« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年10月

2010/10/07

おめでとう、おつかれさま、ありがとう

 先日のこと、朝起きたら、池内淳子さんの訃報が報じられておりました。いつも健康的な顔をしていらっしゃった女優さんで、病人の役をやっても病人に見えないなんてこともございました。けれど、人間はいつかは必ず死ぬものですからね。ご冥福をお祈りいたします。

 ワタクシは人の死に対面いたしますと、心の中でつぶやく言葉がございます。

 「おめでとうございます。お疲れ様でした。そして、ありがとう」

 もちろん、葬式の場で「おめでとう」と声に出して言うわけではございませんよ。でも、心の中でつぶやきます。なぜ「おめでとう」なのか。それは、死ぬということは楽になることだからでございます。よくギャングが「とどめを刺して楽にしてやれ」なんてセリフを吐くでしょ。ほらね、死ぬってことは楽になることなんですよ(ちょっと、例えが悪いかも)。と同時に、生きるということは辛いこと。でも、決して自殺を勧めているわけではございませんよ。人間は、最後に死ぬという大前提のもと、生きているんですよ。そして死ぬときは裸、天国へも地獄へも、何も持って行くことは出来ないのでございます。

 よく葬式の場で「この度はご不幸で…」なんてことを言いますが、不幸という感情は残された人たちの別れの寂しさであって、逝ってしまった人はむしろ楽になってめでたいのでございます。つまり、「不幸」と思う気持ちは、残された者のエゴなんですよ。死んで楽になったのだから、おめでとうと言うのが正しい(あ〜、不謹慎なのは分かってます)。蓄えた財産や家族と別れるのは本人も辛いだろうと思われるかもしれませんが、死ぬときは裸で何も持って行けないというのは生まれたときからの大前提。最初から決まっていたことですから、損も得も、嬉しいも悲しいもないのでございます。そして、あなたと同じ時間に生きられたこと、あなたからいろいろなものを頂いたということに、「ありがとう」と言う。だから、「おめでとう、お疲れ様、ありがとう」なのでございます。

Setsugudou_2 ちょっと話は飛びますが、マナー講師の「平林 都」さんという方が、接客業では過去形の「ありがとうございました」は絶対に使ってはいけないと申しております。「ありがとうございます」という言葉には、まだ感謝や接客が続いているという空気がございます。しかし、「ありがとうございました」という過去形の言葉には、感謝が切れ、接客が終了したことを連想させてしまうからだそうでございます。「〜ました」は、けっして間違いではないのですが、どちらが“より美しいか”と考えると、「〜ます」の方に軍配が上がるような気がいたします。

 閑話休題、さしずめ、“この世”との縁が切れ“あの世”へ旅立った人を見送る時には、「ありがとうございました」でよろしいのでしょうかねぇ。池内淳子様、ほんだしのCMを始めいろいろ楽しませて頂き、ありがとうございました。生きるということ、お疲れ様。そして、おめでとうございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/10/05

生き方いろいろ、そして相性というもの

 なんだか、気がついたら中日ドラゴンズがリーグ優勝しておりました。新聞にもその特集などが組まれておりまして、松平健さんがドラゴンズファンだというのを改めて知ったのでございます。海の向こうではイチローが華々しい記録を樹立して、メジャーリーグの殿堂入りなんて話もささやかれております。

 イチローのその大記録達成を契機に、各スポーツ番組などがイチローの経歴を紹介しております。メジャーリーグでの初ヒットが2001年の4月とのこと。ワタクシのお店のオープンがその4ヶ月前の2000年の12月、イチローが渡米してからの10年間と、ワタクシがお店をオープンさせてからのこの10年間が重なり合い、感慨深い思いをいたしました。

 野球選手の活躍の仕方にもいろいろありまして、スランプを交えながらも同じチームで10年間コンスタントに記録を残してきたイチローのような活躍のしかたもあれば、優勝に大いに貢献しつつもシーズンを棒に振るような大怪我もあり、移籍をしてでも活躍の場を探す松井ゴジラのような生き方もございます。入団したチームがあまり優勝に縁のないチームか、あるいは常に優勝争いに関わっているチームか、そんなことも選手の生き方に大きく影響することでございましょう。

