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2010年3月

2010/03/18

このシステム、まず政治家に使用してもらいたいものです

Chobo 普通、税務署からの郵便物というのは、あまり嬉しくないものでございますよね。ところが、先日の郵便物は、チョット嬉しい税務署からの郵便物でございました。「還付金の振込のお知らせ」でございます。もっとも、お店の膨大な税務処理はワタクシがやっているわけではございません。というか、無理! つうことで、税理士さんに“丸投げ”しているのでございます。

 お店の毎日の営業記録と必要経費の領収書、これを税理士さんに定期的に渡すわけでございます。で、あとはぜ~んぶ税理士さんが計算してくれる。と書くと簡単ですが、この領収書というのが、膨大な量がある。写真を見ていただくと分かりますが、左側の店舗名が書いてあるもの2冊が営業記録の1年分。1日1枚使いますので、各店舗ごとに365枚有るわけでございます。

 そして、真ん中にある「領収書」と書かれたファイルが、当店の1年分の領収書。A4サイズで厚さが8cmもございます。光熱費や広告費、各種備品代からコンビニのレシートにいたるまで、すべての領収書を1年分ファイリングすると、この量になるのでございます。で、営業記録と領収書を元に税理士さんが作成した帳簿が、右側の青い表紙のファイル2冊。

 毎年領収書を整理していて思うのですが、この領収書、いい加減に大きさを統一してもらえないものでしょうかねぇ。各店舗ごとに大きさや書式がバラバラなんてのは、本当に意味がない。せめて、3~4種類ぐらいの大きさで、書式もある程度決めておいてもらえると、管理もファイリングもしやすいのですけどねぇ。

 あ~、あと、こんな事も考えた! 今、ポイントカードってのは当たり前になってるでしょ。あれの領収書版。ものを買ったとき、領収書をもらう代わりにそのカードを差し出す。お店がそのカードをレジに通すと、そのカードに支払いの情報がインプットされるというもの。さぁ、どうだ、このアイデア。カードの中で金額はデジタルデータになっておりますので、集計も楽。領収書を1枚ずつ確認して表計算ソフトに入力するなんて“原始的”な作業は、もはや必要ないのでございます。申告も今は電子申告の時代、領収書もデジタルにするべきでございます。

 でも、デジタルデータというのは複製や偽造の心配がございます。カードの情報を操作して悪さするヤカラが出るやもしれません。ではどうするか? その領収書カードの中にはデータを置かず、ID番号のみを記録しておくのがよろしいでしょう。データの保存は、すべてどこかのサーバが行うのでございます。コンビニのようなPOSシステムであれば、直接サーバへアクセス出来るでしょうし、ネット通販のような場合は、購入時にID番号を知らせておき、販売店またはカード会社がサーバへアクセスするようにすればいい。

 さぁ、こういったシステムに当てはまらない小さなお店も、多数ございます。ただ、最近はかなり小さなお店でもレジスター機を導入しております。そこで、そのレジスターに“バーコード入りの領収書機能”を標準化させるのでございます。バーコードが入っていれば、データ化するのは簡単なこと。その領収書のサーバ登録を、コンビニなどで代行するということも実現可能なのでございます。

 さらに、自動引き落とし等も、最初に領収書カードのIDを登録しておけば、引き落とし時に自動的にサーバ登録でございます。あ~、もう、何もかもドンドン簡単になっていく。そんな夢のような時代が来ないでしょうかねぇ。これだけコンピュータによる処理が発達していて、どうして「領収書」だけは、あんな原始的な方法なのでございましょう。まぁ、「領収書カード」は無理としても、領収書の書式や大きさを、ある程度決めていただくというのは、ぜひともお願いしたいのでございます。

 以前、東京のショーパブで働いていたとき、この還付金の処理をキッチリやってくれるお店がございました。長年働いている先輩のお姉さん方は、タクシーや美容院の領収書をしっかり保存しておいて、年度末に還付金をもらっておりました。当時、ワタクシはそんなことに全く無頓着でございましたから、渡されたお給料をそのまま額面どおりにもらっておりましたよね。あのころ、先輩のお姉さん方は、どのくらいの還付金が戻ってきてたのでしょうかねぇ? 先輩に聞いても、「うん、ちょっと嬉しいぐらいの額よ」としか言ってくれませんでした。まぁ、何はともあれ、払ったものが多少なりとも戻ってくるというのは嬉しいものでございます。

