困ったときはお互いさまプロジェクト
昨日(2008/5/19)の『毎日新聞』の一面トップに、ちょっと衝撃的な写真が掲載されておりました。「離さなかった冷たい手」と題されたその写真には、赤いペンを握りしめた小さな子供の手が、超アップで写されております。かさかさに乾いた皮膚は、まだいくらか赤みを帯びていて、今にも動き出そうな気配さえ感じさせております。けれど、真っ黒に変色した親指の爪の色が、その拳の持ち主が、すでにこと切れていることをものがたっております。
中国の四川大地震は、大変でございますね。オリンピックを目前にしたこの時期に、なぜこのタイミングで起きるかなぁとも思いますが、出物腫れ物所嫌わず(ちょっと違うか?)、自然現象なのでしかたがないのでございます。各国から派遣された救助隊も、中国政府の間口の狭さ、受け入れの遅さに、十分な能力を発揮できずに歯がゆい思いをしているようでございます。
タイフーンに襲われたミャンマーでもそうですが、こういったときに極端に間口が狭くなるってのは、はやり軍部主体の政治だからでしょうかねぇ。大災害時の救助活動は、最初の数時間が勝負だと言われます。中国解放軍が、ここぞとばかりに自己主張をしたいのでございましょうが、大地震の壮絶な破壊力は、一国の軍隊が対処できる規模ではございません。中国という国は、間口も狭ければ、了見も狭いのでございます。
大災害の救助活動でやはり頼りになるのは、軍隊による絶大な機動力でございます。それと、消防が持つハイテク救助技術。中国に赴いた日本の救助隊が、バスで10時間もかけて現場へ向かったとか報道されてましたが、もうね、手伝わせたくないから、わざと意地悪しているとしか思えないのでございます。ヘリで運べよ、ヘリで、と思いません? 中国としては自国のメンツもあるのでしょうが、本当に、本当に救助第一と考えるのなら、どこの国の救助隊だろうが人手が一人でも多いというのはありがたいはずでございます。人命よりも国のメンツが優先する国なのでございます。
そこでワタクシ、こんなことを考えました。「国際救助隊・サンダーバード」の結成でございます。あの人形劇の世界を、今、現実にする時代が来たのでございます。製作当時は夢のマシンであったサンダーバードメカも、その性能に近いものは、大国の軍隊が、現代では当たり前のように装備しております。今現在の人類が持ち得ている科学技術で、十分サンダーバードは実現可能なのでございます。あとは、その技術や装備を使う側の、人間の意識の問題でございます。
サンダーバードの物語には、ジェフ・トレーシーという総司令官がおりましたが、リアルサンダーバードの場合、やはり完全中立ということを考えますと、国連主導で行うのがよろしいかと思います。まぁ、国連なんて政治的には何の強制力も持っておりませんが、やはり絶対中立の非営利組織が行わないといけません。世の中には、救助活動でさえお金儲けに繋げようとする輩(やから)が、ウジャウジャおりますのでねぇ。で、世界中の危機管理のエキスパートを集めて、その国連内に国際救助隊の中枢部を置くのでございます。
あとは、各国の軍隊、消防、特殊部隊などから、さまざまな人材や機材をそれぞれ持ち寄るのでございます。大災害時の救助活動は、その初動パワーが重要でございます。世界規模の人力と機材力、機動力で取りかかれば、もっともっと迅速に救助活動が進むはずでございます。まぁ、世界中からと申し上げましたが、なにも人形劇のように、南の孤島に全メンバーと機材を集めておく必要はございません。世界中にバラバラに待機しているメンバーが、災害時に「いざ、鎌倉」と現場へ集合すればいいのでございます。それぐらい、現代の移動手段、通信網が発達してきているということでございます。大発明家ブレインズも、これほどまでの進歩は予想しなかったのでございましょう。
「備えあれば憂いなし」と申しますが、いくら最先端の救助技術を持っていても、急ごしらえで現場に放り込まれたのでは、十分な実力を発揮できないのでございます。危機管理というものは、普段からの準備が大事でございます。そのためにも、平常時に国際救助隊を組織しておけば、常に大災害時を想定に入れた準備が出来るのでございます。世界中に散在する救助活動のエキスパートたちが、大事あれば各自が一斉に動き出す。この一斉に動き出し、全体の統制を取るということが、現状では難しいのでございます。
現場に入った人には、現場しか見えなくなってしまいます。ですから、現場の人間が判断を下し指示を出すというのは、あまり合理的ではございません。そこで、集中管理をする中枢部が必要でございます。中枢部では各地のデータのみを収集し、判断し、現場に指示を出す。この情報の一元管理がなされないと、トンチンカンな出来事が多くなるのでございます。たとえば、都市型のハイテク救助装備をした隊員が山奥に配属されたりとか、食料は届いたけれどそれを運ぶ手段がないので腐らせてしまったりとか。指令系統の組織化、情報網の確保、まぁ、対処のしかたは戦争と同じなのでございます。大災害というものは、人間と大自然との戦争のようなものでございます。
