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2007年10月

2007/10/26

負の人生経験、転じて正となす

今回は、ワタクシとしては珍しく他人様の文章の引用から。

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ずうずうしい善人になろう

臆病な善人は
 人々を不幸にする
悪い奴よりもっと悪い
 なぜなら
 自分もまわりの人も
 神経質に責め立てる
 しかも どん欲で
 要求ばかりするから……

ずうずうしい善人になろう
 なぜなら
 ずうずうしい善人は
 自分の存在を百パーセント肯定する
だから
 自分を生かし
 周りの人々を生かすのです

(山崎房一著『心がやすらぐ魔法の言葉』(PHP文庫)より)

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亀田興毅の謝罪会見、なんだか公開裁判のようで不愉快でございました。このような際に、まるで鬼の首を取ったように尊大に質問を浴びせる記者への不快感は、以前「いわんや悪人をや報道して欲しい」(2006/10/24配信)で申し上げました。亀田兄弟はマスコミの被害者なのですけどね。最初はマスコミに踊らされて、ちょっと調子に乗ってハメをはずしたら、今度は手のひらを返したように責め立てられる。辛い時期でしょうが、この兄弟には乗り越えていただきたいと思います。

芸人さんでも、スポーツ選手でも、一度地獄を味わった人は強いですよ。その“地獄から這い上がってきたという事実”が、本人にとってこの上ない自信に繋がるからでございます。逆に、たいした苦難もなく順調に登ってきた人っていうのは、意外と打たれ弱かったりするものでございます。

「負ける」とか「苦しむ」といった人生経験は、人が人として成長するには欠かざる要素だと思うのでございます。だから、運動会のかけっこにはきちんと順列をつけるべきだと思いますし、受験勉強なども厳しくていいと思うのでございます。しかし、最近はそういった「負の人生経験」を、あまり経験せずに成長してしまったのでは、と思える人も少なくございません。

ワタクシがいままでやってきた仕事の中で、班長のような形で現場を任されたこともございます。そのようなときに、「全くミスを犯さない人」というのは、管理していて非常に怖いものがございます。そのような完璧な人は、そのうち大きなミスをドカ〜ンとやってしまうものだからでございます。そして、普段ミスや失敗になれていないので、自分が犯したミスに対処できない。対処できないどころか、ミスをした自分を受け入れられず、隠蔽工作に走ったりする。ある意味、時限爆弾のような人材でございます。

逆に、普段から小さなミスをちょくちょくしている人っていうのは、管理していてそれほど心配にならない。失敗慣れしているので、ミスを犯してもカバーが早い。迅速に適切な修復が行えられれば、それはもはやミスではあってミスではないのでございます。さらに、そういう人は自らのオッチョコチョイを自覚しておりますので、普段から用心深く行動しているものでございます。ただこういった人は大きな冒険にはなかなか出られない。大きな失敗を予想してしまうので、ついつい二の足を踏んでしまうのでございます。

自信過剰気味なイケイケな人というのも、企業やチームにとっては必要でございます。ただ、イケイケだけで突っ走ると、亀田一家やミートホープのようになりかねません。逆に、やや心配性で臆病な人だけでは、ここ一番という大事な判断に後れを取り、大きな損失を被ることにもなりかねません。イケイケな人がリーダーになり、心配性な人が参謀役にまわるといった体制が、ワタクシとしてはベストだと思うのですがどうでしょうか?

亀田一家には、冷静に対処する名参謀役がいれば良かったのになぁと思うのですが、まぁしかたないですね。いままでの人生は予行練習。地獄を味わった後のこれからが本番。このように考えて、這い上がっていただきたいものでございます。なんだかんだ言われてますが、あの兄弟には“輝き”が有ります。地獄から這い上がってきた彼らの輝きには、眩(まぶ)しさだけでなく、深みさえも呈しているのではないでしょうかねぇ?

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2007/10/22

これから旅立つ人へ

若者は焦ってばかりいる
若者は気取ってばかりいる
若者は欲求不満で苛立ってばかりいる

若い人よ、どうぞ目標は高く持ちなさい
低い目標で譲歩するのは、
   人生の間口が狭くなった年寄りのやることです
広い可能性を秘めた若い人は、
   どうぞ、限りなく高い目標を持ちなさい

目標に突き進むということは、
   空中の城に続く透明な階段を、手探りで登るようなものです
登っても登っても目標は近づかない
それは、ひとつ階段を上って賢くなると、
   さらに高い目標が見えてくるから

先の見えない不安で焦り
背伸びしたい自尊で気取り
思い通りにならない現実で欲求不満を募らせる

真綿の中で身悶えするような、そんな手応えの無いその時が、
   人生でもっとも手応えが有ったと感じるその日が来る

だから、目標は高く持ち続けなさい

高い目標と欲求不満は表裏一体の同じもの
だから、欲求不満を上手に昇華させていきなさい
ウラ側を自分のこととして受け入れたとき、
   オモテ側の青い鳥のさえずりは、すでに聞こえ始めているはず
欲求不満を他人のせいにして合理化させてはいけません
   自分と向き合わない臆病者を、青い鳥は嫌ってしまいます

目標は高く持ちなさい
そして、彷徨(さまよ)いなさい
靴の中に小石の入った彷徨いの一歩ずつが
必ず、血となり、肉となるのですから

だから、目標は高く持ち続けなさい

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2007/10/21

賞味期限はアナログで

「赤福よ、お前もか!」

食品偽装の名古屋コーチンに続き、赤福餅も製造日偽装が発覚したのでございます。中部地区の名産品、イメージダウンが続くのでございます。が、別に赤福を弁護するわけではないのですが、余ったあんこの再利用のみに関しては、「それほど悪いことしたのかなぁ」というのが、率直な感想でございます。

ワタクシ、大学へは二浪して行っておりますが、その合格するまでの2年間、名古屋市内のあんこ工場で働いております。あんこに入れる原材料の砂糖の量はハンパじゃござんせんよ、ほんとに。 「あんこ」というものは、ほとんど“砂糖のかたまり”のようなものでございます。ここで、「糖度の高いものは腐りにくい」といった常識がありまして、あんこ工場でもっぱら重要視されていたのは、腐敗ではなく異物混入でございました。

