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2008年2月

2008/02/16

CMは昭和の調べ

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お店の有線放送を聴いておりましたら、昔懐かしい「パチパチ」というレコードのスクラッチノイズが聞こえてまいりました。「レコード音源から吸い上げた昔の曲かな?」なんて思いまして、しばらくその曲を聴いておりました。けれど、特に昔の曲というわけでもございません。しばらく聴いて、ハッと気がつきました。最新のデジタル技術を駆使すれば、レコード音源のスクラッチノイズなんてのは、いとも簡単に除去できるはずでございます。その曲は、「あえてスクラッチノイズを乗せるという演出」だったようでございます。

さて、古い曲を聴くと、その曲を聴いていた頃の自分が彷彿と思い出されることって、ございますよね。CMなどで「カーペンターズ」や「オリビア・ニュートンジョン」が流れたりいたしますと、何十年も忘れていた昔の思い出が呼び起こされたり致します。青春時代に聴いた曲というものは、より深く自分の人生の一場面とリンクされているようでございます。逆に、現在のゴタゴタを一時でも忘れたいと思うとき、そんな若かりし頃の思い出の曲を引っ張り出して聴くと、まるでタイムマシンで運ばれたごとく、過去の自分に戻れたりいたします。

今回は、そんなタイムマシンのような魔力を持ったアルバムを、二枚ほど紹介するのでございます。一枚は「世良公則」の『ジャカランダ』というアルバム。もう一枚は「デーモン小暮」閣下の『GIRLS' ROCK √Hakurai』でございます。ではでは、はじまりはじまりなのでございます。

まず世良公則の『ジャカランダ』。軽く曲目を紹介するのでございます。

 M1 アンタのバラード
 M2 性 −さが−
 M3 Days −デイズ−
 M4 Soppo
 M5 そっと...kissを、
 M6 宿無し
 M7 Against The Wind
 M8 歩み(そして・・・明日)
 M9 銃爪
 M10 燃えろいい女
 M11 バラードが聴こえる
 M12 Jacaranda −ジャカランダ−

どうですか? 30代〜40代の方なら、実に懐かしい曲名でございましょう。このアルバム、世良公則がアコースティックギター(生ギター)だけで歌っております。アコースティックギターだけの歌唱、最近の世良公則さんがよく行っている歌い方でございます。

YouTube などで世良公則(ツイスト)の曲を検索すると、様々な"亜種ツイスト"がワラワラと出てまいります。サクッと粋(いき)に歌い上げるクールなバンドもあれば、ガッチガチに力みきって叫びまくっているバンドなんてのが見つかったりいたします。「ツイスト」「世良公則」というと、パワフルでアクセル全開といった印象がございますが、このアルバムで歌っている世良公則は、本当に、楽〜に力を抜いて歌っております。

「芸が枯れる」なんてことを申します。芸というものはドンドンこなれてくると、力が抜けてくるものでございます。芸の神髄を表現するには力を抜けばいいのだと気付くわけでございます。それが、「芸が枯れた」という状態でございます。若いとき、未熟なときには、ついつい力みがちになるものでございます。その力押しの表現も、またひとつの方法論(メソード)であって、ひとつの正解でございます。力で押すなんてぇのは若いときしか出来ないのでございます。

ところが、歳を取ってくると、若い頃のような力押しの表現は出来なくなってまいります。力はなくなるのでございますが、人生経験を積んだ分、今度は知恵の方が増えているのでございます。力で表現する方法論から知恵で表現する方法論へと変わってくるわけでございますね。力を抜いたシンプルなやり方で、奥深い表現が出来るようになるのでございます。「シンプル・イズ・ベスト」とはよく言ったもので、物事、究極を突き詰めるとシンプルになるのでございます。

というわけで、この『JACARANDA』というアルバムでは、「枯れた」世良公則を堪能できるわけでございます。世良公則は2003年にも同じようなセルフカバーアルバム『照(しょう)』をリリースしております。この『照』では「熟しきったパワフルな世良公則」といった感じでございました。今回ご紹介した『JACARANDA』は、「さらに熟してドライフルーツになった世良公則」とでも言いましょうかねぇ。

では、もう一枚ご紹介を。デーモン小暮閣下の『GIRLS' ROCK √Hakurai』というアルバムでございます。これは、昨年リリースされた、「女歌をデーモン閣下が歌う」というコンセプトのカバーアルバム『GIRLS' ROCK』の第二弾でございます。この第二弾は、「女歌であり、なおかつ日本でリリースされた時点で既に外国曲のカバーであった曲」というコンセプトだそうでございます(あぁ、ややこし)。以下に曲名を並べるのでございます。