組織的な国際救助隊を作ったところで、現地に入国出来なければ、何も出来ないのでございます。そう、国際救助隊の活動には、政治の壁を越えた行動力が必要なのでございます。ですから、たとえ国連主導で結成されたとしても、現段階では、むりやり救助活動をするわけにはいきません。将来的に、国連が特別な権限を持つようになるというのは、あまり期待できませんよね。そこで必要なのが「受け入れ国の理解」でございます。受け入れ国の理解というよりは、大災害が起きたら国際救助隊に助けてもらうという風潮が、世界的に浸透すればいいのでございます。「困ったときはお互いさま」の感覚でございます。ワタクシ、この国際救助隊発足計画を、「困ったときはお互いさまプロジェクト」と勝手に命名するのでございます。
「困ったら助けてもらいましょう。そのかわり、どこかでこまったことが起きたら、すぐに駆けつけるよ、もちろん」各国にこういった意識が浸透すれば、国際救助隊はどんどん活躍の場を増やすでしょうし、大災害時に迅速に起動できるはずでございます。もちろん、中国やミャンマーのように、受け入れを躊躇する国もあるでしょうが、他の国が当たり前のように国際救助隊を利用していれば、その垣根の高さも徐々に低くなるのではないでしょうか。そして、「助けた」「助けられた」という事例が世界規模で増えていけば、それが潜在的な不文律の安全保障条約になるような気がします。自分の命を救ってくれた人に対して、刃を向けられますか? 国際救助隊という国家を超えた組織の活動が、国家間の紛争に歯止めをかけられる。ワタクシ、そう確信するのでございます。
世界中の多くの国が、高機能な兵器をそろえております。それらの兵器の中には、災害救助に流用できるものも多くあり、実際に災害時に活躍しております。災害救助に使える機材が、世界中で多く眠っているのでございますから、それを世界的な規模で有効に利用しましょうよ。戦争の道具が国家間の平和に一役買うというのも皮肉なものでございますが、よく使える道具というものはそういうものでございます。切れ味の良い包丁は、美味しい料理で人を幸せにすることも出来ますし、人を刺し殺すことも出来るでしょ。
そして、人類は、大自然の摂理の雄大さを、もっともっと実感するべきなのでございます。四川大地震の犠牲者の数が、5万人ともそれ以上とも言われております。この地球が、ちょっとクシャミをしたり、シャックリをしただけで、何万人という被害者の大災害が起きるのでございます。一方、広島の原爆は、一瞬にして数万人を焼き殺し、最終的に20万人以上の犠牲者を出しておりますが、人類が作り出したそれほどの殺戮兵器でさえ、地球のシャックリやクシャミと、たいして程度は変わらないのでございます。
もっと言うと、ちょっとした大自然の摂理の気まぐれが起きたら、我々人類は、あっという間に絶滅するかもしれないのでございます。我々人類なんて、地球という手のひらの上でうごめく、細菌・ウイルスのようなものでございます。ちょっと地球が石けんで手を洗ったら、たちまち絶滅してしまうのでございます。そんな脆弱な存在でしかない人類が、地球のクシャミ・シャックリ程度の殺戮兵器を作り出して、お互いにいがみ合っているというのは、バカらしいものでございます。そんなことを考えると、国際救助隊よりももっともっと必要なのは、「地球防衛軍」かもしれませんよ。ガミラスのような敵が攻めてきたら、人類は一つになれるのかもね。
さて、お話を四川大地震にもどしますと、この地震、大災害ではあるけれど、中国の歴史から考えると、ある意味、タイムリーな出来事だったのかもしれません(不謹慎は承知しております)。チベット問題で中国は疎外感のかたまりになっておりましたからねぇ。今回、外国の救助隊を受け入れたことで、国際的な近所づきあいみたいなものを、ちょっと認知したのではないでしょうか。国内でのマナー改善や、コピー商品の摘発など、中国は今、自国の国際化に躍起になっております。チベット問題では世界中から冷水を浴び、逆に、この地震では世界中から温かい手を差しのべてもらう。短い期間に冷たいものと暖かいものを一時に体験したことは、国際化に向けて、非常にいい体験になったはずでございます。
とまぁ、今回はこのへんで、と言いたいのですが、あともう一つだけ。今回、中国がなかなか諸外国からの救援隊を受け入れなかった間口の狭さを申し上げましたが、実は、日本も同じことをやっているのでございます。23年前に「日航123便墜落事故」というのがございました。その際、アメリカ軍は早々と墜落地点を特定し、墜落の数時間後には現場上空で特殊部隊が待機していながらも、日本政府からの援助要請が出なかったため、やむを得ず引き返すということがあったのでございます。結局、歩いて向かった地元の消防団が現場に到着したのは、翌朝のことでございました。
メンツにこだわってはいけません。「困ったときはお互いさまプロジェクト」、実現しませんかねぇ。といったところで、長くなりましたので終わりにしましょうか。次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。
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