その工場でも、作りすぎたあんこ等は、さっさと冷凍処理しておりました。そして、次に同じ商品を作るときに、一緒に放り込んでグツグツ煮ちゃうのでございます。完成品のあんこをそのまま再利用した赤福とはチョット事情が違いますが、冷凍保存したあんこを“材料として”再利用するなんてのは、当たり前の日常的な業務でございました。

(そう言えば、ワタクシはご飯を炊くとき、前日の残りの冷ごはんも放り込んで一緒に炊いておりました。母親から教わった生活の知恵でございますが、電子レンジがわが家に訪れてからは、そのような裏技は使わなくなっちゃいました、って、電子レンジが無いって、いつの時代の話よ(笑))

また、おせち料理も調味料をドッチャリ入れて味を濃くするのは、何日もかけて食べるものだから腐らないようにする工夫らしいのでございます。ほんと、みなさん、あんこの様な甘ったるいものってのは、腐りませんから。いや、劣悪な条件では腐るかもしれませんが、一般的に腐りにくいですって。何十年もあんこの再利用をしていた赤福が、これといった食中毒事件を起こしてないでしょ。いや、問題が起きなければいいということじゃありませんが、「賞味期限」という考え方に、もうちょっと見直しがあってもいいとは思うのでございます。

そもそも、みんな、賞味期限・製造日の数字にナーバス過ぎ! コンビニで一日でも賞味期限の長いものを選ぼうとして陳列棚を引っかき回している人とか、もうアホか、バカかと思っちゃうのでございます。

もみじまんじゅうの製造元の人がニュースのインタビューに答えておりました。(もみじまんじゅうは)それほど傷むものではないので、賞味期限を長く取りたいらしいそうでございますが、そうすると買った人が安心して、劣悪な条件で保存をされる可能性があるとのこと。そのため、短めの賞味期限を設定し、製造後三日ぐらい目で回収してしまうらしいのです。が、その三日目が、お菓子としては一番おいしい食べ頃なのだそうでございます。

また、賞味期限が長いというのは、保存剤や防腐剤がいっぱい入っているのではないかという印象も与えるかもしれませんよね。そんなものを入れなくても、あんこってのは元々腐りにくいものなのですが、なかなか一般の方にはそのように思ってもらえませんからねぇ。

そこで、名古屋薫、考えました。賞味期限や製造日の表示を一工夫するのでございます。まず、賞味期限というものは個体差が大きいアナログ的な要素であるにもかかわらず、その賞味期限の表示が、ある特定の日付を示すというデジタル的な表示になっていることに問題がございます。そのため、コンビニで陳列棚をかき回すヤカラが出てきてしまうのでございます。

 賞味期限は、ぜひとも、アナログ表示にするべきでございます。

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というわけで考えたのが、画像にあるような「食べごろ表示」。あえて製造日(製造時間)は表記しない。日付の表示も大ざっぱ。日付の下のカラーバーで大体の食べごろを表示するのでございます(まぁ「自己責任」というのは冗談ですけどね)。カラーバーは常に同じで、その上の日付表示のみが製造日に応じてスライドしていく仕組み。お弁当などの傷みやすいものは日付のスケールが細かく、日持ちのいいものは、日付のスケールが大きいのでございます。

そしてさらにもう一工夫。コンビニなどのPOSシステム(レジの機械で、販売品目やその入出荷などを管理するやり方)ならば、商品のバーコードに製造時間などの情報も盛り込まれておりますので、それをもとに自動的に割引をするのでございます。「製造後12時間後なら10%引き、18時間後なら20%引き」とかね。この割引も、どうせ自動処理でございますから、時間を細分して割引率を細かく設定した方がよろしいのでございます。ここでデジタル的にスパッと線引きすると、またそれに、こだわりすぎる風潮が出るとも限りませんからね。

さて、この“アナログ的食べごろ表示”、その目的は賞味期限偏重傾向を緩和するのが目的でございます。賞味期限偏重主義があるから、製造側は賞味期限を短めに設定せざるを得ず、その結果、まだまだ傷んでいない商品なのに、売れ残り・回収品などのロスが多くなる。そりゃぁ、メーカーもごまかしたくなるでしょ。十分食べられるものを、毎日ごっそり廃棄しているのでございますから。

賞味期限をデジタル的に表現するということは、需要曲線と供給曲線が小さな点で交差しているということでございます。需要の変化に合わせて供給を細かく調整しなければいけないので、調整が難しく、ロスも多いのでございます。世の中が賞味期限に関してアナログ的になれば、このふたつの曲線が「点」ではなく「ある程度の範囲」で交差することになるのでございます。その結果、調整が楽になり、売れ残りが減れば、メーカーもわざわざリスクを冒したり、品質を下げてまで、ごまかそうとしなくなるのでございます。つまり、売れ残りが出にくいような仕組み・風潮が、メーカーのごまかしを未然に防ぐことになるのでございます。

コンビニなどで大量に売れ残っている弁当などを見ますと、「値引きしてでも売り切っちゃえばいいじゃない」と思うのですけどねぇ。でも販売側からすると、「何か起きたときに責任問題に発展する」ということがある。となると、きわめて安全な線引きをせざるを得ない。ということで、ロスが多いけれど今のやり方に落ち着いているのでございましょうねぇ。

さて、賞味期限に関してのお話はこれで終わり。で、赤福餅の件は、実は内部の人の密告から、不正が発覚しているのでございます。最近は食品関係のみにかかわらず、ありとあらゆる業種で、その不正が告発され続けておりますが、そんなチクリ社会の真相を、ワタクシ名古屋薫がチョット批判させていただくのでございます。

ではでは、次回をお楽しみに、名古屋薫でございました。

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2007/10/14

今だからこそ、取り上げてほしい人がいる

『サンデー・ジャポン』という番組がございます。TBS系で日曜日の午前中に放送している番組でございます。司会は爆笑問題の二人。TBSがボクシングの亀田一家を後押ししていることもございまして、以前より亀田一家を持ち上げっぱなしの番組でございました。

