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2000年1月

2000/01/11

名古屋薫 in 大阪、阪神大震災5年目に寄せて

全国の読者の皆様方、新しいお年をどのように過ごしていらっしゃるのでしょうか。名古屋薫でございます。

さて、去る1月16日の日曜日から翌月曜日にかけて、私名古屋薫は衣装の買い付けのため大阪の地へ赴いたのでございます。肝心の衣装の買い付けは月曜日の朝一番、それまで大阪の Beautifuru Sunday Night を Enjoy したのでございます。おいしい食事、同業者(!)の素晴らしいショー、活気のある街並み、大阪のTさんとの楽しいひととき、すべてに堪能して、とあるホテルの一室に一人戻ったのでございました。

翌日の買い付けに備えてしっかりと睡眠をとっておこうとベッドに入ったのでございます。そして、何気なくテレビをつけますと、そこに映し出されたのは、あの5年前の阪神大災害のドキュメンタリーの再放送なのでございました。その生々しい映像に釘付けになり、結局朝までその放送とおつき合いしたのでございます。

6432名の命をあっさりと奪った大災害、関西方面の方の中には身内や知人を失った方も多いのではないでしょうか。私自身、ほとんど記憶の片隅に追いやってしまっていた事件でしたが、あらためて見るその当時の映像に、心を絞られるような思いをしたのでございます。そのような特別な日に大阪の地に出向いたのも何かの縁なのでございましょうか、今回はちょっと深刻なお話ですが、おつき合いのほどを。

私はかねてから、こう思っているのでございます。

「人間なんて死ぬときは石に躓(つまづ)いても死んでしまうもの、逆にまだやり残した仕事があるうちは死にたいと思っても神様は死なせてくれないもの。自分(あなた)が今日も生きているということは、まだ私(あなた)を必要とする人がいるのだ」

っていうことなのでございます。ところが神様っていうのは気まぐれなもの。まだまだ必要とされている大勢の命をあっさりと引き取ってしまったのでございます。

地震直後の惨状の中で、生死を分けたのはほんの些細な偶然。あの惨劇から生還した方々は口々に、自分が「生かされている」ということを実感したとのことです。「生きる」ではなく「生かされる」というのはちょっとピンとこないかも知れません。

人間というものは実に自分勝手なもの。突発的な事故などで他人の死を目前にしたとき、まず思うことは、「ああ、自分でなくて良かった」ということでございましょう。でもこれは人間の本能として当たり前のこと、決して恥じることではありません。自分でなくて良かった、と一瞬思った後に「助けなくちゃ」とか「かわいそう」と思えばいいのでございます。

そして、そのような自分勝手な動物=人間も、九死に一生を得て初めて、自分が運命という長いレールをただ走らされているだけの、多くの列車の中の一つに過ぎない、思うのかも知れません。自分が能動的に生きていると思ってはいても、本当は運命という大きな力に「生かされているだけ」なのかもしれないのでございます。

「生きている」と思えば自分勝手になるもの。しかし、「生かされている」と思えば自分の命、あるいは他人の命の尊さに感謝出来るもの。大震災当時のことを語る人の顔には、不思議な優しさが湛(たた)えられていたのでございます。おそらくまだ癒えていないであろう心の傷とは裏腹に...

まだ必要とされながらも亡くなられた6432名の方々には、きっともっと必要とされる用事が違う世界で出来たので神様が引き上げさせたのであろう、そう思うのでございます。大震災の犠牲者の方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。そして、私名古屋薫も、読者の方々がいらっしゃる限り、メールマガジンを書き続けるのでございます(ちょっとかっこよく言い過ぎかな?!)。

それでは、ちょっと深刻なお話だったかも知れませんが、最後まで読んでいただいてありがとうございました。次回の『名古屋薫のShe-Mail』お楽しみに。

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『ネット恋愛入門』のご案内

皆様方、ご自分の「私」探しに勤(いそ)しんでおられますでしょうか、名古屋薫でございます。

本日は単行本のご案内なのでございます。西島ゆうじさんというフリーライターの方が「ネット恋愛入門」という単行本を執筆されております。実はその書籍の中で私のホームページを紹介して頂いているのでございます。それで、これも何かのご縁ですので、私そして西島ゆうじさんの著書共々(ともども)ご愛顧のほどをお願い致したくお知らせ申し上げている次第でございます。

さて、「ネット恋愛」と申しますと、間違いメールから恋愛が始まるというドラマがちょっと前にございました。その当時は「そんな調子のいい話が有るものか」と笑っておりましたが、これだけインターネットが普及いたしますと、あんなドラマのようなことが実際に起こっても不思議ではなくなって来たのでございます。

ただ、間違いメールというものはいつ舞い込んでくるか分かるものではございません。また、偶然の間違いメールが恋愛に発展するというのも、これまた滅多にあることではございません。これでは“隕石が庭に降ってくるのを気長に待つようなもの”でございます。そこで、積極的にケータイやインターネットを駆使してご自分の恋愛をブレイクさせちゃいましょうというのが、この単行本の趣旨でございます。

