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2010/09/30

マスコミを制する者が、政治を制する

Kawamura 今、名古屋市では、市長が市議会をリコールするいうチョット変わった事件が起きとりゃーすでなも。そんでこの1ヶ月間、市長側が市民に向けて署名を集めとったんだわ。市議会は「36万人もの署名なんて、集まらせんて」ってタカをくくっとったけど、それが集まってまったもんで大騒ぎだがね。ほんでも、いい大人がみんな大人げにゃーねぇ。もちょっと話し合いでどーにかならんかったもんかねぇ。政治には「理想」なんて有りゃせんのだて。お互いに、どっかで譲り合わなかんて、ほんと。ただこのリコール騒動で、40万人以上っていうドェリャァ多くの人が署名をしたらしいがね。そんだけ市民が感心を持ったっちゅうことだわ。政治の最大の敵は「無関心」だ言うでしょぅ。名古屋市民も、まだまだ捨てたもんじゃないがね。まぁ、これからどうなるか分からんけど、頑張ってちょ、市長さんも、市議会も。

 ということで、市議会リコールの署名運動も終わりました。両者の意地の張り合いみたいになっちゃってますが、今回のポイントは、名古屋市長、河村たけしさんのマスコミ利用の上手さでございますね。と同時に、市議会側がマスコミに全く慣れてない。ちょっとカメラを向けられただけで、怪訝な顔をしたり避けたりしてましたからねぇ。これと同じことが事業仕分けでも言えますよね。日本中に中継されている事業仕分けの場で、やはり蓮舫さんなんかはカメラ慣れしておりますので堂々としている。それに対して仕分けされる側ってのは、カメラや見学者を意識して緊張していらっしゃる方が多かった。東国原さんや橋本さんの例もありますし、これからはマスコミをいかに上手に利用できるかも、その政治的手腕のひとつとして重要なのかもですね。

 政治ってのは理想がないのですよね。ただひたすら妥協点をみんなで見つける、それが政治のお仕事なんですよ。でも最近の政治は、どこか宗教戦争っぽくなっていませんでしょうかねぇ。勝つか負けるか、自分の主張は100%正しい、でも相手の主張は全く認めない。それではいつまでたっても妥協策は生まれませんよねぇ。かつて、日本の政治はすべて料亭のお座敷で決められていて、国会討論は台本通りの儀式、そんな時代の方が日本人的でうまく行っていたのかも知れませんね。

 ワタクシが歌舞伎町のショーパブで働いていた頃、その店のママはワタクシとは古いつきあいのあるYさんでございました。ママのYさんよりワタクシの方が年長ということで、よくママに意見などもいたしました。でも、たとえ自分が反対していた事であろうとも、それが決定事項となった後は自分の主張を飲み込んで協力したものでございます。だって、決定した後にまだグズグズ言っていたら、お店が回っていかないでしょ。今の日本の政治家さんたちも、決まった事は、全員で協力して事を運べよって言いたいよ、ほんとに。

 で、話は戻ってその名古屋市議会のリコール騒動ですが、市議会が言う「交付団体に転落」ってのが分からない。交付団体ってそんなに恥ずかしいこと? そもそも地方交付税ってのはわれわれ市民が払った国税でしょ。自分たちが国に払ったお金が、ぐるっと回って郷土に戻ってくるだけの話。もともと自分のお金なんだから、もらいましょうよ、堂々と。

 あと「財政破綻」とか言ってるけど、ワタクシの経験から申しますと、「物」に出すお金というのは、出せば出すほど無くなる。逆に、出さなければ出さないなりに何とかやりくりしてしまうもの。そう、予算削減なんて、「節約」を呼びかけても全くダメ。最初から財布のひもを固くするのが一番いいのでございます。それで一度やってみて、どうしてもやっていけないようだったらその時考える。最初から財布のひもをゆるくすると、現場は考える事を放棄してしまうのでございます。

 一方、「人」に出すお金は難しい。タイミングと額を十分考慮しないと、捨て銭どころか逆効果になることさえ有る。市長が議員報酬の大幅削減を叫んでおりますが、人というものは「信念」だけで動くものではございません。たとえ強い信念を持っていたとしても、先立つ物がないと心が荒んできたりいたします。公僕なんて申しますが、僕(しもべ)というのは自己犠牲の上に成り立つ関係でございます。政治というものを、自己犠牲というあやふやなものの上に成立させてはいけないのでございます。つまり、政治家には、確実にペイ出来る額の報酬が必要。十把一絡げに○%削減とか半減とか叫ぶのは、乱暴でございます。

 でも、今回の署名運動、最初は必要数が集まるとは思っておりませんでしたが、見事に集まっちゃったようで、これからの展開が面白くなりましたよね。冒頭で申し上げましたが、政治の最大の敵は「無関心」でございます。多くの方が関心を持つきっかけになった今回の署名運動、その関心を向けたというだけでも、実に有益だったと思うのでございます。

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