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1999年1月

1999/01/18

「いらっしゃいませ、こんにちは」って変?

    「いらっしゃいませ、こんにちはー」

 この挨拶に馴染みのある方は多いのではないでしょうか。こちら関東圏では一時すごい勢いで大流行し、コンビニからファミレス、病院までもが来店(来院)したお客さんにこの言葉を投げかけていました。もう今ではあまり聞かれなくなりましたが、ときどき店員にこの挨拶をされると私はトッテモ不愉快な気分になります。店員に挨拶されて不愉快になるってどういうこと。そう思われた方もいらっしゃるのでしょうね。そう思われる方はこの挨拶をされたことが全くない幸せな方か、あるいは言葉に関してちょっと鈍感になっちゃっているのかもしれませんよ。

 「いらっしゃいませ」。これはすごく自分が謙(へりくだ)り、お客様を敬(うやま)った言い方です。ここで、「へりくだる」「うやまう」という言葉が理解できない人、その人は日本語が持つすばらしい言葉文化の一部分を自らどぶに捨てていらっしゃる方です。どうかどぶから拾い上げてきれいに洗って身に着け直していただきたいと思います。さて、話を戻しましょう。「いらっしゃいませ」という言葉にはお客様に対する敬意が込められている実に丁寧な言葉なのです。

 一方、「こんにちはー」。さてこの言葉。これはいわゆる“タメ”ですよね。よく知れた友人同士が特に改まるわけでもなく気軽に声をかけるときの言葉。タメで喋れるということはお互いが同格で対等あるということです。また、ちょっと目上の人にもこの言葉「こんにちは」はごく普通の挨拶として使います。しかし、その時でも両者の人間関係が近いかお互いに懇意が有ってこそ使える言葉。両者の立場が絶対的に違うような場面ではなかなか使えません。

 さあ、ここまで読んで察しの良い方ならお気づきじゃないでしょうか? 「いらっしゃいませ」という絶対的に立場の違うときに使う言葉と、「こんにちは」という親近感のあるときに使う言葉とを同時に「いらっしゃいませ、こんにちは」と使える鈍感さ。この鈍感さに気付かずに当たり前のようにマニュアル通りに挨拶している店員。そして、そんなマニュアルを平気で作成する企業。そんな無神経さに、私は無性に腹を立てちゃっているんです。

 どうして、その違和感に気が付かないんでしょうか? それは、言葉の下地に「心」がないからです。まず動いておいてからその動作の理由を考える人はいません。人間は何か動作をするときは必ずその前に「意思」が働いているのです(もっとも、条件反射、無条件反射という例外はありますけどね)。急に立ち上がってから立ち上がった理由を考える人、大声を上げておいてから叫んだ理由を思い出す人って多分いないでしょ(ひょっとするとそんな人っているかも知れないけど、そういった人は別の意味で貴重な人。すばらしい芸術的才能の持ち主か、天然ボケのどちらか)。人は皆、「あっ、あれを取ろう」というような「意思」が働いてから急に立ち上がったり、あるいは誰かを見付たというような「原因」に発起されて大声で呼んだりするのです。まず、「心」が動き、その心に引っ張られて身体が反応するのです。

 そこで、言葉の下地に「心」が無いと、言葉は浮きます。取って付けたような台詞(せりふ)になります。もし店員がマニュアルに書いてあるからといって反射的に挨拶を発していたら、それは、なんの重みもない単なるノイズと同じになってしまいます。さて、ここからが『大阪ど根性劇場、人情物語』のようになっちゃうんですが(実際にそんなドラマも小説も映画も存在しません。フィーリングで呼んで下さい)、お客様がいらっしゃる、すると店員の心には「来ていただいて本当にありがとう」という気持ちが生まれる。その心に引っ張られて「いらっしゃいませ」という言葉が発せられる。これが本来の正当なプロセスなんですよね。しかし、その本来のプロセスをきちんと指導しているマニュアルは実際には少ないのでしょうね。少ないというよりも、指導できる管理職もいないでしょうし、雑多な仕事に追われる中、その様な丁寧な店員教育をしている暇もないはずです。