(今回もボクシングの話題になってしまいますが、どうしても書きたかったので配信させていただきました。同じ話題が続くこと、ご容赦下さいませ。)

その「サンデー・ジャポン」という番組でございますが、本日(2007/10/14)の放送では、まさに手のひらを返すように内藤大介チャンピオンを生出演させておりました。亀田一家が泥船だと分かるとサッサと乗り換える素早さ、まぁ最近のマスメディアでは珍しくもありませんので驚きもしませんが、「あれだけ亀田一家を持ち上げといてこれかい」と、ちょっとあきれております。

「もし亀田大毅に軍配が上がっていたら、
 
日本のボクシング界は終わった」

こういったことを言っているマスメディアもございます。これはこれで、もっともな意見でございます。「反則は分からなければいい」なんてことがまかり通ったら、もはやスポーツではございません。しかし、あえてワタクシはマスメディアに言いたいのでございます。

「今、敗者である大毅を取り上げなければ、
 日本のジャーナリズムは終わっている」

と。

亀田大毅も素人じゃございませんから、自分が勝てる相手かどうか、何となく察しがついていたことでしょう。低くガードを固めた戦い方や、何度も繰り出した反則など、亀田側に何らかの策があったようではございます。それでも、ひとつ間違えば命を落とすスポーツでございます。亀田大毅、うすら笑いを浮かべてはいましたが、内心、かなり怖かったはずでございましょう。

亀田大毅がリングに上がるまでに、どんないきさつがあったのか? どんな心境でチャンピオンに挑んでいったのか? 小さな反則を何度も繰り出したその真意は? そして、大問題となるあのレスリング技を行った最終ラウンドに、彼の心情に何が起こったのか?

「何があったか」「誰が悪かったか」。そんなことを報道するだけなら、それはただの「ニュース」でございます。その事件が起きるいきさつ、当人の心情や因果関係、そういったことまで掘り下げてこそ、ジャーナリズムでございます。もちろん、そういった赤裸々な事実が簡単に明らかになるとは思っておりません。ただ、事件の因果関係を掘り下げようとせず、命がけで戦っているボクサーを使い捨てにしているマスメディアの姿勢に、腹が立つのでございます。

車のセールスマンが車を売る秘訣は、普段からの顧客とのつきあいや気配りだと言います。ジャーナリズムも同じではないでしょうか。当事者に足繁(あししげ)く通い、心を通わせ、信頼関係を築いてこそ、当事者が本音を語るのだと思うのでございます。サンデー・ジャポンという番組にジャーナリズムを遂行せよとは申しません。ただ、亀田一家に一番近い存在であったかも知れないサンデー・ジャポンが、さっさと距離を置いてしまった(逃げた?)ことは、実に残念でございます。

普通ボクシングの試合では、たとえ対戦前に両者がにらみ合っていても、試合終了の瞬間、両者が相手の健闘をたたえ合うものでございます。今回、亀田大毅はそういった行為を行っておりません。相手の顔も見ずに、さっさと立ち去っております。ごく普通の試合ならば、「そういうキャラクター」で済まされるかもしれません。

しかし今回は重大な反則をしております。そして、関係者への処分なども取りざたされております。もし、亀田大毅というボクサーの将来を考えるのなら、亀田大毅に釈明の場所ぐらい与えてあげてもいいと思うのでございます。今の彼から謝罪の言葉が出るとは思えませんが、せめて、せめて、チャンピオンと握手するぐらいのシチュエーションを設けても、バチが当たらないと思いますよ、特にサンデー・ジャポンは。

もっとも、内藤チャンピオンと亀田大毅が握手するなんてのは夢物語ですよね。だって、あのおやじや兄貴が、そんなこと認めるわけございませんし、当の本人がそんな気分じゃないでしょうからね。でも、もし亀田大毅を引っ張り出し、チャンピオンと握手でもさせられるような番組があったとしたら、その番組こそボクシングの将来、そして素質ある若いボクサーの将来を本当に考えている、“本物”のジャーナリズム溢れる番組だと思うわけでございます。

握手というシチュエーションはオーバーでも、亀田大毅を“人間として”もっと密着取材するマスコミはいないのでしょうかねぇ? 人間は「間違いを犯す人こそ善人なのだ」と以前申し上げたことがございます(「いわんや悪人をや報道して欲しい」2006/10/24配信分)。日本のボクシング界、そして亀田家を持ち上げていた各メディアなどは、この事件からいい教訓を学べるはずなのですけどねぇ。

といったところで今回はこのへんで。次回をお楽しみに。ボクシングの話題ばかりになっちゃったから、次回は違う話題にするね。ではでは。

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2007/10/13

おやじさんへ

ボクシング、本当はやりたくないのだろうなぁ
あの一家の次男として生まれてきた不運
しかたなく、ボクシングをしているのだろうなぁ
試合後のパフォーマンスは、彼がボクシングで完全燃焼していない証(あか)し
あのパフォーマンスこそ、彼が本当にやりたいことなのでは?

おやじさん、もういいだろ
次男坊には違うことやらせてやれ
彼は才能あるけど、彼の魂は最初からリングに根づいてないんだよ
おやじさん、彼の魂を解放させてあげなよ
あの大胆な反則技は、あんたへの当てつけなんだよ

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ワタクシの亀田家への思いは、以前「汚れた英雄の中に至純をみる」(2006/8/10配信)で申し上げたとおりでございます。今も変わっておりません。子離れできない親、親の夢を叶えてやろうとする親思いの息子達。その純粋な親子に群がる取り巻き連中たち。いつだって、いつの時代だって、本当に悪いやつらは自らの手を汚さないものでございます。

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2007/10/12

どうせ中継するなら、ハデにいこうよ!

ワタクシ、子供の頃にボクシングの試合というものを一度も見たことがございません。ボクシングのテレビ中継は、母親によって激しく封印されておりました。ボクシングの試合どころが、アニメの「あしたのジョー」さえも御法度でございます。その母親のボクシング嫌いのあおりを受けて、「巨人の星」などのスポ根ものも、すべて封印されておりました。たまたま耳に挟んだ母親の電話の声から、その理由が判明するのでございますが、それはお話の最後で...