 M1 ヒーロー (Holding Out For A Hero)
 M2 愛が止まらない (Turn It Into Love)
 M3 ダンシング・ヒーロー (Eat you up)
 M4 Mr. サマータイム
 M5 今夜はANGEL (Tonight Is What It Means To Be Young)
 M6 雨音はショパンの調べ (I Like Chopin)
 M7 NEVER
 M8 ランバダ (Lambada)
 M9 チェリー・ボンブ -悩殺爆弾- (Cherry Bomb)
 M10 SHOW ME
 M11 タフな気持ちで (Don't Cry)

これらの曲目も、懐かしいですよねぇ。第一弾が大ヒットしたゆえの、今回の第二弾のリリースだそうでございます。実は、第一弾でのデーモン閣下の歌い方には、やや消化不良気味なものを感じておりました。「こんな物作って売れるのかいな?」といった迷いのようなものがあったのでございましょうか? しかし、今回の第二弾では、デーモン閣下、吹っ切れております。第一弾が大ヒットしたことを受け、迷いなく、確信犯的な歌い方をしております。

実は世良公則さんも、「女歌」をよく作曲します。「あんたのバラード」などは代表作でございます。しかし女歌だからといって女々しく歌うわけではございません。世良公則さんの歌う「あんたのバラード」は、どこまでも男の息づかいで女の心情を歌っております。ここに、女歌を男が歌うときの「艶(つや)」が出てくるわけでございます。

ところがデーモン閣下の第一弾『GIRLS' ROCK』では、どうも「女の歌」というのを意識したのでしょうか、どこかしら「女ぶって」歌っている気配が感じられるのでございます。これは、オカマが女の歌を歌うときの歌い方と同じで(歌っていう字、いっぱいやね)、ちょっと気色悪いものを感じたものでございました。

しかししかし、今回の第二弾では、曲を十分自分のものとして消化し、そこから自分の感性で吐き出しているという感じを受けます。男とか女とか拘(こだわ)って表現を変えるのは不毛でございます。それは、猿まね・物まねの域を出ないからでございます。曲のエッセンスを読み取り、それを最大限に表現しようとしたときには、もはや歌詞の性や自分の性などは、関係なくなるのでございます。魂の叫びというやつでございます。魂には性別はないのでございます。

というわけで、この『GIRLS' ROCK √Hakurai』、とってもデーモン閣下らしさが出ていて、楽しめるアルバムでございます。しかも、曲が懐かしくって、ホロッと来ちゃうしね。『JACARANDA』は、ちょっと低めの音量でマタ〜リと聴きたいななんて思いますけど、この『GIRLS' ROCK √Hakurai』は、許される限りの大音量で、ノリノリで聴きたいアルバムでございますね。

さてさて、今回紹介した二枚のアルバムもそうなのでございますが、最近は30〜40代の人をターゲットにした曲が多いように思われます。CMソングなども、昔のカバー曲が多いですしね。これは、この年代が一番購買力があるからなのでしょうかねぇ。とすると、まんまと業者の陰謀に乗せられてしまっているのかな、といったところで今回はこのへんで。次回をお楽しみに、名古屋薫でございました。

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2008/02/14

みんな生まれつきの死刑囚

ここのところ、風邪なんだか花粉症なんだか分からない症状でボロボロになっております。とにかくコンコンと出る乾いた咳に、一日中悩まされております。この悩ましい咳、シャワーを浴びたりするとピタッと止まったりするのでございます。

「これは、自分の体に付着していた花粉が取り払われたから症状が無くなったのだ」
なんてぇ勝手な解釈をいたしまして、シャワーの後、スッポンポンで歯を磨いたり髪の毛を乾かしたりしておりますと、やっぱり咳が出始める。「自分の体に付着していた花粉説」は撤回なのでございます。次は、「シャワーを浴びている間は咳が出ない説」を立証するために、一日中シャワールームで過ごすなんてぇいう実験をやってみたいのでございます。

さ〜てさて、ちょっと前のお話になりますが、「赤福餅」が再開いたしましたねぇ。行列が出来るほどの盛況ぶりだとか。よかったよかった、なのでございます。「不二家」も若干の客離れはあるようでございますが、順調に復活しているようでございます。

一方、今や「雪印」は“絶滅危惧種”状態、「ミートホープ」に至っては“お家取りつぶし”なのでございます。不祥事を出しても復活する赤福や不二家のような企業もあれば、そのまま先細りになってしまった雪印やミートホープ。「この両者を分けるものは何だったんだろう」何てぇことを考えておりましたら、ある漫画によってその解答の糸口がもたらされたのでございます。というわけで今回は、ただ今開催中の「第11回文化庁メディア芸術祭」の漫画部門で大賞を受賞した、『モリのアサガオ』という漫画を紹介するのでございます。