 もし、店内に“本当の挨拶”の出来る人が一人いれば、マニュアルなんか無くてもお店の雰囲気はガラリと変わっちゃうんですけどね。これは、お店や企業に止(とど)まらずすべてに組織に言えること。組織の中に本物を知っている人が一人でいいからいれば、それだけでその組織は変わっていけるもの。でも、企業はそういった人の貴重さに気が付かなかったりしちゃうのが世の常。「悪貨は良貨を駆逐す」とはよく言ったものです。本当の真実と社会が要求する真実とはとかく相反したりするものなのです。

 さてさて、「心という下地があるから言葉で心が伝わる」これは舞台に立つ役者さんも同じことが言えます(この辺から、いつもの名古屋薫らしくなってきたでしょ)。とかく台本とか台詞(せりふ)とかいうものを与えられると、それにとらわれてついついその下地の心を忘れがちです。もし役者が心を作らずにセリフを発したらその台詞はどんどん浮きます。何かをしたいという欲求を感じずに体を動かせばそれは単なる段取り、ラジオ体操のようになってしまいます。役者の心の中に「欲求」とか「感動」とかいうものがあるからこそ、その動きや言葉は自然で、見た者に伝わってくるのです。

 ただ、あまり心を作りすぎるとクドクなります。なんにでもコントロールとかバランスとかいうものが重要。私がある人から言われたこんな言葉が有ります。

「歌は台詞(せりふ)のように、台詞は歌うように」

この言葉の意味、判りますか。ご説明いたしましょう。歌を歌う時って、正確に歌おうとするあまり、とかく音程とか声とかに気を取られ、言葉の持つすばらしい意味を忘れがちです。逆に台詞を喋る時って、つい説明しようとし過ぎて言葉本来が持つ響きの美しさや「間」の貴重さなどをついついおろそかにしがちです。そこで、歌うときはは台詞のように言葉の意味をよく考えて。そして台詞を喋るときは日本語が本来持つ美しい響きやリズムを忘れるな、ということなのです。

 このようなすばらしい教えを(自分で言うのもなんですが)役者さんだけに使わせるのはみなさんもったいないですよ。セールスの人は言葉でお客を騙して成績アップ。水商売の女の人、どんどん甘い言葉でお客さんを自分の虜に。結婚相手を捜していらっしゃる男性の方は、どうか理想の女性を射止めましょう。そこで、ちょっとTipsをお教えいたしましょう。

〈出来るだけ低い声で〉
 言葉は出来るだけ低い音の方が説得力があります。この場合“小さい声”ではないですよ。“低い声”です。役者なども出来るだけ低い音程で台詞を喋る練習をします。また歌なども裏声を使うととたんに説得力が弱くなります。けれど、緊張のあまりうわずった男性の声がかえって女性の心をくすぐってハートを射止めるということもありますから、一概には言えないんですけどね。
 
〈純粋よりもやや不純なものを〉
 浪曲師などわざわざ声をつぶしますよね。あまりにも純粋な声よりも多少ハスキーな方が味わいがあったりします。また、アナウンサーやエレベーターガールなどは大変綺麗なしゃべり方をします。しかし、あのような純粋すぎる話し方って心が通じません。アナウンサーなどは個人的な感情が表出しては困るし、エレベーターガールなどもお客と心を通わせていたらボロボロになっちゃいます。しかし、相手に心を伝えようと思ったら、「自分の言葉」で言わなくちゃ。それが多少不正確でもいいんです。小さな子供がたどたどしい口調で一所懸命喋っていたら必死に聞いてあげようとするでしょ。そんなもんです。

 さーて、今回はこんなところでしょうか。みなさん、心のある話し方をいたしましょう。それが、その人の輝きにつながるのです。もし、ここまで読んでコギャルの「カッワイー」という言葉に腹が立つようになったなら、あなたは今日から名古屋薫教の信者として入門可能です(もちろん私が教祖です)。そして言葉というものは難しいもの。同じ言葉が言い方ひとつで全く別の意味に取られちゃったりします。その中でも挨拶というのは重要なもの。もし、職場などでソリの合わない人がいたら、無理に合わせようとするよりも朝夕の挨拶だけ‘最高の笑顔で’やってご覧なさい。そして挨拶以外は接点を持たなければいいんです。

