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2008/06/24

ナイフにまつわる、ちょっと尖ったお話

宮崎努の死刑が執行されました。その執行にゴーサインの印を押した鳩山法相を、「死に神」などと称した新聞もございます。任務として行っている人を指して「死に神」とは、老舗新聞社の割にはセンスのない表現でございます。“世相をチクリと刺すコラム”での掲載とのことですが、刺したり叩いたりするのにも愛情の裏打ちは必要でございます。愛情という裏打ちが有ってこそ、その攻め(責め)が「愛のムチ」となって輝いてくるものでございます。そう、SMと同じなのでございます。宮崎県では「愛のムチ復活」などと話題になっておりますが、“愛情を下地にする”というのは、非常に高度な所作なのでございます。

「刺す」と言えば、秋葉原の通り魔事件から、早二週間が経過しております。犯行に使われたのが、タガーナイフという殺傷能力の高いものだったとのこと。ナイフ一本で何人もの人を次々と殺すなんてのは、軍隊の特殊部隊のお家芸だと思っておりました。しかし、こんなド素人の犯人が振り回したナイフで、あっという間に大勢の人が殺されてしまったのに、大変驚いております。「事実は小説よりも奇なり」と申しますが、まさに、映画のワンシーンのようなことが、実際に起こってしまったのでございます。

ワタクシ、このナイフというものには、非常に深い思い出がございます。今回は、そのナイフにまつわるワタクシの体験談をするのでございます。お話し出てくる登場人物のプライバシーを考え、一部設定は変えてありますが、実際にワタクシが体験したことでございます。

それは、ワタクシがまだニューハーフになる前のことでございます。ワタクシ、ある繁華街の中の、ある焼き肉屋でアルバイトをしておりました。夕方に店に入り、もっぱら皿や鉄板を洗ったり、煮上がったほうれん草を搾(しぼ)っておひたしを作ったり、切る前のタン(牛の舌)を叩いて柔らかくしたり、イカの皮をむいたりエトセトラエトセトラ、とかいう仕事をして、深夜に仕事を終える。それが、毎日の日課でございました。

その職場のホール係に、ワタクシよりちょっと年下の男の子がおりました。彼は、ズングリムックリのワタクシの体型に比べ、スマートで、美形で、それこそジャニーズのスカウトから声がかかりそうなルックスでございました。ただ、ちょっと世間を斜めに見るようなところがございまして、目はオオカミのように、いつもギラギラさせておりました。常に心を緊張させているようなところがあり、つい彼の心のトゲに触ってしまったりすると、笑っていても急に顔色が厳しくなるような、そんな危なっかしさがございました。

その職場では、同じような年代が二人だけということもあって、ワタクシと彼は次第に親密になり、仕事が終わった後には深夜喫茶(当時、ファミレスなんてぇものはございませんでした)で、朝方まで長話するなんてことも時々ございました。最初は仕事の愚痴などを言い合っているだけでございましたが、そのうち、彼は自身の生い立ちなどを、少しずつ話し始めるようになったのでございます。

彼は職場では、決して着替えるときに他人に肌を見せないようにしておりました。上着などで自分の体を隠しながら、巧みに仕事着に着替えておりました。彼の美形な顔立ちとは裏腹に、彼の半身には大きな火傷の痕が有ったからでございます。彼は両親の愛情に恵まれませんでした。むしろ両親は彼のことを邪魔者と思っていたようでございます。彼が高校を中退したとき、彼の両親は無理やり彼を親戚に家に預けたのでございました。その親戚は、中華料理店を営んでおりました。彼はその中華料理店を嫌々手伝うことになったのございますが、不運なことに、他人の不注意から高温の油をかけられてしまったのでございます。

その事故がもとで嫌気がさし、彼は飛び出すようにその親戚の家を出たそうでございます。その後、職を転々と渡り歩き、そして、ワタクシと出逢うことになったのでございます。ワタクシと彼とは、本当によく長話をしたものでございます。ワタクシだけには腹を割っていろいろなことを話しているようでございました。けれど、彼の心に深く根づいている多くのトゲは、いつまで経ってもその鋭さを失うことはなかったのでございます。彼は他の従業員とのちょっとしたやり取りでキレることも多く、ある日、店長と店の中で大げんかをしたあげく、プイッと辞めてしまったのでございます。