 野球選手がどの球団に所属するか、その所属するきっかけによって運命が決定されてしまう事もございます。ドラフト会議で大きなドラマが生まれた清原・桑田のKKコンビや、社会問題にまで発展した江川・小林のトレードといった事件もございました。ドラフトやトレードといった大きな転機が、それぞれの選手の野球人生を大きく左右させたのは、間違いない事でございましょう。野球選手はある意味「職人」であり、それを管理するチームは「頭領」といったところでしょうか。職人がどの頭領の下で働くか、それによって職人が本領を発揮できたり出来なかったりするのでございます。

 ワタクシはよくニューハーフやニューハーフのお店を野球のチームに例えます。野球選手が職人であると申しましたが、ニューハーフも一人一人が‘こだわり’や商売のやり方を持っていて、職人っぽいところがございます。となれば、ニューハーフが働くお店は頭領である野球チームに相当いたしましょう。野球チームが選手を管理し活躍させるのに似たようなことが、ニューハーフのお店とニューハーフとの関係にもございます。

 そのお店とニューハーフの関係には、“相性”といったものがございます。あるお店で全然うまくいかなくても、違うお店に移籍したとたんに人気を博すということがございます。あるいは、大型店ではうまくいかず、小さいスナックで成功するという場合などやその逆とか、お店の規模が影響する場合もございます。お店の“色”や“品格”とニューハーフのそれとがピッタリ合致して相乗効果を生み出したり、あるいは打ち消しあって何をやっても裏目に出るとか、お店とニューハーフとには、そんな「相性」が有るのでございます。

 また、長く働いているとニューハーフがお店の色に“染まってくる”という現象もございます。ですから、新人ニューハーフがどの店でデビューしたかということが、その新人の将来を大きく左右したりすることもございます。逆に、環境の影響を全く受けずに、どこで働いても終始マイペースを貫き通すニューハーフもございます。さらに、強力な個性を持つニューハーフですと、そのニューハーフの色にお店側が影響を受けるということもございます。

 お店とコンパニオンは有機的にお互いに影響を与え合うような関係なのでございましょう。そのような関係の中で、両者の歯車が噛み合ったり噛み合わなかったりして、人気が出たり出なかったり、長続きしたり短期で辞めてしまったり、元気になったり体調を崩したり、そんないろいろなことが起こります。

 イチローの生き方、ゴジラの生き方、清原や桑田、江川や小林のそれぞれの生き方。そういったものに思いを馳せておりましたら、自分の生き方、自分が使っている従業員の生き方、そんなものもまた幾重にも重なり合いまして、いろいろ回想にふけったりしておりました。ワタクシがニューハーフになってから、すでに何十年も経っております。その間に多くのニューハーフとの出会いや別れがございました。不器用で苦労を重ねる、そんな苦労人のニューハーフが多いのも事実でございます。ニューハーフという特異な生き方、そして職人として自分の居心地のいい場所を探す苦労、ニューハーフがみな苦労人になってしまうのは、仕方がないことなのかもしれませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/10/04

名古屋薫、誕生秘話

 今回は、ワタクシの大先輩の方々のお店のご紹介をいたします。名古屋に在住の方には聞き慣れた名称がいくつか出てまいりますが、そうでない方にはあまり興味のない話題かも。まぁ、ワタクシの名前の誕生秘話などもございますので、おつき合い下さいませ。

 1ヶ月ほど前の9月7日に、「イースター 薫 BAR」というお店が、名古屋の錦三丁目にオープンしております。先日、そのお店にご挨拶に伺いました。ここで、ご注意を!! お店の名前の「薫 BAR」を見て、ワタクシを想像された人は大間違い。「薫 BAR」の薫とは、名古屋の老舗ショーパブ、『ガラシャ』の元ママだった薫ママのことでございます。

