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2010年9月

2010/09/30

マスコミを制する者が、政治を制する

Kawamura 今、名古屋市では、市長が市議会をリコールするいうチョット変わった事件が起きとりゃーすでなも。そんでこの1ヶ月間、市長側が市民に向けて署名を集めとったんだわ。市議会は「36万人もの署名なんて、集まらせんて」ってタカをくくっとったけど、それが集まってまったもんで大騒ぎだがね。ほんでも、いい大人がみんな大人げにゃーねぇ。もちょっと話し合いでどーにかならんかったもんかねぇ。政治には「理想」なんて有りゃせんのだて。お互いに、どっかで譲り合わなかんて、ほんと。ただこのリコール騒動で、40万人以上っていうドェリャァ多くの人が署名をしたらしいがね。そんだけ市民が感心を持ったっちゅうことだわ。政治の最大の敵は「無関心」だ言うでしょぅ。名古屋市民も、まだまだ捨てたもんじゃないがね。まぁ、これからどうなるか分からんけど、頑張ってちょ、市長さんも、市議会も。

 ということで、市議会リコールの署名運動も終わりました。両者の意地の張り合いみたいになっちゃってますが、今回のポイントは、名古屋市長、河村たけしさんのマスコミ利用の上手さでございますね。と同時に、市議会側がマスコミに全く慣れてない。ちょっとカメラを向けられただけで、怪訝な顔をしたり避けたりしてましたからねぇ。これと同じことが事業仕分けでも言えますよね。日本中に中継されている事業仕分けの場で、やはり蓮舫さんなんかはカメラ慣れしておりますので堂々としている。それに対して仕分けされる側ってのは、カメラや見学者を意識して緊張していらっしゃる方が多かった。東国原さんや橋本さんの例もありますし、これからはマスコミをいかに上手に利用できるかも、その政治的手腕のひとつとして重要なのかもですね。

 政治ってのは理想がないのですよね。ただひたすら妥協点をみんなで見つける、それが政治のお仕事なんですよ。でも最近の政治は、どこか宗教戦争っぽくなっていませんでしょうかねぇ。勝つか負けるか、自分の主張は100%正しい、でも相手の主張は全く認めない。それではいつまでたっても妥協策は生まれませんよねぇ。かつて、日本の政治はすべて料亭のお座敷で決められていて、国会討論は台本通りの儀式、そんな時代の方が日本人的でうまく行っていたのかも知れませんね。

 ワタクシが歌舞伎町のショーパブで働いていた頃、その店のママはワタクシとは古いつきあいのあるYさんでございました。ママのYさんよりワタクシの方が年長ということで、よくママに意見などもいたしました。でも、たとえ自分が反対していた事であろうとも、それが決定事項となった後は自分の主張を飲み込んで協力したものでございます。だって、決定した後にまだグズグズ言っていたら、お店が回っていかないでしょ。今の日本の政治家さんたちも、決まった事は、全員で協力して事を運べよって言いたいよ、ほんとに。

 で、話は戻ってその名古屋市議会のリコール騒動ですが、市議会が言う「交付団体に転落」ってのが分からない。交付団体ってそんなに恥ずかしいこと? そもそも地方交付税ってのはわれわれ市民が払った国税でしょ。自分たちが国に払ったお金が、ぐるっと回って郷土に戻ってくるだけの話。もともと自分のお金なんだから、もらいましょうよ、堂々と。

 あと「財政破綻」とか言ってるけど、ワタクシの経験から申しますと、「物」に出すお金というのは、出せば出すほど無くなる。逆に、出さなければ出さないなりに何とかやりくりしてしまうもの。そう、予算削減なんて、「節約」を呼びかけても全くダメ。最初から財布のひもを固くするのが一番いいのでございます。それで一度やってみて、どうしてもやっていけないようだったらその時考える。最初から財布のひもをゆるくすると、現場は考える事を放棄してしまうのでございます。

 一方、「人」に出すお金は難しい。タイミングと額を十分考慮しないと、捨て銭どころか逆効果になることさえ有る。市長が議員報酬の大幅削減を叫んでおりますが、人というものは「信念」だけで動くものではございません。たとえ強い信念を持っていたとしても、先立つ物がないと心が荒んできたりいたします。公僕なんて申しますが、僕(しもべ)というのは自己犠牲の上に成り立つ関係でございます。政治というものを、自己犠牲というあやふやなものの上に成立させてはいけないのでございます。つまり、政治家には、確実にペイ出来る額の報酬が必要。十把一絡げに○%削減とか半減とか叫ぶのは、乱暴でございます。

 でも、今回の署名運動、最初は必要数が集まるとは思っておりませんでしたが、見事に集まっちゃったようで、これからの展開が面白くなりましたよね。冒頭で申し上げましたが、政治の最大の敵は「無関心」でございます。多くの方が関心を持つきっかけになった今回の署名運動、その関心を向けたというだけでも、実に有益だったと思うのでございます。

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2010/09/26

事実は小説よりも奇なり、かな?