彼が辞めた後も、ワタクシは彼と連絡を取り合っておりました。仕事が終わった後、深夜喫茶で待ち合わせをして、やはり朝まで長話をするということも時々ございました。その時、彼が何をして生計を立てているか、ワタクシは詳しくは聞きませんでした。しかし、その繁華街の中で何かをしているのは、間違いないことでございました。そして、ちょっと危ない仕事をしていることも、彼の話っぷりから、何となく察しがついたのでございます。彼のトゲトゲした性格を考えると、起こさなくてもよい“もめ事”を、わざわざ起こしているのではないか、そんな心配をさせる空気が、当時の彼にはございました。

ある夜、深夜喫茶で待ち合わせをしていると、遅れてきた彼が、自慢げにあるものをワタクシに見せてくれたのでございます。革製のカバーから出したものは、サバイバルナイフでございました。柄の部分まで全て金属で出来ており、やや大きめのツバがつき、刃は鋭利な両刃になっておりました。「何かと恐い目にあうことが多く、護身用に持ち歩くのが当たり前、他の連中もみんな持っている」と、彼はワタクシに話したのでございます。ただ、彼は常日頃、両親や火傷の原因になった親戚に、非常に強い恨みを持っておりました。話の端々に、復讐心のようなものを感じることもございました。彼が自分の復讐心に気づいていたかどうかは分かりませんが、ワタクシには、その復讐心とナイフとに、いやな関連づけを感じたのでございます。

そのナイフの鈍い輝きに危ない予感を感じたワタクシは、彼に「護身用なら、もっと小さいものでも十分だろ」と提案したのでございます。そのとき彼は、意外と素直にワタクシの提案を受け止めたのでございました。その大きなナイフを、自分でも持て余していたのかもしれません。次に会ったときには、まったく同じデザインのひとまわり小さいナイフに変えておりました。提案を素直に受け入れてくれたことに安心してしまったのか、ワタクシは喉元まで出かかっていたもうひとつの提案を、そのとき飲み込んでしまったのでございました。

 「護身用なら、見せるだけで脅せるだろ。刃先は潰しておけよ」

ワタクシはそのとき、このように言うつもりでございました。この言葉を喉元まで出しかけておきながら、つい飲み込んでしまったのは、「まさか自分の周りで大きな事件など起こるわけなどない」とタカをくくっていたのかもしれません。あるいは、彼が気に入って大事にしているナイフの、その刃先を潰せというのが、どうも心苦しく思ったのかもしれません。多分、ワタクシが刃を潰せと言ったら、そのときの彼ならワタクシの言葉に従ったことでございましょう。それくらい、彼はワタクシには心を開いておりました。結果として、ワタクシは「どうせ何も起こらないだろう」と思い続け、彼はやや小振りではあるが鋭利なサバイバルナイフを持ち続けたのでございます。

彼がナイフを持ち始めてからしばらくして、衝撃的なニュースが報道されたのでございます。その繁華街で、殺人事件が起きたのでございます。死因はナイフで刺されたとのこと。ワタクシは彼の顔が真っ先に脳裏に浮かびましたが、このときにも、「まさか自分の周りで」という気持ちを持っておりました。その不透明な不安感は、次の日の朝、現実のものとなったのでございます。彼から電話がかかってきたのでございます。開口一番、昨晩の事件は自分がやったとのこと。とりあえずワタクシは、彼をワタクシの部屋に呼んだのでございます。

ワタクシは丸一日、かれをかくまったのでございます。その日は一晩中、彼と話し合いました。淡々と、彼は事の次第を話し始めました。カッとなってついやってしまったとのこと。ニュース報道では十数カ所をめった刺しと報道しておりましたが、彼はどこをどう刺したかなど、まったく覚えておりませんでした。ただ、気がつくと相手が血だらけになっており、そのまま逃げてきたとのことでした。