 ワタクシが「名古屋薫」なんて悪目立ちする名前を付けてしまったために、“名古屋といえば名古屋薫”みたいに思う方もいらっしゃるかも知れませんが、実はワタクシは‘バッタもん'もいいとこ。本来「名古屋で薫」と言えば、元ガラシャの薫ママのことでございます。(「名古屋といえばゆかりです」というエビ煎餅のCMも有りましたが、それはまた別のお話)

 あぁ、思い起こせば18年前、ワタクシは名古屋の「つけもの」というショーパブ(今はもう無い)で働いておりました。名前は芳美で18で(ウソ)。その当時、「つけもの」で大先輩だったお人が、その薫さん。ワタクシのあこがれの人でございました。また、里沙さんという、それはそれは厳しい先輩もいらっしゃいまして、ワタクシなどはよく“かわいがられて”いたのでございます。

 あぁ、月日は流れ、薫さんは「ガラシャ」を立ち上げ薫ママに、里沙さんはそのまま「つけもの」のママへと成り上が...いや失礼...栄進され、ワタクシはと申しますと、いつの間にか東京のショーパブで働いておりました。ドラゴンボールが世界中に散らばってしまったように、薫さんと里沙さんとワタクシも、三者三様、それぞれの場所でそれぞれの道を歩き始めたのでございます。

 あぁ、東京での水商売、それはそれは辛いものでございました。名古屋アクセントの標準語(何それ?)が田舎臭いと罵られ、名古屋メイクを小馬鹿にされ、軽快な名古屋トークは「うるさい」とまで言われたのでございます。あぁ、ワタクシがこんなに名古屋の地を愛しているのに、この愛情がどうして東京の人には伝わらないんだ。あぁ、いっそ開き直って名前を名古屋と付けてしまおう。そうだ、憧れの薫さんの名前もちょいと拝借しちゃおう。姓は「名古屋」、名は「薫」、人呼んで「名古屋薫」の誕生秘話でございます。

 ということで付けた「名古屋薫」という名前でございますが、ワタクシが東京にいる間は良かったのですが、地元名古屋に帰ってくると、これがちょいとややこしい事になったのでございます。名古屋で「薫」と言えば、そのガラシャの薫ママの方が超有名。「名古屋の薫? ガラシャのママに決まっているだろ」という感じでワタクシとガラシャの薫ママを混同し、ガラシャさんにトンチンカンな問い合わせがいくつか入ったそうでございます。本当に恐縮でございます。

 さらに月日は流れ、そんなワタクシが敬愛する薫さんと、大変お世話になった里沙さんとが、名古屋の錦三丁目という一等地で、お店を始めたのでございます。それが9/7にオープンした「イースター 薫 BAR」でございます。以下にシステムなど書いておきますので、よろしければ遊びに行ってみて下さいませ。

 余談ですが、この薫ママ、キリのいい電話番号を取得する名人でございまして、ご自身の携帯の番号を初め、元ママをやっていらっしゃったガラシャの番号も、そしてこの「薫BAR」の電話番号も、みんなキリのいい番号になっております。不思議、不思議の薫さんなのでございます。

Kaoru_bar_map【イースター 薫 BAR】052-961-6700
 中区錦3丁目7-31 シャイン錦2番館5F
 ●System
  お一人様 男性7,000円 女性6,000円 Tax 10%
  90分飲み放題(焼酎・ウイスキー・ウーロン茶)
  一組様につき、プラス1,000円で歌い放題!
  営業時間:20:00〜LAST / 定休日:日曜・祝日

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/10/01

ただ今の決まり手は、勇み足でニッポンの負け〜と思いきや

 ゲロゲロ〜〜、信じらんない! 中国漁船の船長を釈放しちゃったよ。日本人がスパイ容疑で捕まったからって、そんな脊髄反射で譲歩していいのか! チキン! ヘタレ! もうね、やってらんない...漁船の船長が釈放された直後、日本中のブログや掲示板で、こんな日本政府の弱腰ぶりを批判する書き込みがされたのではないでしょうか。その釈放から1週間が経ち、少しずつ情勢が変わりつつあります。