昨日は、内藤大助 vs 亀田大毅のボクシングの試合がございました。試合内容そして結果に関しましては、日本中がワァワァ申しておりますので、まぁワタクシが何かを申し上げるのは差し控えることにするのでございます。ワタクシが注目しているのは、あのテレビ局の演出の仕方でございます。

大型パネルを使った豪快なアニメーションによるオープニング。太鼓橋(たいこばし)を渡って入場する挑戦者。電飾きらびやかなゲートをくぐって入場するチャンピオン。ふたりの選手を浮かび上がらせるハイコントラストな照明。ボクシングの試合とはいえ、手間も暇もお金もかかった、とにかく立派な演出なのでございます。

さあ、あの立派な演出を、ボクシングの試合だけに使わせておくのはもったいないのでございます。で、何に使うか? そこで考えたのが、「国会中継」でございます。地味で、つい単調になりがちな国会中継を、ボクシング並みの派手な演出で盛り上げるのでございます。

まず、会議室に入る前に両陣営が十分メンチなど切ってほしいのでございます。「予算が通らなければ腹を切る」ぐらいの言葉を吐くのもよろしいかもしれませんよね。大がかりな照明設備や音響装置、大型パネルなどは、“もちろん”必須でございます。会議室の入り口にはセットを組み、与党・野党、それぞれに演出をこらして入場していただきたいものでございます。

そもそも、会議中の室内が明るすぎるのでございます。照明をもっと落として、質疑人、答弁人などをスポットライトで抜くのがよろしい。せり上がりなども有ると、さらに盛り上がるのでございます。スモークやフォグマシーンも、有ったらいいですねぇ。

ひとつの質問ごとに、委員長が点数を付けるというのもいいですよ。指名されてないのに発言すると、減点1点とかね。ひとつの質疑で3点以上減点されると時間前に質疑終了になっちゃうとかね。あ〜、それから、国会ってのはどうしても難しい言葉がたくさん出てくるから、解説とか実況アナウンサーをつけてほしいですよね。まじめな解説を主音声で流しておいて、副音声ではビートたけしや爆笑問題をゲストに呼んで、思いっきりツッコミ入れたりするとかね。おもしろい番組になりますよ。

迫真ある中継にするためには、やはり「生放送」がいいですよね。でも、そのためには、開会の時間が重要ですよ。やはりゴールデンタイム。国民に見てもらうためには、ゴールデンタイムでなきゃダメでしょ。あるいは深夜。深夜0時ぐらいから始めて、朝まで討論。この場合は、解説に田原総一朗なんてよろしいかもしれませんね。そうそう、たかじんを特別ゲストに呼んじゃうってのは? なかなかスリリングな国会中継になりますよ(この場合は、生放送じゃ無理か(笑))。

まぁ、そんなわけで、国会は国の未来のあり方を決める場所でございます。国民がもっともっと興味を持って見てもいいはずなのでございます。ですから、ぜひとも、こんな演出で視聴率アップを狙っていただきたいものでございます。NHKさん、お願いしますよ。もしNHKも民営化になったりしたら、実現するのかな、こんな演出が、アハハハ。

そうそう、ワタクシの母親がボクシングを見せなかった理由ですよね。なにやら若い頃に、ボクサーの恋人がいて、試合後か練習中かに死んでしまったそうでございます。電話している声をちょっと小耳に挟んだだけですので、真偽のほどは定かではありませんが、とにかくワタクシの母親のボクシング嫌いは、並大抵ではございませんでしたね。スポ根アニメを見られなかったために、ワタクシはクラスの男子の話題についていけない小学生生活を送っておりました。う〜ん、そのせいなのか? ワタクシがニューハーフになってしまったのは。

ではでは、次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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2007/10/09

いい歳してガンダムファンもいいんじゃない

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前々々回で「悪趣味なガンダム展」って書いたりいたしましたが、そのガンダム展で購入しましたシースルーのガンダムのプラモデルが、これでございます。何十年かぶりに作ったプラモデルでございましたが、最近のプラモデルはスゴイのでございます。何がスゴイかって、接着剤を使わないのがスゴイのでございます。

接着剤を使わず、すべてパチンパチンとはめ込むだけでございます。昔のものとは格段に形成精度が違うのでございましょうね。なんか関節とかも自由自在に動かせたり出来ちゃってますし、日本の金型技術、スゴイのでございます。最近の子供が不器用になったゆえのプラモデルの進化か、プラモデルの進化ゆえの子供の不器用さなのか、ニワトリと卵の関係でございますかねぇ?

最初のガンダム(通は「ファーストガンダム」と呼んだりいたします)が放送されたのが1979年。すでに30年弱の年月が流れているのですよね。シリーズ作品は、第12作目が、つい先日スタートしております。この年になっても、いまだに「ガンダム」という番組にワクワクしたりしております。

小中学校の同級生(男性)と時々飲みに行くのでございますが、盛り上がってくると歌うのは、きまってガッチャマンとか、マジンガーZとか、宇宙戦艦ヤマト、ガンダムとかだったりするのですよね。同級生二人で、“いいオヤジ”やってます(笑)。アハハハハ。

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2007/10/08

マイナス広告推進委員会だよ

F1中国グランプリ……雨、しかも台風の影響で風強し
F1日本グランプリ……雨、そして霧

アジアの2レースが、グズグズの天候。
アジアの印象、悪いよなぁ。

T○Y○TA……鈴鹿から富士へ、F1を横取りしたよな

な、取ったよな。

キ△タクのF1解説……イラネ

いや、彼にF1の解説って、かわいそうでしょ。
サーキットをブラブラ歩かせて、映像だけ取っておけばいいのにね。
しゃべらせたら、そりゃぁボロ出るでしょ。

「HERO」のCM……紛らわしい!

なんか、F1の映像とか絡ませるから、キ△タクがF1マシンに乗る
ドラマかと思っちゃったジャロ。JAROに言うじゃろ!