 え? 今回、ワタクシに戻ってきた還付金はいくらぐらいかって? う〜ん、「ちょっと嬉しいぐらいの金額」でございます。

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2010/03/12

あの振動と流れる景色には、より美味しく感じさせる効果があるそうです

 先日、ちょっとした用事で東京まで出張しておりました。移動の途中にちょいと寄り道をして、上野の弁財天へお参りに。次の予定までにはまだ少し時間があったので、上野公園をブラブラ。いつもなら適当な美術館に入るのでございますが、あいにく今日は月曜日。美術館も動物園もお休みなのでございます。公園の中をしばらく散策してから上野駅へ。書店で『アンアン』のスピリチュアル特集号を見つけ購入。そのまま、山手線で大塚へ移動いたしました。大塚の駅、しばらく来ないうちに綺麗になりましたねぇ。その大塚で用事を済ませますと、後は帰るのみ。新幹線で名古屋までひとっ飛びなのでございます。

 このとんぼ返りの出張の間に食べたのは、フラリと入ったカレー屋での野菜カレーのみでございます。これもあんまり美味しいと思えなかったけど、とりあえず完食したのでございます。昔は電車の中で食べる「駅弁」が、ことのほか楽しみでございました。電車の中で一つ食べ、お土産にもう一つ持ち帰るなんてこともしておりました。けど、最近は駅弁を買わなくなりましたねぇ。大声では言えないので小声で言いますが、以前に比べてまずくなったような気がするのでございます(キッパリ)。

 昔の駅弁って、仕出し弁当のような“ほんの先ほど作りました感”があふれていたような気がいたします。また、作りすぎないようにしているのか、中途半端な時間に買おうとすると売り切れで全く無かったりなんてこともございました。それに比べると、最近の駅弁は“コンビニ弁当レベル”になってしまったかなぁ。いや、コンビニ弁当も十分美味しいですよ。ただ、最近の駅弁には、先ほど述べました“ほんの先ほど作りました感”が無くなっているような気がするのでございます。それで、コンビニ弁当と同じような感触を得るのではないでしょうかねぇ。

 そういえば、コンビニで売られている商品というものは、これでもかというほど包装されております。リンゴやレモンなんてものまで、きちんと1個ずつビニール袋に入っていたりいたします。八百屋や果物やでは当たり前のように裸で売られておりますが、コンビニのような店舗では、そのような裸の陳列は難しいのでしょうね。果物屋ですと、店の主人が商品を選んだくれたり、ちょっと傷んでいるものをオマケにつけてくれたりするものでございます。専門店でのあのような配慮や調整が、コンビニでは出来ないですからねぇ。ということで、コンビニに並べられる商品は、多少の包装コストがかかっても、確実に「安全」な方法で陳列することになるのでございましょう。

 コンビニでは、同じような「安全性」がお弁当にまで徹底されております。その安全性をキープしつつ、大量生産、低コストという目標も達成させなければいけないわけですので、コンビニの弁当というものは、やはり「新鮮さ」という観点で考えると、「チョット違うもの」と思わざるを得ないのでございます。いやぁ、奥歯に物が挟まったような言い方でございますが、この際、添加物がどうのとかは申しません。現代社会では、添加物なしでは飲食物の流通は不可能でございます。大量の「食需要」を支えるために必然的に生まれてきたコンビニ弁当ではございますが、その安全性を確保するために、“食べ物の何か大事なもの”を失ってしまっているなぁと、ちょっと悲しい気持ちになるのでございます。

 駅で売られている「駅弁」、コスト削減などの影響を受けて、その製造方法も「コンビニ弁当的」になっているのかも知れません。たまに買ってみようかなとも思うのですが、最近の駅弁はラップで完全密封されており、あれを見ると「あぁ、おまえもか」という気分になるのでございます。きっと名古屋駅とか東京駅といった大きな駅特有の傾向なのかも知れません。こんど地方へ出張へ行くときに、その地方の駅弁に挑戦してみましょうか。あ~、食べ物の話をしていたらお腹が減ってきた! ちょっくら、コンビニへ行って、なんか買ってくるわ!