 1週間前、日本政府というか沖縄地検ですが、何でそんな弱気になったのでしょうかねぇ。事件が大きくなってきて、詰め腹を切らされそうになった役人が、さっさと‘事なかれ主義'に走ったのでしょうか。こんな前例を作ると、これから尖閣諸島では中国のやりたい放題になっちゃいますよ。む〜ん、残念...そう、1週間前はこんなことも考えたのでございました。けれど、今ふり返りますと、この即時の釈放後、中国は諸外国の批判の的になり、手綱を緩めざるを得ない状況に追い込まれたのでございます。この諸外国の動静まで読み透かした上での即時釈放だったとしたら、その命を出した人、アッパレなのでございます。もっとも、結果オーライだったのかも知れませんけどね。

 4人の日本人がスパイ容疑で逮捕された後、あっさりと4人のうちの3人が釈放されましたが、これも、中国が世界情勢の中で追い詰められているという証拠でしょうか。えん罪を犯してまで“人質交換の材料”を用意しておきながら、日本側があっさり船長を釈放してしまい、結果的には中国の「一人相撲」的な展開になってしまっております。ここで、いい‘ことわざ’を思い出しました。「君子危うきに近寄らず」、顔を真っ赤にして怒っている危ない人には、クールに接して近づかないのが賢明なのでございます。中国のみならず、韓国や北朝鮮と日本政府が接するときにも、このクールな接し方が有効かもしれませんよね。ひとつ勉強になったのでございます。

 船長が逮捕されてから、中国はいろいろ「意地悪」をしてきました。レアアースの問題もありますし、荷物の関税の通過が異常に遅くなったりとかもございました。いつも他人に意地悪をしている人は、他人も意地悪をしてくると思っておりますから、ついあわてて先を越そうとするのでございますよね。でも今回は、そんな中国の意地悪に世界中が反応して中国を批判し始めた。多分、中国の意地悪には、今まで世界中がうんざりしていたのでしょうね。で、今回の事件で堪忍袋の緒が切れた。今までの中国なら諸外国の批判なんか‘ガン無視’しておりましたが、近代化・国際化を目指す今の中国には、そんな唯我独尊は許されない。変わりつつある中国が、諸外国との付き合い方を手探りで模索している、そんな感じがいたします。

 中国政府はあれだけ中国国民を煽っておきながら、さっさと手綱を緩めてきた。これは、もはや中国政府の自国民へのコントロール能力が、非常に弱くなってきているということじゃないでしょうか。日本製の家電を使いたい、日本の芸能文化を享受したい、そのような思いが大衆に浸透しているのと同時に、オリンピック・万博で多くの外国人と接する機会が増え、中国人が自国の状況を冷静に見始めているのかもしれません。日本のニュースが報道しているほどに本当に中国人が熱くなっているのか、どうも疑問なのでございます。

 今回の事件で、中国は諸外国との付き合い方を少し学習したかも知れませんね。少なくとも、以前の強硬な中国ではないのでございます。そして日本を初め諸外国が、中国依存から脱却する必要があることに気づき始めたのも確かでございます。中国は今、すごい経済成長をしておりますが、貧富の差が極端に拡大した歪んだ成長であり、また中国の古来からの伝統である贈賄がはびこっているとも考えられます(個人の想像です)。いつか中国のバブルははじけますよ、多分、それも盛大に。その時に慌てないように、着実に中国依存からの脱却を進めた方がいいです。みんな、国産品を買いましょう。やはり、日本の中小企業が元気にならないと、日本はだめです。だからみんな、ちょっと高くても、国産品を買いましょう、ね。

 しかし、衝突時の動画、出す出さないで揉めてますよねぇ。動画が公開されず、さらに、こうもあっさり釈放したところを見ると、「日本側にも何らかの“非”があるのか」なんて、勘ぐっちゃうのでございます。菅首相は「ビデオは全く見ていない」なんて口笛吹く、いやもとい、うそぶいておりますし。もう、あきれちゃう。アメリカからの何らかの口添えがあった上での‘そらとぼけ’なら、たいした役者でございますけどねぇ。

 というわけで、今回は小難しい内容で失礼いたしました。固い内容にも関わらず、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。名古屋薫でございました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »