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2010年5月

2010/05/07

子供時代の秘密基地なら、作るのも簡単でしたけどね

 なんかこういう話をすると「ニューハーフのくせに男っぽいな」と思われそうですが、子供のときに“秘密基地”とか作りませんでしたでしょうか? 工事現場の資材置き場を秘密基地にして遊んでいたら、突然崩れて何人かが出られなくなり街中が大騒ぎになったりとか、木の上に基地を作っていたら、一人が枝から落ちて、救急車を呼ぶ騒ぎになったりとか、そんなほほえましい思い出がどなたにも一つや二つ、有ったのではないでしょうか(アハハ)。

 基地といえば普天間の基地問題、グダグダになっております。民主党にしてみれば、「自民党がグズグズしていた問題を、オイラたちがチャチャッと片付けて、カッコ良く決めるからな!」なんて思っていたかも知れませんが、一方の自民党にしてみれば、「昨日今日政権を取ったおまえらに何が出来る。そんな簡単な問題じゃねぇんだよ」と言いたいところではないでしょうか。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」なんて言葉がありますが、「自民党憎し」という意識が先走って「藪をつついて蛇を出す」ということになってしまっている感がございます。

 なんか、基地の移転場所を探しているようですが、いっそ、日本最東端の島「南鳥島」なんてどうよ。調べたら、自衛隊と気象庁しか使っていないみたいだから、問題ないっしょ。でも、ちょっと遠すぎるのが難点かなぁ。じゃぁ、今度は最南端の「沖ノ鳥島」は? あの、岩がちょこっとだけ残っている島。あの岩の回りに杭だろうが埋め立てだろうがガンガンやって、基地を作ってしまえばいいのでございます。「岩だけの島が本当に領土と言えるのか」なんて野次が海の向こうから聞こえてきたりいたしますが、アメリカの基地がド~ンと出来ちゃえば、そんな野次は吹っ飛ぶのでございます。

 そうそう、領土問題と言えば「竹島」なんていいじゃない? 海兵隊の本来の照準は、韓国・中国・台湾といった地域でございます。でしたら、もうね、位置的には最適! もとよりアメリカ軍は韓国との結びつきも強いわけで、いっそ竹島を日韓共有の軍用中立地帯にしちゃえば、なんて思うのでございます。で、竹島の写真を確認いたしましたが、竹島って周りがすごい断崖絶壁。なんだか基地を作れるような場所とは思えないのでございます。 領土問題も解決するし、一石二鳥だと思ったのですけどねぇ。

 もうどこにも移転できないとなれば、最後の手段、「沖縄の独立」でございます。沖縄をひとつの国として独立させるのでございます。そして「沖縄国憲法」を作って、その条文で「外国の軍事基地を置かない」と明記してしまう。あるいは「沖縄の国民」が蜂起して、革命を起こすのでございます。攘夷! 攘夷なのでございます。日本はシカトを決めつつ、沖縄に武器をヤミ輸出。ゲリラ化した沖縄国民がアメリカの基地を攻め追い出す。あぁ、でも、これでは沖縄が戦場になってしまう。まぁ、武力で追い出すのはいけませんが、本土に比べると、沖縄は独自の悲しい奇異な歴史を歩まされております。もうね、独立させてあげても、いいっしょ。

 たとえ沖縄から基地がなくなったとしても、その基地をどこかへ移さなければいけないという問題は、以前残るわけでございます。日本国内では、どこへ作ったとしても地域住民の反対は必至。では、地域住民のいなさそうな場所に移してみては? そう、そこで思い出すのが、ウルトラセブンの「ウルトラ警備隊」。出動要請が来ると、山が割れて出動したり、滝の裏側から飛び出したりするのでございます。もうね、山奥の秘密基地にしてしまえってことでございます。土地が有り余っているアメリカの感覚だと「基地のスペースぐらい」と思うのでしょうけど、日本は土地が極端に狭いのでございます。

 でも、「基地ごときになんでそんなに大きなスペースがいるのか?」とも思うのでございます。中部地区には、「中部国際空港セントレア」の他にも「名古屋空港(現県営名古屋空港)」がございます。この名古屋空港、航空自衛隊の小牧基地が併設されております。この程度の規模じゃダメなの? あるいは、日本中の空港で需要があまり無くなっている空港に、ちょこっとずつ分けて配備しちゃうってのは? どこかにドッカ~ンと大きな基地を作ろうとするから無理があるのでしょ。日本中の過疎化空港に、少しずつ分散しちゃえばいいじゃん。それじゃダメなの?

