帆さんがナビゲーターということもあり、ちょっと興味深く見ておりました。

気がつくと、30分の番組を3回もリピートしておりました。甘く芯のある声ながら、ややノイジーで、大量の息を吐きながらの熱唱、ビートたけしさんにも似たその歌い方は、ワタクシの琴線にドンピシャでございました。

吉岡里帆さんが上京直後、オーディションになかなか受からずに悶々としている時期、竹原ピストルさんの「東京一年生」という曲に勇気をもらったそうでございます。ワタクシにも、”上京一年生”という時期がございましたから、なんとなくその気持ち、共感するのでございます。

ワタクシの、”1回目”の上京一年生は、バブルの崩壊とともにあっさり終焉を迎えました。スポンサーとして応援してくれていた人が、ある日突然、事業失敗で失踪。東京で一文無しになり、レッスンとかオーディションどころでなくなり、尻尾を巻いて名古屋に逃げ帰って参りました。

それから2年後に、東京へ再チャレンジ。でも、所属していた事務所にも、かつて通っていた演劇学校にも、自分の居場所はまったくございませんでした。ショーパブで働きながら、タバコとお酒の香りにむせるショーパブの舞台で、「居場所はあるんだ」といつも自分に言い聞かせておりました。

名古屋のガチャガチャとした接客に染まっていたワタクシは、東京の気取った接客になかなか馴染めませんでしたねぇ。ショーパブの舞台も、やはり気取っている。何をやっても「悪目立ち」すると言われる。一生懸命やればやるほど、言われる。そんな焦燥感の中で、風俗に移行。その後、名古屋へ戻ることに。2回目の東京一年生は、約5年の月日でございました。

竹原ピストルさんは、歌います。「暮らしづらいのは街のせいじゃない、暮らしづらいのは大丈夫、夢があるからさ」と。ワタクシにとって、東京は、いつも、いつも、暮らしづらい街でございました。夢があったからでしょうか。でも、東京にいて、「夢を捨てる」という選択肢はございませんでした。夢を捨てたまま東京にいたら、多分、敗北感でペシャンコになっていたことでしょう。

東京に居た頃、東京出身の人が羨ましくてしょうがありませんでしたね。地方から上京するというのは、それだけで大きなハンディを背負っておりますから。でも、夢破れて地元へ帰るとき、「あぁ戻る場所が有って良かった」としみじみ思ったものでございます。

若い頃の夢は破れても、今は、別の夢を持ち続けております。例えば、お客さまに幸せな一時を過ごしていって欲しいとか、あるいは、ワタクシのコラムで誰かが楽しんでくれればいい、誰かが感動してくれればいい、そんなささやかな、ささやかな夢でございます。

年取るとね、「大きな夢は必要ないんだ」って気がつきますよね。小さな夢が、そこらじゅうに転がっている。その小さな夢に、誠実に、小さな小さな足取りで臨んでいけばいいんだって気がつくのでございます。竹原ピストルさんは、またこんな歌詞も歌っております。「僕は”人生勝ち負けなんてないんだ”と言う人の人生に、心を動かされたことは、一度たりとも、無い」と。

他人と自分との人生を比較して、何を勝ちとして何を負けとするか、それは難しいことでございます。それを決めているのは、多分、自分の心、自分の価値観でしょ。でも、そんなものは、他の人の価値観で簡単にひっくり返ってしまうもの。そんなあやふやな「勝ち負け」の中で、唯一あやふやでないのは、「勝ちに拘っている自分」ということでございましょう。

元ボクサーの竹原ピストルさんならではの、「勝ちへの拘り」の歌詞なのでしょう。他人との比較じゃ無い、自己の上向きベクトルを再認識させられる夜でございました。「浅草キッド」をカバーしているようで、これもまた楽しみ。楽曲を購入してみようと思います。では、では。

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2017/05/17

【新製品は、とりあえず食べてみるの精神】

営業が終わった後、雑誌を購入したくてコンビニへ外出いたしました。気楽にフラリと半袖Tシャツのままで出たら、まぁなんという涼しさ。いや、涼しいを通り越して、もはや肌寒い。初夏だというのに、どうしたことでしょうねぇ。

雑誌購入のついでに、ブラブラと店内を散策。こういったゴチャゴチャしたところをブラブラするの、大好きでございます。おでんが頑張ってますねぇ。もはや、一年中見かけるのでございます。夏場は冷房で冷えるので、冷え性の多い女性に人気があるなんていう話もございます。