Nagekino_nh 先日、『新・ミナミの帝王』が放送されるというので、“何となく”見てみました。あまり期待してなかったけれど、結構面白かったのでございます。「ミナミの帝王」の銀次郎役って言いますと、「竹内力」さんが有名ですが、竹内さんではちょっとイメージが怖すぎるのですよね。今回銀次郎役を演じた「千原ジュニア」ぐらいが、ちょうどいいのかもしれません。

 で、そのドラマの内容はと申しますと、ある銀行での出来事、偽造した決算報告書で濡れ衣を着せられた社員は自殺し、それをしくんだ悪徳支店長はウッハウッハ、その自殺した社員に金を貸していた銀次郎は、同じ偽造報告書を使った手口で悪徳支店長を懲らしめて金を回収、めでたしめでたし、という内容でございます。

 たまたま、このドラマの放送と同じ日に報道されたニュースが、村木厚子(元)局長の裁判事件で、証拠品のフロッピーディスクの改ざんが有ったというニュース。もうね、フジテレビ、狙ったかのようにタイミング良すぎ。ドラマの内容と実際の事件が頭の中でリンクいたしまして、ドラマを見ながらいろいろと妄想モードに入っちゃったりいたしました。

 で、そのフロッピーディスクの改ざん事件ですが、逮捕されたのは検察庁でもエース級の検察官で、かなりのスピード出世だったそうでございます。するってぇと、以前からこのような改ざんが行われていたのでは? だから出世が早かった? あるいは、どこかの権力者の“お引き立て”が有ってこそのスピード出世? ならば、今回の改ざんもその権力者の圧力が介入している?

 最初から、村木厚子さんはハメられた感がございましたが、実はこの逮捕された検察官もハメられた口で、悪代官は他にいる? あ〜、妄想は尽きないのでございます。この妄想を酒の肴に、一晩中飲み明かせそうでございます。というか、一番の不思議は、今でもフロッピーディスクを使い続けているお役所の業務そのものだったりいたします。

 そしてこの事件、続報がございました。かなり初期の段階で、検察局の上司がこのデータ改ざんに関して知っていたとのこと。む、む、む、む、む、この人たち、データの改ざんぐらい、普段から当たり前になってないか?「まずシナリオありき」、そのシナリオに合わせて証拠を集める、そしてときにはでっち上げも...あ、あくまでもワタクシの妄想でございますからね。ちょいと今、妄想を酒の肴に、一杯、引っかけているところでございます。

 え〜と、妄想ついでに、ZEIMUSHOさん(以下"Z"と略)とか、KEISATUSHOの中の人(以下"K"と略)とかも、「まずシナリオありき」の傾向がございます。Zさんとかは、「ここではこの位の額をいただくでがんす」という目標額が決まっておりまして、諸々の数字をその目標に向けて帳尻を合わせようとする。Kさんとかは、「ホシはコイツにちげぇねぇ」と思い込んだら、その目星に合うような証拠ばかりに注目する。まぁ、そこはその道のベテランの人たちばかりですから、最初の「目標額」や「目星」がそれほど見当違いではないので、事なきを得ていたりするのでございましょう。

 まず最初にシナリオを作ってしまうというのは、このベテランの方々がお仕事を円滑に運ぶための、長年培ってきた大事な方法論なのでございましょう。いや、ZさんもKさんも、日々の過酷なお勤め、ご苦労さまでございますよ。え? お役人の過酷な仕事にケチをつける? いえいえ、とんでもない、ワタクシは見ての通り、しがねぇ町民のニューハーフにごぜぇます。お役人の仕事にケチをつけるなんざぁ、めっそうもない。あ〜、今夜は酒が進みすぎたようでございます。さっさと帰って、寝ることにいたしやしょう。それじゃぁ、ちょっくら、失礼しやすよ...

 話は戻って検察官逮捕の事件、後々解明が進むのでございましょうが、下手なドラマより面白いかもしれませんよ。意外な黒幕があらわになったりしてね。ワクワク。

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2010/09/23

間に入ったアメリカ、涙目

 SMAPの中国公演が延期になったり、日本の大学生が上海万博の見物をしそこなったりと、日本・中国間の友好的行事が取りやめになっている例がいくつがございます。尖閣諸島での事件が発端となり、領土問題にまで発展しております。漁船の船長の逮捕理由は「公務執行妨害」とのこと。海上保安庁の船に漁船が体当たりしてきたそうでございます。そんなはっきりした理由があるのなら、どうしてその「衝突時」の映像が出てこないのでしょうかねぇ。それがまったくもって、フ・シ・ギ。2001年の不審工作船の事件(砲弾の撃ち合いの後、工作船が自爆)では、しっかり録画が残っていたでしょ。今回も当然録画していると思うのですが、何か公表できないものが映っているのでしょうか? ニュース写真では、日本の海上保安庁の船の側面に大きな傷が入っている写真が報道されておりました。相当な勢いでぶつかってきたはずでございます。映像を公表して「おたくの国の漁船はこんなことをしたんだぞ」って言っちゃえばいいのに。あ、ひょっとして、ぶつかってきたのは漁船ではなく、日本側がぶつかっていった?...あまり深く追究しちゃいけないのかもね。