 それでは、次回をお楽しみに、名古屋薫でした。

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◆発送後記
 今回の「いらっしゃいませ~」では、実に様々なご感想をいただきました。大変賛否両論の多かった回です。やはり、賛成派は実際に言葉を使う仕事に従事していらっしゃる方や舞台に立っていらっしゃる方が多かったですね。しかし、多くの方は普段そこまで言葉の使い方に神経質になっていないみたいですね。「いらっしゃいませ、こんにちは」って言われてもぜんぜん違和感無いですよっていう人もかなりいらっしゃいました。

 今回のメールマガジンはちょっと専門的になりすぎたかなって反省しています。それに、話し言葉は生きているんですよね。どんどん違った解釈や新しい用法が生まれているんですよね。「いらっしゃいませ、こんにちは」という言い方も、新しい言葉の使い方としてそのうち定着していくのでしょうね。

 「名古屋薫のShe-Mail」は私の独断と偏見と思いつき(!)でお送りしています。これからも厳しいご意見どんどん送っていただきたいと思います。

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1999/01/11

オカマ言葉のルーツを探せ。その1

 ジャッ、ジャーン、あけました新年もアッという間に十日間が過ぎ去って、おとそ気分もすっかり抜けちゃった頃ではないかと思います。名古屋薫でございます。難しい内容が何回か続きましたから、この辺でちょっと軽い話題を。

 さて、昨年より予告していたので首を長くして待っていた方もいらっしゃるのではないでしょうか? オカマ、ニューハーフ、ホモ、ミスターレディー... 様々なセクシャリティに関する言葉が反乱する今日この頃ですが、それらの言葉ってそれぞれ微妙に意味合いが違うんですよね。その辺をちょっと名古屋薫の独断と偏見と思いつきでひもといてみましょうか。

《今回の言葉》

 オカマ
 ゲイボーイ、シスターボーイ
 ニューハーフ
 ミスターレディ
 ゲイバー、ニューハーフバー、ホモバー
 オネエ

【オカマ】

 本来はお尻の意。また、お尻を使って商売をする人の意。

 もっとも広く使われている言葉ではないでしょうか。3文字で言いやすいというのもあるでしょうしね。「オカマ」というのはお尻のことを指すんですね(注1)。よく追突事故などで「オカマ掘られた」とか言うでしょ。でも「オカマを掘る」っていうのはアナルセックスを意味するわけですから追突されたときにこの言葉を発するのって、考えてみるとすごく下品な表現なんですね。

 そこでこの「オカマ」ですが、本来は単純に男娼のことを指します。男娼っていうのは男の娼婦のことです。オカマつまりお尻を使って商売をする人たちだからその人達を「オカマ」と言い始めたのが始まりでしょうね。だからショーパブなどの水商売に従事している人に対してオカマというのは本来はすごく失礼なこと。年輩のゲイボーイ(ニューハーフ)の中にはオカマといわれると怒りだしちゃう人も以前はいました。もっとも、この言葉、広く使われるようになって言葉の意味合いも曖昧になってきたので、本来の意味を知っている人はほとんどいなくなっちゃってますけどね。でも、私たちが自分のことを「オカマ」というのはかまいませんが、みなさんが私たちを指して「オカマ」というのは極力避けた方がよろしいでしょうね。

【ゲイボーイ、シスターボーイ】

 水商売で女装して働く人たちの総称。シスターボーイの方が古い言い方。

 ゲイボーイ、シスターボーイという言葉はちょっと馴染みがないのではないでしょうか。ゲイボーイというのは女装して水商売に従事する人たちを、「本来のオカマ」と区別していう言葉です。そこで自分のことをゲイボーイという人はプロフェッショナルとしてのプライドをもっている人が多いですね。「自分は男娼じゃないのよ、会話や踊りでお客さんを喜ばしているのよ」という自負の感じられる言葉です。シスターボーイというのはゲイボーイのやや古い言い方。昭和30年頃に女装ホステスが話題になったときによく使われた言葉なんです(まだ私が生まれるはるか前のことです、念のため)。今では死語ですね。

 このゲイボーイという言い方、東京の若いニューハーフはほとんど使いません。ゲイボーイという言葉に田舎臭く、古くさい語感があるからでしょう。ゲイボーイというと男っぽさが残る女装をイメージする人も多く、そのためこの言葉を嫌うニューハーフも多いのではないでしょうか。むしろ、関西や地方の方では若くて綺麗な子でも自分のことをゲイボーイと言ったりしているようです。私も東京に出てきた当時は、自分のことをゲイボーイと言って怪訝な顔をされたことが何度か有りました。本当はゲイボーイってプライドをもって使っていい言葉なのにね。

 また、自らゲイボーイと名乗る人たちには整形手術などを忌み嫌う人も多いのです。それなども、「テクニックと自らの努力で女を演じているのよ」という自負の現れなんでしょうね。

【ニューハーフ】

 出所不明(注2)。おそらくマスコミが作った言葉。最近(ここ15年ほど)の綺麗なゲイボーイを美化して言う言葉。でも、余り綺麗じゃない人にも使ったりする。

 ニューハーフっていう言葉、おそらくマスコミが作ったんでしょうね。絶対に英語じゃありませんからね。純粋な和製英語だと思います。さて、‘ニュー’があるなら‘オールド’があるはずですよね。---昔々、その昔、ゴールデンハーフというグループがありましたとさ。そのグループは「黄色いサクランボ」という流行(はやり)歌を歌い、さぞかし人気があったそうな。そのグループ、その名の通り“ハーフ”つまり英語で言うところの‘half-blood’(混血)を売り物にしてそれはそれは老若男女を問わず人気があったそうな。

 ゴールデンハーフってみんな知らないでしょうね、30年近く前のグループですから。エバちゃんなんて人気者がいたグループなんです(どうして私が知っているのかって? もちろん私だってまだ生まれてませんよ、もう一度念のため)。そのころは日本人総勢一億人余りが皆、短足胴長の典型的な日本人的体型の頃でしたから、ハーフの美しさがなおさら珍しかったのでしょうね。ハーフつまり混血が一大ブレイクしていたそうです。また、第二次大戦位までは、混血というのはむしろ差別の対象だったりして、“恥ずかしいこと”というイメージが浸透していたようなんです。このゴールデンハーフをきっかけにその様な差別意識って薄れていったんじゃないでしょうか。

 ここまでは‘オールドハーフ’の話(オールドハーフなんて単語はありませんから自慢して使わないように)。ニューハーフという単語がいつ生まれたかというと、おそらくバブルの頃じゃないでしょうか。ちょうどそのころからゲイボーイをマスコミが取り上げ始め、雑誌やTVなどにもてはやされ始めたんです。そこで、先に述べたようにゲイボーイというのはどうしても汚いイメージがつきまとう(あくまでも、語感の問題、実際にはゲイボーイと言っている人たちにも綺麗な人は多いんですよ)。マスコミ関係者としては、売り込むキャッチコピーとして昔のハーフのブームの再来と称して新しいハーフ、つまりニューハーフという言葉を作り出したんではないかなと思う次第でございます。

 また、以上のようないきさつとは別に整形や性転換をする人をニューハーフ、しない人をゲイボーイなどと区別することもありますが、あくまでもそれは結果としてその様な場合が多いので、言い当てはまっているだけのこと。その様なライフスタイルの違いにこだわりすぎて、ゲイボーイを忌み嫌うニューハーフ、ニューハーフを認めないゲイボーイさん等がいらっしゃるわけですが、マスコミに作られた単なる言葉によって振り回されるというのはとっても残念なことですね。

【ミスターレディ】

 この言葉の出所ははっきりしてますね。元は1978年に制作された仏-伊映画“LA CAGE AUX FOLLES”(邦題「Mr.レディ Mr.マダム」)でしょうね。その後、バブルの頃にお昼の定番番組「笑っていいとも!」で、ミスターレディのコーナーが出来てから一大ブレイクしちゃったんです。

