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2005年3月

2005/03/25

愛・地球博、傾向と対策 後編

先週に引き続き、愛・地球博がテーマでございます。もう、中部地方のTV番組は愛・地球博関連番組がめじろ押しでございます。昨日の夜からひと晩中特別番組を放送しているかと思いきや、今日も朝から生中継でございます。その特別番組が口をそろえて「35年ぶりの万博」ともうしておりますが、はて?、さて?、沖縄海洋博や筑波や花博は?? そこで、ワタクシ名古屋薫、ブチ切れでございます。これはおかしい! なにか裏がある! ワタクシ、真相を追求すべく万博関連の資料をむさぼり調べたのでございます(いや、ちょっとWebで検索しり、本を読んだだけでございますけどね)。

まず、国際博覧会事務局(BIE)が定める博覧会には、やや格が上の“一般博”とちょっと格下の“特別博”、そして別枠の“園芸博”が定められているのでございます。1970年の大阪万博は一般博、それ以外の沖縄(1975)と筑波(1985)は特別博、大阪花博(1990)は園芸博ということなのでございます。そこで、愛・地球博が“一般博”であれば、「35年ぶりの一般博」として愛知県民は胸をはって自慢出来るのでございますが、話はそう単純ではございません。

実は、愛・地球博も特別博として申請されているのでございます。ところが、申請後に博覧会の分類が変りまして、一般博と特別博は“登録博”という新しいカテゴリーとしてまとめられてしまったのでございます。一般博と特別博の区別がなくなったドサクサにまぎれて、一般博を気取っているというのが真相ではないでしょうか?

しかし、一般博と特別博の区別がなくなったのでございますから、やはり「35年ぶりの万博」というのはおかしいのでございます。もっとも、外務省のサイトでは花博以来の「15年ぶりの国際博覧会」とうたっているのでございまして、35年ぶりと言っているのは地元のマスコミばかりでございます。放送局や新聞社総ぐるみで世界中に見栄をはろうとするそのやりかた、まったく、名古屋人気質全開でございます。まぁ、本質とは関係のないところで見栄をはるということ、名古屋人にやらせたら天下一品でございます。

ちなみに、現在のBIEの規定によりますと、“登録博”とは別に、もっと規模が小さくテーマも絞り込んだ“認定博”というのを定めています。また、昨年静岡県で開催された「浜名湖花博」などの地方自治団体が行なっているものは“地方博”と呼ばれ、BIEとは関係なく開催されるものでございます。

さてその「愛・地球博」でございますが、35年前の大阪万博を知っている方々なら、ついつい比較してしまうものでございますが、それはちょっと酷(こく)というものでございます。そもそも大阪万博のころは、好景気で資金も豊富、環境問題もあまりなく、やりたいこと何でもありの“浪費万博”でございました。

それに対し、愛・地球博は何事にも節約を迫られる“エコ万博”でございます。しかし、“エコ”を広く唱えようと思っても人が来なければお話しになりません。人が集まるような博覧会を催そうと思ったら、そこには浪費がつきまとう。今回の博覧会は、最初から自己矛盾をはらんでいるのでございますから、主催者側も大変でございます。

その矛盾に関しては、また別の機会にお話しするとして、今回は前回のお話しで申し上げました、「重要な問題」に関してなのでございます。病人や死人を出すかもしれないという重要な問題でございます。と言いましても、一週間ほど前の内覧会であらかたの問題点は出尽くしたようで、この問題点に関しても、ちらほら言われているようでございます。その問題とは、名古屋の夏の暑さと飲料水の供給量の問題でございます。

名古屋の夏は想像を絶する暑さでございます。普通の夏は、多少気温が高くても日陰に入ったり風が吹いたりすれば涼しいものでございます。しかし名古屋の夏は魔物でございます。日陰に入ってもジットリと汗がにじみ出てまいります。風が吹いても湿度の高い生暖かい風で、ますます暑くなるのでございます。例えて言うならば、オーブンの中でジリジリと焼かれるような暑さなのでございます。