りんご発見。ふたつ購入。ダイエット目的もございまして、りんごをよく購入いたします。薄く切り、薄く切りのチーズを挟んだ「りんごチーズ」にしていつも食べております。乳製品を出来るだけ取るようにしてまして、牛乳・ヨーグルト・チーズはワタクシの常備品でございます。

カップ麺やカップ焼きそばの新製品を見つけると、ついつい買ってしまいますねぇ。最近は脂っこいのがブームのようでございます。脂は好きでございますよ。見つけると買って試食してしまうのでございますが、脂もやはり両刃の剣。時として、大変な胃もたれを引き起こすことも。要注意なのでございます。

脂でも、全然大丈夫なものと、てきめんに胃もたれやお腹が緩くなったりするものがございます。何が良くて何がダメなのかが分からないので、食べるのはギャンブルのようなもの。はっきり分かると、食べやすいのでございますけどね。

あと、あるハンバーガーショップのハンバーガーは、必ずお腹が緩くなる。どの支店で食べても同じ結果なので、使われている食材の何かが合わないのでございましょう。あと、あるピザショップのある商品だけ、やはりお腹が緩くなったりいたします。使われている食材を細かく調べれば原因追及出来るのでしょうが、まぁ面倒くさいのでそのままにしております。

以前、パクチーが食べられない人は、遺伝子が関係しているというお話をいたしました。その特定の遺伝子を持っている人は、パクチーが石けんの味に感じられるとのこと。ワタクシは、パクチーは大丈夫。むしろ好きな方。だけど、かつて石けんの味がした食べ物がひとつございました。

レモンの形のケーキ。レモン型のスポンジケーキの上に何か塗ってあるの。子供の頃、あの上に塗ってあるのが石けんの味がして、どうしても食べられなかったのでございます。親や他の子供がパクパク食べているのが、どうにも不思議でございました。今は、大丈夫、食べられますが、幼少期の記憶があるせいか、ちょっと苦手。

ワタクシは、今はほぼ食べられない物はございません。好き嫌いなく、何でも食べられます。そうそう、人間の味覚は、幼少期がピークらしいですよ。体に害のある毒を敏感に検知するためだそうです。大人になると、特に「苦み」に関して鈍くなっていくそうでございます。

なんてことを考えながら、コンビニのなかをブラブラして、また衝動買いをして帰ってまいりました。今日見つけたのは、「どん兵衛ギョーザラブうどん」。うどんと餃子がコラボって、どういう事! って思いましたが、小さな小さな文字で「※具材に餃子は入っておりません」とのこと。まぁ、それでも買っちゃったんですけどね。う~ん、食べてみたい。では、では。

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2017/05/15

【本名記載を要求したFacebookは、画期的】

ウイルスが猛威を振るっております。と、言っても、人間のではなくコンピュータのお話。アメリカの国土安全保障省が声明を出すという大騒ぎ。コンピュータがより便利になるのはよろしいのでございますが、その弊害としてこういった事件も起きますので、痛し痒しなのでございます。

今回のは、Windows の古いバージョンを狙ったものだとのこと。古いバージョンは Microsoft がすでにアップデートを停止していて、セキュリティに関しては無防備になっております。そこを狙われたというので、慌てて Microsoft は古いバージョンへのアップデートを配布したりしております。

じゃぁ、最初っから、古いバージョンもサポート切るなよって言いたくなりますが、そこは、Microsoft も商売。新しいバージョンを導入してもらうためには、古いバージョンを後生大事に使ってもらっては困る、ということなのでしょう。

でも、世の中には無数の古いバージョンの Windows が稼働しております。どうしてでしょうねぇ? それは、アップデートしたくても出来ない所とかあるみたいですよ。例えば、そのコンピュータが何か大きな機械を制御している場合。その機械との接続方法が古い、あるいはその機械を制御しているソフトが古い。刷新しようとすると、機械ごと全体の取り換えになり莫大な費用がかかる。こういう事例でございますね。

あと、お役所なども、古いバージョンがよく残っているそうでございます。これは想像するに、行ってる作業がずっと同じで特に不自由を感じていないし、新しいバージョンを導入しようとすると役所全体で変えなければならないとか、そんな理由でございましょう。データの受け渡しを、いまだにフロッピーディスクで交換している所も有るとか無いとか。まぁ、これは、別の意味でかなり高いセキュリティかも知れませんけどね。

