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2006/06/24

礎・スポーツにおける無常観

ワールドカップ、日本チーム、負けてしまいましたね。って言うか、う〜ん、そもそも難しいでしょ、いろいろと...いや、そのね、日本中が“裸の王様”状態でね、「無理に決まってるじゃん」とか「世界とレベルが違いすぎるでしょ」なんてことを言うのは、「王様は裸だ〜」って叫ぶようなもので、なんだか日本中がね、「ひょっとしたら優勝!」なんて感じでみんな盛り上がっちゃってて、で、それで儲かっちゃう人とかも大勢いたりして、あ〜あ、話題が話題だけに奥歯にものをはさみまくってお話ししております。あ〜、やだ、やだ。名古屋薫でございます。

さて、ワタクシ、日々メールマガジンのネタなどが見つかりますと、その場でメモを取ったり、あるいは新聞などを切り取ったりするのでございます。が、しかし、今回のように長期に渡ってメールマガジンが滞ったりいたしますと、そのメモや切り抜きなどがドンドン溜まっていったりするのでございます。それで、今回も積もり積もった切り抜きの中から、チョット前の新聞からお話するのでございます。まぁ、ワールドカップで盛り上がった時期ですから、スポーツネタでお話しすることにいたしましょう。

今、ワタクシの手元には6/9付の新聞の切り抜きがございます。みなさま方覚えていらっしゃいますでしょうか? 世界のイチローが日米通算で2500本安打を達成したときの記事でございます。また、そのときの発言が振るっております。

 「野球界が前に進んでいくためには技術だけでなく、記録でも後輩が先輩を抜いていかないと進歩したことにはならないと思います」」
「私が」ではなく「野球界が」と切り出すところ、なかなかに、なかなかでございます。何がなかなかかと申しますと、もはや一個人、一選手の発言ではなく、野球界全体のリーダーシップとしての発言でございます。そういえば、さきの“世界野球大合戦”(ワールドベースボールクラシック)でも、十分な貫禄で他の若い選手を奮起・リードしておりました。大リーグという野球界の最前線で、世界を股に掛け闘いながらも、後輩の育成を思いやる余裕があるというのは、なかなかになかなかでございます。ちなみに、ひぐらしはカナカナでございます。名古屋薫はその日暮らし、おあとがよろしいようで、って、まだ終わっちゃいない、終わってませんよ〜

その6/9の新聞でございますが、誌面を大きく飾るイチローの記事の脇に、たった15行の小さな記事が掲載されております。「野茂解雇」の記事でございます。イチローと野茂、両極端の記事を並べて掲載するこのコントラストの効いた人生模様、新聞の編集者(どこの新聞社かは申しませんが)もなかなかになかなかなレイアウトでございます。現(あらわ)す者有れば、消え行く者有り、盛者必衰の理(ことわり)、新聞のスポーツ欄に醸し出る無常観、たかが新聞、されど新聞、なかなかに奥が深いのでございます。

解雇となったとはいえ、その野茂英雄と言えば、日本人大リーガーとしての礎(いしずえ)を築き上げた人でございます。礎とは物事の基礎となるものでございます。野茂が単身大リーグに乗り込んでいき、「ミスターK」(Kは野球用語で三振を意味する)の異名を取るほどの大活躍をしたからこそ、イチローを初めとする現在の日本人大リーガーの活躍と理解があるのでございます。礎とは美しい言葉でございます。

「ぼくの前に道はない、ぼくの後に道はできる...」
と歌った詩がございます(高村光太郎『道程』)。どんなことでも“最初に歩く”というのは大変でございます。そして、最初に歩いてくれた人がいるからこそ、後から続く人が生まれるわけでございます。そして、そして、いつの日か、今栄光に輝いているイチロー選手にも、野茂のような日が必ず来るはずでございます。盛者必衰、常なるものは無し。この無常観があるからこそ、限界に挑戦し勝敗を競い合うスポーツ選手が、より輝いて見えるのでございます。勝者だけではなく、敗者にもそれなりの輝きがある、それがスポーツの良いところでございます。

野茂にしろ、ワールドカップの日本チームにしろ、どうか日本中で暖かく迎えてあげたいものでございます。今はまだ世界のレベルにおぼつかない日本のサッカーチームではございますが、彼らが今後の“礎”になるのは間違いないのでございます。道のないところを歩いていくわけでございますから、礎は大変なのでございます。

といったところで、今回はこの辺で。なかなかに配信が遅れておりますが、辛抱強い読者様各位のお心に、名古屋薫助けられております。励ましのお便りも何通か頂いております。ありがとうございます。名古屋薫はニューハーフ界の礎になれるのか? まぁ、礎でなくとも、庭の飛び石のひとつぐらいにはなれたらなぁ...なんてね(笑)。ではでは、失礼いたします。

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