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2006/08/25

惑っているのは星?それとも…

【水金地火木土天海冥】

みんなこうして惑星の順番を覚えたものでございます。冥王星が海王星の軌道の内側に入ったとかで、小さいころ順番を覚え直したりもしております。今調べると、もうすでに、20年にわたる軌道の交差は終了しているみたいで、元の順番に戻っているようでございます。なんか、自分の年齢を感じちゃうのでございます。

ホルスト作曲の「組曲『惑星』」という曲がございます。最近は、木星の部分(ジュビター)のみが取りざたされたりしております。さてこの組曲には「冥王星」という曲はございません。作曲されたときにはまだ発見されていなかったのでございます。一方、「月にかわってお仕置きよ」でお馴染みのセーラームーン。その登場人物には、もちろん「セイラープルート(プルート=冥王星)」が登場しております。地味で大人のキャラクターのセイラープルート、ワタクシ結構好きでございます。

その冥王星を惑星として認めるべきかどうか? ケンケンガクガクの議論が今まさに交わされているようでございます。さまざまな学説が引き合いに出されているようでございますが、自然現象なんてそう杓子定規に線引き出来るものではないのでございます。真理の追究というよりは、単なる学者の意地の張合いでございます。世の中で“真理”と呼ばれているものの多くは、このような“言い出した人の単なる意地”だったりするのでございます。

その冥王星の成り行きに、出版業界が右往左往しているようでございます。来年の理科の教科書の記述に対応するため、輪転機を止めてまで結果待ちをしているそうでございます。まぁね、出版業界にとっては不可抗力でございますし、こういう教科書の間違いは、ある意味良い教育の材料になったりするのでございますが、とかくクレームの多い世の中になってしまいましたから、出版社も慎重なのでございましょう。

【「惑(まど)う星」と書いて、惑星】

夜空の多くの恒星が天球にはり付いたように見えるのに対して、地球のすぐそばで公転する火星や木星のような惑星は、地球との位置関係で、進んだり戻ったり、クルリと輪を描いたり、そんな不思議な動き方を天球上でいたします。まだまだ天動説が主流だったころには、その惑星の不思議な動きが理解できず、「惑う星」なんて名前をつけたようでございます(ちなみに「惑星」という語は、長崎のオランダ語の通訳が、コペルニクスの「地動説」を訳するときに生まれた語だそうでございます)。

その惑う星が、いまや世界中の天文学会や教科書の出版社までをも「惑わして」おります。いにしえの天文学者たちは、何十年、あるいは何代にもわたるほどの観測結果を経て、新しい学説を導き出したものでございます。それに比べると現代では、めまぐるしく新たな発見や学説が展開し、世界中がその推移に振り回されております。実は、惑っているのは惑星ではなくワタクシたちなのかもしれませんね。

最近は、明るくライトアップされた都会の夜の影響で、“本当の夜空”みることが大変難しくなりました。もし田舎に出向くことがございましたら、ぜひぜひぜひ、満天に星がちりばめられた本当の夜空を見ていただきたいものでございます。宇宙飛行士は、宇宙から地球を見て自分の世界観を変えるといいます。宇宙飛行士にはなれないまでも、満天からの降るような星空の感動は、必ずあなたの心に一陣の清風を吹き込んでくれるはずでございます。

さてさてさて、冥王星問題、このメールマガジンが読まれるころには、いったいどんな結果が出ているのでございましょうか? 世の中の移り変わりに惑わされてばかりいるワタクシたちは、何千年も変らない夜空に思いを馳せる余裕を持たなくてはいけないのかもしれませんね。といったところで失礼いたします。次回をお楽しみに。

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