今回のは、一度感染すると、そのコンピュータにつながっている他のコンピュータを探して次々に感染していくとのこと。いやぁ、こういったプログラムを「コンピュータ”ウイルス”」と名づけた人は、上手い名前を付けましたよねぇ。まさに、ウイルスのような立ち居振る舞いでございます。

ですので、駅の情報案内板とか、限定的な使い方がされているコンピュータまでもが感染しているのも、そういった理由でございましょう。何十年も使い続けていて、古いシステムが残っていたのでしょうね。

身代金要求のウイルスですから、その身代金の行方を追及すれば犯人が特定出来そうなものですが、それがビットコインというネット上のお金を使っていて、追及出来ない仕組みが出来上がってる。あぁ~あ、またこんなところにも「匿名」の壁でございます。

例えば、電話。昔の電話は、相手の番号が分からなかった。だから、古~い刑事ドラマとか見ると、大騒ぎして「逆探知」なんてことをやってる。この電話がデジタルに移行したとき、ナンバーディスプレイの「非通知」という仕組みが残されたこと、ワタクシは残念でならないのでございます。

この電話の「非通知」という仕組みのために、電話がどれだけ犯罪に使われたことでございましょう。犯罪に至らないまでも、心ないイタズラや嫌がらせには苦しんでいる人も多いでしょう。NTTも、「非通知」という仕組みを残さないと電話の収益が大きく減ると予想したのでしょうかねぇ?

そしてさらに、電子メール。電子メールも発信者をいくらでも偽装出来るシステムになっております。そして、あまりにも普及しすぎているせいでしょうか、このシステムを大きく刷新するということも、何か新しい方式を導入するということも成されずに、今日まで経過しております。

一般社会では、「身元を知られずに○○出来ます」なんていう広告が、後を絶たないのでございます。個人情報ウンヌンで「自分の身元を晒したくない」と考える人は、増えている様子。でも、自分の身元を隠そうとする仕組みが、逆に「犯人の身元を隠す」機能にも使われてしまうのでございます。それこそ、両刃の剣でございます。

最近は、個人情報ナンタラで、国の国税調査も難しいとのこと。しかし、ネットショッピングなどを利用すれば、その利用の度に個人情報は必ず外部に蓄積されていきます。購入した商品の傾向なども、やはりデータとして蓄積される。ネットを使っている時点で、すでに自分の個人情報を垂れ流しにしているのでございます。

「匿名性」を利用した多くの犯罪やストーカー行為などを見るに、世の中はもう少し「匿名の使える部分」を減らして行くべきだと思いますけど、どうでしょうねぇ。「匿名が使えるから儲かっている業種」なんていう大人の事情も有って、難しいのでしょうかねぇ? では、では。

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2017/05/12

【御嶽海の可愛い(失礼)顔も大好き】

大相撲の番付が発表されて、しげしげと眺めております。稀勢の里は心配ですよねぇ。ここまで、怪我らしい怪我をしなかった関取が、横綱になったとたんに大怪我をするというのは、魔が差すというのはこういうことではないでしょうか。

この5月に行われるのが「夏場所」。次の7月が「名古屋場所」。なにも、名古屋の一番蒸し暑い時期に開催しなくてと思うのでございます。エアコンの無かった時代では、さぞかし大変な相撲観戦だったでしょうねぇ。客席の中に、無数の氷柱が立てられている写真なども、残っております。

その名古屋場所が行われるのが、愛知県体育館。子供の頃、1回だけ、その愛知県体育館に行ったことがございます。でも、大相撲じゃございません。分かるかなぁ?、ローラーゲームという競技。東京ボンバーズというチームがお馴染み(?)。

親を拝み倒し、懇願し続け、ヤダヤダヤダ~をやり尽くして、やっと連れて行ってもらったのでございます。上の方の席で、コーナーの隅っこの方の席。それでも、ギャーギャー言いながら観戦し、大判のパンフレットを買ってもらったのを記憶しております。

さて、お話を夏場所に戻しましょうか。隠岐の海、遠藤、千代の国といったイケメン力士が上位に上がってくるというのは、いい場所ですねぇ。あと、イケメンと言えば、勢が前場所の一枚目から六枚目に後退。宇良、石浦といったあたりも、苦戦しつつもなんとかしがみついている。頑張ってぇ!!