 まぁ、基地がこれからどうなるかはまだまだ紆余曲折あるのでしょうが、問題の根源は「日本がアメリカとどのように付き合っていくのか」ということだと思うのでございます。でもその問題ってのは、日本ではなんとなく“タブー”で“アンタッチャブル”な雰囲気がありますよね。そんな問題こそ、義務教育などで語られなければならないと思うのですけどね。日本の教育現場は思想教育に関して臆病になりすぎて、“事なかれ主義”に徹しております。“右”も“左”も並べた上で、「世の中にはいろいろな考え方の人がいて、あなたはどう感じますか?」と子供たちに問いかけられるような教育の場の雰囲気があるといいのですけどねぇ。

 ということで、おもいっきし無責任で思いつきの書き込みでございました。もし、基地移転で気苦労を重ねていらっしゃる方がいらっしゃいましたら、軽々しい内容の書き込み、ゴメンナサイなのでございます。

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2010/05/04

ジャパン・アズ・ナンバーワン・アゲイン

 あなたがもし経営者なら、どうしますか?

 従業員が5人います。
 総額50万のボーナスを、その5人に渡さなければなりません。
 どのように配分するのが妥当でしょうか?
 日本人なら、多分、5人に10万ずつ等分に分けることを、真っ先に思いつくことでしょう。ところが、アメリカ人はそのようには考えないそうでございます。一番成績の良かった人に、50万円全部をあげてしまうのが、アメリカ的だそうでございます。

「国際人事コンサルタント」というお仕事をしている「奥山由美子」さんという方が、先日、あるテレビ番組に出ておりまして、日本人とアメリカ人の「配分」に関する感覚の違いについて、話されておりました。「みんなで平等に分ける」のが日本式、「勝ち残ったものが総取りする」のがアメリカ式だそうでございます。

Japan_as_no1 この奥山さんの説明とほぼ同じ分析を、30年も前に行っている人がおりました。「エズラ・F・ヴォーゲル」という人でございます。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という1979年に発行された書物の、著者でございます。このエズラさん、日本式の配分法を「フェア・シェア(fair share)」と名付けております。配分の前によく吟味し、話し合い、時には密談や根回しをし、結果的に“丸くおさまる”ような配分方法を決める、それがフェア・シェア、つまり日本式の配分法だそうでございます。ちなみに、アメリカ的な配分は「フェア・プレイ(fair play)」と名付けております。みんなが同じルールで競ったのなら、勝者がご褒美にありつけるのが当然という考え方でございます。

 前回、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という語を使いましたら、なんだかその有名な書物を(いまさらながら)読みたくなりまして、思い立ったように探してみたのでございます。30年以上も前の書物が見つかるものかと思いましたが、以外とあっさりと見つかったのでございます。1979年に発行された『ジャパン・アズ・ナンバーワン』、実は2004年に復刻版が発行されておりました。ということで、その30年前に一世を風靡したベストセラーを読んでみたのでございます。

 復刻版ですから、中味は30年前に出版されたものと同じ内容。読みながら「オヤッ」と思うこともありますが、それは30年前のことですから当然のこと。脳内補完をしながら読み進めたのでございます。まぁ、読んでいくと、これが面白い、面白い。著者のエズラさん、当時(1970年代)の日本を褒めちぎっております。ただ褒めるだけではなく、“どうして日本人がそのように行動するのか”ということを日本人の気質の面から分析し、日本の高度成長の理由を理路整然と解説しております。とどのつまり、この本は、アメリカ人に対する「日本の解説書」なのでございますよね。当時の日本は「エコノミック・アニマル」なんて言われておりました。エコノミック・アニマルという語の語感からは、単純で猛進的・情動的なイメージを感じます。しかし日本の大成功の真理は、実際には実に複雑で、日本人が熟考した上で用心深く行動した故の結果だと、論じております。

 エズラさんが何を褒めているか、紹介いたしましょう。まず官僚を褒めちぎり、天下りというシステムが政界と企業をつなぐ良いパイプライであると褒め、料亭での密会、そしてさまざまな根回し、そういったものが実に効率的に機能していると褒めたたえているのでございます。今、“事業仕分け”で仕分けの対象になっているような団体や研究所なども、当時は非常に良い情報収集源だとして褒めております。面白いのは、政権交代後に民主党がことごとく否定したものが、1970年代当時はうまく機能していたということでございます。時代の変化とともにそぐわないものになってしまったということでしょうか。民主党が過去のいきさつを全否定したい気持ちは分かりますが、日本が世界の台頭に登りつめることが出来たのはこの古くさいやり方のおかげであることを考えると、闇雲に“すべてを”否定するのは、ちょっと考えが浅いかなとも思えてまいります。

 さ〜てさて、今では諸悪の根源のように言われております「官僚」「天下り」「料亭での密会」「根回し」...といったものがどうして1960〜70年代にうまく機能したか。それをエズラさんは先ほどの「フェア・シェア」という日本人本来の気質によると書いております。でも、天下りや密会などは、本来ならば「なれ合い」に繋がるものでございますよね。では、どうしてなれ合いにならなかったのか? それは、当時の日本人が私利や省益にこだわらず、日本全体の利益を考えて行動したからだそうでございます。で、ワタクシ、ハタと膝を打ったのでございます。この“日本全体の利益を考えて動く”って、そう、「明治維新」ではないですか!

