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2012/05/08

原発ゼロの日に、原発を語るのでございます

 5/6のテレビ・新聞のニュースでは、原発全停止が大きく報道されております。いやいや、これからの日本、どうなるのでございましょう。単刀直入にワタクシの個人的な考えを申しますとですね、動かせる原発は出来るだけ動かした方がいいと思っております。ですが、なんでしょうかねぇ、世間では「脱原発」がヒステリックに叫ばれております。そこで、こんな風に考えてみました。

 2005年の福知山線の脱線事故、大変な事故でございました。あの事故の際、「鉄道は危険だから、全廃してしまえ」なんてムチャな事を言う人は、一人もいませんよね。なぜでしょう? それは、鉄道運営の安全性が100年以上のノウハウの蓄積の上に成り立っていることを、みんな知っているからでございますよね。ですから、あの事故は鉄道そのものが危険なのではなく、それを扱う人や組織に問題があると、みんな分かっているからでございます。

 では、同じような論理で、原発を考えてみましょう。原発も50年以上の技術のノウハウがあり、世界中で400基以上の原子炉が稼働しております。安全に運営するシステムは、ほぼ出来上がっております。鉄道と同様、問題なのは、扱う人や組織なのでございます。また、地震や津波のような自然災害への防備も、鉄道と同様に、原発にも十分に完備されております。実際、昨年の震災時、福島第二原発や女川(おながわ)原発は無事に安定停止を遂げております。福島第一原発のあの事故も、何年も前から津波対策の不備を指摘されていながらそれに対応しなかった、組織の問題なのでございます。

 今の日本の脱原発運動は、本当に冷静に議論されていると言えるでしょうか? もちろん、放射性物質という厄介な物を扱う原発を、鉄道と同じレベルで比較するのはムチャなのは十分承知しております。それを差し引いても、単なる「原発=危険」という“十把ひと絡げ”的な感情で、ヒステリックに叫ばれているような気がしてなりません。原発を“巨大プラント”として見て、それを管理する人や組織こそが、もっと、もっと、冷静に論じられるべきなのでございます。少なくとも、近年作られた日本の原発は、最新の素材と十分な技術力のもとで建築されていて、諸外国の原子炉となんら遜色ないレベルでございます。その危険性をウンヌン言うのは、世界中の原子炉を否定することと同様で、的外れな議論なのでございます。議論されるべきは、扱う人や組織、そしてルールを決めている団体なのでございます。

 そして、脱原発論が、原発“だけ”しか見ていないのも気になるのでございます。例えばね、ある食品添加物に発がん性の疑いが出てきたら、そりゃみんな、その添加物の使用禁止を叫びますよね。食品添加物程度ならば、それを禁止したところで、波及の及ぶ範囲は限られております。ところが、原発はどうでしょう。節電風潮が、工場の操業縮小を余儀なくされたりいたします。また、原発の補助金を受けていた地域への影響も、考えなくてはなりません。電気料金が高くなるようなことがあると、すべての企業や家庭が(ときには日本中の)、影響を受けます。原発稼働の可否は、原発を誘致している土地とその電力の消費地とでは異なった感情を持つ場合もございます。実に複雑な問題で、しかも広範囲・長期にわたって影響を及ぼす問題なのでございます。

 こんなお話しがございます。チェルノブイリの事故の後、クロアチアでは脱原発の世論が非常に大きくなり、4年かけて国内12基の原発を止めてしまいました。その結果、電力供給が不安定になり、製造業がどんどん国外に流出、経済が悪化し、街には失業者があふれる事態になったのでございます。そして停止から12年後に、コストの掛かる火力発電を断念し、クロアチアは原発を再稼働するはめになったとのこと。ありゃ、日本でも同じようなことが起きてませんか? 円高に節電という二重苦を逃れて、トヨタなどは生産のウェイトを海外に移動させております。電気というのは、体で言えば血液のようなもの。血液が足りなくて貧血気味なのに今まで以上に運動しなければならないとしたら、そりゃぶっ倒れますよね。今の日本は、こんな矛盾を抱えているのでございます。原発の可否は、この矛盾に焦点を当てない限り、不毛になってしまうのでございます。

 「エコ」なんてのは、絶対反対。エコで喜んでいるのは、買い換え需要を当て込んだ家電メーカーだけ。CO2の排出規制も、大反対。これを喜んでいるのは、排出権売買でジャパンマネーを当て込んでいる途上国のみ。エコとかCO2規制とか言うと、いかにも世の中のことを考えているようだけど、結局、それで潤う人たちがいるだけって話。そんなエセ自然保護の呼び声のもとに節約を強いられ、日本という国はいつまで経っても不況から抜け出せない。ここはいっそ、電気料金は諸外国なみに値下げし、どんどん生産し、そしてどんどん消費することを美徳とするような風潮を推し進める。その方が景気回復になるのではないでしょうか。世の中に「必要悪」というものが有るように、「必要無駄」というものもあるのでございます。と、まぁ、ちょっと脱線したかな。でも、ワタクシの本音でございます。

 ワタクシはね、「原発大賛成」と言っているのではございません。放射性廃棄物の問題もありますので、未来永劫に続けていく技術ではないと思っております。ただ、現状の日本の苦境を考えるに、“とりあえず今を乗り切るには”、原発を動かさないとマズイと思うのでございますが、いかがなものでございましょう。ワタクシの母親は、晩年、肝硬変を患っておりましたが、70歳を超えても一人で買い物に行くほどに元気でございました。ところが、道でつまづいて転び、大腿骨を骨折したのを機に、そのまま寝たきり状態になってしまいました。寝たきりになると急激に体力が衰え、程なく逝ってしまったのでございます。今の日本も、そんな急展開を迎えて欲しくないと思っております。では、では。

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