アッ、魁聖がギリギリセーフ、西の十五枚目でかろうじて残っております。なんか、新聞の番付表の小さな写真を見ると、口元とアゴにヒゲが! 今、気づいた! 対戦相手、痛いだろうに。でも、こんな小さな写真でも、いつも微笑んでいる魁聖関、南米系の大らかな性格なんでしょうね。

大相撲本場所の直前に、新聞に番付表が掲載されますよね。あれを切り取り、毎日星を書き入れていくのを、毎回楽しみにしております。塗りつぶすだけじゃ単純なので、星の中に何勝目(何敗目)かの数字を書き込んだり、小さなスペースに対戦相手の名前を書き込んだりしております。

休場の力士には、カタカナの「ヤ」を書き込むのですが、この「ヤ」はあまり見たくないですねぇ。とりあえず、現段階では幕内の休場力士は報告されておりません。このまま、千秋楽までお休みなしで行ってもらいたいものでございます。

本日は、夏場所を前にして、思うところをダラダラと書かせていただきました。では、では。

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2017/05/11

【スプーンではなく、レンゲが欲しいところ】

ちょいと雑用が溜まりまして、ここ2日ほど"ほぼ徹夜"が続いたのですございます。てきめんに疲れが出ますねぇ。一日中、グデ~としておりました。そんな時でも、食欲だけはグデ~とはしない。今日は、食べ物のお話。

いつぞや、ファーストフード店が脱糖質メニューに頑張っているというお話をいたしました。昨日、見つけました。松屋の湯豆腐。どんぶり飯をプラス50円で湯豆腐に差し替えられるという新しいメニューでございます。さっそく、食べてまいりました!

ファーストインプレッション、つまり第一印象は、「小さい」。どんぶり飯に50円を追加して、この大きさか! ということ。みそ汁のお椀をひとまわり大きくした位の大きさ。下がすぼまった逆円錐形の器が、ますます少なさ感を強調してしまっている。

もっとも、ダイエットを目指している人間が、「少ない!」って文句を言うのもおかしなものでございますけどね。量はチョイト少なめ、でも、そこそこに美味しいですよ、これ。塩味のついたわずかにとろみのあるスープが、なかなかいける。お豆腐がやたら細かく切れているのは、加熱しやすいようにでしょうか?

どんぶり飯ほどの充実感はございませんが、一食の糖質量をかなり抑えられるこのメニューは、ワタクシのような者には強~い味方。どうか、このメニュー、無くなりませんように、お願い! 松屋様! プラス50円だからなぁ、人気出るかなぁ?

で、ひととおり食べ終わった後に、ふと店内のポスターに目をやりますと、その湯豆腐の案内ポスターが貼ってございます。何気に小さめの文字で、「ポン酢を入れてナンタラカンタラ」という売り文句。

アァ~~~、そうだ、そうでございます。松屋には、テーブルにポン酢が置いてございます。湯豆腐と言えばポン酢、アァ、どうしてこの名コンビに気がつかなかったかなぁ? 名古屋薫の、バカ、バカ、バカ、バカ!

塩味のスープがまぁまぁ美味しかったので、そこにアレンジするという発想がございませんでした。ポスターに目をやると、「単品ナンタラカンタラ」の文字が。そうか、単品が有るんだ! これは地獄に仏。こんなニッチなメニューに単品を用意するとは、松屋、侮れない。

と、ここまでは、良かった。しかし、その単品の案内には「みそ汁付き」の文字が。エェェェ~、何で? 何で、湯豆腐にみそ汁が付く? これって、豚汁を単品で頼んだらみそ汁も付いてくるようなものでしょ。あぁ、意味不明。

あくまでも、湯豆腐はライスの代替って考え方なんでしょうね。それで、みそ汁が付いてくる。湯豆腐をおかわりしたいって場合は、みそ汁も2杯になっちゃうのですよね。この松屋の、「何でもみそ汁付き」のシステム、頑(かたく)なでございます。

もう慣れてしまいましたが、カレーやシチューとみそ汁のマッチングが、大変に微妙。そんなとき、洗い物を減らしてやろうと、スプーンでみそ汁を飲んじゃったりするのも、なんか微妙。ああいった洋風なメニューのために、コンソメスープとか用意できないですかねぇ。