そのようなわけで、もし興味を持たれましたら、西島ゆうじさんのページをご参照下さい。そちらの方にこの著書の紹介がされております。

実はこのご本、去年の12/21には書店に並んでいるのでございます。もっと早くお知らせしなくてはいけなかったのですが、ご存じ名古屋薫の筆無精が災いし、ご紹介が送れてしまいました。西川ゆうじさん、ゴメンチャイ。

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●『ネット恋愛入門』の紹介:
http://www.tctv.ne.jp/members/nisijima/renai.html

  西島ゆうじ著 新風舎1600円+税
  ISBN4-7974-1230-5 C2067
Net_renai
     ケータイ・i-mode・パソコン
    それぞれのHOW TOネット恋愛
      全国書店で好評発売中!
   ・ケータイ・i-modeからの書き込み方
    ・インターネットでの出会い方
   ・ネット恋愛必勝法(男性編・女性編)
     ・大人の趣味の出会い掲示板
     ・パソコンを無料でもらおう
        チャット入門
      ネットミーティング入門
         ICQ入門
       女性投稿体験談集

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2000/01/08

アケオメ!! “私”を探せ

新年あけましておめでとう、略してアケオメなのでございます。名古屋薫です。

まったく皆様に合わせる顔がないのでございます。ホームページもメールマガジンもかれこれ一周年を迎えたのでございますが、ここのところどんどん失速するばかりで最近はほとんど軟着陸状態なのでございます。早く再浮上しなくてはと思っているのでございます。前回、「待っているときが一番楽しい」なんてホザイタ私がトッテモ恥ずかしいのでございます。

それで、さっそく新年のご挨拶です。今年も自作の年賀状を各方面に送らせていただきました。今年の年賀状はちょっとシュールなのでございます。ある方はその絵柄を見て「アンディーEォーホールみたい」と評して下さいました(もちろん、スッゴイお世辞でしょうけどね)。これは、私にとっては最高の誉め言葉でございました。えっ、どんな年賀状かって、それでは、私のホームページを見ていただきたいのでございます。

年賀状:
Nenga2000さて、私、ふと思ったのでございますが、私、実に多く“私”という単語をメールマガジンなどで使っております。皆様方、この“私”という漢字をどのように読まれていらっしゃるのでしょうか。実は、私は“私”を「ワタクシ」と読んでいるのでございます(ちょっとややこしくてごめんなさい)。この原稿を書いているときも、ご丁寧に「わたくし」と入力してから「私」に変換しているのでございます。

この「私」という漢字は読み方が曖昧でございまして、「ワタシ」とも「ワタクシ」とも読めるのでございます。今この原稿を書くにあたって、あらためて辞書をひもときますと、「ワタシ」はよりくだけた表現、「ワタクシ」は謙遜(けんそん)した言い方だそうです。つまり、「ワタクシ」と言った方が、「ワタシ」よりも腰が低い表現だということだそうです。あらためてびっくり再発見なのでございます。

そこで、これからは、『名古屋薫のShe-Mail』、是非とも“私”を「ワタクシ」と読んでいただきたいものでございます。そうすると、ますます、私の“名古屋節”を楽しんでいただけるのではないでしょうか。

さて、その辞書を見ていて気が付いたことでございますが、“私”には「アタクシ、アタシ」という読みもあるのでございます。これらは主に女性が使う言葉で、私、名古屋薫も「大崎芳美」としてホステス活動の間は、知らず知らずのうちによく使っているようでございます。素(す)の会話では「ワタシ」を使い、そして、より“女”を強調しようとするときは「アタシ」から「アタクシ」に変化していくようでございます。

ところで、最近では、人が“私”を主張することがどんどん少なくなってきているような気がします。「出る杭は打たれる」ではなく、「出る杭は引っこ抜かれて捨てられる」という時代なのでしょうか? 「仲間はずれ=イジメの対象」という図式の中で育つと、自然に自己防衛本能として、「前にならえ」式の個性をあまり表面に出さない生き方を選んでしまうのかも知れません。

あなたにとって“私”は「ワタシ」なのでしょうか? 又は「アタクシ」、それとも「アタイ」、「ワシ」、「アッシ」、「ワテ」..... 皆様方、是非ともご自分の“私”を探していただきたく思います。

そして、私、名古屋薫には「貴方(アナタ)」と呼べる素晴らしい人が現れますように! その「アナタ」を「アンタ」と呼べるような関係になれたらもう最高なのでございます。私はそんな「アナタ、アンタ」を探すのでございます。

では、私にとっても、そして皆様方にとっても今年がよいお年でありますように。

筆無精の名古屋薫を我慢強く待っていただいた読者の皆様方、

  いつもご購読ありがとうございます。

  本年も、名古屋薫をよろしくお願い申し上げます。

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2000/01/05

名古屋薫in名古屋・・・加筆再配信分

 元々名古屋出身の、私名古屋薫も上京して早5年。そして、この(99年)秋、地元へ凱旋(?)することになりました。その時に配信したメールマガジンでございます。配信日は99/10/22でございますが、いろいろありましてアップロードが送れてしまいました。(下線)の部分は今回のアップロードに際して追補した部分でございます。
 

