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1998/11/02

サイレンススズカ急逝

サラブレットの宿命とその宿命ゆえの美しさ

Takara141998年11月1日、ある競走馬がその一生を終えました。それも、人間の手によって安楽死という形で。安楽死という処置を決して責めるつもりはありません。それは悲しいけれど馬自身にとっては最善の方法なんでしょう、おそらく... 
サイレンススズカ、五才、牡。

この世に生を受けてたった五年。最高の人気を博していたサラブレットはその絶好期のさなか、府中の第三コーナーで“故障”し、そのまま毒殺という形で一生を終えました。それはサラブレットの宿命かも知れません。サラブレットとは、長い年月を掛けて人間によって改良され走ることにからだを特化されたいわば改造馬なのですから。

農家の馬がずんぐりとした短くて太い脚を持つのに対し、スーパーモデルのような細い脚を持つサラブレット。細いけれども決して華奢(きゃしゃ)ではない。その細い脚には疾走するための力強い筋肉を合わせ持つ。その見かけ上の細さと筋肉の力強さ、その二つの相反する矛盾を秘めているためにそこに脆弱(ぜいじゃく)さが生まれる。しかし、その脆弱さが人々に感動を呼ぶのかもしれない。

四本の脚が踊る、熟練したダンサーのように。揺れる鬣(たてがみ)が輝く、夏の日の木漏れ日のように。大きな瞳が輝く、まるで純朴な子供のように。風のように駆けるその姿はいかにもすがすがしい。しかし、そのすがすがしさの裏腹に一つ間違えば“死”という緊迫感が存在する。死を賭けてまでも走る、誰のために? 人間のため? 人間のために生を受け、やはり人間のために駆け続けてきた。そう、他のどの馬よりも速く駆けることを強要されて。

Tennou05けれど、今日、神様は、その彼から唯一の存在理由である脚を取り上げてしまった。やっと彼は人間の呪縛から解放されたのかもしれません。しかし、その呪縛があったからこそ彼は生きていられた。馬として逞しく生きて行くにはあまりにも特化され過ぎたその馬体。おそらく“故障”した脚を引きずっては生きていけないでしょう。安楽死、悲しいけれど最善の方法。人間のために生まれ、人間のために生きてきた彼が本来の馬に還ったとき一生を終えた。数々の勲章を残して。

燃え尽きる直前の蝋燭(ろうそく)の炎はひときわ明るく輝くという。今日の彼も輝いていた。彼は今日が最後の疾走だということを悟っていたのでしょうか? 二位以下の馬を十馬身も離しての独走。けれどもひときわ輝いた蝋燭はあっけなく燃え尽きた、有終の美を飾ることなく...

サイレンススズカ、安らかに。

【閑話休題】

Senna15ところで、偶然にも同じ日にF1グランプリの優勝をかけた最終戦が鈴鹿サーキットで行われました。そのF1界で、かつて音速の貴公子といわれたアイルトン・セナの目も綺麗な少年のような輝きをしていたような気がしますが、その彼も1994年5月1日、イモラサーキットのコンクリートウォールに激突してその絶頂期に34歳の生涯を終えたのでした。

その最後の瞬間にアイルトン・セナの直後を走り彼の最期を見とどけたドライバーがなんとリヒャルト・シューマッハなのです。そのシューマッハも今回の鈴鹿グランプリでは不運なアクシデントに見舞われて、惜しくも優勝を逃したようですね。

「天皇賞での一番人気は優勝できない」、そんなジンクスがあるそうですが、今回サイレンススズカもそのジンクスを破ることは出来ませんでした。それを称して府中には魔物が住んでいると言う人もあります。一方、鈴鹿サーキットでのシューマッハの不運なリタイアで、彼や彼のファンなどは「鈴鹿には魔物が住んでいる」なんて言っているのでしょうか?

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