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2010年4月

2010/04/21

美学というのは前向き、けれど美化というのは後ろ向きな考え方

 ワタクシも若いころ作曲の勉強をしておりましたが、気持ちの良いメロディーラインというのはある一定の法則がございまして、その法則に従って作曲いたしますと、意図せず他の曲と似てしまうことが有ったりいたします。また、過去にどこかで聴いた曲のメロディーが深層心理の奥底にこびりついており、その煮凝りのような記憶がいつの間にか溶け出して使ってしまうということもございます。ただ、こういった場合は、「なんとなく似ている」とか「部分的にそっくり」ということになるのですが、「ほとんど同じ」あるいは「伴奏までそっくり」ということになると、「盗作疑惑」ということにまで発展いたします。

 過去の有名な例で申しますと、岩崎宏美の「聖母(マドンナ)たちのララバイ」、八神純子の「パープルタウン」などがございます。これらは結局、作曲者や題名に“疑惑元”を併記することで解決しております。最近では、松本零士と槇原敬之との、実に“大人げない”戦いがございました。漫画と歌謡曲というジャンル違いの戦いで、どうしてあんなに揉めることになるのか、不思議でございました。

 で、話は今話題の上海万博のテーマソング。これが、実に面白いことになっております。盗作疑惑で中国側がいったん使用停止にしましたが、“疑惑元”の岡本真夜があっさり許しちゃいました。実際に聞き比べてみると、“疑惑”どころか“そのまんまパクリ”なのでございます。この件に関しては、中国の対応は迅速でございましたねぇ。吉野家の牛丼なみの速さなのでございます。これはきっと、何かありますよ。先日の餃子事件の犯人が逮捕された件も、その直後に日本人死刑囚が処刑されましたからねぇ。こうやってすぐに非を正す場合ってのは、その陰でもっとスゴイことをやっちゃってたりするんですよね。まぁ、あくまでも推測のお話でございますけどね。

 中国は数年前から、コピー商品に対して厳しく取り締まり初めております。多分、北京オリンピックそして上海万博を見越して、国際化するための必須条件だと認識しているのと同時に、上海万博をなんとか完璧に成功させたいという強い願いがあるのでしょう。それゆえの、今回の迅速な対応なのだと思います。なんかいろいろツッコミたかったけど、こうあっさりと解決してしまうと、ちょっと損をしたような気分でございます。

 ここは、相手の弱みにつけ込み、上海万博に便乗したかったですよね。「盗作、あぁ、かまへん、かまへん。そんかわり、日本もちょいと商売させてもらいまっせ」みたいなノリで便乗商法するのでございます。まず、当の話題の人「岡本真夜」を持ち出しまして、上海万博テーマソングの日本語バージョンの売り込みでございます。いや、岡本真夜ひとりでは弱い。日本の歌手を総動員しての大合唱。気分は「We are the World」なのでございます。それこそ弱みにつけ込んで、やりたい放題するのでございます。

 さらに、上海万博には日本のパビリオンもございまして、多くの日本企業がスポンサーとなっております。この盗作問題にかこつけて、日本企業がつけ込むチャンスでございます。「上海万博御用達」というやつでございますね。そうそう、パビリオン建設の際も、いろいろと融通をきかせてもらわなければなりまへんなぁ(時々、にわか関西弁が混じりますが、気分でお読み下さい)。ということで、権利を主張するばかりが能じゃない。相手の弱みにつけ込んで商売に繋げられたら良かったねというお話でございます。

 ただね、今回、あまりにも岡本真夜側があっさり認めちゃったのは、何かしらの大金が動いているのかな...なんてゲスな想像をしちゃうのはワタクシだけでしょうか。中国側も、万博直前にして時間のかかる訴訟問題にしたくないでしょうしね。ちょっと心配なのは、テーマソングの作曲者。かの国は“銃殺刑”がありますからねぇ。まさか、これぐらいで死刑にはならないでしょうが...でも...ひょっとすると...最初から“作曲者”なんて存在しなかったのかも...おっとぅ、ワタクシもまだ命が惜しいので、この話はこのぐらいにしておきましょうか。

 今の中国は、ちょうど日本が東京オリンピックや大阪万博をやっていたころに相当するのでございましょうか。日本も、高度成長、電子立国と呼ばれたころは、欧米諸国に対して大きな脅威を与えていたものでございます。しかし今や立場は逆転し、日本が中国の後を追いかける時代になってしまいました。平家物語の「盛者必衰、常なるものは無し」という無常観の心境でございます。