 領土問題が絡んでいるので、どちらの国も一歩も引けない。ということで、日本・中国ともに、「落としどころ」が難しいでしょうねぇ。そこで、こんな名古屋薫流"落としどころ"はどうでしょうか?「領海侵犯」を話題に盛り込んじゃうと、これはどちらも譲れない問題なので対立が長引くのは必至。そこで、最終的に単なる「交通事故」として処理しちゃうの。日本側は漁船の修理代を払う。その上で、中国側に海上保安庁の船の修理代を請求する。普通の交通事故ですと、どちらに何パーセントの過失責任があるかということが問われますが、もうね、ややこしいから、お互いに相手の修理代を払うということで始末しようじゃないですか。ただね、日本の"及び腰"な外交を見越して中国は強気に出ているのでしょうから、すぐに和解策に持って行くのはとっても損。かと言って、領土問題で戦争が始まるようなご時世でもない。お互いがそこそこに我を張った後、中国のメンツを立てつつ何かしらの“落としどころ”へ持って行くのは、方法もタイミングも、難しいでしょうねぇ。

 中国がなにかと反日感情を政策に利用して来るのは、中国国内の不平不満をその反日感情にシフトさせ、国民のガス抜きをしようとしているのだとは容易に想像が出来ますよね。しかし最近は、日本と中国との相互依存が深くなっておりますので、そう簡単には事は運ばないのでございます。日本にとっては、中国のコストパフォーマンスや豊富な資源は、今や、なくてはならないものになっております。逆に中国は、日本の家電製品や日本の芸能人、日本への旅行といったものが、大きな憧れとなっております。反日感情は叫ばれているけれど、日本の家電製品は使いたい、日本の娯楽は享受したい、そんな複雑な感情を持っているのが現在の中国国民でございます。今回のような事件で、中国があまりにも日本のものを閉め出しすぎますと、逆に中国国民の反感を買ってしまう可能性もあるのでございます。

 そしてさらに、中国人の中でも日本に来られるような裕福な人や日本の大学に留学できるような人は、中国国内の反日感情とは裏腹に、日本人側の冷めた感情というのを十分知っております。そのような日中関係を冷静に見ている人たちが増えるに従い、そして日本と中国との相互依存が深くなるに従い、中国の反日感情が今後希薄化していくのは間違いないと思うのでございます。というか、今、中国は非常に歪んだ形で高度経済成長をしておりますので、そのうちその歪みが現実の問題と具現化した頃には、反日感情がどうとかなんて言っていられなくなると思いますけどねぇ。それでもまだ、中国は仮想敵国を作って国民の不平不満のガス抜きが出来ると思っているのでしょうか。そんなことをやっていたら、きっと中国で革命が起きちゃいますよ、ホント。

 尖閣諸島での衝突事件は、お互いの「メンツ」が意地を張らせているだけで、意外と落としどころさえ見つかれば簡単にケリがつくのかも知れませんよ。どちらの国も、本当はケンカしたくないのでございますから。むしろこのケンカ騒動で、日本と中国、どちらにもいい顔をしたいアメリカが困っている姿が、ちょっと面白くもあるのでございます。今回は、政治に疎いワタクシが、背伸びをして書いております。見当違いなことなどありましても、どうかご容赦のほどを。ではでは...

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2010/09/20

どうして、あの「形」にいつまでもしがみついてるの?

 お店の洗濯機が突然壊れたのでございます。まぁ、大きいのと小さいの、ふたつの洗濯機がありましたのでとりあえず大丈夫なのですが、このまま壊れたままにしておくのも心もとない。ということで、洗濯機を買いに行ったのでございます。いざ、ビッ○カメラ! なのでございます。

 で、ビック○メラの白もの家電の売り場、なんともまぁ待たされて閉口なのでございます。店員が少ないというのも原因のひとつなのですが、それよりも、平日の夕方に冷蔵庫や洗濯機を買いに来る人がこんなに多いとは思いも寄らなかったのでございます。そして、ここで問題発生。お店の置き場所の関係から、今‘はやり'の横向き扉のものではなく、昔ながらの垂直式のものに限られ、しかもかなり大型の機種を所望していたのですが、そのような機種がことごとく1週間以上の入荷待ちとのこと。そりゃぁそうだ。横向きも垂直式も大して値段が変わりゃぁしない。最新式のものが買いたいというのが世の中の流れでございましょう。かくして、昔ながらの垂直式で、かつ大型のものなんてのはメーカーも力を入れていないのでございましょう。あ、いや、ひょっとすると受注生産、ま、そんな事はないでしょうけどね。

 結局、ワタクシが購入した洗濯機は2週間待ちとのこと。この際、1週間も2週間も大して違わないのでございます。ワタクシを担当して下さった店員さん、変なお客でごめんなさい。ワタクシが指示した機種が軒並み入荷待ち状態なので、担当の店員さん、どんどん焦りまくっていくわけでございますね。こんなニッチな洗濯機を欲しがるお客も、珍しかったことでしょう。あ、○ックカメラの名誉のために付け加えておきますが、1週間以上の入荷待ちが発生したのは連休・祭日を間に挟んでいたからということもあり、また、売れ筋の機種は即日配送が出来たようでございます。