一見、彼は冷静そうに見えました。けれど、何を話しかけても、ワタクシの言葉は彼の脳裏の表層を滑っていくのが感じられました。どうしていいか、わからないといった感じでございました。ワタクシはなぜか、彼に自首を勧めなかったのでございます。彼に「逃げろ」と言ったのでございます。本来なら、被害者の死を悔やみ、犯人に自首を勧めるのが、人間としてしかるべき姿なのかもしれません。けれど、そのときのワタクシには、被害者への思いも法律規範なども、まったくございませんでした。ただ彼を逃がしたい、そう思ったのでございます。

ワタクシの「逃げろ」という言葉も、やはり彼の脳裏の表層を滑っていきました。彼は一切の判断能力が停止しているようでございました。これからどうするかを、いろいろ提案してみましたが、彼はただぼんやりとした顔で頷(うなず)くだけでございました。善悪の基準でものを考えるというよりは、むしろ蛇に睨まれた蛙のように、体も心もすくんでいる状態でございました。結局、ワタクシが彼に出来ることは何もなく、次の日の朝、彼は自分の部屋に帰っていったのでございます。

数日後、彼は捕まりました。自分の部屋にいるところを、訪ねてきた捜査員に検挙されたそうでございます。後から分かったことでございますが、彼はその繁華街では有名な人物だったらしく、事件の直後には、彼の犯行だということが、すでに分かっていたそうでございます。彼とワタクシの電話のやり取りも、一晩、ワタクシがかくまったことも、すべて調べがついていたそうでございます。

ワタクシは一度だけ、留置所内の彼に面接に行ったのでございます。面会室の透明板越しに見る彼の顔は、事件前の鋭い顔つきに戻っておりました。そのときの彼には、被害者を悔やむ気持ちは、まったくございませんでした。「裁判で徹底的に戦ってやる」、そう言って、目をギラギラさせておりました。ワタクシが面会に行ったのは、その一回きりでございます。その後の彼の消息は、まったく分かりません。多分、すでに刑期を終えて、シャバに出てきているはずでございます。先日の秋葉原の報道を、彼はどんな気持ちで見ていたのでしょう。まだ目が尖っているのでしょうか? それとも、丸い穏やかな目になっているのでしょうか?

彼は、たまたまカッとなったときにナイフを持っていて、気がついたらそれを使ってしまっていた。もしワタクシがそのナイフの刃を潰させていたら、彼は違う運命を歩んでいたかもしれないのでございます。あるいは、犯行後の彼が逃げるのをワタクシが手伝っていたら、ワタクシも何かの罪に問われたかもしれないのでございます。

みんな、「自分が犯罪者になるわけがない」とタカをくくっている。でも、人というものは、ちょっとしたことで誰もが犯罪者になってしまう可能性を秘めているのでございます。犯罪者になるために生まれてきた人なんてもちろんございません。確信犯でもないかぎり、「さあ、これから犯罪を犯すぞ」と自ら犯罪者になる人もおりません。

「気がついたら犯罪者になっていた」

犯罪を犯してしまった人というものは、そんなものでございます。

「事実は小説よりも奇なり」という言葉のごとく、以上申しあげたお話しは、ワタクシが実際に体験したことでございます。ただ、設定は、多少変えております。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉が有りますが、犯罪者が犯罪に追い込まれるには、必ずその追い込まれるプロセスというものがございます。犯罪に至るそのプロセスを追求し、同じような悲しい事件が起こらないようにしてこそ、その犯罪者も被害者も浮かばれるというものでございます。

秋葉原事件の犯人を、「彼も社会の被害者だ」と言うような風潮もございます。その言葉の上べっつらだけを拾い上げると、その言葉は単なる“犯罪予備軍への免罪符”になってしまうのでございます。「犯人も社会の被害者だ」という言葉は、犯人の犯行に至るプロセスを掘り下げて、他の多くの予備軍の心を救う言葉で無くてはならないと思うのでございます。軽々しく「社会の被害者」という語が交わされるのを、ワタクシ、ちょっと嫌な面持ちで感じております。

ではでは、今回はこの辺で。なんか深刻なお話しになっちゃいましたね。次回はオチャラけたお話しでもしましょうかね。次回をお楽しみに。

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