 ちょっと脱線。日本にはそんな「敗者の美学」があるにも関わらず、政権交代直後の自民党は“投げやり感”満載で醜態をさらしておりました。与党となった民主党は民主党で、闇雲に過去の経緯を全否定し、おこずかい問題を指摘されると、自分の立場を美化するばかり。負けた方は卑屈になり、勝った方は自身の非を棚に上げて盛大にガッツポーズを取るばかり。こんな国が外国人力士に品格ドウタラと言っているのは、笑っちゃうのでございます。

 閑話休題。中国を追いかける立場となってしまった日本ですが、ここは嘆いてばかりで醜態をさらしてはいけません。したたかに行動して、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともう一度言わせたいものでございます。「日本の本当の実力はこんなものじゃない」と変に美化しておりますと、取り返しのつかないことになっちゃいますよ。ここは、恥も外聞も捨ててガムシャラにならなきゃいけないのですが...世の中のエネルギーのほとんどは、ネット通信やゲームに注がれているのでございますよね。

 かつて中国にアヘンという麻薬が入ってきたとき、中国はその国力を衰えさせるアヘンに驚異を覚え、戦争までしてアヘン締め出しをしております。今の日本は、ネットとかゲームという麻薬にやられちゃってませんかねぇ? アヘンのようなはっきりとした麻薬なら分かりやすいのですが、ネットとかゲームは、“いかにも無害に見えます”からね。登りつめたあと目標を失ってしまった感がある日本ですが、“中国を追い越す”という新たな目標が出来たのですから頑張りましょうよ。それとも、この期に及んで、「まだまだ、日本は中国なんかに...」と美化し続けますか?

 無常観を代表する花といえば桜。その桜の花でさえ、一度散ってしまっても、次の年には新たな花を咲かせるでしょ。ねっ、ねっ。

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2010/04/19

置いとけば何かの役に立つかも、ついそう思っちゃいますよね

 新聞のコラムを読むのが大好きでございます。先日も中日新聞のコラムを読んでおりましたら、個人的にドキッとするような内容が書いてございました。前半部分をちょっと引用してみるのでございます。

 こんなご時世で、閉店に追い込まれる飲食店は少なくない。だが一方、不況どこ吹く風で繁盛している店もある。多分、こういうことだ◆好況の時には、消費者の目は甘く、出費を決める合格ラインはさほど高くない。だから、客へのアピール度「まずまず」ぐらいの店もやっていける。だが、不況になると話は別だ。財布のひもをしめる時、合格ラインはぐっと引き上げられる◆もう、「まずまず」では来てもらえない。結果、繁盛するのは、好況時には余裕で合格していたようなアピール度「抜群」の店だけになる。どうも不況には、店やら商品やらが持つ地力(じりき)の差を鮮明にしてしまうところがある。(以下略、中日新聞4/17朝刊より)

 実に簡明な分析でございます。お店の受付をしていると分かるのでございますが、新規でいらっしゃったお客様のすべてがリピーターになるわけではございません。「このお客様にはどのくらい気に入っていただけるだろう?」、そう思いながら新規のお客様を迎え入れております。そこで、前述のコラムのようなことを考えるのでございます。はたして当店は十分合格ラインをクリアしたのだろうか、あるいはボーダーラインぎりぎり、はたまたボーダーラインにもかからないとか。そしてさらに“むず痒い”のは、そのお客様が何度が足を運ばれるほどの時間が経過しないと、その真相が分からないということでございます。

 お客様の多くが「十分合格ライン」と考えて下さっていればいいのですが、もし、ほとんどのお客様がボーダーラインギリギリと評価しているとしたら...そう、些細な要因で大きく影響を受ける可能性もあるのでございます。おそらく、前述のコラムのような構造を分かっている経営者の方は、いつもこの「見えない合格ライン」にジリジリしているはずでございます。たとえ数字が良くてもそれを正味で判断出来ませんし、また、何かアクションを起こしても、お客様の次の来店サイクルまで待たなければ、そのアクションに対する反応が分からないのでございます。(1)

 さらにこの構造を助長している要因に、インターネットがございます。昔に比べると猛烈な速さで情報が人々の間を駆け巡るようになってまいりました。いい話も悪い話も、アッと言う間に広がります。その結果、評判の良いお店を押し上げる速さも、評判の悪いお店が落ち込んでいく速さも、昔の比ではございません。「勝ち組」と「負け組」がはっきりと分かれ、頻繁にその勝ち組と負け組が入れ替わってしまうなんてことも珍しくございません。世の中の流れや入れ替わりが高速になったのも、それに影響する情報の流れが速くなったからでございましょう。(2)

 流れる速度が速くなっただけではなく、情報量も増えておりますね。そりゃ情報は多いに越したことはございませんが、玉石混淆の情報があふれかえるインターネットの世界は、もはや人間の正確な判断の域を超えております。そんな時、人間の脳は何をもって判断材料とするか? それがね、情報が飽和した脳みそは、実に些細なことで判断してしまう傾向があるようでございます。些細な要因で選ばれたものは、新たな些細な要因で外される可能性もあるのでございます。人間の道具であるインターネットに、逆に人間が振り回されているような感じがしないでもないです。(3)