 さて、ここからが本題。順番待ちをしている間にブラブラと店内を散策したのでございますが、気になったのはLED電球のコーナー。とにかく、種類が多いですね。そして分かりにくい。白熱電球ではワット数がそのまま明るさの目安になりましたが、LED電球では「ルーメン」という別の単位で明るさを表している。そのため、なかなか明るさがイメージできない。白熱電球のような安いものですと、何種類か買って帰り、とっかえひっかえ試すということもできますが、数千円もするLED電球では、そんなリッチな試し買いは出来ない。ここは通産省いやもとい、経済産業省がお上の鶴のひと声をかけまして、標準の規格を作るべきでございます。白熱電球と置き換えようというのならば、白熱電球と同じ感覚で商品選びが出来るような規格が必要なのでございます。そして、白熱電球と違い、「試し買い」が難しい商品であるという認識も、メーカーやお上は、もっともっと持つべきでございます。

 そのLED電球、白熱電球ほどには熱を持ちませんが、やはり熱くはなる。電球の半分以上を放熱板が占めている事でも、メーカーはLED電球の放熱に苦慮しているのでございましょう。ここで、ワタクシ思うのでございますが、あの古くからある電球の形にこだわるから、いろいろと大変なのでございます。ここはひとつ、あの電球の形を「捨てる」のでございます。メーカーがあの電球の形にこだわるのは、今までの照明器具にそのまま使ってもらおうとしているからでございましょうが、この発想がすでにケチ臭い。そもそも昔の照明器具が電球部分だけ取り換えられるようになっていたのは、白熱電球の寿命が非常に短い(半年ぐらい)からでございます。

 ところが、LED電球は10〜20年の寿命がございます。もはや「電球を取り換える」という発想は必要ないのでございます。LED電球が切れるころには本体部分もすでに古くなっていて、電球だけではなく本体まで買い換えることになるのは十分予想できるのでございます。でしたら、最初からLED方式に特化した照明器具を作り、電球が切れたら照明器具ごと買い換えてもらえばいい。現在のLED電球には、3千円〜6千円ほどの価格が付けられております。でも、これだけの予算なら、照明器具本体を買うのと意識的にはそれほど変わらない。そして、LEDに特化した照明器具ならば、あの電球の形にこだわる必要がございませんので、放熱や電源回路も十分余裕を持って設計できる。余裕があるということは大きな部品が使えるということで、それだけコストは下がる。多分、LEDに特化した照明器具でも、それほど高価にはならないと思うのでございます。

 内部のLED電球が切れる10〜20年後には、照明器具ごと新しいものに買い換えるということになるはず。あるいは、それがもったいないという人には、メーカーに送れば部品交換という形で電球交換をするサービスをすればいい。今売っているような白熱電球の形にこだわったLED電球は、今から10年間の過渡期的限定商品と割り切って生産するべきでございます。なぜ10年間かって? それは、今使われ始めているLED電球が、ちょうど10年後ぐらいに切れ始めるわけでございますよね。そう、そのLED電球の「ひとつ目」から「ふたつ目」への交換時期こそ、その時期に照明器具ごと買い換えてもらい、洋なしのようなあの電球の形を世の中から払拭する、いいチャンスなのでございます。

 そしてメーカーは、今からすぐに、LEDに特化した照明器具を作り始めるべきでございます。電球型LEDなんてのは片手間でいいのでございます。従来の白熱電球用に設計された照明器具にLED電球を使うと、どうしても違和感が出るのは必至。買う側からすると、照明器具は変えずに白熱電球だけをLED電球に取り換えるのは、ある意味「冒険」なのでございます。するとメーカーはどう考えるか? 多分、白熱電球の特性に限りなく近づけるようなLED電球の開発に勤しむことでございましょう。あ〜、この発想が超貧乏くさい。もうね、白熱電球という過去の仕様から離れるべきでございます。

 もし、切れた白熱電球をLED電球に交換しようとする人がいて、そしてもし、そのLED電球の値段よりもちょっと高いぐらいの10年〜20年もつ照明器具が同時に並んでいたら、いっそ照明器具ごと取り換えようとするはずでしょ。そう、メーカーは、従来の白熱電球が有った場所をLEDに置き換えようなんて発想をしていては、ダメ、ダメ、ダメ。照明器具ごと買い換えさせるという発想でなくちゃ。そして、そんな魅力的な発色、魅力的な価格帯の照明器具を世に出せたら、その商品はヒット間違いなしでございます。え、まだ使える照明器具を捨てるなんてエコじゃないって? じゃぁ、地デジはどうなの?! ある日突然、日本中の多くのテレビがただの箱になるんだよ...ということで、技術の移行期には、涙を飲んで多くのガラクタを排出する必要がある場合が、多いのでございます。

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2010/09/16

ボンボンバカボン、バカボンボン

Animentine バブルがはじける直前の頃、そう、まだ日本中に札束が飛び交っていた頃、ワタクシは毎週月曜日から木曜日までを東京で歌とダンスのレッスンを受け、金・土・日は名古屋でお仕事をするというハードスケジュールをこなしておりました。移動中の新幹線の2時間弱(当時)の時間は、貴重な練習時間でございまして、ダンスの振り付けを頭の中で何度も反芻したり、ヘッドフォーンで曲を聴きながら課題曲を覚えたりしておりました。

