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2011年6月

2011/06/06

人類の文明は、たかだか数千年

 今回は、映画のお話。先日、『100,000年後の安全』という映画を観てまいりました。これは、フィンランドに建設された「オンカロ」という放射性廃棄物の永久地層処分場をテーマにしたドキュメンタリー映画。映画館は名古屋の「シネマテーク」という定員100人前後の小劇場。土曜日の夕方という開演時間で、半分近い座席が埋まっている動員状況でございました。実は、先日の5/28にもこの映画館を訪れたのでしたが、初日ということもあり、立ち見席まで完売でその日は見られなかったのでございます。それで、再びその映画館に出向いたということに。しかも、ワタクシが訪れた時には、テレビの取材陣も来て撮影をしておりました。普段なら動員が全く期待できないような地味な映画ですが、やはり福島の事故の影響で、ここ名古屋でも放射性物質への興味が高いのでございましょう。

 放射性廃棄物を扱った映画ではあるのですが、現代の放射性廃棄物の処理に関する総括的なドキュメントをこの映画に期待すると、みごとに肩すかしを食わされます。この映画は、その「オンカロ」という処分場の運営に関して、様々な立場の人が様々な意見を言う姿が、ただ延々と続くだけの映画でございます。ストーリー的な盛り上がりは全くございません。地味な映画ですが、この映画の全編を貫いている不思議な感覚は「100,000年」という数字。100,000年後というのが全く予想つかない世界なのですが、オンカロ処分場の関係者は、その想像できない未来の世界を想定して処分場を設計しなければならない。この直面した現実と夢想とも思える未来とのミスマッチが、この映画に、量子力学の研究者が感じるような不確定性というぼんやりとした空気を与えているのでございます。

 100,000年後というのが、想像つかないですよねぇ。エジプトのピラミッドでさえ、せいぜい数千年前の建造物でございます。しかも、内部は何度も盗賊に荒らされておりますし、現代人は封印された謎のダクト(?)にまで穴を開け、小型カメラを挿入したりしておりますよ。かつて、ピラミッドには都市伝説がありまして、発掘に携わった人がことごとく謎の死を遂げているという謎めいた伝説がございました。もし、あのピラミッドが単なるお墓ではなく、古代の危険物質を閉じ込めた処理場であって、その危険物質が現代人が検知できないようなものであったら...現代人が地下に埋めた放射性廃棄物も、数千年後にはピラミッドのような扱いを受ける可能性もあるのでございます。

 原子力発電所の耐用年数は、40年程度ということで設計されているようです。ところが、そこで出た廃棄物は、100,000年後まで何らかの管理が必要なのでございます。言い換えますと、原子力発電所は、100,000年程の運用年数の中でほんの数十年の間しか発電できないということ。まぁ、何と効率の悪い施設なんでございましょう。多分、人類が原子力を利用するのは、この地球の数十億年以上という長大な歴史の中の、ほんの100年ぐらいでございましょう。なぜなら、今後数十年の間に、原子力は、より新しいエネルギーに置き換えられていくことが予想されるからでございます。そのたった100年間に出した“ゴミ”が、その後の数万年の未来の“お荷物”となるわけで、ワタクシたちのこの世代は、「原子力なんて厄介なもので未来人に多大な迷惑をかけた、大バカ者たちの時代」なんて形容されることでございましょう。

 現代人は、過去の遺産から多くの恩恵を受けております。石炭、石油、レアメタル、レアアースなどが、代表でございますね。しかし、ウランや石油はあと○十年で枯渇するなんてよく言われるように(ほんとかどうかは分かりませんけどね)、ワタクシたちの世代は、その過去の遺産を、歴史上、最も速い速度で浪費している時代ではないでしょうか。数千万年かけて生み出された資源も、使ってしまうのはアッという間なのですよね。そして、扱いに困る大量のゴミを、非常に長い未来に残していく。どうやらワタクシたちは、この地球の歴史の中で、(今のところ)最低の放蕩世代のようでございます。

 放射性廃棄物の処分方法に関しては、世界中のどの国も決定的な解決を見いだしてはおりません。そのような状況の中で、このフィンランドの施設は、決定的な解決とはいかないまでも何かしらの糸口になるのではないでしょうか。よろしければ、この『100,000年後の安全』、ご覧になってみてくださいませ。

●映画『100,000年後の安全』公式サイト
http://www.uplink.co.jp/100000/

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2011/06/03

犬も食わない不信任案


 
 震災直後は、新聞・雑誌など、隅から隅まで読み込んで情報収集しておりましたが、なんか最近は、政治のことを考えると腹が立ってくるので、政局の記事は見出しだけさらっと読んで目を通さないようにしております。今日もドタバタ劇(内閣不信任案の決議)があったようですが、これでよ〜く分かったのは、「総理大臣の椅子ってのは、一度座ったら手放したくないのだろうなぁ」「与党でいられるというのは、よほど居心地がいいのだろうなぁ」ということ。ワタクシ、このドタバタ劇の直後の会見で、一瞬、菅首相の顔に笑みがちらついたのを見逃しませんでしたよ。何でも顔に出しちゃう人ですねぇ。

 ネルソン・マンデラ氏が長らく続いた南アフリカの白人支配に終止符を打って大統領に就任した時、まず行ったのが「黒人と白人の共存」でございました。政権が入れ替われば、人種差別政策で虐げられていた黒人が白人を追放・迫害するであろうと考えるのが普通でございます。ところがマンデラ氏は、「長年、白人が管理してきた社会を、急に黒人だけで運営したところでうまく行くはずがない」と考えたようでございます。目先の情に流されず、5年後、10年後の展望を見定めた上での考えでございましょう。30年弱もの投獄生活を強いられたマンデラ氏にとっては、5〜10年後の展望を立てることなどたやすいことだったことでしょう。

 さて、我が国の政権交代と比較してみますと、交代したとたんに長年の恨み辛みを晴らすかのように、政敵を全否定。長期的な展望も無しに急ハンドルを切ったようなもの。国家なんて、そう急に曲がれるものでもございません。でも、「ここらで試しに政権交代させてみるか」と投票したのは国民。国民は自業自得として諦めるしかないのでしょうか

 被災者そっちのけのイス取りゲームで停滞している日本の政治に比べると、アメリカがうらやましいのでございます。有事になれば、与党・野党が対立を一時中断してその国家的危機に対応すべく協力しております。イランアメリカ大使館人質事件しかり、イラク戦争しかり、ビン・ラディン殺害しかり。やはり、常にどこかと戦争をしている国は、危機に対する構えが違うのでございます。

 日本も、3月11日以降は戦争をやっているようなものなのですが、おかしいですよね。これが本当の戦争だったら、とっくに占領されているのでございます。もっとも、日米安保の関係の中で「日本の戦力を骨抜きにする」という隠れた思惑がアメリカにあったのならば、みごと術中にはまっているということですけどね。そんなことを考えると、トモダチ作戦の好意の裏に、アメリカの“したり顔”を想像しちゃったりするのでございます。深読みし過ぎでしょうかねぇ?

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