 さて、あふれかえる情報で“脳みそバーン”になっている大衆は、用心深くもなっておりますね。つまり、「少しでも不安点があれば選択しない」という感覚でございます。景気の良い時には、「まぁ、騙されたと思って試しに行ってみるか」なんて感覚で行動できたものでございます。ところが不況の昨今では、この「騙されたと思って」という感覚にならないのでございます。事前に情報を集めきり、「絶対な安全パイでない限りお金を使いたくない」という固い決意を持っている方が多いようでございます。(4)

 えへへ、今回はなぜか、文章の途中に(1)〜(4)の番号が振ってありますよね。実は、この4つのそれぞれの要因が、複雑に絡み合って作用しているのでございます。まず、(1)の要因では、“来店されたお客様”の反応は、ある程度の時間差を置いてから影響が現れます。ところが、(2)の要因によって、“まだ来店されてないお客様”の口コミは、非常な速さで広がってまいります。そして(3)の要因によって、ほんの些細な違いが全体に大きく影響いたします。最後に(4)の要因によって、世間の興味の深さとは裏腹に、実際にお金が使われる機会はかなり少なくなります。

 ややこしいですが、もう少しおつき合いを。まとめますとですね、売り上げの数字が結果として表れるより先に、口コミばかりが広まってしまい、原因と結果の因果関係がなかなか掴みにくくなっております。そこへもってきて、絶対数の少なくなったお客様が、ほんの些細な違いで大きく入れ替わってしまう。インターネットというものは、世の中のお客様の流れをより不安定にし、その振れ幅も大きくさせております。まるで大地震の時の地震計の針の動きの様に、人々はインターネットの情報に振り回されているのでございます。

 情報というものは、“いかにして拾い集めるか”という時代から、“取捨選択して、いかにして捨てるか”という時代に変わってきているのでしょうね。この「捨てる勇気」というのが、なかなか難しいのですが...ということとで今回はこの辺で。次回をお楽しみに。

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ジーンズをはいた演歌歌手

 先日、何気にテレビをつけておりましたら、懐かしい人が出演しておりました。たのきんトリオのヨッちゃんこと野村義男でございました。NHKのロックギター講座の講師として出演しておりました。地道にマイペースで活動しておりますねぇ。たのきんトリオの中では、田原俊彦と近藤真彦は何かと矢面に立たされることが多く波瀾万丈の人生を歩んでおりますが、その二人の陰の目立たないところで、野村義男は自分の一番好きなような人生を送れているのかも知れませんよね。

 お店の留守番をやりながらチラチラ見ておりましたら、いつの間にかお笑い芸人の友近が温泉に入っておりました。「友近の温泉学」なる番組があるようで、この友近という人も、何かと芸の幅が広い人でございます。先日、由美かおるの水戸黄門での入浴シーンがなくなってしまうというニュースを聞き、さっそくその後釜に立候補しようとしたみたいですが、あっさりと却下されたようでございます。そんなオチャメなところが憎めないのですけどね。

 さて、坂本冬美の「まだ君に恋してる」という曲が、静かなブームを起こしているようでございます。焼酎のCMで使われて、着メロなどで相当のダウンロード数を重ねているようでございます。ワタクシ、たまたま別の曲が目的で坂本冬美の『LOVE SONGS~また君に恋してる』というアルバムを購入しておりまして、そのアルバムにもこの曲は入っておりました。

Love_songs_3坂本冬美『LOVE SONGS~また君に恋してる』
  1. また君に恋してる
  2. 恋しくて
  3. あの日にかえりたい
  4. 会いたい
  5. 言葉にできない
  6. 恋(松山千春)
  7. 夏をあきらめて
  8. シルエット・ロマンス
  9. 片想い(浜田省吾)
  10. なごり雪
  11. 時の過ぎゆくままに
  12. 大阪で生まれた女b
  13. また君に恋してる(デュエットヴァージョン)

 そう、カバーアルバムでございます。表題の「また君に恋してる」という曲も、てっきりCMのための書き下ろしかと思っておりましたら、ビリーバンバンの曲だそうでございます。カバーブームが台頭し始めて久しくなりますが、「坂本、おまえもか」といった印象でございます。ただ、ワタクシ、演歌歌手の歌うポピュラーソングというのは、大好きでございます。演歌歌手は言葉を大事に歌いますし、もともと歌唱力がございますので、ポピュラーなんかもそれなりに歌い上げてしまうのでございます。