 ある夜の新幹線の車内での出来事でございます。座席はかなり空いておりました。ヘッドフォーンで英語の歌詞を覚えておりましたら、ふと気がつくと、前の座席から首だけ出してワタクシを見ている白人の男の子と目が合ったのでございます。男の子は母親に叱られるように呼び戻され、少し離れた自分の席に戻っていきました。どうやら、歌詞を練習していたワタクシ、いつの間にか小さく声が出ていたようでございます。お客の少なかった車内でどこからか聞こえてくる下手くそな英語の歌に引き寄せられ、その男の子は興味を持ってワタクシを見物に来たのでございましょう。

 今の若い人、若い歌手は、実にサラリと英語の歌詞を歌い、当たり前のように“後ノリ”のリズム感を持っております。しかし、ワタクシが歌を勉強している頃は、まず英語に対するコンプレックスをなくすこと。そして、体に染みついた“前ノリ”のリズムを払拭することが最優先でございました。それくらい、日本人が歌う英語の歌がヤボッたかった時代でございました。そしてまた、日本人が英語で歌を歌うということが、実にカッコイイ時代でもありました。ですから、当時「カバー曲」と言えば、外国の歌を日本人が歌うこと以外に有り得なかったのでございます。

 ところが、今や立場は逆転し、日本の曲を多くの外国人がカバーするようになっております。エリック・マーティンの VOCALIST シリーズなんてのが有名でございます。そして特に熱狂的なのがフランス人。パリでジャパン・エキスポなるものまで開催されております。北野武がフランスで人気があったり、日本のアニメや漫画がフランスで大人気だとのこと。フランス人が曲に合わせて踊り叫ぶ様は、日本のオタクのそれと全く同じ。そこで、今話題になっているCDを買ってみました。クレモンティーヌがアニメ・ソングを歌っているCDでございます。あと、もう1枚、「メイヤ」という人がジプリ・ソングを歌っているというので、これもまた購入。ただ今、ちょっとしたオタク気分に浸っております。フランス語になったアニメ・ソング、非常にかわいいのでございます。

 クレモンティーヌのM2『バカボン・メドレー』は、CMでおなじみの曲。また、M8のフランス語のサザエさんが、これまたオシャレ。あと、メイヤのM9『カントリーロード』は、本来は外国の曲(オリビア・ニュートン・ジョン)を"逆再輸入"した形。メイヤの他の曲には英語歌詞が作詞されておりますが、このM9だけは日本語の歌詞で歌っております。本来は日本語の歌詞を英語訳して歌いそうなものですが、そこをアニメソングのオリジナルのまま歌うところに、"粋"さを感じるのでございます。実は、外国人が日本語の歌詞を日本語のままで歌うということ、これが日本びいきの外国人の間では"カッコイイ"のだとのこと。まさに時代は逆転しておりますね。

 麻生さんが漫画博物館の構想を出しておりましたが、あれもまんざらバカげた話ではなかったのかもですね。日本の漫画やアニメは、今や重要な輸出品となり得るのでございます。と考えると、外国人が日本に来て、日本のオタク文化に触れられる場所が秋葉原だけというのは、ちょっと物足りないかも。外国人向けのオタク文化博物館なんてのが有ってもいいかな、なんて思うのでございます。日本が大きく西洋化に傾いた明治時代初期に、多くの日本の伝統文化財が只同然で外国に流れていったことがございました。今や、その轍を踏んではいけないのでございます。世界が注目している日本文化に、日本人自身がもっと興味を持ち、その価値に目を向けてもいいかな、なんて思う今日この頃でございます。

 そういえば、9/14の Google のトップページが赤塚不二夫になっておりました。Google がトップページを装飾するには、いつも何らかの由来がございます。調べてみますと、どうやら9/14は赤塚不二夫の誕生日のようでございますね。赤塚不二夫さん、フランス人が「ボンボンバカボン、バカボンボン」って歌っているのを想像したでしょうかねぇ。赤塚不二夫さんが亡くなられてから、早2年余りが経っております(2008年8/2没)...

●クレモンティーヌ『アニメンティーヌ〜ボッサ・ドゥ・アニメ〜』
 1. ラムのラブソング
 2. バカボン・メドレー
 3. 崖の上のポニョ
 4. おどるポンポコリン
 5. 風の谷のナウシカ
 6. はじめてのチュウ(キテレツ大百科)
 7. ロマンティックあげるよ(ドラゴンボール)
 8. サザエさん・メドレー
 9. ドラえもんのうた
10. とんちんかんちん一休さん
11. タッチ
12. CAT’S EYE

●メイヤ『アニメイヤ〜ジプリ・ソングス〜』
 1. となりのトトロ
 2. Arrietty's Song
 3. もののけ姫
 4. ルージュの伝言
 5. テルーの唄
 6. 君をのせて
 7. 崖の上のポニョ
 8. 風の谷のナウシカ
 9. カントリー・ロード
10. いつも何度でも
11. 世界の約束