あと、松屋にはビールも用意がございます。ここで、食事といっしょにビールをという人には、みそ汁が非常に邪魔になる。まぁ、これは、おかずだけというメニューが有りますので、おかずだけ+ビールという組み合わせでこの問題は解消出来るのでございますけどね。

ただ今の所、牛めしやカレーには、この湯豆腐差し替えは使えないのでございます。まぁ、これはもっともなお話。でも、頑張って欲しいですよねぇ。湯豆腐の上の牛めしの具、カレールーの下に見え隠れする湯豆腐、いや、これはもはや湯豆腐とは言わないか(笑)。期待してますよ、松屋さん!

今日は、松屋の宣伝のようになってしまいましたね。食べ物のお話になると、ついつい熱くなるワタクシでございます。ご勘弁を。では、では。

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2017/05/09

【断捨離、なかなか出来ないのですよねぇ】

お店でバスタオルの入れ替えを行ったのでございますが、入れ替えの後、お古のバスタオルが大量に残ってしまっております。これがなかなか処分出来ない。処分方法が無いというのではございません。情が移ってしまって捨てられないのでございます。

これが、使い始めて数週間でビリッといったのなら、「この不良品目が!」としか思わないのでしょうが、年月を経て、少しずつ変化していったもの、そしてその変化に自分が関わっている物は、やはり情がわきますよねぇ。

少しずつ変化というと、楽器がそうでございます。ワタクシは、グランドピアノと電子ピアノを両方持っておりますが、どうも電子ピアノの方は情がわかない。何年使っても、どれだけ弾き込んでも、楽器の方に変化が起きないというのは、逆に何か自分が機械に合わせている感が生まれてしまうのでございます。

ピアノってのは、ピアノ線の大変な張力を支え続けております。また、鍵盤は木材で出来ており、断続的に圧力や応力の刺激を受けております。金属はわずかながらに変形をしていきますし、木材は、やはり変形や乾燥をしていきます。その変化の過程で、「落ち着きのいい方向」へ馴染んでいくのでしょう。

「管楽器は人に貸さない方がいい」と、よく言います。管楽器は特に使っている人の癖が楽器に付きやすく、他人に貸すと、変な癖を付けて戻ってくる場合があるからでございます。逆に、使い込むほどに、その持ち主の癖に馴染んでくるということでもございます。管楽器というのは、鍵盤楽器以上に、人と楽器との一体感が強くなるのでございます。

鍵盤楽器、管楽器と来ましたから、次は弦楽器のお話をいたしましょうか。アメリカの研究で、バイオリンの新旧を比較した研究がございます。300年前のストラディバリウスと現代に作られた楽器とで、演奏者にはどちらか分からないようにして弾いてもらい、良いと思われる楽器から順に点数を付けていってもらうという実験でございます。

この実験は2010年と2012年の2回、行われたそうでございます。12台の楽器を10人のプロの演奏者が弾き比べるということですので、まぁまぁ客観的な実験であると言えるでしょう。で、その結果は、ほぼ、現代の楽器の方が好得点を得るということになったそうでございます。

今まで非常に評価の高かったストラディバリウスですが、楽器としての「旬」を過ぎてしまったということでしょうか? バイオリンというのは、木製で非常に繊細な作りをしております。300年も経てば、木材そのものの寿命かもしれませんよね。何億円も出して購入した人は、これからその楽器の名残を楽しむということになるのでしょうか?

ストラディバリウスが劣化したと考えるよりも、現代の楽器製作の技術が進んだということかもしれませんね。ただひとつ言えるのは、弦楽器・管楽器というのは、自分の手に馴染んでいるかどうかが、大きく影響するものでございます。演奏者との「相性」で、その楽器のポテンシャルが引き出されることもあるわけで、この実験の結果だけで判断は出来ないですよねぇ。

長い時間を経て変化してきたものには愛着が湧くと申しました。革製品や木工品とか、車・バイクなどもそうですよね。馴染み、変色し、古びてくる、これは、その持ち主も同時進行で年を取っているわけで、実は、愛着が湧いたものというのは、そこに自分の人生を重ねているのかも知れません。