 エズラさんは、「日本には大きな改良の時期が二つも有った」と書いております。「明治維新」と「第二次大戦での敗戦」でございます。そして、日本がとんでもなく誇っていいのは、ほとんどのアジア諸国が植民地時代を経験しているにもかかわらず、日本はどこの植民地にもなっていないということでございます。明治維新の際、多くの侍が藩の壁を越えて協力し、「日本」という国造りに尽力いたしました。二次大戦敗戦後は、多くの政治家や文化人が、日本の分裂化、植民地化に対抗いたしました。古来より日本人の気質が独特なのは、民衆が蜂起して世の中を変えるという“革命”で世の中が変わるのではなく、支配者層が日本全体の利益を考えて刷新するというところに有るのでございます。

 そして、この「全体のために動く」という日本人の気質は、高度成長期にも大活躍することになるのでございます。先ほども書きましたように、すべての日本人が「全体の利益」という大きな目標を目指して行動しております。そのように全員が同じ目標を持っておりますと、一見、癒着やなれ合いに見えるような関係も、それが意見を調整し大きな対立をあらかじめ避けるような場として、実に効果的に機能したようでございます。

 さて、では、この日本人の気質が、維新と敗戦、そして高度成長期という三つの時期になぜうまく働いたか? この三つには、不思議な不思議な共通点が有るのでございます。分かりますか? 「アメリカ」という存在でございます。早い話、「日本人のアメリカ・コンプレックス」でしょうねぇ。

 明治維新が性急に進んだのは、「黒船」というカルチャーショックがあったからこそ。二次大戦敗戦後は、「進駐軍」というカルチャーショックを受けております。野坂昭如(昭和5年生まれ)の小説などには、このアメリカ・コンプレックスが色濃く出ておりますよね。そして高度成長期。この時期はちょうど、日本がアメリカの技術に手が届き始めた時代でございます。「アメリカに追いつき追い越せ」とばかりに、いつもアメリカの背中を羨望していた時代でございました。ちょうど、野坂昭如と同じ世代の人が、世の中の主役になり始めた時期ではないでしょうか。

 思えば、日本という国は、このアメリカ・コンプレックスが有ったからこその、今の繁栄なのではないでしょうかねぇ。そう考えると、アメリカという国は、ほんとに影響力の大きな国でございます。日本は自力で大きくなって来たと、つい思いがちですが、ひょっとしたらアメリカというお釈迦様の手のひらの上で動いているだけの存在なのではとも、思えてくるのでございます。

 ただ、日本人の「全体のために動く」という気質は、今でも健在だと思いますよ。本質的な気質というものは、そう簡単に変わるものではないと思うのでございます。そこで、あえて断言しちゃいましょう。結論! 「日本人は、皆、坂本龍馬なのでございます」。そう、あの龍馬は、藩の敷居を超えて日本全体のために疾走したのでございます。高度成長期には、官僚や政治家や大企業が立場の壁を越え、お互いが意見を譲り合い、日本の発展のために尽力を尽くしました。高度成長期に日本を動かした人々は、皆、ひとりひとりが坂本龍馬だったのでございます。

 ちょっとオーバーでしょうか。で、現代を考えますと、アメリカがコンプレックスではなくなっちゃってますからねぇ。せっかくの日本人の気質も「アメリカを超えた!」と思った瞬間に、うまく機能しなくなってしまったのではないでしょうか。そうそう、ニューハーフも、「あら、私って綺麗ね」と思い始めた瞬間から美しくなくなっていく...おっとっと、話がそれましたね。コンプレックスを持ち、みんなが全体の大きな目標を追いかけている時にはうまく機能していたことも、そのコンプレックスから解放された瞬間から、ブレーキの役目にしかならなかったということでしょうねぇ。逆に考えれば、その日本人の気質をうまく利用すれば、まだまだ日本は頑張れるはずだと思うのでございます。新たなコンプレックス。中国がそのコンプレックスになり得るでしょうかねぇ。

 上海万博のニュースなどを見ておりますと、日本館に殺到した観客が「日本の最新技術を見に来た」と口をそろえて言っております。日本を追い越した中国といえども、まだまだ日本は羨望の的なのでございます。そして、30年前の日本がアメリカにとって驚異であったように、今、中国が日本にとって驚異となっております。ですが、今まで申し上げたように、高度成長期の日本の大成功は、日本人の独特な気質に因るところが大きいのでございます。多分、中国や韓国などがそっくり日本のマネをしても、かつての日本のようにはうまくいかないことでしょう。そう思うと同時に、日本人が自分たちの気質を再認識することによって、まだまだ日本には可能性があると思うのですけどねぇ。

 ガンバレニッポン。

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