そして、会場となっているのは元青少年公園と呼ばれた公園でございます。ワタクシ、学生時代に部活の合宿で夏場よくこの公園を利用いたしましたが、まぁ暑いわ風は吹かないわ、夏場は大変でございます。そこで重要なのが水分の補給。しかしながら、今回の万博では、ペットボトルの持ち込み禁止などもございまして、飲料水の確保がかなり難しいのではないかと想像出来るのでございます。

「中で買えばいいじゃない」と思われるでしょうが、内覧会でも十分に混乱しているありさま、混雑時に長蛇の列ができるのは簡単に想像できるのでございます。売り場や飲食店の長い列をみて、ついつい食事や水分補給を我慢しているうちに、熱中症に...なんてシャレにならないでしょ。水筒の持ち込みはできるようでございますが、今から夏場の飲料水の供給能力に関して、主催者側に考えていただきたいものでございます。

もちろん、ディズニーランドやUSJ(ユニバーサル・スタジオ・オブ・ジャパン)などでも、持ち込みに関する決まり事というのはございます。しかし、そういったアミューズメント施設では、もちろん商売でございますから「入場者に納得してもらう」という気構えでは徹底しております。また、入場者の希望や不満に関しては、柔軟に対処するという「聞く耳」も持っております。

ところがところが、愛・地球博の場合は、どうみても「お役所仕事」に見えちゃうのでございます。大量の入場者をさばくということに関しては、各アミューズメント施設は十分なノウハウを持ち合わせております。また、コンビニエンスストア業界や、ファーストフード・ファミリーレストラン業界といったものは、飲食物を適時適量で柔軟に供給するということに関して、これまた十分なノウハウを持っております。

内覧会ごときでかなりの混乱を起こしていることを考えますと、これから先の半年間、特に入場者が集中したときの混乱が心配でございます。交通機関の不備も、早くから外部の鉄道会社から指摘され、慌てて対処したりしておりましたしね。人をさばくノウハウ、飲食物を供給するノウハウ、そしていちばん重要な「赤字を出さない」ノウハウ。こういったことにかんして、どんどん各方面の知恵(叡智)を聞く耳を持っていただきたいものでございます。

さて、ワタクシは大阪万博をかすかに覚えている年代でございます。ワタクシが大阪万博に行ったときは大変な混雑で、パビリオンはほんの数館しか入れませんでした。しかし、当時の未来的なデザインに囲まれた会場は、子供心にすばらしい夢と思い出を与えてくれました。

小さなお子様をお持ちの方、ぜひお子さんを今回の愛・地球博に連れて行ってあげて下さい。小さな子供さんにとって「夢を見る」ということはすばらしい財産でございます。ディズニーランドやUSJの夢もよろしいでございますよ。しかし、万博で見られる夢には「本物」が混じっております。技術者が夢を見、そして実現させた本物の夢がございます。リニアモーターカーやロボットなどがそういうものでございます。どうか、小さな子供たちに「本物」を見せてあげて下さいませ。

そしてまた、万博には「未来に対する夢」もございます。テーマパークの夢が、実現不可能な魔法の世界の夢であるのに対して、万博の夢はこれから実現可能な現在進行形の夢でございます。どうか子供たちを、その未来への線路に乗せてあげるつもりで、万博に足を運んでいただきたいものでございます。

では、今回はこのへんで。これだけプッシュしておけば、万博協会から何かもらえるかな?...なんてことは、決してないでしょうね。ではでは、名古屋薫でした。

【愛・地球博 ホームページ】
 http://www.expo2005.or.jp/jp/

【国際博覧会事務局(BIE)】
 http://www.bie-paris.org

【参考文献】
 ・『愛・地球博 公式ガイドブック』(¥1,400 小学館)
 ・『愛・地球博 公式ガイドブック ジュニア版』(¥1,000 小学館)
 ・『虚飾の愛知万博』(前田栄作著 ¥1,000 光文社)

