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2007/09/11

9月が来ると…

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」
と藤原敏行が歌った「風」は台風のことだったのでしょうか? 台風9号、強力でしたねぇ。みなさまの地域では大丈夫だったでしょうか?

さて、営業終了後に次の日の準備をしておりまして、日付印の数字をひとつ送り、新しい伝票に日付を打つ。その伝票を見てハタと気づく。

'07. 9.11
そう、世界中の人間を「目撃者」と「体験者」に分けてしまったあの日でございます。あの日からすでに6年。あの事件に端を発したアフガニスタン戦争、イラク戦争も収束の兆しを見せ、つい先日もイラクからイギリス軍が撤退を始めたところでございます。今回は、最近のアメリカ大統領の発言なども交えまして、ワタクシの思うところを淡々とお話するのでございます。

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先日ブッシュ大統領が、

「(第二次世界大戦以降の)日本の民主化は、アメリカの功績である」
なんてことを誇らしげに言っておりました。あ〜あ、いつもあの国は日本に対して“上から目線”ですよね。確かに今日の日本の経済的発展は、第二次大戦での敗戦をひとつの“きっかけ”にはしております。しかし、日本のこれほどまでの発展は、ある意味「特殊な事例」と言わざるを得ないのでございます。それを、あのブ大統領は気づいていらっしゃらないようでございますね。ほんに、おめでたいことでございます(笑)。

唐突ではございますが、「明治維新」はどうして「明治革命」ではないか分かりますか? そもそも「革命」というものは、民衆が支配者階級をやっつけて、支配者と被支配者の関係が逆転する現象のことでございます。ところが明治維新は武士と武士との戦い、支配者階級同士の戦い(ここがミソ)であり、その結果での政治構造の刷新なのでございます。つまり、革命ではなく「政治的革新」なのでございます。いや、明治維新だけでなく、日本の歴史に純粋な革命と呼べる出来事は、おそらく皆無ではないかと思うのでございます。

儒教の影響による武士道の現れでしょうか? あるいは農耕民族独特の全体主義の現れでしょうか? とにもかくにも、「自己を抑えてでも全体の利益を追求する」という思想が、日本人には強く根づいているのでございます。その国家全体を見るグローバルな視点が、革命ではなく(明治維新のような)革新という形で、日本の政治構造が変遷していくわけでございます。そう考えますと、日本人というのは、とっても自己治癒力の強い民族なのでございます。第二次大戦後、日本がこれほどまでに発展したのは、アメリカのおかげではございません。日本が本来持つ自己治癒力のおかげなのでございます(あ〜あ、言い切っちゃった)。

そしてもうひとつ、今日の日本の発展にはもうひとつのファクターがございます。それは、「広島」と「長崎」でございます。あの二つの原爆による圧倒的な敗北感が、それ以後の日本人に十分な自己反省の動機を与え、その自己反省が再建へと奮い立たせたのでございます。それをブ大統領は分かってない。6年前の世界貿易センターの二つの火柱を、アメリカはパールハーバーと重ね合わせて考えているようでございます。どうしてあの火柱と犠牲を、広島と長崎に重ね合わさないのでございましょう。アメリカは報復することばかり考え、「どうしてそうなったか」を考えようとしない。復讐という感情に押し流され、せっかくの「考えるチャンス」をドブに捨ててしまった。そこにアメリカの悲劇と独りよがりがあるのでございます。

さて、ちょっと前に民主党の小沢一郎代表が米国のシーファー駐日大使に対して、「アメリカのわがままで始めた戦争に、これ以上つきあえないよ」と大上段に構えた発言をしております。まぁ、今、給油支援を断るってのは、長年やってきた町内会の掃除を突然さぼる様なもので、あまり現実的ではないですよね。どうも、シーファー駐日大使との会談が公開会談ということで、小沢さんのパフォーマンスのような気がしますけどね。だって、もし、支援を断るのであれば、アメリカがアフガニスタンやイラクに侵攻したあの6年前にキッパリ断っておかなければ、筋が通らないでしょ。

そこで、みなさま方、想像してみていただきたいのでございます。あの6年前、(報復のため)アフガニスタンに侵攻するアメリカが、世界中に協力を求めてきたあの6年前に、もし、日本がいっさいの協力を断っていたら? 「平和憲法を持つ日本は他国の報復戦争には参加できません」と断っていたら、どうなっていたでしょう。

日本は世界中から孤立して、輸入に頼る資源はことごとく値上がりして、日本経済は大混乱していたでしょうか? 世界中からチキン呼ばわりされ、ほとんど江戸時代の鎖国状態に陥ったでしょうか?

さらに想像してみてください。「様々な困難を予想しつつも、日本は他国の戦争に巻き込まれないことを決定しました」と政治家が叫ぶ姿を。そして、「いまこそ、国民のみなさまの協力が必要です」と国民に頭をさげる政治家の姿を。

そして、そんな日本政府の姿勢を、いつの日か他国が理解し、協調してくれる日が来ることを。報復よりも「どうしてそうなったか」を考えることの方が重要であることを、世界中が気づき始めることを...

み〜んな、ワタクシの夢想でございます。そう、ジョン・レノンが「Imagine(イマジン)してみてよ」と語りかけたように、こんな非現実的な考えは夢想家の独り言なのかもしれません。でもね、夢を語らなければ現実を語れない。夢があるから枯れた現実の世界に潤いが与えられ、そして、どちらへ歩き出せばいいのか分かるのでございます。

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8月の某日、TVにて枯れ葉剤のドキュメントを見ました。ベトナム戦争でアメリカ軍が使った枯れ葉剤の影響が、終結後30年以上も経った現在でも、いまだに奇形児や結合児の出産という形で現れているそうでございます。そして、そのようなベトナムの事実を、アメリカの国民のほとんどは知らないようでございます。枯れ葉剤の犠牲者の写真展をアメリカで開こうとしたとき、その写真展を受け入れてくれる会場探しに、かなり困難したそうでございます。

あるいは、アメリカのスミソニアン博物館には、原爆搭載機の「エノラ・ゲイ」は展示されているものの、広島の原爆展は企画されたにもかかわらず展示直前に断られたといった事実も有名でございます。「自由の国」とか「世界の警察」とか気取っていながら、なんかアメリカって都合よくねぇかなぁ? 「どう考えるか」は未来を預ける子供たちにまかせておけばいいじゃん。大人に出来ることは、子供たちがより深い考えを持てるように、なにもかも包み隠さず子供たちに見せてあげることじゃん。なにもかもさらけ出すってのは、勇気がいるけどね。

広島、長崎の、原爆投下直後の様子を多くの写真に残した元アメリカ従軍カメラマンのジョー・オダネル氏が、8月の9日に亡くなっております(享年85歳)。それらの写真は写真集「トランクの中の日本」(小学館)という形で紹介されております。事実は正確に伝えていかなければ、どんどん風化していきます。われわれ大人に出来ることは、事実を正確に子供たちに伝えていくことでございます。事実は伝えるが憎しみは伝えない。どうですか、ちょっと難しいですけどね。コツは、「夢見ること」でございます。

ではでは、今回はこの辺で。

前半部分で申し上げました日本人の全体主義的なところってのは、なかなか外国人には理解が難しいようでございます。その両者の不理解が、日本人と外国人との小さな誤解につながったりいたします。といったところで、次回は朝青龍の問題をくっちゃべっちゃおうかな。では、次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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