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2007/10/26

負の人生経験、転じて正となす

今回は、ワタクシとしては珍しく他人様の文章の引用から。

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ずうずうしい善人になろう

臆病な善人は
 人々を不幸にする
悪い奴よりもっと悪い
 なぜなら
 自分もまわりの人も
 神経質に責め立てる
 しかも どん欲で
 要求ばかりするから……

ずうずうしい善人になろう
 なぜなら
 ずうずうしい善人は
 自分の存在を百パーセント肯定する
だから
 自分を生かし
 周りの人々を生かすのです

(山崎房一著『心がやすらぐ魔法の言葉』(PHP文庫)より)

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亀田興毅の謝罪会見、なんだか公開裁判のようで不愉快でございました。このような際に、まるで鬼の首を取ったように尊大に質問を浴びせる記者への不快感は、以前「いわんや悪人をや報道して欲しい」(2006/10/24配信)で申し上げました。亀田兄弟はマスコミの被害者なのですけどね。最初はマスコミに踊らされて、ちょっと調子に乗ってハメをはずしたら、今度は手のひらを返したように責め立てられる。辛い時期でしょうが、この兄弟には乗り越えていただきたいと思います。

芸人さんでも、スポーツ選手でも、一度地獄を味わった人は強いですよ。その“地獄から這い上がってきたという事実”が、本人にとってこの上ない自信に繋がるからでございます。逆に、たいした苦難もなく順調に登ってきた人っていうのは、意外と打たれ弱かったりするものでございます。

「負ける」とか「苦しむ」といった人生経験は、人が人として成長するには欠かざる要素だと思うのでございます。だから、運動会のかけっこにはきちんと順列をつけるべきだと思いますし、受験勉強なども厳しくていいと思うのでございます。しかし、最近はそういった「負の人生経験」を、あまり経験せずに成長してしまったのでは、と思える人も少なくございません。

ワタクシがいままでやってきた仕事の中で、班長のような形で現場を任されたこともございます。そのようなときに、「全くミスを犯さない人」というのは、管理していて非常に怖いものがございます。そのような完璧な人は、そのうち大きなミスをドカ〜ンとやってしまうものだからでございます。そして、普段ミスや失敗になれていないので、自分が犯したミスに対処できない。対処できないどころか、ミスをした自分を受け入れられず、隠蔽工作に走ったりする。ある意味、時限爆弾のような人材でございます。

逆に、普段から小さなミスをちょくちょくしている人っていうのは、管理していてそれほど心配にならない。失敗慣れしているので、ミスを犯してもカバーが早い。迅速に適切な修復が行えられれば、それはもはやミスではあってミスではないのでございます。さらに、そういう人は自らのオッチョコチョイを自覚しておりますので、普段から用心深く行動しているものでございます。ただこういった人は大きな冒険にはなかなか出られない。大きな失敗を予想してしまうので、ついつい二の足を踏んでしまうのでございます。

自信過剰気味なイケイケな人というのも、企業やチームにとっては必要でございます。ただ、イケイケだけで突っ走ると、亀田一家やミートホープのようになりかねません。逆に、やや心配性で臆病な人だけでは、ここ一番という大事な判断に後れを取り、大きな損失を被ることにもなりかねません。イケイケな人がリーダーになり、心配性な人が参謀役にまわるといった体制が、ワタクシとしてはベストだと思うのですがどうでしょうか?

亀田一家には、冷静に対処する名参謀役がいれば良かったのになぁと思うのですが、まぁしかたないですね。いままでの人生は予行練習。地獄を味わった後のこれからが本番。このように考えて、這い上がっていただきたいものでございます。なんだかんだ言われてますが、あの兄弟には“輝き”が有ります。地獄から這い上がってきた彼らの輝きには、眩(まぶ)しさだけでなく、深みさえも呈しているのではないでしょうかねぇ?

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