 一時期はブレイクしたこのミスターレディという言葉も今では死語になっちゃったかもしれませんね。だって、みんなこんな言葉使わないでしょ。私たちだって使わないもの。この言葉も、全くマスコミが作った言葉ですよね。その笑っていいとものコーナーに出演したお友達が私のまわりにも何人かいますが、あのころはニューハーフにとってはいい時代でしたよね。みんながチヤホヤしてくれて。連日TVや雑誌に引っ張りだこ。お店にいらっしゃるお客さんはちょっとしたことでもキャーキャー言って喜んでくれましたから。当時のゲイバーには毎日行列が出来ていたんです。ショータイムを一回終わるごとにお客さんを総入れ替えし、50人ほどはいれるお店が5回転ぐらいしていましたからね。えっ、ゲイバーって何かって? それではご説明いたしましょう。

【ゲイバー、ニューハーフバー、ホモバー】

 ゲイバーやニューハーフバーにはゲイボーイやニューハーフが、ホモバーにはホモがいます。

 いまだにゲイバーというと革ジャン着たハードゲイの人たちを思い出したり、ホモセクシャルの人たちの出会いの場所のようなイメージを持っていらっしゃる方がいますが、全く違います。ゲイバーというのはゲイボーイやニューハーフ(この言葉を明確に区別するのは前述の通りあまり意味がありませんよね)がお話やショータイムでお客さんを接待するクラブやバーのことです。ホモバーには女装した人はいません。ちょっと柔らかい物腰で丁寧なしゃべり方をする男性(普通はホモセクシャルである。いわゆるオネエ)がお客さんを接待します。

 ゲイバーというのはお客さんを選り好みいたしません。男性のお客さんは元より、女性のお客さん、その中間の方々、様々なお客さんがいらっしゃいます。そもそも、会話とショータイムが売り物なので、女性の方でも気軽に来店できる雰囲気があります。また、お酒が飲めなくても普通のクラブやバーほど肩身の狭い思いをしないということもあります。しかし、ホモバーはお店によってお客さんを選り好みします。俗に「観光バー」と呼ばれる誰でもどーぞといった気軽なお店から、ホモセクシャルの人たち専用、あるいは女性、女装全くお断りだったりとか、とかく複雑なのがホモバー。新宿二丁目などに行かれる場合は、事情に詳しい人に付いていって貰うか、お店の方にお店の趣旨を尋ねてから入店されるのが賢明ではないでしょうか。

 えっ、オネエって何かって。それは次の項で。

【オネエ】

 多分、オネエサンの略じゃないかと思います。ゲイボーイやニューハーフ、ホモセクシャルの人たち等、独特のナヨッとした感じを総称して、あるいは、その人達を、又はその人達のしゃべる言葉を指します。

 私たちの話し方には独特のイントネーションがありますよね。おすぎとピーコを思い出していただければいいかと思います。オネエというのはオネエサンの略だとは思いますが、実際のモノホンの女性のオネエサンは私たちのような話し方はしませんよね。あくまでもニューハーフやホモセクシャルの方々独特のしゃべり方です。あのしゃべり方って、物心付いたときからその様な話し方を自然にする人もいれば、苦労して自分を染めていく人もいます。ただ最近のニューハーフは、必ずしもその様なコテコテのオネエではないのが実状です。ニューハーフ=オネエという図式は最近は薄れてきましたね。

 あー、くたびれてきちゃった。もっと気軽にどんどん書いていこうと思ったのにずいぶんな量になっちゃいました。この話題はその2、その3と題してシリーズ化していきましょう。以前、タカラヅカに対抗して‘カマラヅカ’を作りたいと書きましたが、カマラヅカを作る前に『オカマ大辞典』が出来そうな雰囲気。名古屋薫はニューハーフ業界の金田一京介になれるのでしょうか。それでは、「オカマ言葉のルーツを探せ。その2」をお楽しみに。次回は、女装、ゲイ、レズ、なんて言葉を考察しようかななんて考えてます。

  それではね。次回をお楽しみに。

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(注1)「オカマ」というのはお尻のことを指すんですね。

 メールマガジン発送後、ある方から、江戸時代の「陰間(かげま)」の略であると教えていただきました。カゲマのゲが抜け落ちてカマになったそうです。そもそも日本には江戸時代の頃から、あるいはもっと以前から男色の文化があったんですよね。アメリカなどではキリスト教が同性愛を厳しく禁止しているため、逆に同性愛者解放運動が盛んになっているということも考えられます。それに対して、日本の場合は古くから男色が文化として認められているため、“中途半端に”ホモセクシャルや女装者などが市民権を得てしまっているような気がしませんか。この中途半端にというのがくせもので、日本で同性愛者解放運動が今ひとつ盛んにならない理由のような気がするのですが。

