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2005/02/12

はれ物に触るようにギブアンドテイク

一般的には三連休でノンビリ気分。一部の方々はお休み返上でお仕事お仕事。そんな週末、みなさまいかがお過ごしでございましょうか? 名古屋薫でございます。

亡くなった母親の荷物を整理しておりましたら、ほとんど未使用の使い捨てカメラが出てまいりました。ふと頭をよぎるのは、最近よく語られる「母親のカメラの逸話」でございます。死んだ母親のデジカメの中に、自分の寝顔が残っていたというあの逸話でございます。ワタクシ、いったい何が写っているのかとワクワクオドオドしながらプリントに出したのでございました。

出来上がったプリントを見て思いっきり拍子抜けでございます。何のことはない、何も写ってはおりませんでした。何かのはずみでシャッターを押してしまったのでしょうか、最初の一枚だけ何も写っていないコマが送られておりました。母親は、足が治ったらどこかに出かけるつもりだったのでしょうか? それも今では、もう分からなくなってしまいました。

話はガラリと変って、サッカーでございます。日本対朝鮮のサッカーの試合でございます。まったく、日本中がはれ物に触るような心持ちで臨んだ試合でございました。サッカーの応援ってのはなにかと過激になりやすいものでございますが、今回のような冷静さと思いやりに満ちあふれた応援は、前代未聞でございましょう。

多くのサポーターが同じように口にしていたのは、「政治とスポーツは別にして…」といった言葉でございました。事実、スポーツは政治の道具として利用される場合が多かったものでございます。ましてや、二国間の関係がゴタゴタピリピリの昨今の状態でございます。なおさらサポーターの方々が神経質になるのは当然でございましょう。

政治の世界ではさまざまな難しい問題があることでございましょう。しかし、一般大衆というものは、ゲームの結果で一喜一憂できる「平凡な幸せ」があれば、それでよろしいのでございます。その平凡な幸せを共有したいという人たちが心を合わせれば、今回のようなすばらしい試合、すばらしい応援が出来るということを証明したのでございます。二国間の関係が非常にピリピリしている昨今の状態を考えると、両サポーターの協調や歩み寄りは大きな意味があるのでございます。日本の国民、朝鮮の国民、どちらもまだまだ捨てたものではないのでございます。

誰かと親友関係を築こうとするとき、相手の長所も短所もすべて飲み込む気構えがお互いに無いと、なかなか良い関係にはなれないものでございます。長所と短所をお互いが良く理解し合い、許す部分は許し、認める部分は認め合う。両者が半分ずつギブアンドテイクして、初めて信頼関係が生まれ親友ともなれるのでございます。今回の両サポーターも、お互いが慎重にことを運んだ結果、自然にギブアンドテイクの均衡点に到達したのでございましょう。けがの功名なのでございます(使い方間違っていたらゴメンナサイ)。

政治的そして歴史的な理由による軋轢(あつれき)が、日本、韓国、朝鮮の間にはございました。しかしそれも、最近の韓流ブームや今回のサッカーなどをみておりますと、民衆レベルではやや氷解し始めているのではないでしょうか。たとえ国籍や言語が違えども、みんな単なる一般大衆なのでございます。そう、平凡な幸せを求め、スポーツで喜んだり悲しんだりし、お酒を飲むときには同じようにグラスをくっつける“普通の人たち”なのでございます。

さて、そんな一般大衆の思いとは裏腹に、朝鮮が核保有を宣言したそうでございます。“子の心親知らず”とでも言うのでございましょうか? しかし、国レベルで何らかのゴタゴタがあっても、大衆レベルでは分かり合えるということが証明されたのでございます。今回のような大衆の強い願いがあれば、将来は明るいのではないでしょうか。

と、珍しく綺麗にまとめたところで今回はこのへんで失礼いたします。まぁ、なんですね、こういった内容はホント疲れますね。はれ物に触るような心持ちで書いたメールマガジンでございました。では、次回をお楽しみに、名古屋薫でした。

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