« 士農工商、昔は侍の次に偉かったお百姓さん | トップページ | イマジン−夢 »

2010/11/18

役者というのは因果な商売

 「役者は親の死に目に会えない」。ワタクシの母親の口癖のひとつでございました。ワタクシの母親は、幼少時に“松竹”の子役をやっており、女優を経て女剣劇までやった人でございました。母親のこの言葉をけっこう耳にした覚えがございますので、多分、ワタクシの母親は親の死に目に会えなかったのではないでしょうか。

 ワタクシも若いころミュージカルをやっておりましたので分かるのですが、役者というのは何があっても舞台に穴を開けることが出来ない。たとえ端役のエキストラといえども、ダブルキャストでない限り、ひとりでも欠けると舞台が成立しないのでございます。自己管理が出来、舞台に穴を開けないというのは、役者にとっては絶対必要条件なのでございます。

 松平健さんの奥さんが亡くなられたそうですね。心よりご冥福を申し上げます。松平健さん、奥さんの訃報を知らされたとき、博多で公演中でございました。その日の舞台を終えるやいなや、博多から東京の自宅へ飛び帰り、奥さんの顔を確認すると、きびすを返してまた博多へ戻ったそうでございます。次の日の公演に出演するためでございます。奥さんの葬儀は、12月に入ってから行うそうでございます。

 松平健さんのこの行動には様々な反応があるようですが、ワタクシは役者として至極当たり前の行動だと思っております。ワタクシも舞台に立っていたとき、「もし今、母親が倒れても、行けないな」なんて思っておりましたし、逆に、舞台に穴を開けてまで母親の元へ駆けつけようものなら、多分、母親はワタクシのことを厳しく叱りつけたことでしょう。

 似たような話で、市川海老蔵さん(現十一代目)にこんなエピソードがございます。ある舞台の直後、父親の市川團十郎が危篤状態だという知らせを受け、急いで父親の元へ駆けつけたそうでございます。すると、父親のベッドの周りをすでに家族が囲んでいる。父親が死んでしまうと思い込み、家族は泣きじゃくっている。駆けつけた海老蔵は、「この雰囲気に呑まれたら、明日の舞台が立てなくなる」と思い、「父は死なない」という強い信念を持ってその場を離れ、翌日の舞台に備えさっさと寝てしまったそうでございます。(その後、父親の團十郎は一命を取り留め、現在、存命でございます)

 さて、ワタクシは母親の死に目に会えたのかどうかと申しますと、実は会えておりません。入院中の母親が危ない状態になりワタクシは病院に泊まり込みを始めたのですが、その「いつ死んでもおかしくない」という状態が一ヶ月ほど続いたのでございます。病院を離れるのは最小限にしていたのですが、どうしてもお店に戻らなければならない用事がありまして、3時間ほどお店に戻っておりました。そして、お店から病院に戻る途中で、「今しがた亡くなった」との連絡が病院から・・・出来る限り母親に付き添っておりましたが、わざわざワタクシが離れたスキを狙って逝ってしまったような感じでございました。どうしてでしょうねぇ? 照れくさかったのかな?

 奥さんの死の悲しみを呑み込み、舞台に立つ松平健さん、心中お察しいたします。

|

« 士農工商、昔は侍の次に偉かったお百姓さん | トップページ | イマジン−夢 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 役者というのは因果な商売:

« 士農工商、昔は侍の次に偉かったお百姓さん | トップページ | イマジン−夢 »