(注2)出所不明
 これも多くの方からメールマガジン発送後、ご指摘をいただきました。ニューハーフという形容を最初に使ったのはあの伝説の人、六本木美人「松原留美子」さんですよね。この松原留美子という名前、私もよく知っていたのに人から指摘されて初めて思い出しました。全くお恥ずかしい。そこで、この松原留美子さんについて説明いたしましょう。

 まだバブルの頃、ある雑誌で六本木美人という特集をやったんです。その時のチャンピオンが後から男性だということが分かったのですが、そのあまりの美しさにマスコミが取り上げ、ゲイボーイというあまり美しくない語感の言葉の代わりに作り出したのが「ニューハーフ」という言葉のようです。ただ「ゴールデンハーフの頃のハーフブームよもう一度」という思惑は当然当時のマスコミにあったと思います。ニューがあるのなら必ずオールドがあるはず。そのオールドに当てはまるのはどう考えてもゴールデンハーフしか考えられないのです(ちょっとムキになっちゃったかしら)。

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(※読者の方からご指摘を頂き、次回の配信で加筆訂正しました)

 はーい、名古屋薫でーす。定期購読者の方、お待たせしました。前回の「オカマ言葉のルーツを探せ」は大反響と数々のご指摘を受けまして、私名古屋薫、あらためてマガジンを発行するということの責任と難しさを感じております。私が不十分な知識でいい加減なことを書いていた部分を、何人かの方々が教えて下さいました。まず、その部分の補足説明をいたしましょう。

【オカマ】

 陰間(カゲマ)から

 まず、オカマの語源から。オカマがお尻の意味だというのは説明しましたが、そのオカマという言葉がどうして生まれたかは言及してませんでしたよね。ある方から、江戸時代の「陰間(かげま)」の略であると教えていただきました。カゲマのゲが抜け落ちてカマになったそうです。そもそも日本には江戸時代の頃から、あるいはもっと以前から男色の文化があったんですよね。アメリカなどではキリスト教が同性愛を厳しく禁止しているため、逆に同性愛者解放運動が盛んになっているということも考えられます。それに対して、日本の場合は古くから男色が文化として認められているため、“中途半端に”ホモセクシャルや女装者などが市民権を得てしまっているような気がしませんか。この中途半端にというのがくせもので、日本で同性愛者解放運動が今ひとつ盛んにならない理由のような気がするのですが。

【ニューハーフ】

 松原留美子さんが最初に使いました。

 さて、次にニューハーフの起源について。これは多くの方からご指摘をいただきました。ニューハーフという形容を最初に使ったのはあの伝説の人、六本木美人「松原留美子」さんですよね。この松原留美子という名前、私もよく知っていたのに人から指摘されて初めて思い出しました。全くお恥ずかしい。そこで、この松原留美子さんについて説明いたしましょう。

 まだバブルの頃、ある雑誌で六本木美人という特集をやったんです。その時のチャンピオンが後から男性だということが分かったのですが、そのあまりの美しさにマスコミが取り上げ、ゲイボーイというあまり美しくない語感の言葉の代わりに作り出したのが「ニューハーフ」という言葉のようです。ただ「ゴールデンハーフの頃のハーフブームよもう一度」という思惑は当然当時のマスコミにあったと思います。ニューがあるのなら必ずオールドがあるはず。そのオールドに当てはまるのはどう考えてもゴールデンハーフしか考えられないのです。(ちょっとムキになっちゃったかしら)

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※【後日談】この「ニューハーフ」という語の生みの親は、サザンオールスターズの「桑田佳祐」さんだというのが、定説になっております。

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1999/01/09

あけました、おめでとう!