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2005/03/18

愛・地球博、傾向と対策 前編

ワタクシ、お金を出して買うのがもっともバカらしいと思う物のひとつに、ペットボトルのお茶がございます。なんだか割高だなと思いつつ、ついついお手軽ゆえに買ってしまうのでございます。そんなワタクシも、たまにはお茶っ葉でお茶を入れようと思うのでございますが、生まれついてのズボラな性格、ついつい、湯飲みに直接お茶っ葉を入れてお湯を注ぐなんてことをしておりました。すると、横で見ていた人が、茶こしの付いたカップを紹介してくれたのでございます。ワタクシのようなズボラな人がきっと発明したのでございましょう。ズボラは発明の母なのでございます。

さて今回は、もうすぐ開催される「愛・地球博」をご案内するのでございます。開催をあと一週間に控えるというのに、地元の名古屋・愛知県では盛り上がりは今ひとつ。たぶん全国的には全然盛り上がっていないはず。そこで、名古屋出身のワタクシが、(さして興味はないけれど)地元のために一肌脱ぐのでございます。と言っても、ワタクシ、この「愛・地球博」を見てきたわけではございません。情報はすべて、発売中の公式ガイドブックからの受け売り+ワタクシの独断と偏見でございます。興味のある人もない人も、しばしお付き合いのほどを...

まず、この万博会場、スッゴイ田舎でございます(付近の住民の方ゴメンナサイ)。いままでは「愛知青少年公園」という広大な公園があった場所なのでございますが、この公園、(以前行なわれたデザイン博のように)なにかと他のイベントに流用されることが多く、今回はこの「愛・地球博」のために、閉園の憂き目でございます。さんざん男に利用され、あげくの果てに捨てられた女のようなものでございます。今回の万博が大盛況であれば、その“女”の怨念も浮かばれましょう。開催一週間前にいたしまして、おもいっきり縁起の悪いことを言っているワタクシでございますが、関係者の方々、どうかお許し下さいませ。

ちょっと脱線いたしましたが、この万博会場、かなりの郊外にありますので、余裕を持って出かけるのが肝要でございます。そこで注意点がございます。最寄り駅から会場までは、「リニモ」と呼ばれるリニアモーターカーが運行しております。普通の線路を引けばいいものを、名古屋人の見栄でそんなものを導入するから、そこの区間だけ搬送能力がガタ落ちでございます。太いホースが出口の直前で踏まれて細くなっているようなものでございます。それを鉄道会社から指摘され、慌ててシャトルバスを導入したようでございますが、会場直前での混雑は、たぶん避けられないのでございます。近くまで来ているのにちっとも進まないという、「初詣の混雑状態」を想像していただければよろしいのでございます。

そして、まだ問題点がございます。新しくできた中部国際空港でございます。だだっ広く、かつアミューズメント要素がある施設なので、当分の間は利用客以外に「物見遊山(ものみゆさん)客」が大勢いる状態で、たいへん混み合っております。空港経由で来られる方も、かなり余裕を持って行動すべきでございます。まぁここは、「空港もリニモもパビリオン(アトラクション)のひとつ」と考え、並んで利用するぐらいの考え方がよろしいのではないでしょうか。

地元の人間のアドバイスといたしましては、とにかく「JR名古屋駅」まで出まして、「エキスポシャトル」という直通の電車(中央本線)で最寄り駅「万博八草駅」まで行き、そこからシャトルバスかリニモで会場まで行く、というのが安全ではないでしょうか。それでも、名古屋駅から会場までは1時間、中部国際空港から会場までなら2時間ほどの所要時間がかかるはずでございます。くれぐれも地下鉄で行こうなどと思わないこと。地下鉄で行くとその日の内に到着しないかもよ(ウソ)。また、エキスポシャトルは、多少遠回りでも始発の名古屋駅から乗った方が、座れる可能性が高く、賢明でございます。