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2010/09/15

若葉のころ

Kaoru_anime ニューハーフファンのコラム用の写真を探しておりましたら、懐かしい写真を見つけたのでございます。多分、ワタクシが20代のころ。ニューハーフとしてデビューして間もないころでございます。え〜と、白黒写真なのは、別にワタクシが古〜いオカマちゃんだからじゃなくって、履歴書用に撮影した写真だからでございます。確か、何かのオーディション用に撮影した写真だったような気がいたします。まぁ、最近は履歴書用でもカラーで撮影するのが当たり前でございますけどね。

 う〜ん、見ていると、若い! これが若さというやつだな! この写真を撮影した当時は、ワタクシは自分の顔にコンプレックスを持っていて、自分の顔が大ッ嫌いでございました。今見ると、なんかいいですね。自分の顔に見とれてしまうのでございます。ギリシャ神話に出てくるナルシスは、池に映る自分の顔に見とれてしまい、そこからナルシストという語が生まれたとか言いますが、そのナルシスの気持ちが分かるのでございます。

 不思議なのは、写真だから当時のワタクシの姿をありのままに記録しているはずなのに、今自分でこの写真を見ると、当時の自分がこんな顔だったという確信がまったく持てないのでございます。同じ写真でも、それを見る時の心の持ちようで、その写真のイメージはいくらでも変わってしまうということでしょうか。当時は「ブス!」としか思わなかった自分の顔が、今、改めて見ると、とても輝いて見えるのでございます。あ、こういうのも、「手前味噌」って言うのでしょうか?

 ワタクシがまだ12歳くらいのとき、ビージーズの「若葉のころ」という曲が大好きでした。もう少し成長してワタクシが中学生くらいになると、その英語の歌詞の意味が分かるようになり、ますますその曲が好きになりました。「小さいころ見上げていたクリスマスツリー、今は僕たちの方が背が高くなってしまったね」という意味の歌詞がございます。今のワタクシの心境も、そんな感じでございます。

 その問題の写真でございますが、白黒のままでは味気ないので、Photoshop で色を付けてみました。なんだか無理矢理着色した昔のハリウッド映画の様になっちゃって、ますます古めかしくなっちゃったのでございます。まぁ、いいか。

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2010/09/11

やってみなければ分からない

Archimedes え〜と、紅白歌合戦の直前になると大物演歌歌手のスキャンダルが突如として発覚したり、大相撲の本場所が間近になると野球賭博への追究が急に厳しくなったり、因果関係があるのか無いのかは分かりませんが、実にグッドタイミングで事件が起こるということが、世の中には多いものでございます。最近の政界も、鈴木氏の有罪が急に確定されたり村木女史に無罪判決が出たりと、何やら意味深なタイミングでいろいろな事件が起きております。政治の事はあまり詳しくありませんので純粋に鈴木氏と村木女史の「顔」だけで推測いたしますとですね、お二人とも実に“単細胞”な顔をしていらっしゃる。あまり“表”と“裏”を使い分けるような方には見えない。その単細胞さゆえに、貧乏くじを引くハメになってしまったのでしょうかねぇ。とくに村木女史にいたっては、最初から心外の感を如実に表しておりましたから、ちょっと気の毒でもございました。

 さて、「アルキメデスは手を汚さない」という語がございます。偉大な数学的発見をしたアルキメデスも、その一方で残酷な殺戮兵器を発明しているのでございます。実際に兵器を使ったのはアルキメデスではないとは言え、その発明者が自らの手を汚していないと、はたして言えるのだろうか? これは、その「アルキメデスは手を汚さない」という題名の小説(小峰 元 著)の中にある記述“らしい”です。「らしい」というのは、題名の由来に引かれて読み始めたものの、ぜ〜んぜん面白くなくて、最後まで読んでいないからでございます。また、『ヘウレーカ』という漫画(岩明 均著)には、アルキメデスの発明した殺戮兵器が描かれておりますが、これはちょっと漫画的な誇張を含んでおりまして、あまり参考にはならない。でも、アルキメデスの発明した兵器が敵軍にかなりのダメージを与えたのは、史実のようでございます。

 で、ここからが本題。「菅 vs 小沢」のニュースで持ちきりですが、ワタクシの個人的なイメージを述べさせて頂ければ、菅さんはそれこそ単細胞なお人。一方小沢さんは典型的なタヌキオヤジ。まぁ、小沢さんは、古いタイプの政治家に似ているって感じがいたしますよね。そういえば、ここ数年の間に頻繁に交代した総理大臣、みんな単細胞型だったような気がいたします。単細胞な人には、複雑怪奇な政治の世界のトップに立つのは難しいのでしょうかねぇ。ここは逆に、小沢さんのようなタヌキオヤジの方が向いているのかもしれません。先週号の『週刊新潮』で佐藤優氏が、「自分の利益を執拗に追究する小沢一郎氏のような汚くて下品だけれども強い人が首相になる方が、結果として日本のためになる」と言い切っております。そうですね、今の日本に求められているのは「強い政治家」かもしれませんね。