F1日本グランプリの運営……空模様と同じで、グダグダ

バス渋滞でスタートに間に合わない客、多数。
音しか聞こえない指定席。
バスターミナルで、客、6時間待ち。

そんなT○Y○TAを、どのメディアも叩かない

そりゃぁ、そうだよね。すべてのメディアに広告出してるからね。

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モータースポーツってのは、すごくお金がかかるんですよね。だから、モータースポーツのスポンサーになれるというのは、企業にとってはステータスシンボルだと思うのでございます。と同時に、モータースポーツという文化を経済的に支えてるわけでございます。

いや、なんか、今回のF1日本グランプリは商業主義が先行してて、後味が悪かったのでございます。T○Y○TAH○NDAを比べたら、あの〜、T○Y○TA城下町に住んでてこういうことを言うのも何ですが、後者の方が、「モータースポーツ文化」という意識、そして、文化を支えているという意識が強いように感じるのでございます。

広告を出しているから、メディアが叩けないというのも、なんですかねぇ〜。こういうとき、叩いてあげるのも愛情だと思いますけどねぇ。NHKのようなスポンサーに関係のないメディアこそ、持って来いの出番だと思うのですけど。そういえば、「暮らしの手帖」だったかな、家電製品などを平等に評価するために、スポンサーを付けずに発行していた時期があったような記憶がございます。

広告ついでに、別のお話もしちゃおうかな。「広告税」とか取ったらどうでしょうかねぇ? 大企業は何百億円と広告に使っているでしょ。ガッポリ取れると思うのですけどねぇ。そして、公共の広告を作れば、税金を安くするとかいいんじゃない? 公共広告機構が作っているような広告を、各企業に作らせちゃうのよ。学校で道徳の授業をどうするかとか揉めてるけど、有名タレントがCMで「公共道徳を守りましょう」って呼びかけた方が、何百倍も効果あるって、学校の授業よりもさ。

道路にゴミを平気で捨てられるとか、絶対におかしいと思うよ。本屋とかコンビニとか、万引きされるのがデフォルトになっちゃってるけど、そんな国っておかしいじゃん。追いかけた店員が刺し殺されるって、どんな荒廃国家よ。小さなガキが見るような番組こそ、そんな道徳心を植え付けるようなCMが必要なんだって。そういう基本道徳は、ガキのころに擦り込まなきゃ、手遅れなんだよね。

あと、お酒の広告もさ、申し訳なさそうに、ちょこっと、「未成年のドウタラコウタラ」とか、「お酒を飲んでの運転はナンタラカンタラ」とか言ってるけど、そういうの、もっと大声で言わなきゃダメでしょ。今はタバコに大きく健康の害が書いてあるけど、お酒の広告だって同じでしょ。

広告ってのはプラスのイメージを訴えるものだから、マイナスのイメージの広告ってのは、スポンサー側からすれば“あり得ない”のだよね。一方、公共道徳を訴える広告ってのは、スポンサーからすればマイナスの広告になってしまう。このマイナス広告をあえてスポンサーに作らせるには、「お上」が指揮するしかないでしょ。そういうときに、いちばん操作しやすいのは、税金だよね。

「税金取るぞ!」
「でも、公共広告作れば、税金安くするぞ!」

こう言えば、自然に公共広告、増えるでしょ。でも、なんだかな、世の中が基本的なルールを守らないから、道徳という精神論を持ち出さなきゃならないってのは、民度としては非常に低いと思うけどなぁ。中国の難しい言葉で、これを表す言葉があったのだけど、どうしても思い出せない。だれか知ってたら、教えてほしいなぁ。

マイナスの広告、でも、広い目で、長い目で見れば、プラスの広告なんだよ。
ねぇ、T○Y○TAみたいにお金持ってるところが、率先してやって見せてよ、ねぇさぁ...

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2007/10/07

ドクちゃん、そして毒の話へ

以前、ベトナム戦争で使われた枯れ葉剤に関するドキュメント番組に言及したことがございます。ベトナムの奇形児や結合児の写真を撮り続けている、あるカメラマンのドキュメント番組のことでございます。その番組では、あの“有名な”と言っては語弊がありますが、あの「ベト君、ドク君」も取り上げられておりました。

そのベト君とドク君が7歳の時、兄のベト君が危篤状態になったため、強引に分離手術が施されました。弟のドク君は順調に成長し、奥さんをもらって結婚するまでに至っております。ところが兄のベト君は、分離手術後寝たきりの状態が続き、つい先日(2007/10/6)、亡くなったそうでございます(享年26歳)。

このドク君の記事を読んでいて、ふと気がついたことがございます。アメリカはいまだに枯れ葉剤とベトナムでの奇形児との因果関係を認めていないそうでございます。それどころか、枯れ葉剤で使われていた“ダイオキシン”という薬品の有毒性を否定する意見まで、出ているようでございます。

ダイオキシンが有害なのか無害なのかは、まぁ学者さんの研究結果にお任せするのでございます。だいたい、公害訴訟とか薬害訴訟とかいうものは、政治的な圧力や大人の事情などが働いて、スムーズに事が運ばないのは世の常でございます。そして世の中には、そんなダイオキシンよりももっと怖い物質に囲まれているかもしれないのでございます(注:“ダイオキシン”という名称は、ダイオキシン類という総称で、特定の薬品を指すわけではないようです)

チクロ、PCB、アスベストといった物をご存じですか? アスベストは最近ですから、ご存じの方も多いですよね。これらはみな、発ガン性があるとして現在厳しく使用や管理が規制されている物質でございます。ところが、その毒性が発覚するまでは、どの物質もまったく、ためらいなく、日常の多くの製品に使用されておりました。特に人工甘味料として使われていたチクロは、その使用が禁止された後、すべてのお菓子がまずくなったので、よく覚えていたりするのでございます。

あるいは電子レンジで使われているマイクロ波。もちろん、電子レンジという製品はマイクロ波が漏れ出さないように厳格に設計されております。しかし、その電子レンジが発明される以前の、まだマイクロ波の特性が十分わかっていなかった頃には、マイクロ波は無造作に扱われていたのでございます。「携帯電話の電磁波は有害だ」という説もございました。とりあえず、携帯電話の電磁波は無害ということになっておりますが、これだって、より高度な検証が進んだとき、どうなるかは分からないのでございます。