交通機関の説明ばかりになっておりますので、そろそろ内容の説明でございます。と言っても、公式ガイドブックの内容は、そのほとんどが“完成予想イラスト”なのでございます。このガイドブック、本文の途中に頻繁に広告ページが挿入されていて、読んでいてトッテモ落ち着かないすばらしいガイドブックでございます。せめて、広告ページは巻末にまとめていただきたかったものでございます。

アラアラ、また脱線してしまいましたが、そのガイドブックによりますと、121もの国が今回の愛・地球博に参加しているようでございます。まったく意外でございます。多くの国が参加しているにもかかわらず、そのように感じられないのは、パビリオンのほとんどが小ぶりだからでございましょう。大阪万博のような、大規模で奇抜なデザインのパビリオンを想像していると、足をすくわれるのでございます。

というのも、今回の万博は“直方体の形”をしたパビリオンが多いのでございます。工事現場の足場のようなフレームを組み立て、パネルを張り、その上に外装を施したみたいな。よく言えば、劇団四季の臨時特設劇場、悪く言えば、お祭りの見せ物小屋(あぁ、関係者の方、重ね重ねゴメンナサイ)。万博のサブテーマのひとつに「循環型社会(エコーコミュニティー)」とあるぐらいですから、各パビリオンとも、解体後の資材の再利用まで考えているんじゃないか、と思わせるような作りなのでございます。

もっとも、大阪万博のころは景気もよく、いい時代でございました。世界的な不景気のこの時代に出展するというのは、各国ともなかなかたいへんだったと思います。展示品や資材を載せた船が、この前のマレーシア沖の地震で遭難してしまった国もあったようでございます(だから、もっと宣伝してやれよって感じです、ほんとに)。そのような経済的事情などもあるのでしょう。建造物そのものにはお金も手間ひまもかけられないので、そのかわりに内容で勝負というのが、今回の傾向ではないでしょうか。ぶらぶら散策して奇妙な形のパビリオンを眺める、といった楽しみ方はあまり期待できそうにはないですね。みなさん、頑張って、並びましょうね。

その中でも気を吐いているのが企業系のパビリオンでございます。「三菱未来館」「日立グループ館」「ガスパビリオン」「電力館」なんて、大阪万博を知っている方々には懐かしい名前での出展パビリオンもございます。場所も正面ゲートの両サイドという一等地。こういったパビリオンは、長蛇の列ができるものでございます。あらかじめ内容やゲートからの道順などを下調べしておいて、朝一番に入場して、ねらい打ちでお目当てのパビリオンに直行するのがよろしいでしょうね。

というわけで、紹介してきましたが、その長蛇の列に関係いたしまして、今回の万博には重大な問題点があるのでございます。たぶん、これを解決しておかないと大変な大惨事に繋がるんではないかという問題点なのですが……長くなってまいりましたので、そのお話しは次回『愛・地球博、傾向と対策 後編』でお話しすることにいたしましょう。あぁ、盛り上げようと思っているのに、盛り下げる内容しか思いつかない。重ね重ね重ね、関係者の方々ごめんなさい。

ではでは、次回をお楽しみに。名古屋薫でした。つづく...

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2005/03/14

洗練された地声 夏木マリライブレポート

このメールマガジンは“毎週金曜日配信”ということになっております。お休み直前のウキウキした気分で読んでいただこうという、ワタクシの心にくい演出なのでございますが、なかなかバタバタした金曜日に配信することができず、みなさま方の気分が最も重たい月〜火に配信するという最悪のパターンでお送りしております。読者のみなさま方、名古屋薫でございます。

若いころは、毎週のようにミュージカルや舞台を観に行っていたワタクシですが、最近ではサッパリそういったものにごぶさたしておりました。そのワタクシが久しぶりにライブに足を運んだのでございます。場所は“名古屋ブルーノート”。そしてアーティストはワタクシの大好きな“夏木マリ”さんでございます。今回はそのライブリポートなのでございます。

