ワタクシ名古屋薫は、生まれも育ちも名古屋っ子でございます。5年ほど東京で一人住まいをしたことがございますが、これまでの人生のほとんどを、名古屋で過ごしております。
JR名古屋駅(名古屋人は「名駅」などと呼んでおります)の地下に、「メイチカ」という地下街がございまして、その一角に「不二家レストラン」がございました。幼少の頃から映画大好きだったワタクシは、新しい映画がかかると母親にねだって映画館に連れて行ってもらったものでございます。映画を見終わったあとに必ず立ち寄るのが、その「不二家レストラン」。映画と不二家は、ワタクシと母親の、月に一度のささやかな娯楽でございました。
その不二家レストラン、1階席と2階席がございまして、緩やかなカーブの階段を上がっていく2階席が、子供心にたいへん魅力的でございました。昔はいつ行っても行列ができており、順番待ちをしている間は、「どうか2階席に案内されますように」なんて、いつも思っていたものでございました。ショーウィンドーのサンプルはどれも魅力的でございました。今でこそファミリーレストランで慣れてしまっておりますが、その不思議な盛りつけのメニューたちは、まるで別世界の食べ物のようでございました。
いつしかワタクシの身長が母親のそれを上回るころになると、今度はワタクシが母親を誘って、映画館+不二家のささやか娯楽を実行したりしておりました。高齢で足腰が弱くなった母親には、階段で上る2階席はつらく、せっかく2階席に案内されても、1階席が空くのを母親と二人でのんびり待ったりしておりました。ワタクシが毎回違うものを注文するのとは対照的に、母親はいつでも「ホットケーキ」オンリー。「これだけメニューがあるのだから、たまには違うものを」と思いましたが、ワタクシと一緒に食事ができるだけで、母親はすでにお腹いっぱいだったようでございます。
そんな不二家の2階席もいつしか使われなくなり、店内の内装も目に見えてくたびれてきておりました。トイレなどの補修も十分ではございません。かつて子供心に夢の世界のように思っていたそのレストランが、いつしか大人の目にごくありふれて見える飲食店に成り下がっておりました。自分が成長したのか、不二家が下りてきたのか。多くの外食産業が台頭するなか、不二家を選択する理由は、ただ、ただ、「思い出」だけになっておりました。
ワタクシの母親が大腿骨を骨折して寝たきりになってからは、映画館や不二家は縁遠いものになってしまいました。そのころから名古屋駅周辺は急激な開発が進み、地下街や周辺ビルなど、次々に改修・改築されていっておりました。その影響もあったのでしょうか、その思い出の不二家レストランも、いつのまにか姿を消しておりました。もちろん、ほかの場所で営業している不二家レストランはございます。しかし、その「不二家」というブランド以上に、2階席のあった「あのレストラン」そのものに思い入れがあったのだと気付くのは、それがなくなってしまったあとでございました。
今日1月22日は、母親の三回忌でございます。ありふれた言い方でございますが、母親というものも、亡くなったあとに、そのありがたみに気付くものでございます。ホットケーキばかり注文していた母親が、今では懐かしゅうございます。今話題の不二家にまつわる、ワタクシと母親の思い出話でございました。
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