いやね、TVを見ておりましたら、メトロン星人とモロボシダン(=ウルトラセブン)が卓袱台(ちゃぶだい)を挟んで密談をしているではございませんか! 知る人ぞ知る、あのウルトラセブンの名場面のひとつでございます。パチンコ台のコマーシャルとして度々流されてましたから、ご覧になった方もあるかもしれませんね。
そんな映像をあぁ懐かしスなんて思っていたら、今日の朝、新聞広告にダダの顔が大きく掲載されておりました。何の広告かは失念いたしましたが、「ダダ」と「只(タダ)」を掛けているような広告だったので、いま何かとお騒がせなソフトバンクの広告ダタかもしれません。
この宇宙人の名前、ダダ星人だったか、星人ダダだったかを確かめようとググりましたら、正式名が「ダダ」、「ダダイズム」という美術思想の名称をもじった名前のようでございます。勉強になったのでございます。たかが宇宙人の名前と侮れないのでございます。
映像を見た瞬間、メトロン星人とかダダといった何十年もお呼びがなかった記憶が、時空をワープして脊髄反射的に脳裏に浮かんだ自分に呆れております。三つ子の魂百までなんてことを申しますが、幼少の頃に覚えたことというのも、これまた侮れないのでございます。
メトロン星人の宇宙船が、日本の下町風ボロアパートから飛び立っていくシーンはワタクシにとってはトラウマ的映像であり、いまだに脳裏に焼き付いております。ひょっとしたら、地球人に偽装した宇宙人が日常の社会生活には大勢とけ込んでいるのではないか? 子供の頃、似たようなボロアパートを見ると怖かったものでございます。今では、自分が宇宙人のような存在(1999/05/13配信分)で一般の方を欺いて生活しているというのにね、皮肉なものでございますね。
このメトロン星人の放送分を調べましたら、何と監督が「実相寺昭雄」。特撮シリーズの中でも、特に異色な監督でございます。悲哀と申しましょうか、映像的耽美派と申しましょうか、怪獣の悲しい性(さが!?)を独特の色とアングルで表現した作品が多うございます――元宇宙飛行士が放射能で変わり果てた姿になってしまったジャミラ、たまたま地球に墜ちてしまい宇宙を恋しがるシーボーズ。この2作品は秀逸でございます(このあたりの詳しい内容は、実感ある人だけ納得してくださいませ)。
特にウルトラマンのジャミラの回は、子供心に胸がキュ〜ンとしたものでございまして、怪獣の墓標と夕日で構成したラストシーンは、いまだにはっきりと覚えております。非常に手の込んだ画面作り、非常に深いメッセージ、子供向けの特撮番組とはいえ、大人が見て十分に感動できる要素が盛り込まれているのでございます。
「人間としてこう生きたい」「こう生きたいが生きられない」
そういった人間の願望や葛藤を表現すること、それが文学性でございます。たとえ小さな子供が見るような番組でも、このような文学性をきちんと盛り込んだ作品であれば、きっと大人になってもう一度見返したとき、新たな発見や新たな感動が必ず得られるものでございます。良い作品とは、そういったものでございます。
小さなころに体験した感動は、一生涯のその子の価値観を決定するかもしれません。毎日毎日、莫大な数の、子供向け番組が製作され放送されておりますが、どうか小さな子供が見るものだからこそ、なおさら深く重たい文学性のあるメッセージを、作品に盛り込んでいただきたいと思うのでございます。そのときの子供には分からないかもしれませんが、潜在意識として刷り込まれたメッセージが種となり、成長して心が十分に熟したときに、芽を出し、メッセージが花開くかもしれないのでございます。
種をまかなければ、絶対に芽が出ることはございません。世の子供向け番組のクリエイターさん達、どうか子供の心に素晴らしい種をいっぱい植え付けられるような、そんな番組を作ってくださいませませでございます。
といったところで、では、次回をお楽しみにネ。名古屋薫でございました。
最近のコメント