Fi1202999965160t_0eこの『モリのアサガオ』という漫画は、ある新人刑務官が死刑囚の舎房に配属されるところから始まるのでございます。その新人刑務官の目を通じて、加害者である死刑囚の苦しみ、そして被害者の苦しみをも、独特の画風で描き出しております。そしてさらに、「仇討ち」という「加害者であり被害者でもある」というシチュエーションを持ち出すことによって、底なし沼のようにより深遠に錯綜する死刑囚の心情を表現しております。『漫画アクション』に二年にわたって掲載された、重い重い作品でございます。

「罪を回心し、反省して死んでいく者」
「最期の時まで大暴れして死んでいく者」
「冤罪(えんざい)をかけられ、無念の中で死んでいく者」
「あえて冤罪の道を選び、納得して死んでいく者」
こんな死刑囚が、『モリのアサガオ』の中では描かれております。またこの作品は、
「罪の重さを知り回心するためには死刑という極刑が必要だが、その回心して心が穏やかになった者を殺さなければならないという死刑囚の宿命」
といった、大きな矛盾にも言い及んでおります。さて、この作品を読んで知ったのですが、死刑囚には死刑執行をあらかじめ告知しないそうでございます。ある朝、突然呼ばれ、見覚えのない部屋に連れて行かれる。すると、そこが死刑執行の部屋なのだそうでございます。つまり、死刑は必ず行われるのだけれど、いつ死ぬことになるかは本人にはまったく分からない。ねぇねぇ、これって、別に死刑囚じゃなくても、普通の人でも同じことが言えません?
「死は必ず訪れる。そしていつ死ぬかは分からない」
つまり、すべての人間は、皆、「生まれつきの死刑囚」なのでございます。であるからして、死刑囚が抱える恐怖、悩み、迷い、苦しみ、こういったものは、普通の人にもそのまま当てはまるはずなのでございます。逆に言いかえますと、「われわれは所詮、皆、死刑囚なんだ」と腹を括(くく)ってしまいましょう。「どうせ死刑囚なんだから」というところから考えると、悩み、苦しみを昇華させる、何らかの糸口が見つかるような気がするのでございます。

われわれは皆死刑囚と申し上げましたが、本当の死刑囚と普通の人とが違うところがございます。それは、

「どんなにつらくとも、当面は死なないこと。そして、すべてをやり直す十分な可能性と時間があること」
でございます。私はよく、苦しんでいる人や困っている人には、「どんなに辛くとも、命までは取られないから」とアドバイスをいたします。「『死』という最大苦よりは、まだましさ」と煽(おだ)てるようなアドバイスでございます。そんな煽てるようなアドバイスを受けて、みごと悩みや苦しみを克服したところで、いつかは死を受け入れなければならないわけでございます。先ほど申し上げた「死刑囚の大矛盾」と同じでございます。

さ〜て、テーマの重たさゆえに、言葉や表現を選びまくっておりますので、なんだか紆余曲折な文章になっております。ここで、冒頭の食品会社のお話に戻りましょう。不祥事を出しながらもみごと再生した会社と先細りな会社。何が会社の先行きを決定してしまったのか? それには様々な要因があるのでしょうが、そのひとつに、謝罪会見時の腹の括り方があると思うのでございます。

一方は、「命までは取られないだろう」と腹を括り、真摯な対処。この真摯な対処が、古くからの熱烈なファンの支持を得、多くの「信じる人」「支える人」を増やしていったような気がします。別の一方では、自分の息子にまで見放されてしまうような、往生際の悪い対処。その結果、ますます孤立するばかり。こんなところで、運命が決まってしまったのではないでしょうかねぇ。

『モリのアサガオ』の中でも、死刑囚を信じる人、支える人の出現によって、その死刑囚が罪を回心して、心穏やかになっていく様子が描かれております。そうそう、この漫画の作者、郷田マモラさんのプロフィールを読んだら、なんと出身地が三重県伊勢市だそうでございます。赤福餅のお膝元でございます。まぁ、それがどうしたって言われれば、どうでもいいことなのでございますけどね。

さて、今回はこのへんで。『モリのアサガオ』では、多くの冤罪を作り出してしまう危険性なども示唆しております。それで、『モリのアサガオ』読破後に映画『それでもボクはやってない』を見たりしたのでございますが、まぁ、日本の司法制度って、こんなものなのでしょうかねぇ。といったところで次回をお楽しみに、名古屋薫でございました。

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