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2004/03/26

和風リズムで勧善懲悪-映画『座頭市』

読者の皆様方、お久しぶりでございます。名古屋薫でございます。相変わらず、バタバタとした毎日を送っております。今回は三週間ぶりのメールマガジンでございますね。待っていらっしゃった読者の方々、ゴメンナサイでございます。ついつい締め切りのある原稿(仕事)を優先するうちに、メールマガジンのような「怠けることが出来る」原稿を後送りにするという、甘えん坊な生活を送っているワタクシ名古屋薫でございます。

さて、いきなり唐突でございますが、届いたのでございます。座頭市が届いたのでございます。あのビートたけしの『座頭市』でございます(最近はDVD,CDなどは、もっぱらWeb通販なのです)。最近はなかなか映画館へ足を運ぶ時間的な余裕がなく、この作品も映画館での鑑賞を見逃していたのでございますが、DVDで初鑑賞でございます。そこで今回は『座頭市』鑑賞レポートなのでございます。ネタばらしは無いので、まだ観ていない人も安心して下さいなのでございます。

この映画、一貫して感じるのは“リズム”でございます。映画全編が常にリズムを感じながら進行していくのでございます。リズム感あふれた多くの登場人物。そして、その登場人物のリズムにさえ同調しようとする自然音。人間の息づかいが大自然に同調しているのか、大自然の息吹が人間に共鳴しているのか。いやむしろ、人間も自然も、ビートたけしという人間のリズムに踊らされているような、そんな不思議な自然観が全編一貫している映画でございます。

その“リズム感”と北野監督独自の“絵心”とが相まって、実にユニークな“北野ワールド”が出来上がっているのでございます。発表当時は「あんなの時代劇じゃない!」とか「外国の賞を取るために外人受けを狙ってる」とか言う人もいましたが、ワタクシに言わせれば、この作品は立派な時代劇でございますし、外人受けというよりも、コテコテのジャパネスクでございます。むしろ、コテコテのジャパネスクだからこそ、外国で賞を取ったのだと思うのでございます。では、何を持ってコテコテのジャパネスクと言いきるか? それは、次に申し上げます「和風時代劇起承転結リズムパターン」というのを、ちゃんと踏まえているからでございます。

その「和風時代劇起承転結リズムパターン」とは何ぞや?――作品全編を一貫と流れる小さなリズムとは別に、和風時代劇独特の起承転結を形成する大きなリズム感がございます。話は少しずれますが、80年代から90年代にかけて、ショーコスギに代表されるような「ハリウッド製時代劇」が多く製作された時期がございます。でたらめな着物の着方や時代考証の間違いなどを差し引いても、そういった洋物時代劇には見終わった後に釈然としない、何か消化不良なような後味が残ったものでございます。ハリウッドが見よう見まねで時代劇をつくっても、その根底に流れる「大きなリズム感」が違っているのでございますね。例えますと、カレーライスだと思って食べてみたら、味だけハヤシライスだったみたいなものでしょうか?

日本では、小さい頃から時代劇というものが、当たり前のように身近に存在しております。「大岡越前」や「水戸黄門」などでは、いつも同じタイミングで悪役が登場し、同じタイミングで大立ち回りが始まり、そして時間内で必ず解決する。筋書きがステレオタイプならば、登場するキャラクターも善人や悪人がすぐそれと分かるステレオタイプの人物ばかり。小さい頃に「ご飯とおかずとみそ汁を順番に『三角食べ』するのよ」と言われて食事の三拍子が身体に染みついているように(ワタクシの例え、食べる物ばっかりやね)、この時代劇独特のシナリオ構成も「時代劇のいちばん落ち着く形」として私たちの心に刷り込まれているのでございます。

そのような和製時代劇のツボを押さえていないと、初期のハリウッド製時代劇のようなチグハグなものになってしまいます。また、洋物でありながら「元祖スターウォーズ」(エピソード4)のように、実に和製時代劇色の強いものも有ったりするのでございます。そして、今回の「座頭市」も、時代劇としてはかなり大胆で斬新な演出をしておりますが、その新しい演出が単なる「小手先の奇異」で終わらせていないのは、和製時代劇の大原則を外していないからでございます。観客は甚(いた)く新味なものを観ているつもりでも、実は古典的和風時代劇の起承転結リズムに見事乗せられているのでございます。

北野風の絵心で目を楽しませ、小さなエピソードが織りなす適度な起伏を含みながら、起承転結の大きな波も外すことがない。そして、常にリズムを口ずさむミュージシャンのようにスクリーンがいつもリズムを刻んでいる。最後は和製タップダンスの大フィナーレで幕を閉じる……北野監督は作りながらシナリオをどんどん変えていく作風だそうでございます。そのせいか、これまでの作品には行き当たりばったり的なシナリオ構成の作品もございました。しかしこの座頭市は、時代劇特有のリズム感を意識したせいか、実にまとまっているような気がいたします。そんな映画でございます。みなさんもよろしかったらご覧下さいませ。

(あとがき)さて、このビートたけし版座頭市を見ておりまして、ふと思ったのは「座頭市がブルース・リーに似ている」ということでございます。と思っておりましたら、実はブルース・リーは、勝新太郎版の座頭市を参考にしてそのキャラクターを研究したとのこと。もっともな話でございます。

久しぶりのメールマガジンでございますが、今回はこのへんで。締め切りの有る原稿も、締め切りのない原稿も、同じように頑張る所存の名古屋薫でございます(いたって政治的発言かな?)。ではでは、次回をお楽しみにでございます。

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