♪あのときボクは若かった♪
皆様方、お久しぶりでございます。すっかり「盆と正月マガジン」になってしまっております当メールマガジンでございますが、根気よく購読してくださって頂いている読者の方々には、本当に感謝感謝でございます。
さて先日、ちょっとした用事で東京へ出向いたのでございます。名古屋から東京へと向かう新幹線の中でのことでございます。ふと気がつくと、ワタクシの横で車内販売のワゴンが、かなり長い間とまっているのでございます。ある乗客への応対で、手間取っているようでございました。
そのワゴン横の狭い隙間を通り抜けるのを遠慮して、何人かの乗客がワゴンの前後に並んで待っている状態でございました。ワゴン嬢は軽い笑みを絶やすことなく、何かを注文したその乗客へ丁寧に対応しておりました。その乗客は新幹線に慣れていないのか、細かい質問を何度もしておりましたが、その都度ワゴン嬢はやさしく対応していたのでございます。その応対にかなりの時間を有しておりましたが、ワゴン嬢も前後に並んでいる人たちも、実に忍耐強くございました。
ワゴンが行き過ぎた後、すべての事情が飲み込めたのでございます。その問題の座席に目をやってみると、そこには「還暦を迎えたかな」と思えるようなお歳のご婦人が座っていらっしゃいました。手が不自由なのでしょう。ぎこちない動作でサンドイッチを口元へ運んでおりました。足も多少不自由なのかもしれません。年配の方には珍しいスニーカーを履いていらっしゃいましたから。
そのご婦人をみて、自分の母親を思い出しました。ワタクシがまだ東京のお店でがんばっていた頃、たった一枚の住民票を東京まで新幹線で運ばせてしまったことがございます。ちょっとした手違いで母親が郵便物を送りまちがえ、指定の日にワタクシの手元に届かなかったのでございます。不動産屋へ事情を説明すれば何とかなったものを、つい腹立ちまぎれに電話口の母親に小言をガミガミ言ってしまったのでございした。
次の日の朝、突然東京のワタクシのお部屋のドアホンが鳴ったのでございます。ドアを開けると母親が封筒を持って泣きながら立っておりました。前日のワタクシの小言に責任を感じたのでございましょう。やや不自由な足にもかかわらず、愛用の杖をつきながら新幹線に乗って、たった一枚の住民票をワタクシに手渡すために名古屋から東京までやって来たのでございます。もうすっかり忘れていたような事件でございましたが、その新幹線のご婦人をみて、「ワタクシの母親もこんな感じで新幹線の一人旅をしたのかな」なんて、静かに揺れる車内で思い出しておりました。
この住民票の出来事が、かれこれ7〜8年前の出来事。現在は母親とその息子(?!)、親子共々名古屋に住んでおります。その母親がちょうど去年の今頃、風邪から肺炎を引き起こし入院したのでございます。もう高齢で、しかも二十年以上患い続けている肝硬変という持病のせいも有りまして、いっときは生と死の間を行ったり来たりしながらも、なんとか退院したのでございました。
しかし、体力が無くなっていたんでしょうね。退院の直後、何でもない場所で転倒し、右足の大腿骨(だいたいこつ)を骨折し、同じ病院へ再入院。大手術とその後のリハビリとで、退院するまでに半年近い時間を有したのでございます。結局、ワタクシの母親は、肺炎と骨折による二回の入退院で、一年のほとんどを病院で生活するということになったのでございました。
さて、ワタクシはといいますと、病院へ様子を見に行ったり、介護保険などの用件で何度も区役所へ足を運んだり、介護事業所の専門員(ケアマネージャーと言います)の方と打ち合わせをしたりと、走り回っておりました。そこへもってきて、お店がこの夏に規模拡大などをやることになり、そのため不動産屋へ出向いて物件を探したり……病院・区役所・介護事業所・不動産、この四カ所をぐるぐる回って、回りすぎてそのままバターになっちゃいそうな暑い今年の夏でございました。
7〜8年前は、たった一枚の住民票のために一人で東京・名古屋を往復出来るような母親でしたが、今回の骨折で車椅子が生活の必需品となってしまいました。一日のほとんどの時間をベッドの上で過ごしておりますが、介護をする上での大変な救いは、おトイレを母親が自分で出来るということでございます。しかし、毎回トイレまで移動することは不可能でございますので、ベッドの脇にポータブルトイレ(オマルの高級なやつ)を置きまして、そこで用を足すということになっております。
ワタクシも自分のお店がありますし、ワタクシ自身がフロント受付をやらなきゃいけないような日は、全く様子を見に行くことが出来なかったりするのでございます。また、泊まりがけで出張(主に新人の勧誘・発掘)に行ったりもしますので、毎日来てくださる介護ヘルパーの方は、大変ありがたい存在でございます。普段、ワタクシ自身は病気などほとんどせず、保険料の支払いとか実にバカバカしく思ったりしておりましたが、これほど、“現在の”保険制度に感謝したことは無いのでございます。
そこで、最近はこんなことを思ったりしております。
「母親が今のワタクシの歳のときには、まだ○○才のワタクシを女手ひとつで育ててたんだな」(なんだか、数学パズルの問題文みたいですね。書いてて自分でも笑っちゃいました)
自分が若いときには「自分が歳を取っていく」なんてことは、微塵にも想像しませんでした。そんなワタクシが、今は「子供がいてもおかしくない歳」になっております。“女は弱し。されど母親は強し”なんて言葉を思い出しながら、「オカマはどうかな?」「オカマってけっこう弱いかもしれない」なんて思っちゃったりしている名古屋薫でございます。
さて、今年もあと一ヶ月を残すのみになってしまいましたが、振り返ってみますと、何とも忙しい一年でございました。メールマガジン配信の滞りを言い訳するみたいな内容になってしまいましたね。母親の骨折のせいで、わが家にも車椅子が来たのでございますが、その車椅子に関して、ワタクシ、小さい頃から大変な憧れ・オマージュを持っておりました。興味半分に母親の車椅子に乗ってみたのでございますが、その感想・失敗談などは次回にご紹介したいと思っております。
ではでは、大変お待たせしたメールマガジン「名古屋薫のShe-Mail」、いかがでございましたでしょうか? 次回は12/5(金)頃を予定しております。これからもよろしくお付き合いのほど、お願いするのでございます。ではでは...
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