自分の持ち物がくたびれてくるのを喜ぶ人もいる。逆に、わざわざボロボロにした新品のジーンズを購入する人もいる。いろいろですね。では、では。

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2017/05/06

【筆記体のマーク、復活しないかな?】

170507_2sb56先日、トランジスタのお話をいたしました。お話に出たトランジスタの「2SB56」の小さな円筒缶には、懐かしき筆記体の東芝のロゴマークが刻印されております。このロゴが入った部品が、世界中の電子機器に使われていたのですよね。それを思うと、今の東芝の状況は、悲しいですねぇ。

いろいろ報道されている記事を読みますと、どうも「お人好しな日本人的契約」が自らの首を絞めたとのこと。契約社会のアメリカでは、あらゆる可能性を考慮して、何が起きてもいいように契約書でガッチリ固める。それが契約社会として当たり前になっております。

そこで、東芝は、実に甘い契約を繰り返して来たようでございます。「こんな義理を欠くようなことはしないよね」という日本人的なお人好し感覚で、つい、相手がまさかの時の保険として要求してきた事項を、受け入れてしまったようでございます。

しかし、その「まさか」が起きたのですよね。東北大震災による福島原発の事故でございます。あの事故をきっかけに、その「まさかの保険」が発動し、東芝側が一方的に損失を被ることになる。それ以外にも、このような「お人好し契約」を重ねて、どんどん苦しくなっていったようでございます。

かつて、松下幸之助という人物は、ラジオ設計における貴重な特許を発明者より買い取り、それを一般無償公開したことがございます。その技術が公開されたことで、ラジオ業界全体が大きく発展することになったのでございます。

あるいは、安藤百福という人物がおりました。日清食品の創業者であり、インスタントラーメンの創始者でもあります。やはりこの人も、インスタントラーメン黎明期に粗悪品が横行し、それを憂慮してインスタントラーメンの製造方法を無償一般公開いたしました。

小さな利益を自分だけで抱え込むのではなく、業界全体の底上げをした方が、結果的には自分の利益も上がり、将来性も良くなる。そういう考え方でございますね。いかにも、全体主義、集団主義の日本ならではの考え方でございます。

でも、これが、外国企業相手だと、こんなお人好しは通用しない。シャープが液晶パネル黎明期に、やはり業界の底上げをしようとサムスンに液晶技術を提供いたしました。結果、業界全体は盛り上がりましたが、盛り上がったのはサムスンだけ。シャープは逆に特許侵害で訴えられる有様。

「恩を仇(あだ)で返す」というのは、日本人的には非常識なこと。しかし、国際的には、こんなお人好しな感覚で接してはいけない。「恩は恩、仇は仇」、それが契約社会での考え方。恩を受けたときにひとつの契約が終了しているわけで、それが別の契約に影響してはいけないというのが、契約社会の一般常識でございます。

東芝のマーク入りのトランジスタで散々遊んだワタクシとしては、今の東芝の惨状は、悲しいですねぇ。同様に、シャープもZaurusやパソコンでは本当にお世話になりましたが、やはり今の状況を見ると、悲しい。

日本の高度成長を支えた各企業の創始者は、自己の利益追求ではなく「日本全体を底上げ」することに力を注いでまいりました。その結果、今の日本は様々な面で世界的にトップクラスに躍り出ております。

ただ、これからは、恥も外聞も捨て、「自分が生き残る」ことを追及する時代に入っているのでしょうね。トランプさんの台頭がそれを象徴しているような気がします。トランジスタの東芝のマークを懐かしく見つけて、こんなことを思いました。では、では。

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2017/05/04

【コンビニワンダーランド】

最近、セブンイレブンのメンチカツが大きくなりました。バンザ~イ、バンザ~イ、バンザ~イ! で、大きくなると、コロッケとの見分けが分かりづらい。特に、深夜のフライものの陳列台は荒れていて、なおさら分かりづらい。それでこんな事がございました。

(ある日の深夜)
私 「このメンチカツ下さい」
店員「え~と、あ、これ、メンチじゃないですねぇ、コロッケですねぇ」
私 「じゃぁ、コロッケでいいですよ」
  (コロッケの料金を払う)
  (帰宅の道すがら、食べる)
私 「あ、やっぱりメンチカツだ、ラッキ~」
(別の日の深夜)
私 「このメンチカツ下さい」
店員「え〜と、あ、これ、メンチじゃないですねぇ、コロッケですねぇ」
私 「多分、メンチカツですよ、前回もそうだったし」
  (メンチカツの料金を払う)
  (帰宅の道すがら、食べる)
私 「あ、コロッケだった~、おあいこか」