 皆様方、新年あけましておめでとうございます。平成十一年最初のShe-Mailでございます。本年もよろしくお願いいたします。

 ・名古屋薫改め「大崎芳美」で。
 ・やっと、画像データのページが登場。
 ・年賀状をアップロードしました。

 さて、今年最初のメールマガジンですが、まずは新年のご挨拶と近況報告などを。そして、年末に予告した「オカマ、ホモ、ニューハーフなどの言葉に関する考察」はもうちょっと待ってね。次回のメールマガジン(おそらく来週の初め)で送る予定です。

名古屋薫改め「大崎芳美」で。

 このたび名古屋薫は風俗「元祖ニューハーフクラブ」を上がりまして、新宿歌舞伎町のニューハーフパブクラブ「ShowGirl」で働くことになりました。大崎芳美という名前はデビューした頃から使っていた名前なんです。風俗業界にはいるときに名古屋薫という名前に改名いたしましたが、今回晴れて水商売に返り咲くことになり、もとの大崎芳美に戻すことになりました。

 さて、ここで大問題が! 名前が大崎芳美に変わっちゃってこのメールマガジンの名前はどうしようかなって思っちゃったんです。もう、みなさんには「名古屋薫のShe-Mail」という名称でなじみ深くなっていますので、今更変えるのもどうかなって思うのです。また、各検索エンジンの登録名称も変更しなくちゃいけないし。そもそも、ホームページを立ち上げたときに様々な検索エンジンに登録しまくったので、また、登録し直すのもめんどくさいななんて、私お得意のズボラな性格が頭をもたげているわけでございます。

 そして、さらなる大問題が!! 私のメールアドレスは「nhc-kao@」で始まるわけですが、この“nhc”っていうのはニューハーフクラブの略なんですよね。そして、“kao”というのはもちろんカオルの略。ニューハーフクラブの薫という意味で所得したアドレスなんです。当時はそれでいいアドレスだったんですが、今になれば何ともマヌケなアドレスになっちゃいました。

 このアドレスを取得するときにもうちょっと先々のことまで考えていれば、こんなマヌケなことにはならなかったんですけどね。2000年がやってくることに気が付かなかったコンピュータープログラマ。番号が足りなくなるということを予測できなかったNTT。これらは、つい先ほどまで私がバカにして笑っていたおマヌケな人たちです。最近は、こんなおマヌケな人たちであふれかえる世紀末ではありますが、そのおマヌケな人たちの一人に私名古屋薫も仲間入りでございます。

 そこで、結論!!! 当分はメールマガジン、ホームページサイトに関しては「名古屋薫」のままで。これは、今更、ホームページのロゴデザインを作り直すのもめんどくさいという私のズボラな性格が大きく影響していることは否(いな)めないわけでございます。

 そして、本業である水商売の方は「大崎芳美」で。名古屋薫という名は風俗というイメージが強いのと、姓名占いなどを見てみると大崎芳美という名前の方が良かったりするわけです。どうか、歌舞伎町のお店にいらっしゃった方は、私のことをよしみちゃんと呼んで下さいませ。

やっと、画像データのページが登場。

 長らくお待たせいたしました。ホームページサイトの画像データのページがやっと日の目を浴びました。元祖ニューハーフクラブ時代のグラビア撮影の写真などを中心に掲載してあります。今後、水商売に移行して、オッパイを見せたり、下着姿で写真を撮るなんてことはほとんどなくなるでしょうから、このページの画像はちょっと貴重ですよ。画像データを待ちわびていらっしゃった方々、待たせてごめんなさい。

 また、私のページの読者の方って、女性の方がかなり多いみたいなんですね。女性の方にはちょっと..っていう写真になっちゃうかもしれませんが、今後、ショーパブに移行して、綺麗なドレスや舞台衣装での画像も増えてきますから、期待してて下さい。

年賀状をアップロードしました。

Nenga ホームページサイトの表紙に年賀状をアップロードいたしました。この年賀状は私が知人友人などに郵送した年賀状と同じ物でございます。この年賀状をクリックするか、あるいは「いつもの表紙へ」という文字をクリックするといつもの表紙へジャンプします。また、高解像度のデータも用意しましたので、印刷したいという人や細部を確認したいという人はそちらの方も利用して下さい。ただ、この高解像度のデータ、かなりサイズが大きいので転送速度の遅い人には大変かも。

 それでは、本年も「名古屋薫のShe-Mail」どうかよろしくお願いいたします。「オカマ、ホモ、ニューハーフなどの言葉に関する考察」(仮題)は次回のお楽しみに。(ごめんね)

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