まずビックリ。とにかく超満員。大相撲なら“満員御礼”の垂れ幕が下がるであろうにぎわい。そして、若い女性がとにかく多い。若い女性に混じって、デビュー当時の夏木マリを知っているであろう年配の方がチラホラ。マリさんの著作物などを読んでおりますと、そこには“自立した女”が感じられるのでございます。気取らず、自分に対して正直・素直・自然な女の生き方を感じるのでございます。そういったところに若い女性が共感するのでございましょうか? まぁ、それはまた別の機会にお話しすることにいたしまして、さっそくレポートでございます。

夏木マリさん、つい数日前に新しいアルバムを出しておりまして、今回のライブも、そのアルバムの曲を中心に構成しておりました。アルバムのタイトルは「戦争は終わった」。むかしから戦争に対してこだわりの多い方でございましたが、まったくドロドロの題名でございます(題名そのものはピチカートファイブのカバー曲からなのですけどね)。以前は、ディナーショーなどでも“反戦”をテーマにして、観客を困惑させたりなんてことがございましたが、今回は無難な曲なども織りまぜまして、非常にアッサリと反戦を主張しております(笑)。一徹で我の強い夏木マリさんも、お歳をめされて人間が丸くなられたのでございましょうか?

マリさんの曲をジャンルで分けろと言われると、大変難しゅうございます。ポップスであったり、シャンソンだったり、ブルースやジャズやロックであったり……もっともここ10年ほどは、小西康陽さんのプロデュースでアルバム作りをしておりますので、基本的には小西カラーなのでございます。軽快でパーカッシブな伴奏と蛇がうねるような夏木マリさんの歌声がからみ合うという、一種独特な世界でございます。ひとつ間違うとミスマッチなのでございますが、けっして歌と伴奏が分離しないのは、マリさんの強烈なリズム感が、けっして伴奏を裏切らないからでございましょう。

夏木マリの魅力をひとことで言うと、「地声の魅力」でございます。飾ったり作ったりしない地声そのままで表現する魅力でございます。普通、学校の音楽の授業では、綺麗に発声とか美しく共鳴させろといったオペラ的発声法で教えることが多いものでございます。マリさんの歌い方はそのオペラ的な発声とは対極に位置するもので、歌手というよりはむしろ役者さんの発声法でございます。ご本人も言われておりますが、その役者としての歌唱法が、マリさんの魅力の核心なのでございます。

オペラ的な発声をフランス料理に例えれば、マリさんの発声は和食のお刺身でしょうか。あらゆる技法を駆使して究極の味付けをするのがフランス料理だといたしますと、お刺身は素材の良さが命。マリさんもご自分の地声を、徹底的に磨き上げております。声帯のビリビリとした振動が、そのまま何にも邪魔されずに飛び出してきているといった、生々しさがございます。まるでマリさんの喉に飛び込んで、声帯のすぐ近くで聴いているようなといった感じでしょうか(余談ですが、お坊さんの読経の声にも同じものを感じたりするときがございます。お坊さんも同じ発声法なのでしょうか?)。

そしてさらにマリさんの息づかいが、その生々しさに拍車をかけております。マリさんの歌は、歌ではなくむしろ“語り”なのでございます。人に言葉を語りかけるときの息づかいのままで歌っているのでございます。しかし、そのまんま語ってしまうと、もちろん歌と伴奏が分離してしまいます。そうならないのは、マリさんが絶妙のコントロールで、紙一重のところをキープしているからでございましょう。マリさんの歌声は、地の底から湧き上がってくる迫力があります。どんどん自分に話しかけてくるといった切迫感があります。それが、夏木マリの魅力なのでございましょう。まさしくライブ向けの歌声でございます。

軽い歌、重たい歌、たわいもないトーク、ご自分の宣伝(笑)などございまして、ライブは大熱狂の内に幕を閉じたのでございます。夏木マリさんの重たい歌を初めて聴いた方などは、めんくらったのではないでしょうか。ワタクシがいちばん聴きたかった「死んだ男の残したものは」をアンコールで歌うあたり、マリさんの本音がはっきり出ておりまして、たいへん気持ちようございました。この歌は、戦争あとの惨況を、生き残った者が呆然と眺めているさまを歌った悲痛な曲でございます。さすがに時期が時期だけに、戦争批判になるような部分の歌詞は飛ばして歌っておりました。こんな一徹なマリさんって、最高!

