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2011/02/10

節約は、元から断たなきゃダメ!

 先日の日曜日、名古屋ではトリプル選挙なるものが行われたのでございます。名古屋市長、愛知県知事、名古屋市議会の解散、この三者をいっぺんに決めてしまうという総いれかえ椅子とりゲーム選挙だったのでございます。阿久根市といい名古屋市といい、市長と議会がこれほどまで揉めるのって、他の地域の方には不思議でしょうねぇ。これは、「市政」という限定的な地域で起きている出来事が、全国的に報道される際に端折(はしょ)られてしまうからでございましょう。まぁ、名古屋以外の方にはあまり興味がないでしょうが、この一連の名古屋市での出来事を、一人の名古屋市民の目からお話ししてみるのでございます。

 2009年4月に名古屋市長として当選した河村たかし氏は、公約の二本柱である「減税10%」「議員報酬半減」で市議会と対立することになったのでございます。「議員報酬半減」はことごとく議会に否定されましたが、「減税10%」はさんざん揉めたあげく、何とか勝ち取ったのでございます。しかし議会側が「あれは来年だけの話だよ〜ん。再来年以降は元に戻るんだよ〜ん」という後出しジャンケンのようなことを言い出したからさぁ大変。河村市長ブチ切れでございます。「なに言っとりゃーす、あんたら、そんなら、議会を解散だわ!」と議会解散のための準備を始めたのでございます。

 市長が議会を解散するためには、まず市長側が有権者の署名を一定数集め、それが実現した後、さらに住民投票で決定するという2段階の手続きが必要なのでございます。「名古屋市のような人口の多い都市で署名を有効数集めるのは難しいかも」と言われながらも、市長側のボランティアは人海戦術を駆使いたしまして、必要数の署名を集めてしまうのでございます。ところがところが、選挙管理委員会が有効署名の中から多くの無効署名を絞り出し、署名の数は有効数を下回ってしまう。これには訳がございまして、選挙管理委員の4人の内3人が市議会のOBということもあり、常識破れの厳しさで多くの署名が無効判定されてしまったのでございます。これに腹を立てたのが市長側ボランティア。今度は、無効にされた署名から有効署名を拾い出すという泥仕合が行われ、結局、署名は有効数を上回ることに。このドタバタで、市議会側の保身意識がさらに露呈することになったのでございます。

 トリプル選挙は、開票直後に「当選確実」が出そろってしまうほど、圧倒的な差でございまして、市長、県知事、市議解散、全てにおいて河村たかし氏側の圧倒的勝利でございます。とまぁ、これがここ一年ほどの出来事の顛末なのでございます。名古屋以外の方にはあまり興味が無いであろうことを長々と書いたのは、この出来事が、報道されているような民主・自民といった政党の戦いではなく、市長と市議会との戦いだったことを分かって頂きたいからでございます。保身に走った市議会に対して、名古屋市民が見切りを付けたって感じでしょうか。また、この一連の騒動で市民が気がついたのは、市長と市議会の意見が対立すると、これほどまでにグダグダになるものなのかということでございます。じゃぁ、今までの市長と市議会は「できあい市政」だったのかなんて疑念も、出てきちゃいますよねぇ。まぁ、それは置いといて。\(^^\)

 とにかく、名古屋市民が市政に大きく関心を持ったことは確か。政治にとって最悪なので「無関心」なのでございます。河村市長の大立ち回り、これが市民の関心を集めるための計算づくの行動であったなら、たいしたものなのでございます。この手法は、大阪府知事の橋本さんもやりますよね。あえて過激な発言をすると、頼みもしないのにマスコミが取材にきてニュースにしてくれる。今は情報社会ですから、情報発信でも先手に立つことで事を有利に運べるのでございます。河村市長や橋本知事といった芸能界経験者は、こういったマスコミの利用方法を無意識のうちに身につけているのでございましょう。

 逆に、「河村のパフォーマンスにやられた」と捨てゼリフを吐く他の立候補者や市議もおりました。これなんかも、ワタクシか言えば愚の骨頂。いやしくも政治に関わろうとする人がパフォーマンス出来なくてどうする! 確かに河村市長の発言には危なっかしい部分もございます。しかし、名古屋市民はその危なっかしさも織り込み済みで、河村市長の「パワー」を選択したのだと思うのでございます。負けた人は、パフォーマンス以前にパワーや情熱といったものが欠けていたことを反省するべきでございます。

 また、「河村はダメだ!」を連呼するしか能がなかった対立候補ばかりでウンザリ。どうして、「俺は河村より上手にやってみせる」という言い方をする人はいなかったのでしょうかねぇ。他人をこき下ろすことによって自分を大きく見せようとするのは、自分に確固たる自信や信念が無い現れでございます。東京都都知事の石原慎太郎氏は前回の都知事選で、多くの対立候補が立ったことを指して「百花繚乱」と称したのでございます。自信に満ちあふれると同時に、「私より素晴らしい人がいたら、どうぞ当選して下さい」という潔(いさぎよ)さも感じるのでございます。

 河村市長の危なっかしさと申しましたが、この河村たかしさん、情熱が過ぎるばかりにせっかくの賛同者が離れていくことも少なくないのでございます。この熱血漢に上手にブレーキをかけさせる人が現れるといいのですけどねぇ。だから、市議会が河村派一色で染まってしまうこともまた危険だと思うのでございます。国政でも同じなんですけど、ねじれ状態の中で大人の議論をし、立てるところは立て、譲るところは譲り、上手に落としどころを見つける、そんな昔タイプの政治家が枯渇しているのでございます。南アフリカのネルソン・マンデラ氏が初めて黒人大統領として当選したとき、彼は解雇を覚悟していた多くの白人の役人に、そのまま留まるように言い伝えたのでございます。“総入れ替え”した後の脆弱性を、マンデラ氏は分かっていたのでございましょう。「入れかえれば変わる」というものでもない。車だって急ハンドルを切るとひっくり返ってしまうのでございます。

 で、河村市長が呼び掛けている「減税」のお話を少し。よく、その減税に反論する形で「減税で減った分の財源はどうする?」とよく言われますが、減ったなら減ったなりにやればいいというのが、ワタクシの考え方。どうして減ったらそこを“埋めよう”とするのかなぁ? 国の財源も、ここ数年極端に減少していることが問題になっておりますが、「少ないから気づくこと」というのもあるのでございます。

 以前書きましたが、お店を運営していて思うのは、「物というのは、有れば有るだけ無くなる」、「物に出すお金は、出せば出すだけ無くなる」ということでございます。節約を考えるのならば、最初から“出さない”のが一番。減った分を無批判に埋めていると、現場は考えることを放棄してしまうのでございます。財源が減ったならば、減ったなりにどうにかする方法を全員で考えればいい。「財源をどこから確保するか」ということをあきらめ、「無いものは仕方ない。これだけでどうやっていくか」ということを考えなければいけないところに来ていると思いますよ。地方自治も、国政も。

 あ〜あ、また小難しいことを書いちゃいましたね。すいません。

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