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2007/07/26

中越沖地震の報道のあり方にもの申す

Fi1189923447795t_0eお久しぶりでございます。名古屋薫でございます。

んな、んなぁんと、五ヶ月ぶりのメールマガジンでございます。今回は、なかなかにブランクっちゃったのでございます。書きたいことは山ほど有るのでございますが、忙しさにかまけて書きそびれているうちに、タイムリーではない話題になっちゃって書くのを見送ったりとか、あるいは「書く」というルーチンを忘れた生活サイクルに陥っちゃっていると、その自分の生活サイクルを変えるのにはチョットしたエネルギーが必要だったりとか、まぁ、ひとえにゴメンナチャイなのでございます。

中越沖地震も発生から10日ほど経ち、発生当初の混乱はほぼ収まっているとはいえ、まだまだ不自由な生活を強いられている方々が大勢いらっしゃるようでございます。今回は、この地震に関する一連の報道に関して、ちょっとイライラしていることがございますので、書いちゃうのでございます。報道関係のお仕事の方がいらっしゃいましたら、“あしからず”、なのでございます。

さて、今回の地震報道では、大変な人数の報道関係者が現地に出向いているようでございます。各局が「○○○人ものスタッフを送り込んで、万全の報道体制をしいて……」なんて言っているのを聞くと、もうね、バカか、アホかと思っちゃうのでございます。

現地は水道も止まっている。ガスも電気もままならぬ。そんな場所でございます。そのようなところに何百人も押しかけれたら迷惑でしょ、ほんとに。その何百人がゴミも出せば、オシッコやウンチもするでしょ。あぁ、ほんとに迷惑この上ない。

そして、各局がバラバラに取材しているものだから,同じ人たちに何度も同じインタビューをしてしまったりとかが、きっと有るはず。避難所で鬱積(うっせき)をためている人たちからしたら、入れ代わり立ち代わり取材陣がやってきて、紋切り型の質問を浴びせられ、同じような返答を何度もさせられる。あぁ、迷惑、迷惑、迷惑この上ない。

きっと上空には何機ものヘリコプターが飛び回っているのでございましょう。普段の閑静さに慣れている地元の方々にとっては、さぞかし大きく聞こえる雑音でございましょう。あぁ、迷惑、迷惑。

さあ、さあ、さあ、ここで名古屋薫、ある提案をするのでございます。こういった災害や大事故の際の報道には、すべての報道機関が「報道協定」なるものを結ぶべきでございます。災害現場・事故現場に、共同の報道基地を設けて、各局・各紙がそれぞれ持ち寄った映像などを共有使用するのでございます。F1レースやオリンピックを中継するときの共同映像の要領でございます。

当然、ある局のアナウンサーが他局のニュースで登場なんてことも、起こりえるわけでございます。また当然、「スクープ」はあり得ないのでございます。あのような大災害を考えますに、現地に入った報道機関がさらなる“害”になるなんてのは愚の骨頂。世の中の“害”をさらけ出すのがジャーナリズム。自ら“害”になってはいけないのでございます。そのようなジャーナリズムの本質をわきまえて、普段のスクープ合戦での“ヌケガケ根性”はそっと本社の引き出しの奥にしまっておいて欲しいものでございます。

報道基地での、どの局が何を取材するかといった役割分担は、たぶん揉めるところでございましょう。やはり普段から、そういった特別な事態では誰がリーダーシップを取るかということは、ある程度決めておく必要がございましょう。事件や災害が起きてからではなく、起きる前にこのような災害・大事故のときの「報道協定」というものは、つくれないものでございましょうか(たぶん「鶴の一声」が必要。鶴の一声に関しては後述するのでございます)。

かつて、「行く年来る年」という番組は、民放すべてで同じものを放送しておりました。あるいは、「CMの日」と題して、一年に一度、CMを題材とした1時間ほどの特別番組が作られていた時期がございました。この番組も確か、民放すべてで同じ番組を同じ時間枠に流しておりました。普段スクープ合戦で私利を追求せざるを得ない各放送局が、大災害や大事故のときぐらい、私利を捨て協力し、ジャーナリズムの本質に帰ることが有ってもいいと思うのでございます。

で、ちょっと話は飛びますが、年に一度、募金活動を題材にした24時間ぶっ続けの番組がございます。あれなんかも、それほど良いことならば、なにもひとつの局でダラダラ24時間も放送するなんてことをせず、他局に働きかけ、全局共同でミッチリと作り込んだ1時間ほどの特別番組を作って欲しいものでございます。本当に世の中を変えたいという意気込みがあるのなら、まず私利を捨て、他局を説得するほどのエネルギーを見せてもらいたいものでございます。

またまた話は飛びますが、ちょっと前の長久手の籠城事件でのこと。撃たれて横たわっている警官の姿を、上空からヘリコプターで中継をしておりました。まったく、バッカじゃない! 犯人だってテレビを見ているだろうし、あんな中継されたら、犯人に手の内を教えているようなものじゃない。ああいったときの報道規制の取り決めとかも、絶対に必要だと思うのでございます。

で、閑話休題。1979〜80年のテヘランでのアメリカ大使館占拠事件では、1年2ヶ月ぶりに解放され帰国した人質に対して、当時のアメリカ大統領は「24時間の取材禁止」命令を出しました。報道各機関の私利を払拭するには、ちょっと高い位置にいる人の「鶴の一声」が必要な場合がございます。日本の「ちょっと高い位置にいる人たち」は、どうでしょうかねぇ?

というわけで、中越沖地震のような大災害での報道のあり方に関して、ちょっと生意気なことを書かせていただきました。あと、道路などの復興や仮設住居のあり方、避難場所のあり方、ボランティアの統率などにも、チョット言いたいことがあるのでございますが、行数も多くなって参りました、それは次回のお話といたしましょう。

久しぶりのメールマガジン、最後まで読んでいただきまして、ありがとうございますなのでございます。では、次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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