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2005年12月

2005/12/12

ヤッテモウタで創作ショート

とあるオフィスビルの一室、数人のオフィスレディがPCを前にして、ごく日常のありきたりな業務に従事していた。空調の効いたその部屋はほどほどに快適で、事務作業を行なうには完璧な環境だった。普通の日の、普通の昼下がりとして、その部屋の時間は淡々と過ぎていった。完璧な環境での作業はよくはかどったが、ただ、そのオフィスにはもう一つの完璧なものが存在した。それは、誤った作業が行なわれた場合の、重厚すぎるほどの警告であった。

「ア〜ア、ヤッテモウタ!」
あるOLがPCの前で叫び、しきりにキーボードを叩いていた。どことなくシガニーウィーバー似のそのOLの顔には、明らかな動揺を呈していた。何か重要な操作ミスをしたようである。OLの動揺に追い打ちをかけるように、突然けたたましいサイレンが鳴り響いた。と、同時に、オフィスの蛍光灯が消され、赤い照明が点滅し始めた。オフィスは一瞬にして急速潜行する潜水艦の内部のような、異様な緊張感に包まれた。非日常的な音と光が錯綜(さくそう)する中で、かのOLは何とか回復作業を試みようと、必死にキーボードを叩き続けた。

次の瞬間、そのOLが作業するPCの画面がブラックアウトした。その時、OLは事態が次の深刻な段階に突入したことを悟った。画面いっぱいにカウントダウンの大きな数字が表示されたのである。オフィス内には機械的な音声でアナウンスが流れた。もはや端末からの操作で行えることは、何もなくなった。

「書類○○は、あと△△秒で削除されます。キャンセル動作は□□秒以内です」
女性の完璧なアクセントによるアナウンスは、オフィスの喧噪(けんそう)にも関わらず、淡々と冷静に鳴り響いた。そして、残り秒数を確実に減らしながら、何度も何度も正確にくり返された。いつしか天井からはドライアイスの煙のようなものが降り注ぎ、オフィス内の空気はますます緊張感を高めていった。もはや潜水艦の急速潜行というよりは、むしろ宇宙船ノストロモ号の自爆直前の状況に酷似していた(映画『エイリアン』参照)。

シガニーウィーバー似のOLは、条件反射的にPCの背後に回り込み、裏板を外した。そして、音と光が錯綜する中、冷静にPC内部の制御板(?)を止めようと試みた。今、行え得る、唯一のキャンセル操作である。その直径3.5インチほどの円形の制御板は、非常に正確に表面処理され、その高速回転するさまは、誤操作した人間をあざ笑うかのように、冷たく光っていた。そして、その制御板停止作業の異様な難解さは、機械内部への人為的な介入に対して、PCが最後の抵抗をしているようであった。

「なかなか、制御板が止らない。なんて難しいキャンセル操作なの!」
OLの顔には、苦渋の色が浮かんだ。その間にも、アナウンスは正確にカウントダウンを実行していた。機械的な音声が、彼女の心をますます焦心させ、時が刻まれるということが、これほどまでに残忍なことであることを知った。制御板の回転数の低下と反比例して、OLの心拍数は高まっていった。心臓と精神力が、その限界に近づいたころ、やっとその制御板は動きを止めたのであった。OLは全身の力を抜き、大きなため息をひとつついた。しかしながら、アナウンスの声は正確でかつ冷酷だった。
「キャンセル操作は間に合いませんでした。キャンセル操作は間に...」
アナウンスの声に逆上したOLは、そのPCをひとしきり両手の拳で叩いた。そして、PCに突っ伏したまま次になすべきことを冷静に考えていた。おもむろに背後の戸棚に向かうと、中から(宇宙服ならぬ)今ハヤリの防災ずきんを取りだした。もはや慌ててはいなかった。冷静に、淡々と、確信犯的に行動していた。その動作には、なにかしら覚悟を決めたような重々しさがあった。

防災ずきんを被ったOLは、ゆっくりとサーバコンピュータの方へ近づいていった。「やめろ!」、「何をする気だ!」。周りの同僚が彼女に叫んだが、けたたましい騒音で、打ち消されるばかりであった。いや、もし彼女の耳にその同僚の声が入ったとしても、意を決して行動している彼女には、他の騒音と同じく、何の意味も持たない音の羅列でしかなかったことであろう。