 ちょうど1年前の政権交代以降、小沢さんは自分の手を汚さずに采配を振ってきた感がございますが、ここいらで、ご自分が矢面(やおもて)に立たれるというのも、いいかもしれませんよ。実際に自分の手を汚し始めると、その難しさを実感されるのではないでしょうか。そもそも首相っていうのは政権を取っている政党の代表がなっているんでしょ。自分の所属する政党から最大限のバックアップを受けられるはずなのに、ここ数年の頻繁に変わる首相は皆、どうしてあんなに孤立した寂しい顔をしてるんでしょうかねぇ。

 さて、評論家気取りの話ばかりでもいけませんので、自分の経験談をひとつ、お話しいたしましょうか。ワタクシもね、自分が従業員として働いていた時期は、そりゃぁ勝手なことをさんざん言ったもんでさぁ。でもね、いざ自分がお店を管理する立場になりますとね、いやぁ、これがなかなか思うようにいかない。言うのとやるのとは大違いでございます。そうそう、学生時代にブラスバンド部やオーケストラ部というのに入っておりましてね、自分が指揮者を務めているときには、全体をまとめるのにそりゃぁ苦労するわけでございます。でも、逆に自分が演奏者側に回りますとね、自分が指揮者を務めていたときの苦労などすっかり忘れて、自分勝手な自己主張をついついしてしまうのでございます。

 人間というのは、基本的にエゴイズムな動物のようでございます。そのエゴを飲み込んだところにリーダーとしての真価が問われるのでございますが、そのエゴこそが人間のモチベーションの原動力だったりするのでございます。リーダーたる者はエゴを捨てなければならない、けれど、そのエゴがなければ政権も取れないし首相にもなれない。こんなジレンマの上に成り立つ政治の世界ですから、そりゃ、不思議なタイミングで不思議な事件が起きるのでございましょう。難しいものでございます。

 政治家のみなさんも自己主張の強い方ばかり。次は誰が首相になるのかまだ分かりませんが、時期首相は、どうやって日本をまとめていくのでしょうかねぇ...

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2010/09/04

はしりをいただく

 お菓子のいただき物がありましたので、ちょっと3コママンガなどを作ってみました。撮影に使ったお菓子は、名古屋薫がおいしくいただきましたので、ご安心下さいませ。栗きんとんは9月が“はしり”だとのこと。“はしり”ってのは、ものの出始めのことでございますね。

はしり【走り】
 魚鳥または野菜などの初物。はつ。はしりもの
 物事のはじめとなったもの。先駆け
また、“旬”という語もございます。こちらは、一番美味しい時期を指す言葉。
しゅん【旬】
 魚介・野菜・果物などがよくとれて味の最もよい時
 転じて、物事を行うに適した時期
 採れたての栗を使った栗きんとんは、もちろん大変おいしゅうございました。しかし、ものによっては、必ずしも“はしり”が一番美味しい時期、つまり“旬”ではないものもございます。そういったものでも、やはり“はしり”を食するのが好まれたりいたします。それは、そんな新しもの好きを“粋(いき)”だと感じる文化が有ったりするからでございます。

“はしり”とか“旬”といった感覚は、日本のはっきりとした四季の変化に由来する文化。この日本独特の文化を大事にしたいですよね。3コマ目の巨大なものは、コンビニのくじ引きで当たっちゃいました。くじ引きが始まった初日(はしり)にいきなり大当たりを当ててしまい、恐縮しながら頂いてきた覚えがございます。もうね、どうでもいい時ばかりクジ運が強くって。いっそ、宝くじとか当たってくれると助かるんですけどねぇ...
 
【3コマ漫画】(クリックすると拡大されます)

Kinton_3


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2010/09/02

あと100年ぐらいしたら、もっとクールに語り合えるかな

 さて、いよいよ9月。実は8月中に録画したテレビ番組を、昨日、まとめてガンガン見ちゃいました。というのも、毎年8月は恒例のようにテレビ番組が「戦争」一色に変わるわけでございまして、ワタクシもボチボチそんな番組を見ておりましたが、何しろ2時間とか3時間の番組ばかりで見るのが追いつかない。やっと手が空きましたので、まとめて見た次第でございます。今回は日本人と韓国人の直接対決とかありまして、意外と面白かったのでございます。ということで、ワタクシもちょっと戦争にまつわるお話をするのでございます。堅苦しくならないようにいたしますので、どうかおつき合いのほどを。

 ワタクシの母親は、11歳で終戦を迎えております。戦前の教育を受けているせいか、朝鮮人や韓国人に対する差別意識をしっかり持っておりました。あと、もともと差別意識の強い性格だったのか、ネイティブアメリカン(アメリカインディアン)や黒人などにも、なんとなく差別意識がございました。少年期(!)のワタクシは母親のこの差別意識が大っ嫌いで、よく母親と大喧嘩したものでございます。あまりワタクシが腹を立てるので、いつしかワタクシの前ではそのような話をしなくなりましたが、多分、70歳で死ぬまで、母親のその価値観は変わっていなかったと思うのでございます。

 母親は、テレビで戦争のシーンを見る度に、「東条英機のバカ野郎! アイツが一番悪い!」と叫んでおりました。そんな母親も、町内会の慰安旅行では、バスの中で「同期の桜」を歌ったりして、もうね、戦争を肯定しているのだか否定しているのだか分かりゃしない。母親は何かの集まりで歌を歌ってくれと言われれば、この曲を歌っていたような気がいたします。差別意識を持ち、東条英機が大っ嫌いで、でも「同期の桜」を歌ってしまう、そんな母親でございました。