 このアルバム、坂本冬美にとって初めてのカバーアルバムだそうでございますが、単発では過去に何曲かポピュラー曲を歌っております。もうかなり前、化粧品の「ノエビア」のコマーシャルで、ツイストの「Tonight」を、この坂本冬美が歌っております。これは実に秀逸でございまして、もし全曲集の中などで見つけたら、ぜひ聞いてみて下さいませ。あるいは、中島みゆきの「化粧」を歌っておりますし、また、細野晴臣と忌野清志郎と坂本冬実とでユニットを組んでいた(?!)時期もあったようで、ビートルズの「And I Love Her」を歌っていたりいたします。この人も、何とも芸の幅の広い方でございます。

 ということで、他にもワタクシが持っているCDの中から、演歌歌手が歌っているポピュラー曲をいくつかご紹介するのでございます。

 まず、門倉有希の「愛に疲れて ~ラブ・イズ・ブラインド」。題名で分かるように、原曲はジャニス・イアンの同名曲。門倉有希はその他にも、「二人でお酒を」「百万本のバラ」「別れの予感」「五番街のマリーへ」「想い出ぼろぼろ」なんてのも歌っております。

 次は都はるみの「愛は花、君はその種子」という曲。これがなんと、ベット・ミドラーの「Rose」なんですよね。「おもひでぽろぽろ」というジブリ映画の主題歌でございました。

 あと、演歌歌手ではないですが、美空ひばりは何を歌わせてもそれなりに形にしてしまうすごい歌唱力を持っておりました。ジャズのスタンダードも何曲か歌っておりますし。美空ひばりの「スターダスト」なんてのは大好きでございます。

 では、こんなところで。演歌歌手が歌うポピュラーソング、もしよろしければ聞いてみて下さいませ。


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2010/04/05

♪ヤミにか~くれて生きるッ、俺たちゃで〜んきゅ〜売人なのさッ

Anime_stand←クリック。GIFアニメが見られます。

 かわいらしい容器に入ったお菓子を見つけましたので、さっそく購入して、その容器を利用して自作のライトを作ってみました。東急ハンズで、電球、ソケット、コード、紙やすりを購入して総額¥1200ほど。紙やすりは何に使ったかと申しますと、ガラス瓶の周りをこすって“すりガラス”にするのでございます。透明なガラス瓶はいかにも“昔の裸電球”を想像させてしまい、安っぽくなってしまうのでございますね。ちょっと(と言っても小一時間かかりましたが)擦って“すりガラス”にすると、あら、まぁ、なんということでしょう、そこはかとない高級感が醸し出されてくるのでございます。

 こんな工作は日曜大工レベルでございますが、ワタクシは学生時代にある貧乏劇団に入っておりまして、そこで電気の知識はいろいろ身につけております。いやぁ、貧乏劇団というところは何でも自分たちでやらなければいけませんので、電気の知識どころが、大工仕事、ミシンや裁縫、塗装、印刷といった様々な知識が身につくのでございます。当時身につけた知識のほとんどが、今のお店のセッティングに役立っておりますので、人生、何が役に立つか分からないものでございます。

 その劇団で身につけた技術で、「照明のノウハウ」がございます。舞台に“時間”や“奥行き”、“暑さ”、“寒さ”、“エロチック”などを、照明の強度とカラーフィルターの色で表現できるのでございますね。このノウハウが、ワタクシのお店では大活躍しております。よく観察いたしますと、お店のいたるところに舞台照明用のカラーフィルターが使われているのに気がつくはずでございます。お部屋全体の明るさ、照明の色、スポット照明の位置や明るさ、そんなところにワタクシの得たノウハウを使用しております。まぁ、センスが良いか悪いかは別でございますけどね(笑)。

 そうそう、「昔の裸電球」と書きましたが、昔の電球は明るさをかせぐために、電球のガラスが透明でございました。最近の電球はもはや明るさをかせぐ必要はなく、ソフトな感じを出すためにすりガラス様になっております。その「最近の電球」も、すでに大手メーカーは生産を打ち切り、蛍光灯型電球やLED電球にシフトしております。当店のようなサービス業では、「調光」という明るさを無段階に調整する機械を多用しておりますので、調光の難しい蛍光灯型電球やLED電球はあまりありがたくないのですけどね。

 透明なガラスを使用した電球は陰影をはっきり出すことが出来ますので、一部の照明機器では必須なアイテムとなっております。そんなものも、なくなってしまうのでしょうか? いや、きっと、どうしても必要な人向けに、裏社会を「ヤミ電球」なるものがはびこるはずでございます。明るく照らす電球に“ヤミ”とは、ちょっと不思議な語感でございます。繁華街の薄暗い闇の中で、ヤミ電球のやりとりがなされるのも、時間の問題ではないでしょうか(個人の妄想です)。

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