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2016/01/31

【Love is Blind】

今日は、前回の「良識」の話の続き。今回の主役はベッキーさん、というかベッキーさんに対する非難の雨が主役でございます。

ベッキーさん、略奪愛発覚後も笑顔で番組に出演しておりましたが、ここに来て急展開。全てのレギュラー番組から降板して、休業状態になってしまっております。番組やスポンサー宛に、相当数のクレームが入ったとのこと。男と女の艶事(つやごと)ですからねぇ。面白おかしく巷のうわさ話にこそなっても、それで「追放」されるほどの事かなぁ、と思うのでございます。

善悪メーター

こういうことに執拗にクレームを入れる方というのは、心の中の“善悪メーター”が「悪」の方へ振り切っているのでございましょう。ベッキーが究極の悪人に見えるからこそ、「テレビから抹殺するまでクレーム」という極論に走ってしまうのでございましょう。彼女が非常識だからですか? でも、一般大衆は、非常識なものを求めてテレビを見ているのではないのですか? 子供の教育に悪いとは言いますが、子供に略奪愛なんて理解できるのですか? クレームを入れている人は、ただの一度も浮気をしたことがないのですか?

でもまぁ、いろいろ報道されている2人のやり取りが本当なら、2人とも善と悪の区別もさじ加減も出来ない「恋は盲目」状態(笑)。けっして良識のある状態では無くなっているようでございます。人の心から良識さえも奪ってしまう恋心といふもの、あな怖ろしや、なのでございます。ベッキーさん、あの年齢まで恋愛といえるような経験が浅かったのでございましょうか。中年になってからの初恋は暴走してしまうので、危険なのでございます。

極論に走るのは、中間値を認めないから

さて、ここからが本題。先ほど「善悪メーター」なる言葉を発しましたが、最近の日本人、特に大震災以降、この善悪メーターがどちらかに振り切ってしまう方が多いのでございます。そういう方は、メーターの針が中間値を指すことがない。というか、中間値を認めない。それはどういうことかというと、妥協は一切認めない、自分の主張が100%通るまで、絶対に納得しないという頑固な世論を形成しちゃっているのでございます。

例えば、原発再稼働の問題。原発というものは、利と害を両方とも含み持っているもの。それを包括的に評価した上で、再稼働を論じ、妥協点を見つける。つまり、まさに「良識」が必要なのでございます。ところが、「原発=悪」と振り切っちゃっている人は、何ひとつ妥協を受け入れられないから、論争がどんどん不毛になっていく。震災以降、こういった不毛な議論が延々と続いている気がいたします。

勝ち負けにこだわる人は、トレードオフ出来ない

善と悪を使い分けるさじ加減、妥協点を見つけること、これを「トレードオフ」という言葉で表現することも出来ます。日本人は、このトレードオフがすごく苦手。古来より農耕民族の日本人は極端な全体主義で、全員で意見を一致させるということにこだわり過ぎるところがございます。本来は、学校教育の初期段階から「ディベート」と呼ばれる反論をぶつけ合う授業や訓練を、もっと取り入れるべきなのですけどね。反論をするためには、相手の主張をよく聞く必要があります。これはディベートの基本中の基本。でも、ディベートに不慣れな人は、相手の話を聞くことよりも、自分の主張をアピールすることばかりに執着してしまう。そういう人の中には、「勝ち」と「負け」しかない。これでは、議論はどこまで行っても不毛になってしまうのでございます。

善と悪のトレードオフ

理想を100%追及するのは、「宗教」でございます。宗教には妥協がない。一方、反対意見を受け入れつつ妥協点を見つける作業は「政治」でございます。政治で解決しなければならないことを「宗教」的に考えてしまう風潮があるのは、残念なことでございます。「善」と「悪」、「功」と「罪」、こういったもののトレードオフをしながら考えられる人が増えていけばいいのにな、と思うのでございました。

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