多くの有害だとか危険だとかいう物質も,その有害性が発覚するまでは日常生活の中で当たり前のように使っていたのでございます。ということは、今、普通に使っている物が、ある日突然、その有害性が発覚し、使えなくなるということも考えられるわけでございます。その様に考えますと、現代生活なんてものは、潜在的な有害物質・有毒物質に囲まれて生活しているようなものでございます

ただ、ある物質が本当に有害なのかどうかは、非常に検証が難しいようでございます。なぜなら、動物実験の結果が必ずしも人間に当てはまらないということだそうでございます。かと言って、毒の検証でございますから、人体実験をするわけにもいきません。また、ある物質に毒性があるかどうかは、先述のように政治的な圧力や大人の事情が絡み合ったりいたしまして、なかなか真実にたどり着けなかったりいたします。

さらに、毒性に対するしきい値が、国によって違っていたりいたします。ある国では当たり前の食品添加物が、違う国では使用禁止だったりいたします。BSE(牛海綿状脳症=狂牛病)の全頭検査が取りざたされたときも、アメリカと日本での認識がことごとくずれまくったのは、この毒性に対するしきい値の違いでございます。

もうね、何が毒で、何が毒でないか、その確証を持って生きていくというのは、現代人にとっては不可能なのかもしれません。潜在的毒物に囲まれた実に曖昧な安全性を受け入れ、毒に囲まれて生きていくしかないのでしょうか? そう考えると、まったく夢も希望もございませんよね。

ところが、かつて“悪魔の薬”と呼ばれ多くの奇形児を発生させた、「サリドマイド」という薬がございます。現在この薬は、癌やエイズの薬としてその効果が研究されているようでございます。毒をもって毒を制すということでございましょう。また、骨髄移植という治療法しかなかった「再生不良性貧血」も、その治療薬の研究が進み、多くの人が投薬治療で助かっているそうでございます。不治の病が多く現存すると同時に、難病を解決する新薬も、日々発明され続けております。

人類が知り得ている真理や原理などというものは、ほんの一握りなのかもしれません。人類が生命のあり方を左右する「」や「」を造ろうなどというのは、まだまだおこがましいということなのでしょうかねぇ?

今回は、ドクちゃんの話から、毒の話になってしまいました。数奇な運命をたどったドク君、お疲れ様なのでございます。そして、安らかに眠ってくださいませ。では、次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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2007/10/06

秋の音を聴く

夜中にベランダへ出て、ふと気づく
今年の秋の到来をまっ先に告げに来たのは、虫の音だった

いつも、いつも、春と秋は突然やって来る
突然やってきて、
柔らかく包み込んだり、そっと頬をなでていったりする

小憎らしいのは夏と冬である
いつの間にか忍び寄って来て、
真上からにらみつけていたり、足下で ほくそ笑んだりしている

このサイクルを、幾度となく繰り返してきた
そして、幾度となく繰り返していくのだろう

いつでも、春と秋は、優しく柔らかく
夏と冬は、したたかで憎らしい

でも、それがたまらなく楽しくてしょうがない


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脳細胞を研究している学者さんに言わせると、日本人は虫の音を、音楽を聴くのと同じ中枢を働かせて聞いているそうです。虫の音を「音楽」と捉(とら)えているのですね。ところが西洋人が虫の音を聞くと、ノイズ・雑音を聞くときの中枢が働くそうです。西洋人にとっては、虫の音は雑音として聞こえているようです。

「虫の音を聴く」のが日本人。
「虫の音を聞く」のが西洋人。

ということだそうです。

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2007/10/05

細密貼り絵の妙「山下清」

山下清、スゴイっす。いや、ホント。

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唐突で驚かれたかもしれませんが、昨日、ヤボ用で東京へ行った際、「上野の森美術館」へフラリと立ち寄ったのでございます。以前この美術館では、悪趣味なガンダム展でひどい目に遭っており、あまり印象は良くないのでございます。まぁ、しかし、美術館に罪はございません。出し物も確かめず、とりあえず足を運んでみたのでございます。

というわけで今回観賞したのが、「山下清」。いやこの人、名前は知っておりましたよ“おにぎりが好きなただのデブ”なんて思ってないですよ。ちゃんと絵画や貼り絵をする人だって知ってましたよ。しかし、しかし、この人の作品って、これほどまでにスゴイものだとは思っていなかったのでございます。今回はその山下清展での興奮を、冷め止まぬうちに取り急ぎご報告するのでございます。

以前、「美術作品は実物を見なきゃだめだ」って申し上げたことがございますが、この山下清さんの作品が、その典型的な例でございます。この人の作品のすばらしさは、目録などでは絶対に分かりません。絶対に実物、実物を見なきゃダメでございます。

みなさま方、"Google Earth"というのをご存じでございますか? 地球の衛星写真にどんどん近づいていくと、細かい部分がいくらでも拡大されて細部が見えてくるあのGoogle Earthでございます。まさに山下清画伯の貼り絵が、そのGoogle Earthそのものでございます。

清画伯の貼り絵は、遠目で見ると筆で描いた細密画のようでございます。ところがところが、絵に近づいていくにしたがい、細部がどんどん見えてくるのでございます。この細部が見えてくる感覚は、先述のGoogle Earthの例えそのものでございます。近づくに従い、底なし沼のような立体感に引き込まれそうな感覚に驚かされるのでございます。

十数センチという所まで絵に近づくと、清画伯の貼り絵の造作がはっきりと分かります。わずか数ミリという微塵(みじん)な色紙の切り端が、ビッシリと貼り敷きつめてございます。決して無造作になることなく、すべての一枚一枚にまで、十分な思慮・思い入れを込めて貼られているのが、ゾクッとするほど伝わってまいります。

間近で見る切り端のひとつひとつは、おのおのが光を受け、色を発し、そして影を作っております。小さな小さな切れ端の、ひとつひとつの様々な色や光や影が、混ざり、対抗し、調和し、不思議な不思議な立体感を醸し出しております。オーケストラと合唱団による何百人ものハーモニーのような、荘厳(そうごん)な立体感を醸し出しております。