OLは、サーバコンピュータのフロントパネルを開いた。コンピュータの内部には、人間がやっと一人もぐり込んでいけそうなスペースが空けられ、内側には、さまざまな色の光が、まるでクリスマスツリーの電飾のようにチカチカと光っていた。だが、その点滅する速さはクリスマスツリーの比ではなく、その点滅の向こう側で、激しい高速演算がなされているのが容易に想像できた。

OLは、おずおずと中に入っていった。中に入りきると、自動的にフロントパネルが閉じられた。密閉されたその空間には、外部の騒音が一切入り込まないような設計になっていた。オフィス内の喧噪とは裏腹に、サーバコンピュータの内部はまるで宇宙空間のように静かだった。そして、内部の壁一面に、アクリル板のような透明なメモリーモジュールが並んでいた。無数にならんだモジュールを眺めながら、OLはささやかな畏怖(いふ)の念を感じた。

畏怖、それは、電子機械文明が生み出した巨大システムに対する畏怖ではなく、これから自分が行なおうとしている最終手段の事の重大さに対する畏怖であった。人間が巨大電子システムの冷酷な仕打ちに対抗する最後の手段、それは、そのシステムの存在そのものを全否定することでしかなかった。端末での些細な操作ミスが、なぜこのようなシステムの全否定的行為に帰結してしまうのか? いささか不条理ではあるけれど、その不条理さへの推考など、そのOLには全く必要ないものであった。なぜならば、

“削除されるべきではない書類が、今、削除されかけている”
その事実だけで、彼女には十分であった。

冷たい無音空間の中で、OLは無数にあるモジュールを一枚ずつ引き抜き始めた。モジュールは少し引き出すと、あとは自然に最後までゆっくりと排出された。引き出すのには、ほとんど力は必要なかった。最も堅固に守られなければならないものが、最も柔軟に反応することを、OLは意外に思った。

「女性端末操作員B382号、何をしているのですか?」
空気が凍りついたかに思えた空間での、突然感じた音波の振動だった。サーバコンピュータの合成音声である。「何をしているのですか?」 サーバコンピュータは何度も問いかけたが、OLは黙々とモジュールを引き抜き続けた。引き抜かれるに従い、合成音声もその口調が変っていった。命令口調は懇願に変わり、子供言葉でのおねだりになり、最後には童謡を歌い始めた。最後のモジュールを引き抜くと、その細々とした童謡もメルトダウンしていった。まるで電源を落とされたテープレコーダのように……サーバコンピュータの停止である。

OLはちいさな密閉空間の中で脱力しきっていた。事の発端は、些細な操作ミスであった。端末の発する警告メッセージに、つい「はい」のボタンをクリックしてしまったのであった。もしあの「はい」のボタンが、いつもとは違う形であったなら、いつもとはちがう色であったなら、警告メッセージがもっと分かりやすかったなら、ヤッテモウタする前に気づいたかもしれない。OLは薄れていく意識の中で、あの最後のクリックを恨めしそうに反芻(はんすう)するのであった。

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今回は、例のあの証券会社のヤッテモウタ事件にインスパイアされ、有名SF映画を最大限にパクリまくって、だらだらと創作ショートを書いちゃったのでございます。ワンクリックで数百億円の損害とは、証券業界もなかなかに太っ腹なシステムを使用しているのでございます。あのクリックしちゃった社員の方、この先、非凡な人生を送られるのでございましょうね。数百億の損害などにめげずに、頑張ってほしいものでございます。

それにつけても、OS、特にWindowsの警告メッセージって、わかりにくくありませんか? さらに、警告メッセージ、普段から出し過ぎ。だから、本当に重要なメッセージに気づき難かったりしちゃうのでございます。これからはWindowsのことを、「オオカミが来たぞ少年的オペレーティングシステム」って呼ぶことにいたしましょう。

ではでは、今回は長くなっちゃいましたね。支離滅裂のまま、今回のメールマガジンを終わるのでございます。二ヶ月も休刊しちゃいまして、読者の方、お待たせしてゴメンナサイなのでございます。そんなワタクシが、今、メールマガジンとブログの平行配信を考えているのでございます。こんなムラッ気のあるオカマにブログなんて務まるのか! とお叱りを受けそうでございますが、まぁ、お手柔らかにお願いするのでございます。では次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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