さて、最近では実写版セーラームーンに出演していた杉本彩さんもたいへん気に入っているのでございます。夏木マリ・美輪明宏・ピーター・杉本彩と、ワタクシが好きになる方は、みなオカマチックでございます。これもワタクシの性(さが)なのでございましょうか? ではでは、今回はこのへんで。最後に我が敬愛する夏木マリさんの宣伝を少しばかり載せておきます。少しでも興味を持たれましたら、ぜひ、CDを購入、あるいはライブや舞台に足を運んでみて下さいませ。それでは、名古屋薫でした。

夏木マリ ホームページ
http://marinatsuki.com/

CD「戦争は終わった」
レディメイド・インターナショナル RMCA-1015 (¥2,940)

Mari Natsuki LIVE TOUR FINAL!!!
3/17(木)・3/18(金) 1st 17:00開場 18:30開演 2nd 20:00開場 21:30開演
モーションブルーヨコハマ (\5,250+飲食代)

P.S.
ただいま、夏木マリさんのサイトを見ておりましたら、何と!、6月にオペラに出演とのこと。対極の片方を極めているマリさんですから、もう片方のオペラも無難にこなすのではないでしょうか(と、念のためフォロー(^^;)アセアセ)。

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2005/03/07

力を入れるときの合い言葉、エ〜ンヤコ〜ラ

先週は、みなさまの許しも得ず、かってにお休みをいただきました(エッ、いつものことだろって? まぁまぁ)。二週間ぶりのごぶさた、名古屋薫でございます。さてさて、全国的に確定申告の季節。ワタクシ名古屋薫も、ここ一週間ほど領収書の束と格闘をしておりました。締め切り直前まで手を付けず、ギリギリになって慌てるという性格、夏休みの宿題で困った小学生のころから、変っておりません。

さあ、いきなり本題でございます。「ちびくろサンボ」という童話をご存じですか? 単なる童話なのでございますが、長らく発売禁止になっていたようでございます。その童話が、近々再出版されるようでございます(読売新聞3/6のコラムより)。サンボという言葉に黒人差別の意味があったのが原因だったようでございまが、「サンボマスター」なんて名前のロックバンドがあるご時世ですから、その発禁理由も形骸化しているっていうことでしょうか。

そのちびくろサンボで思い出しましたのが、美輪明宏作詞作曲の「ヨイトマケの唄」でございます。この唄も長い間放送禁止のあつかいを受けておりましたが、最近では、森進一、桑田佳祐、槇原敬之さんなどが歌っているようでございます。解禁になったのかなと思いましたが、NHKなどのあつかいをみると、なかなか微妙なようす。ヨイトマケという語が、日雇い労働者を指す差別用語だということだそうでございます。差別用語や差別表現に関しまして、最近はかなり間口が広くなったと感じておりましたが、まだまだ放送業界は用心深うございます。

まだワタクシが幼少の頃、アニメ「巨人の星」での一場面の話でございます。主人公星飛雄馬が星雲高校の入試面接で、父親の職業を聞かれる場面がございました。飛雄馬は胸を張り、きっぱりと、「父ちゃんは、日本一の日雇い人夫です」と答えたのを覚えております。意味が分からず母親に尋ねますと、「毎日お給料がもらえる人だよ」なんていう回答。子供心に「うらやましいじゃん」なんて思ったものでございます。その印象深い場面も、再放送の際には‘日雇い人夫’の部分にピー音が入っておりました。ちょうど放送業界が、差別用語に関してもっとも神経質だったころでございます。