清画伯の絵は、ワクワクするのでございます。ワタクシ絵を観ながら、小さな声で「スゴイ、スゴイ」を何度も連呼しておりました。何千枚、何万枚という小さな切れ端が、すべてその大きさ、色、角度など、計算され尽くして配置されております。ミクロな観点では時計職人が切り出した歯車のような緻密さを持ち、数歩離れてマクロな見方をすると、今度は正確でしっかりした構図が安定感を与えてくれるのでございます。

時間がなかったのでそそくさと観てしまった今回の山下清展でございましたが、もし時間があれば、数時間かけてじっくり観たかったのでございます。山下清の作品は、実物でなければ絶対にその感動が伝わってまいりません。もし、清画伯の作品を実際に観る機会がございましたら、足を運んでみて下さいませなのでございます。今回ワタクシが観た「上野の森美術館」での開催は、2007年10月9日(火)まででございますので、行かれる方はお急ぎ下さいませ。

ではでは、次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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2007/10/04

夢は相撲を救う

最近は相撲がらみの話題をテーマにすることが多いのでございますが、今回もお相撲さんのお話でございます。

去る七月に大相撲名古屋場所が行われましたが、その名古屋場所では新弟子の申し込みが全くなく、相撲史上初めて新弟子検査が行われなかったそうでございます。つい先日、時津風部屋の騒動が発覚いたしましたが、この時津風部屋の事件が発覚する以前に、すでに相撲人気は地に落ちているようでございます。

このまま新弟子を海外に頼るような状態が続きますと、日本の相撲界って外人レスラー(スモウレスラー)ばかりになっちゃいますよ。いやね、外人を差別するつもりはございませんが、外人の関取で日本に骨を埋めて将来親方にでもなろうと考えている人は、やはり少ないのではないでしょうか。十年後、二十年後の相撲界を考えると、やはり日本人の新弟子が入ってこないっていうのは、相撲の存亡に関わる危機だと思うのでございます。

ただ、関取ってのは、ぱっと見「ただのデブ」に見えちゃいますからねぇ。特に最近の子供や若い人は、お相撲さんの「スポーツマンとしての完成度」というの、あまり理解してないと思いますよ。「股割り」といった稽古をやるように、体の柔軟度もありますしねぇ。短距離走も意外と早いはずですよ。柔道の山下さんとかが現役時代に50メートル走をかなりの俊足で走りきったりするのを、テレビの特番か何かで見た覚えがございます。お相撲さんも普段の稽古量を考えますと、スポーツマンとしての身体能力は、かなりのものだと思うのでございます。

古くは「風雲たけし城」、最近では「SASUKE(サスケ)」といったスポーツ風チャレンジ番組がございますが、あのような番組で競われることが多いのは、「身の軽さ」だったりするわけでございます。そういった身軽さばかりが取りざたされていると、重量級の人たちの素晴らしい能力というものが、なかなか日の目を見ないのでございます。是非ともそのようなチャレンジ番組に、お相撲さんが得をするようなメニューを設けていただきたく思うのでございます。

「お相撲さんって、ホントはすごいんだ!」
「力士は化け物か!」
チャレンジ番組で好記録を出す関取に、お茶の間の(死語?)の親子がこんなやり取りをする姿、ワタクシ想像しちゃったのでございます。もっとも、親子で一緒にテレビを見るというシチュエーションが、最近は減っているようでございますけどね。でも、「小さな子供が見るような番組で、お相撲さんの実力を見せる」というのがミソでございます。子供にいきなり相撲中継を見せたところで、拒絶反応を起こされるのが関の山(洒落じゃないよ)でございます。ジュースの中に風邪薬を混ぜるのと、同じ原理でございます。三つ子の魂百までとか申します。洗脳、いやもとい、教育するなら、早いほうがよろしいのでございます。

そしてマスコミも、もっともっと相撲取りを大事に扱うべきでございます。ずる休みぐらいで飛行機の中まで追っかけ回すなんてのは異常でございます。他のスポーツでもそうですが、ピラミッド構造の頂点に立っているような人々が格好よくなければ、誰もそのスポーツに夢や憧れは持ちません。頂点にいる人が格好よく、リッチで、羨ましいと思えるからこそ、ピラミッドの底辺の連中が(底辺の連中の方々、失礼)、練習や稽古に励むのでございます。

報道合戦に明け暮れるマスコミのスクープ原理主義が、スポーツそのものから夢を失わせているように感じます。マスコミの方々、もっとお相撲さんの素晴らしいところを取り上げて下さい。もっとお相撲さんを格好よく紹介して下さい。お願いします。お願いします。だってだって、最近の子供は夢を持ちませんから。小さな子供が持つ夢は、ひとつでも選択肢が多い方が、いいですからね。

ではでは、今回はこのへんで。次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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2007/10/02

クライマックスは名古屋薫風で

Fi1191342667093t_0eギャル曽根、バラエティ番組に出まくってますけど、放送局もいいかげんに彼女に食べさせるの止めないと、そのうち“事故”とか起こらないかなぁ? 心配なのでございます。事故は起こらないにしても、彼女だって調子の悪いときぐらいあるでしょ、きっと…。 そんなときに、たまたまモドシちゃったり、完食に失敗したりしたときに、叩かれるんだろうなぁ。「インチキ」とかいろいろ言われて。

大昔に「超能力少年」って言われた人がいたのでございますよね(スプーン曲げが有名)。最初はさんざん各放送局が番組に登場させるのでございますが、ニセ超能力疑惑が出始めると、今度は徹底的に叩き始める。なんかあの少年、あまり良い人生を送っていなかったような気がするのでございます。ギャル曽根さんも、些細な疑惑騒動に巻き込まれなければいいな、なんて思っております。だって、彼女、すごく性格いい人だものね。食事のしかたでよく分かります。

で唐突ですが、F1日本グランプリ。録画をチラッと見たけれど、雨と水しぶきで何だかよく分かんない。おまけに放送時間が延長したみたいで、最後の肝心な部分、録画されていないし(涙目)。もうね、F1なんて、