 お久しぶりでございます。名古屋薫でございます。早いもので私のホームページを開いてからもう1周年になりました(99/10現在)。最初は嬉々として始めたホームページ、そしてメールマガジンでございますが、途中大きな生活の変化があり、それを機にどんどん失速していったのでございました(失速どころか、ほとんど墜落寸前でございます)。最近ではほとんど開店休業状態でお叱りのメールも数多く頂いてしまっているのでございます(そのお叱りのメールも、最近は頂かなくなりました。これは、メールマガジン発行者にとってはトッテモ危険なことなのではないでしょうか? 反省、反省)

 さて、そんな私名古屋薫も、この度東京を引き払い地元名古屋へ帰ることになったのでございます。「名古屋薫は宇宙人だから減っちゃらなのさ」なんて豪語していた歌舞伎町住いですが、この私の居場所が無くなるほど今の新宿歌舞伎町はミステリーゾーンと化してしまったのでございました(名古屋以外にお住まいの方々の中には、「名古屋こそ最もミステリーだ」という方もいらっしゃるのですが...)

 やっぱり名古屋はエエネー(これは、まったくもってそう思います。やっぱり私は生粋の“名古屋人”なのでしょうね)。というわけで、名古屋という街は当然ではございますが、皆名古屋弁でございます。それこそ、タクシーの運転手さんから警察官、あるいはテレビのリポーターまでもが名古屋弁で「ミャーミャー」言っとりゃーす訳でございます。信号機に付けられている目の不自由な方のための音ガイドまでも「ミャーミャー」鳴っているのでございます(この信号の音、最近は「ミャーミャー」言わなくなっております。またひとつ、名古屋の名物が消えてしまいました)

 私名古屋薫は生まれも育ちも名古屋でございました。外界を知らずにいた青年期(?)までは自分の生まれ育った土地を「都会」と思っておりましたので(このころまでは、名古屋弁で話しているにもかかわらず、「自分は共通語を話している」と思いこんでいました。外の世界に出て初めて、自分のアクセントの違いに気づかされたのでございます)、「私には返るべき田舎がないのね」なんて思っておりました。しかしながらでございます、某タモリが名古屋をバカにし始めた頃から、この名古屋の地を「ふるさと」と思えるようになったのでございます。ふるさとに逃げ帰った私は、ただ今ふるさと気分を満喫しているのでございます(名古屋という土地は、町並みはどんどん近代化していっているにも関わらず、人付き合いなどは田舎臭かったりするのでございます。“偉大なる田舎”と呼ばれるゆえんですね)

 東京での5年間の生活、それは、5回の引っ越しと6回の転職、一つの大きな出会いと別れ、そして多くの小さな出会いと別れ(この“大きな別れ”は、結局私を東京から名古屋へ引き戻す大きな原因になったのです。しかし、その他の“小さな出会いと別れ”によって、いろいろ成長させていただきました)。心の引き出しは幾つか増えましたが、お部屋の引き出しは失った物も多く(訳も分からず無くなっている小物が結構あるのです。それも、貴重なヴィデオテープやもう手に入らないCDとか。アー悔しい)、飛び立つときはほとんど裸、古巣に帰るときもほとんど裸(金玉を二つほど失っていますが)、そしてなぜか顔のしわだけはその本数が減っているのでございます(現代美容医学の勝利、バンザーイ)(どう見ても、東京へ旅立つときの私よりも、東京から帰った今の方が若く見えます、エヘッ)

 自分では宇宙人と言い聞かせていても、どこかに無理があったんでしょうね。特にここ数ヶ月間は様々なことに一度に襲われ、ほとんどパニくっていたのでございます(母親の入院、これが最もヘビーでした。そして最愛の人との別離。この2発のパンチを受けて、名古屋薫はノックアウトしたのでございます)。まあ、もっとも、以前から「老後は名古屋で」と心に誓っておりましたので、チョット予定が早まっただけでございます(本当の老後は都会の喧噪を避けて、大自然の中で悠々と過ごしたいのでございます。もっとも、そのころまでに左うちわで生活できるほどリッチになっていればのお話ですけどね)

 さて、今回は単なる近況報告になってしまいました。これからは名古屋の地で張り切っていくのでございます。“名古屋薫in名古屋”なのでございます。チョット生活も楽になってメールマガジン、ホームページなどにも力を入れなければと思っているのでございます。何としても月刊誌から成り下がり隔月刊となってしまったこのShe-Mailが季刊となるのだけは悔いとどめなければ。目標は週2回刊なのでございます(完璧に“季刊”に成り下がっております。このままでは、まぐまぐの発行者リストから削除されてしまう! 何とかそれだけは免れないと)

 では、では、次の配信をお楽しみに。名古屋薫のShe-Mailでしたー(購読を申し込んだのにちっとも配信してこなくて、ガッカリさせちゃった多くの方々ごめんねー)(ほんとに、ほんとにごめんなさい。前々回のメールマガジン(She-mail [99/9/1]オカマ大辞典追補)で「人生、待っているときが一番楽しいものでございます(ウフフ)」なんてぬかしてごめんなさい。これでは、あまりにも待たせ過ぎでございます)

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