差別用語というのは、用語の適用だけを問題にするのではなく、その語が使われているシチュエーションも加味しないといけないのでございます。発する人の心に差別意識があれば、ごく普通のなんでもない言葉が鋭いトゲを持つこともございます。また逆に、あえて差別用語と直面することによって、差別用語の向こう側に被差別者の熱い気持ちをかいま見られたりもするのでございます。街中のゴミ箱を隠してしまっても、ゴミを無造作に捨てる人が多ければ、やはり街はゴミだらけになってしまうのでございます。差別用語も同じでございます(いや、ちょっと例えが違うかな? まぁいいや)。

世の中から汚いものをすべて隠してしまい、純粋培養で育てられた人間なんてロクなもんじゃございません。勝つ喜び、負ける悔しさ、殴るときの無自制と後味の悪さ、殴られる痛さ、差別することの慢心、差別されることの悲しみ。そういったプラスの肥料とマイナスの肥料、どちらも心の成長には必要なのでございます。そして、心の肥料は、まだ心が若葉のころに与えるのが肝要。成長しきった後から肥料をあたえても、太く成長した茎や葉っぱの形を変えるのは、なかなか大変なのでございます。

30年以上も前にアメリカの小学校で、目の色で子供たちを差別するという実験授業がございました。二日間にわたる授業の二日目は立場を入れ替えて、小学生に差別する側とされる側、両方を体感させるという実験でございます。かなり大胆で危険な実験でございますが、小さいころにプラスとマイナスの両方を経験させるというのは重要でございます。教育現場において‘ゆとり教育’とか‘総合教育’なんて言われておりますが、学問だけでなく、このようなプラスとマイナスの肥料を小さな子供たちにあたえられる余裕があってこそ、それを‘ゆとり’とか‘総合’とか呼べるのではないでしょうか。

多くの人が絶賛する「ヨイトマケの唄」が、用語の問題だけで長らく放送出来なかったのは残念なことでございます。この唄を美輪明宏(当時丸山明宏)さんは、30才前後の若さで作詞作曲していらっしゃいます。幼少〜青年時代に多くの体験をしたのが、その原動力になっているようでございます。ホモだオカマだとバカにされたこともあったようで、そのような多くの経験が、現在のふところが大きく芸達者な美輪明宏さんをつくりあげているのでございましょう。

そう考えますと、ニューハーフ・オカマ・ゲイボーイの世界も、ちょっと前の、後ろ指さされていた時代の方がパワーがあったような気がします。最近はニューハーフもオカマちゃんもそこそこ市民権を得ているようで、街中で本当に不愉快な思いをするということは少なくなりました。しかし、へんに市民権を得てしまって、何か底力というか、覚悟から生まれる輝きのようなものを失ってしまったようでございます。まぁ、時代の流れなんでしょうね。芸能界のアイドルとか見てても、同じことが言えるような気がしますものね(こういうことを言うのって、ワタクシが歳くった証拠なんでしょうね、きっと)。

さて、最後に...ワタクシの母親も、日雇いではなく月給制の会社でございましたが、グズ鉄処理会社で重労働をしていたころがございました。女だてらに天井クレーンを操作し、巨大なマグネットでクズ鉄の積みおろしをしておりました。その母親を、たった一度だけ、ワタクシが工場にむかえに行ったことがございます。下から手を振ると、タオルを首に巻いた母親が、柱も付いていない工場の壁をヒョイヒョイと下りてきて、「もうちょっとで終わるから待ってて」と言ったのを、今でもはっきり覚えております。「ヨイトマケの唄」ってほんとは、「母ちゃんの唄」なんですよね。

「ヨイトマケの唄」の一節、

   ♪苦労、苦労で、死んでった〜
    母ちゃんの働くとこを見た
    母ちゃんの働くとこを見た

では、次回をお楽しみに。

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