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2010/03/03

人間関係にも、危機管理能力が問われたりいたします

 いや〜、世界中が大変なのでございます。ハイチ地震といい、今回のチリ地震といい、大災害が連続するのでございます。このような災害時には迅速な救助活動が望まれるのでございますが、なかなかうまくいきませんねぇ。現地では略奪なども起きておりますし。こんなとき思い出すのは、そう、国際救助隊「サンダーバード」でございます。

 あのサンダーバードの救助システムは、実に理にかなっております。まず高速なサンダーバード1号が迅速に現場に駆けつけ、現場の状況判断。そして、サンダーバード2号が相応した救助機器を積載して現場に追いついた頃には、救助計画が整っているということに。これを実際の災害で実現しようとすると、大型ヘリコプターなどの軍隊並みの機動力が要求されるわけでございます。そして略奪騒ぎなどの鎮圧をしようとすると、やはりこれにも武装した軍隊のような人たちが...ということで結論!大災害には軍隊が必要不可欠なのでございます。

 そこで、あの国際救助隊「サンダーバード」のような組織を、国連主導か何かでで作れないでしょうかねぇ。別に、南の島に秘密基地を作る必要はございません。軍隊を持つ各国がそれぞれ機材を持ち寄って、何か大災害が起きれば最寄りの国がその機材を導入する、その取り決めだけをすればいいのでございます。この取り決めを、世界規模で行う。世界のどこで災害が起こっても、その最寄りの国が助けに行くのでございます。

 でもこんな時、「たとえ災害救助といえども自国の上空を他国の軍隊が通過するのは認めん」なんて言い出す国が、必ず出てくるものでございますよね。そこで、災害が起きる‘前’にあらゆるシミュレーションを行い、そのような問題を調整しておく必要がございます。どこで災害が起きたら、どの国が、どのルートを通って、何を運ぶか。情報はどこへ集めるか、どこに対策本部を置き、誰が主導権を撮るか。有らん限りの可能性を予測し、マニュアル化しておくのでございます。ことわざの「備えあれば憂いなし」とは、よく言ったものでございます。

 災害時には「情報をいかにコントロールするか」という事が重要でございます。情報が錯綜すると、現場も大混乱するのでございます。そんな情報収集には、災害地に群がるマスコミの取材陣が効果的に利用可能。「災害時にはスクープを認めない」、これでございます。マスコミの取材結果はすべて強制的に対策本部に集める。そして、全てをとりまとめ、国際映像として全マスコミに同じ映像を提供する。オリンピックやF1グランプリの国際映像の要領でございますね。だいだい、大災害が起きると全てのヘリコプターが「いちばん派手な現場」に集中し、同じ現場に何台もひしめき合っている。こんなことは、全く、無駄、無駄、無駄! 何機も動かせるヘリコプターがあるのですから、災害地をまんべんなく、効率的に取材させればいいのでございます。

 どこかで大災害が起きたとき、起きてから「さぁ、我が国はどう対処するのか」なんて話し合っているから初動が遅れるのでございます。だからこその「起きる前の取り決め」。政治的な思惑や、歴史的な因縁がたとえ有ったとしても、「まず取り決め有りき」であれば、躊躇なく動けるはずでございます。そして、普段からの「助けたり、助けられたり」という国際的な関係が、国際紛争を未然に防ぐかもや知れません。あぁ、人間関係も同じでございますね。普段からうまくいっている人とは、たとえトラブってもお互いに許容範囲が広い。ところが、うまくいっていない人同士だと、ほんの些細な事が大事件につながる。人と人との交わりでも、大きな衝突が起きる前に、あらかじめ小さな取り決めをしておくというのは、有効かも知れませんよ。

ではでは...

↓ワタクシが国際救助隊で活躍していた頃の勇姿でございます。
Kokusaikyujotai

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