 ワタクシは、父親とは幼少の頃に生き別れておりまして、ほとんど記憶がございません。ただ一度だけ父親に「戦争では何をやっていたの?」と聞いたことがございました。「南の島で、敵機が飛んできたらゼロ戦をジャングルの中に隠す仕事をしていた」と“嬉しそうに”答えたのを覚えております。ワタクシがゼロ戦のプラモデルを作って見せたりいたしますと、嬉々としていろいろ説明をし始めたりいたしました。大相撲の中継を見るのが大好きで、キュウリを挟んだトーストに醤油をかけて食べるのが大好きで、ゼロ戦の話を嬉しそうにする、そんな父親でございました。

 ワタクシの父親も母親も「絶対に戦争を繰り返したくない」という強い意思は持っていたはずでございます。しかし、戦争を憎みつつも、その戦争を生き抜いたそれぞれの青春時代は、輝いていたのでございましょう。世の中には、「戦争体験は絶対に話したくない」と堅く口を閉ざす人もいらっしゃいます。韓国のように、マスコミが“憎しみの再生産”をしている国もあれば、未だに戦争に関しては奥歯にものが挟まったような言い方しかできない日本という国もございます。戦争の当事者がまだまだご存命なうちは、はっきりとした妥協点を見いだす事は難しいのかも知れません。

 話を冒頭のテレビ番組に戻しますが、やっぱり「爆笑問題」に戦争テーマの番組をやらせちゃダメですよ。あの太田って人は責任のないところで好き勝手やっている分には面白いのですが、戦争という重たいテーマの番組では、足も手もすくみっぱなし。そこへいくと、池上彰さんはやっぱり見事! 惜しむらくは、番組が長すぎる。最近の民放は少ない予算で尺を水増しする事に慣れすぎておりますよね、本当に(プンプン)。戦争がテーマの3時間番組は、う〜ん、見るのが辛いですよ。逆に、NHKは「どこにそんな金があるんだ」と思えるほどの予算と手間ひまをかけておきながら、番組の尺はこぢんまりと適当な長さ。というか、むしろバタバタ急ぎすぎて性急に感じる部分さえ有るのでございます。そして、まとめようとし過ぎ。そんな結論が出るような問題じゃないんだから。

 ちょっと気になったのは、「韓国人が知っている日本の有名人」の第5位に、「豊臣秀吉」が入っていた事。番組がこの件に触れなかったのは非常に残念でございました。というのも、この5位に豊臣秀吉が入ったのは、単に戦国武将として有名だからじゃないはず。これは明らかに、豊臣秀吉の朝鮮半島への“進軍”が原因でございましょう。最近は歴史の授業が少ないっていうから、この史実、どれだけの日本人が知っているのかちょっと心配なのでございます。いじめた方は忘れちゃうけど、いじめられた方はいつまでも覚えているのでございます。それも400年以上も前の話を。この朝鮮半島への進軍、教科書的には「文禄・慶長の役」というのでございます。やっていた事は「侵略」なのですが、ほんとうに日本史の表現てのは、綺麗な言葉をお使いになるのでございますね、オホホホホ(ワタクシが習った日本史の教科書には、「朝鮮征伐」という記述もあったような気がするのですが、ちょっと記憶が定かではございません)。

 もし、日韓併合以降のグズグズの日韓関係がなければ、韓国の人たちは未だに豊臣秀吉の進軍にこだわっていたでしょうか? 逆に言うと、近年のグズグズの関係が有るからこそ、400年以上も前の出来事を蒸し返されてしまうということではないでしょうか。あのね、語弊を恐れずに申しますが、「戦争による恨みや憎しみは、何百年という時間の流れで水に流すしかない」と思うのでございます(だって、十字軍をいまだに恨んでいる人なんていないでしょ...多分)。数百年後に水に流せているかどうか、それは、現在のワタクシ達の行いにかかっております。「事実は伝えるが、憎しみは伝えない」ということ。どうでしょうか? でも、数百年後も相変わらず日本史は綺麗な言葉で飾られているかも知れませんし、韓国では憎しみの再生産が続いているかもしれません。そして、ワタクシのこの文章は、数百年後に誰かに読まれる事があるのでしょうか? 歴史というのは何百年という大きな“うねり”に乗って変化しているのに、人間は性急に変化や解決を求めすぎているのかも知れませんね。

 以前、日本にも戦争博物館を作るべきだと申しましたが(「戦争博物館を作りませんか」)、麻生さんが立ち上げたマンガ博物館(だったっけ?)の話がポシャったとき、「その流れた“箱”で戦争博物館が作れたらなぁ」なんて思っておりました。キャメロンが作ろうとした原爆の映画の話も流れてしまったそうですし、スミソニアンは相変わらずだし、日本は戦争に関して相変わらずモゴモゴしているし...毎年8月の戦争特番ぐらいかな、シャキッとしているのは。ということで、本当に長い文章になっちゃいましたが、最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。名古屋薫でございました。

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