一得一損で「おあいこ」なのでございます。さぁ、次はどうするかなぁ。どっちも美味しいから、どちらが出てもいいのですけどね。コンビニへ行くと、レジで会計の際、ついつい、レジ横のファーストフードを買ってしまう。まぁ、だいたい、コロッケかメンチカツが多いのでございますけどね。たまに春巻きとか買って、やはり帰宅の道すがら、食べながら帰るのでございます。

また別の日の出来事。新人の店員(多分、中国か台湾の人)さんで、レジ操作をすごく手間取っている。で、ワタクシが最後にコロッケを追加したもので、そのコロッケを袋に入れるのに精一杯。後からレシートを見ると、コロッケの代金をレジで打ち忘れておりました。

次の日、またコロッケを追加。昨日と同じ店員。やはり手間取っている。同じく、コロッケを追加。やはり、コロッケ分を打ち忘れている。で、ワタクシが指摘。

「あ、コロッケ、レジ、打ち忘れてますよ、きのうも打ち忘れてたから、今日、ふたつ分、打っといて下さい」

その新人の店員さん、ワタクシの指示通りに行動するのが精一杯。言葉通りに、昨日分のコロッケ代もレジに打っておりました。まぁ、昨日の不足分を今日打ち込むというのは、コンビニのレジの集計的には迷惑なのかも知れませんけどね。その店員さん、作業に慣れてきた頃、「最初の頃、コロッケで不思議なお客がいたなぁ」と思い出すのでしょうか? そんな想像をしながら、心の中でニヤニヤするワタクシでございます。

ほとんどの商品はバーコードが付いておりますが、バーコードのない商品もございます。新聞がその代表例。どのコンビニでも、新聞のレジ打ち込みだけは、店員が手作業でやっております。レジの機械に各新聞の名前と金額の一覧表が貼ってあるようで、それを見て金額を入力しております。

やはり、漢字の苦手な店員さんだと、この新聞の購入で手間取る。新聞名を確認するのが手間取るのでしょうね。似たような名前の新聞が多いですからね、手間取った上に金額を間違えるなんてこともよくあるのでございます。

さらに新聞の面倒くさいのは、時々、金額が変わること。うちのお店でも各プレイルームに中京スポーツを置いておりますが、ちょうど今置いてある物はゴールデンウィーク特別号で¥300という特別価格。こういうのを買うときは、ワタクシは自分から先に「今日は金額違うよ」と言ってしまいます。だって、その方が絶対スムーズだから。

コンビニは楽しいですねぇ。ブラブラ店内をうろつくだけでも大満足。あ、これは、東急ハンズの中のブラブラする楽しみと、すごく似てる。購入したいとかそういう気持ちではなく、多分、「目が楽しい」のだと思うのでございます。

小さなものがゴチャゴチャ並んでいるのが、視覚的にすごく楽しい。で、実に整然と並べられているのが、また楽しい。フェイシングって言いまして、コンビニでは陳列棚の商品を正面に向ける作業がございます。ドリンクのフェイシングをコッソリやってニンマリしたり、雑誌コーナーを立ち読みの振りをして整頓して、やはり遠くから眺めてニンマリしたり、いや、ワタクシ、ちょっとアブナイかも(笑)。

幼少期のこんなことを、思い出しました。母親がスーパーマーケットのみたらし団子の部門で働いておりましたので、子供の時の遊び場所はいつもスーパーの中。ある日、歯ブラシ売り場の歯ブラシが、子供ながらにどうしても気になる。ゴチャゴチャに混ざってしまっている歯ブラシを、子供の小さい手で一心不乱に並べ替えたことがございました。う~ん、やはり、子供の頃から病気だね、ワタクシ(笑)

そんなこんなの、ワタクシのコンビニ奇譚でございました。なんか、内容のない話で、かなり長くなっちゃいましたね。では、では。

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2017/05/03

【プレミアが付いて何十倍もの値段になっております】

何十年も記憶の片隅に張りついている、ある文字列がございます。

「2SB56」

トランジスタという電子部品の型番でございます。子供の頃に自作ラジオや電子工作をした人にとっては、超メジャーな部品の型番。そういえば、タモリさんが真空管の型番に詳しいですが、やはり子供の頃に真空管ラジオとか自作したのでしょうねぇ。