ど う で も い い や !
って感じで、録画も見ずにほったらかしにしております。そういえば、アイルトン・セナが逝ってしまったときから、自分の中のF1熱って、どんどん冷めてますしね。1990年のフェラーリのF1マシンが、楽器のチェロを彷彿とさせる柔らかい女性的なラインで、美しかったのでございます。最近は細かい空力パーツが付き、鋭角なデザインで戦闘機の様でございます。まぁそれはそれで、美しいのでございますけどね。

さて今回のテーマは、同じスポーツでもモータースポーツではなく球技の方、プロ野球がテーマでございます。何だかセントラルリーグの優勝が決まったようでございます。今年は実に壮絶な優勝争いでございましたねぇ。でも、何ですか?、リーグ優勝とは別にクライマックスシリーズなるものが有るとか。そのクライマックスシリーズの勝者が日本一を決める日本シリーズに出場するとか。ということは、最終的にいちばん強いのはどのチーム??? なんか変なのでございます。

まぁこれは、半年間戦ってきたリーグ優勝と、たった数試合で決着を付けるクライマックスシリーズとを、二本立ての別物にしているからおかしいのでございます。そこでワタクシ名古屋薫、このチグハグなクライマック……ああ面倒くさいから“CS”で略すからね……チグハグなCSを改善する妙案を考えたのでございます。プロ野球関係者の皆様も、この案を読んで来年の参考にしていただきたいのでございます。

まず、大前提。

ペナントレースの勝者(CS含む) = リーグ優勝 = 日本シリーズ出場権
これは、勝者をはっきりさせる上での、必須条件でございます。

このペナントレースにおいて独走するチームがあったりすると、終盤で今ひとつ盛り上がらなかったりするわけでございます。しかし、その解決策としてペナントレースの終盤に数試合で決着が付くCSを導入するということは、数点を競い合うクイズ番組で、最後の問題に30点を配点するようなものでございます。それまでの戦いは何だったの?、ということになってしまうのでございます。

そこでそこで、名古屋薫の妙案でございます。この妙案のポイントは2つ。

1.9月全部を、CSとしてしまうこと。
2.CSには「F1式ノックアウト方式」を採用すること。
で、ございます。

まず、9月からCSを始めるためには、8月を終了した時点で各チームの消化試合数がある程度同じである必要がございます。そのために、8月はダブルヘッダーとか大変でございますよ、きっと(ワクワク)。 まぁ夏休みのサービスとして、選手にはハードスケジュールに泣いていただくのでございます。

そして、「F1式ノックアウト方式」というのは、試合を押し進めるにしたがって、下位のチームが押し出され脱落していく勝ち抜き方式のことでございます。CS期間の1ヶ月間を、第1週から第4週までの4期に分けまして、第1期(第1週)を消化した時点で、そのときの最下位チームは容赦なくノックアウトするのでございます(これで残り5チーム)。以下同じ要領で第2期、第3期と消化すると、第3期を終了した時点で3チームが残ります。最後の1週間を3チームの三つどもえで戦うのでございます。第4期でも決まらなければ、そこで1チームがノックアウトして、2チームで優勝決定戦を3試合ぐらい行って、みごと優勝決定でございます。

終盤になるほど上位チームの直接対決が増えますので、非常に緊迫感のあるCSになるのではないでしょうか? ただここで問題がございます。CS期間中は、各チームの対戦相手が直前まで決まりません。しかし、球場はかなり前から日程を押さえておく必要がございます。そのため、球場の確保などが難しくなるわけでございますよね。そこで、こんなアイデアはいかかでしょうか?

CS期間中は、あらかじめ決めておくのは「日程と球場」のみ。どの球場でどのチームが対戦するかは、“成り行き次第”。シーズン中のホームグラウンドという概念は取っ払うのでございます。この方式ですと、弱いチームの球場も興行収入をあまり減らさずにすむのでございます。1塁側、3塁側なんてのは、サッカーよろしくコイントスで決めればよろしいのでございます。

さてさて、ノックアウトされて押し出されてしまったチームは、やることがなくなってしまいます。そこで今度は相撲よろしく“巡行”するのでございます。地方球場へ行って、普段プロ野球を簡単に見られないような人たちに、プロ野球の魅力を「宣伝」に行くのでございます。

ノックアウトされたチーム同士が戦ってもよろしいですが、どうせ順位とかに関係ないのでございますから、いっそ地元の社会人チームとか、地元高校の選抜チームとかと対戦してはどうでございましょう(もちろん、プロは本気出さない)。高校生なんか、一生の思い出になっちゃうのでございますよ。プロ野球選手に憧れて、将来その巡行に来たチームに入るかもしれないのでございます。

巡行ですから、芸能人などを呼ぶのもいいのでございます。ハーフタイムショーとかでミニコンサートをやったりすれば? その歌手が試合開始時に国歌斉唱やったりとかも良いよね。あるいはチームの応援歌をアイドルに歌わせるとかね。あの萩本欽一さんの野球チームが、各試合でかなりの動員数を稼いでいるでしょ。地方という場所とそれに見合った演出方法を選べば、必ずお客は呼べると思うのでございます。むしろ、巡行の方が儲かるから、シーズン中にわざと順位を落としてノックアウトされ、さっさと巡行に走るチームが出てきたりしてね。

ですから、CS期間中は都会では優勝争いを、地方では巡業が楽しめるという、日本中がプロ野球をネタにお祭り騒ぎができるのでございます。それでなくてもプロ野球の人気は横ばいか下り勾配。その冷えつつある野球人気を盛り返すためにも、ワタクシ名古屋薫が提唱いたしますところの、このようなクライマックスシリーズはいかがなものでございましょう? ご検討、よろしくなのでございます。

ではでは、「相変わらず中日ドラゴンズは土壇場のプレッシャーに弱いなぁ」と、対岸のビール騒ぎを「もったいねぇだろ」と呟(つぶや)きながら麦茶をすする、名古屋薫でございました。

(別に〜、悔しくないっすよ〜)。

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