置いとけば何かの役に立つかも、ついそう思っちゃいますよね
新聞のコラムを読むのが大好きでございます。先日も中日新聞のコラムを読んでおりましたら、個人的にドキッとするような内容が書いてございました。前半部分をちょっと引用してみるのでございます。
こんなご時世で、閉店に追い込まれる飲食店は少なくない。だが一方、不況どこ吹く風で繁盛している店もある。多分、こういうことだ◆好況の時には、消費者の目は甘く、出費を決める合格ラインはさほど高くない。だから、客へのアピール度「まずまず」ぐらいの店もやっていける。だが、不況になると話は別だ。財布のひもをしめる時、合格ラインはぐっと引き上げられる◆もう、「まずまず」では来てもらえない。結果、繁盛するのは、好況時には余裕で合格していたようなアピール度「抜群」の店だけになる。どうも不況には、店やら商品やらが持つ地力(じりき)の差を鮮明にしてしまうところがある。(以下略、中日新聞4/17朝刊より)
実に簡明な分析でございます。お店の受付をしていると分かるのでございますが、新規でいらっしゃったお客様のすべてがリピーターになるわけではございません。「このお客様にはどのくらい気に入っていただけるだろう?」、そう思いながら新規のお客様を迎え入れております。そこで、前述のコラムのようなことを考えるのでございます。はたして当店は十分合格ラインをクリアしたのだろうか、あるいはボーダーラインぎりぎり、はたまたボーダーラインにもかからないとか。そしてさらに“むず痒い”のは、そのお客様が何度が足を運ばれるほどの時間が経過しないと、その真相が分からないということでございます。
お客様の多くが「十分合格ライン」と考えて下さっていればいいのですが、もし、ほとんどのお客様がボーダーラインギリギリと評価しているとしたら...そう、些細な要因で大きく影響を受ける可能性もあるのでございます。おそらく、前述のコラムのような構造を分かっている経営者の方は、いつもこの「見えない合格ライン」にジリジリしているはずでございます。たとえ数字が良くてもそれを正味で判断出来ませんし、また、何かアクションを起こしても、お客様の次の来店サイクルまで待たなければ、そのアクションに対する反応が分からないのでございます。(1)
さらにこの構造を助長している要因に、インターネットがございます。昔に比べると猛烈な速さで情報が人々の間を駆け巡るようになってまいりました。いい話も悪い話も、アッと言う間に広がります。その結果、評判の良いお店を押し上げる速さも、評判の悪いお店が落ち込んでいく速さも、昔の比ではございません。「勝ち組」と「負け組」がはっきりと分かれ、頻繁にその勝ち組と負け組が入れ替わってしまうなんてことも珍しくございません。世の中の流れや入れ替わりが高速になったのも、それに影響する情報の流れが速くなったからでございましょう。(2)
流れる速度が速くなっただけではなく、情報量も増えておりますね。そりゃ情報は多いに越したことはございませんが、玉石混淆の情報があふれかえるインターネットの世界は、もはや人間の正確な判断の域を超えております。そんな時、人間の脳は何をもって判断材料とするか? それがね、情報が飽和した脳みそは、実に些細なことで判断してしまう傾向があるようでございます。些細な要因で選ばれたものは、新たな些細な要因で外される可能性もあるのでございます。人間の道具であるインターネットに、逆に人間が振り回されているような感じがしないでもないです。(3)
さて、あふれかえる情報で“脳みそバーン”になっている大衆は、用心深くもなっておりますね。つまり、「少しでも不安点があれば選択しない」という感覚でございます。景気の良い時には、「まぁ、騙されたと思って試しに行ってみるか」なんて感覚で行動できたものでございます。ところが不況の昨今では、この「騙されたと思って」という感覚にならないのでございます。事前に情報を集めきり、「絶対な安全パイでない限りお金を使いたくない」という固い決意を持っている方が多いようでございます。(4)
えへへ、今回はなぜか、文章の途中に(1)〜(4)の番号が振ってありますよね。実は、この4つのそれぞれの要因が、複雑に絡み合って作用しているのでございます。まず、(1)の要因では、“来店されたお客様”の反応は、ある程度の時間差を置いてから影響が現れます。ところが、(2)の要因によって、“まだ来店されてないお客様”の口コミは、非常な速さで広がってまいります。そして(3)の要因によって、ほんの些細な違いが全体に大きく影響いたします。最後に(4)の要因によって、世間の興味の深さとは裏腹に、実際にお金が使われる機会はかなり少なくなります。
ややこしいですが、もう少しおつき合いを。まとめますとですね、売り上げの数字が結果として表れるより先に、口コミばかりが広まってしまい、原因と結果の因果関係がなかなか掴みにくくなっております。そこへもってきて、絶対数の少なくなったお客様が、ほんの些細な違いで大きく入れ替わってしまう。インターネットというものは、世の中のお客様の流れをより不安定にし、その振れ幅も大きくさせております。まるで大地震の時の地震計の針の動きの様に、人々はインターネットの情報に振り回されているのでございます。
情報というものは、“いかにして拾い集めるか”という時代から、“取捨選択して、いかにして捨てるか”という時代に変わってきているのでしょうね。この「捨てる勇気」というのが、なかなか難しいのですが...ということとで今回はこの辺で。次回をお楽しみに。
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コメント
今回の記事には全く関係ありませんが、長文になるためこの場をかりたいと思います。
「『まやかし』って漢字でどう書くの?」
についてです。これが難しかった。
まず卓上の国語辞典、漢和字典、類語辞典を調べたところ全滅。当て字すらない。珍しいものもあるものだと大辞林の2版を引っ張り出す。すると……名古屋様の広辞苑と同じく〔ヘボン〕の文字が。嫌な予感。
大辞林の冒頭に戻り表記の意味を確認。やはり〔〕は辞書の引用らしい。
「ヘボンの辞書」とはヘボン式ローマ字のジェームズ・カーティス・ヘボンの編纂した『和英語林集成』のこと。つまり最悪の場合、日本語を英訳したものを和訳するという、随分と楽しい作業をすることになるやもしれませね。まあデジタル版を探して、なければあきらめよう。まあないだろうし……。あれ! なんであるの?
仕方なく(ちょっと楽しい)辞書に潜っていきます。ありました。意外と簡単。これ造った人、苦労しただろうなぁ。良く出来てるわ、このシステム。
『衒』という字を使ってます。「てらう」ですか。「衒学」につかう字ですね。でもこれ使わない方がいいかも。見たことないですし、辞書が避けてるわけですから。『衒』には、JIS区点コード、ユニコード共にあります。パソコンが変換すらしないのは不自然です。
私の調査はここまでにしたいと思います。もう分かりません。康煕字典体まではいけません。では結論。
「『まやかし』は平仮名が正しいと思われる」
衒学にお付き合い頂き、ありがとうございました。
投稿: 若月 | 2010/04/21 00:22