なぜこんな話を始めたかと申しますと、ただ今放送中の朝ドラ『ひよっこ』が、ちょうど昭和40年頃のトランジスタラジオ工場を描いているから。画面に登場する基板や電子部品を、興味津々で観察しております。

さて、この「2SB56」というトランジスタは、ゲルマニウムトランジスタという種類の部品。電子回路に興味のない方には退屈かもしれませんが、チョイトお付き合いを。このゲルマニウム型のトランジスタは、現在ほとんど生産されておりません。現在はシリコンを使ったシリコントランジスタに置き換わっております。

朝ドラ『ひよっこ』のシーンでは、調達の都合でしょうが、ところどころ現代的な部品が登場しております。今ではプレミアが付いて高額になってしまったゲルマニウム型は画面には登場せず、もっぱら安価なシリコン型トランジスタが大量に小道具として使われているようです。

ここでですね、ちょいと、トランジスタの実物を知っている人には「ニヤッ」とさせられるエピソードがございます。主人公のみね子が、生産ラインで、頻繁にトランジスタの向きを間違えたり「足」と呼ばれる針金を曲げてしまったりするのでございます。

ゲルマニウム型は、金属の円筒形のケースから細めの三本の針金が出ている形になっております。『ひよっこ』の年代ですと、使われているのはほぼ間違いなくこのゲルマニウム型。円筒形で向きが分かりにくく、しかも三本足が三角形に配置されており、細い針金は曲がりやすく、基板に指す際に向きを間違えたり足を曲げてしまうというのは、よく分かるお話でございます。

一方、画面で使われているシリコン型は、かまぼこ形の樹脂製で三本足も固めの針金が一列に配置されております。こちらは、向きを間違える心配は少なく、程よく扱いやすく、足の針金もよほど力任せに押し込まない限り曲がるようなものではございません。

まぁ、ドラマの流れには全く関係のない雑知識。電子工作の際、実際に向きを間違えて半田付をしてしまい、後から外して付け直すなんて体験のある人が、ニヤッと出来るエピソードでございますね。熱に弱いトランジスタをコテの熱で壊してしまい、ベソをかいたのは懐かしい思い出。

その当時の言葉として「トランジスタガール」という語がございます。「トランジスタグラマー」という語が別にございますが、こちらは(トランジスタの様に)小柄でスラッとした知的な女性を称した言葉。トランジスタガールは、当時のトランジスタ工場で働く女性達を指した言葉でございます。

ゲルマニウム型のトランジスタは、小さな缶の中で、小さな小さな金属片に、小さな小さな小さな針が接触しているという構造になっております。当時、女工に顕微鏡が用意されるはずもなく、多分、虫眼鏡程度の機材で、「手作業で」この部品の調整をしていたはずでございます。

この非常に細かい作業に女性が向いているということで、当時のトランジスタ工場では大勢の女性が働くことになったのでございます。この女性達が「トランジスタガール」と呼ばれた訳でございます。女性が働くというのが珍しい時代でしたから、ことさら注目されたのでございましょう。

個人差はあるでしょうが、細かい作業は明らかに女性の方が向いているようでございます。また、微妙な色彩の違いを見分ける能力も、男性よりは女性の方が優れていることが実験結果から明らかになっております。

今の世の中、LGBTとか言われて、男と女の区別や敷居を無くす傾向が強くなってまいりました。この傾向にはふたつの流れがございまして、「心の性に従って、正しく分けよう」という流れと「敷居を無くして混ぜてしまおう」という流れ。どちらの流れもまだ過渡期で、いろいろ問題を抱えております。

心の性とは別に、医学的に男と女にはそれぞれ身体的な得手不得手があることは明白でございます。心の性を尊重しつつ、男と女の特性に違いがあることを世の中全体が理解することも重要だと思っております。何でも「男女平等」には出来ないことがあるのでございます。

そんな男女平等が世界的にも始めて謳われた憲法が「日本国憲法」。今日は、その憲法記念日でございました。男女平等が憲法に記述されるというのは、公布時の1946年当時としては画期的なこと。その当時の関係者も、今のLGBTの現象は、予想できなかったでしょうねぇ。では、では。

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